※観用少女パロ

天界の空はいつも晴れやかで美しい、一面の青空に毎日が春のように居心地の良い気候、思わず欠伸が漏れてつい眠気に誘われてしまうようなそんな世界であり、その二人はヴァルハラの中庭でまるで父娘のように重なり合っていた。
始皇帝の膝に頭をあずけてすっかりと寝入っている少女は生きているのかもわからないほど寝入っており、微かに動く胸の動きから生きていることだけはわかる。そんな二人のもとに戦乙女の一人アルヴィトが今日も今日とて眉を吊り上げながら現れた、彼女の狙いの相手は一人だけであり、それは当然始皇帝であるが、彼女は「嬴政!!」と怒声を交えて声を掛けてきたものの、その膝に見知らぬ少女がおり、さらにかの活発で我が道を往く王はとても静かな態度でアルヴィトという戦乙女の少女をみつめては静かに人差し指を立てた。

「なんの用だ」
「なんの用だ...じゃないわよ、貴方が今日の会議にまた無断欠席したせいで私がどれだけ大変だったか、昨日散々伝えたのに」
「朕が導くは己の民のみ、それでなくとも近頃しくこやつとの時間が取れなかったんだ、つまらぬ話し合いには付き合ってられん」

つまらぬ...とはいうもののラグナロクもすべて終えた今は神々も人類も手を取り合っていくといっていたが如何せん代表であるはずの彼も自由を謳歌しており、流されやすいところや彼自身にもそれを理解されている故であろう。
全くとアルヴィトは呆れつつも始皇帝の膝の上ですやすやと心地よさそうに眠る少女をみつめては誰なのかと不思議そうにみつめた、少女はまるでこの世のものとは思えぬ美しさを宿しており、始皇帝は自身の黄金の爪を外してその手で陶器に触れるかのようにその少女の長い髪を撫でている姿は特別なものに感じられた。
王たる彼の特別な相手、つまりは王妃や妃嬪などとも思えるがさっぱりわからずにアルヴィトが「この子は誰なの」と純粋な好奇心で問いかければ彼は指で髪を梳かしながら「娘だ」と告げた。

「えぇ!嬴政あんた娘がいたの!?」

大きな彼女の声に反応するように始皇帝の膝にいた少女が身じろぎをして、ついには目を開けてしまい、目布越しにアルヴィトは呆れたように睨まれてしまい思わぬ反応にう”っと顔色を悪くさせるが、起き上がった少女は始皇帝に瓜二つのような瞳をしており、大きな瞳で始皇帝をみるなり細い両腕を伸ばして「朕」と呟いて彼に甘えるように首に抱きつく姿はまるで幼い少女であり、ますます驚いていれば始皇帝は破顔するように微笑んで彼女の腰を優しく支えて頭を撫でた。

「あぁナマエは朕の愛娘である」
「へぇあんたそっくり...ううん、それ以上に綺麗な顔だわ、まるで人形みたい」

ジロジロとアルヴィトが顔を寄せてみればナマエと呼ばれた少女はどれだけ愛されているのか目に見えてわかるほど整った顔立ちと陶器のような肌に甘い桃の香りをさせて、上質な漢服を身にまとっていたが、少女はアルヴィトをみるなり、それは宝石のような笑顔をみせ、その瞬間にアルヴィトは何とも言えぬような母性のような加護欲のような何かを感じてしまった。

「そうだ、ナマエは正確には人形、それもただの人形ではない朕の最上級の宝物である”観用少女”である」
「プランツドール...って嘘でしょ!どうしてそんな存在が...ううん有り得るわね、あなた王様だもの」

観用少女—プランツドール—それはとある一人の職人が作る神々さえ心奪われる美しさを宿した人形であった。アルヴィト自身がそれを知るのは彼女もかつてみたことがあるからだ、人や神と同じ見た目であるが完全なる少女の姿をした人形はまるで人の欲望を具現化させたような、この世すべての美しさを宿した存在。
神々の中でも主神クラスでないと持っていないような存在を手にする始皇帝が愛でる姿は慣れたもので天界の長い生活のなかでみつけたのだろうかと思えば彼は頬を膨らませ「ナマエは生前より朕の娘である」と返事をするため、ますますと彼女は驚くが、アルヴィトをみつめていた少女は腕を伸ばして彼女を抱きしめた。

「好!お転婆娘がよいときたか、流石我が娘は見る目があるようだな」

珍しくじゃれつく少女に嬴政はすっかり気分を良くして遊ばせてやればアルヴィトはまるで妹でも相手するように優しく接してやり、始皇帝は「懐くとはな」と関心した様子で眺め時間を共にした。
すっかりと時間が流れて夕方になる頃、少女はアルヴィトの手で髪を弄ばれたまま寝てしまい、始皇帝は寝所に寝かせにいくというため名残惜しくもアルヴィトは解放してやり、次回からはナマエ同伴でいいからちゃんと参加しろといいつつ、すっかり彼女に心を奪われたアルヴィトはまた合わせて欲しいというため始皇帝は娘の友だちが出来たような気持ちになり喜んで許可をしてやり、小さな少女を両腕でしっかりと横向きのお姫様抱っこをしては貴重な宝石を運ぶように彼女を運んでいった。

始皇帝がその観用少女に出会ったのは彼が皇帝となってからのことだった。
様々な国や場所や相手からの貢物を始皇帝は快く受けた、それは物も人もであり、この世の全てが彼に捧げられるように現れても彼はそれを受け入れはするが満たされることはない、何故なら望むことがないからだ。
そんな中、西域の商人が彼の前に現れた。その商人は相当な腕を持つ者であり、これこそが陛下にふさわしいものであると玉座に座る始皇帝の前に一つの大きな木箱を持ち寄った。しかしその木箱はただの木箱ではなく、桃の香りを放っていることを気にすれば桃の木を伐採して作った特別なものであり”それ”は桃のようなものであると告げた。

そして箱の中から現れたのは一体の人形であった。
長方形の箱を数人で縦に起こしてその箱を開いた時はまだなにも思いもしなかった。
開いた先には王室のものと変わらない衣を身にまといまぶたを閉じる少女がいた、はじめは完全な人かと思った始皇帝に商人は人形であると告げた。

人形は特別な人形師が作り上げた一級品の作品であり、彼はこれを始皇帝に差し出すために相当な苦労と労力を働いたのだと懸命に告げるが始皇帝はそれに興味はなかったが玉座から人形をみつめれば眠っていたはずの人形は突如として目を開いた。
そこには始皇帝・嬴政が愛した星を宿したような美しい黒曜石のような瞳をしており、人形が小さく首を動かしたことに始皇帝はすっかりと興味惹かれて玉座を降りて人形に近付いた。

「これはなんだ」
「ハッ、これは観用少女(プランツドール)たる少女を模した人形でございます」

人形は植物のような存在であり、日に三度の最上級の乳(ミルク)を飲ませ、美しく最上級の衣類を着せて髪を梳かし、週に一度甘菓子を一つ手渡せば色艶を保てるとされており、なによりも人形に必要なことは愛情のみであるとした。

「これを朕が望まぬとしたらどうなる」

始皇帝は商人に問うと商人は買い手から聞いた通りの説明をした、人形は通常眠っているが起きてしまい、さらに相手を気に入ってしまえば元通りに戻さない限り愛情を求め続ける存在となるのだと。
その説明を聞いた始皇帝はすっかりと興味深そうに自身の顎に手を添えて見定めていれば少女は始皇帝をみるなり、小さく微笑んだ、それはまるで花が小さく芽吹くような微笑みであり、彼はすっかりとその笑顔に心を奪われた。

「まさに星々の運命のようだ、良いだろう、この娘を譲り受けよう」

好きな金額をいえと始皇帝は命じた。
王や貴族でなければ観用少女を買うことは出来ないというが始皇帝には微々たるものであり、その日から彼はその人形に数名の女官をつけて世話させた。
美しく微笑むようにとどの妃嬪よりも丁寧に大切に扱ってやる、人形は人形であるゆえになにも望むことがないことが彼には心地よく、彼はすっかりと人形を人形として愛でた。
三度の乳も、最上級の衣も、最上級の部屋も、全てを与えてやり人形を担当する女官たちはその美しさにすっかりと魅了され続けたものの、始皇帝はすぐにその変化に気付いた。

「これだけ愛情を注いでいるというのにそなたはあの日から笑わぬな、何故だ」

始皇帝は日中は政務により人形の元を離れ、その世話などについては完全に女官たちの手に渡っていた。この世とは思えぬ美しさを持つ人形として後宮においてやれば妃嬪たちは喜んで構い倒し、回廊を歩くさなかに見えた人形は人形としてすっかりと愛された姿であるというのに、人形は話に聞いていたように育つことはなく、日に日に色も出会った頃よりもはるかに落ちてしまい、出会った頃の色艶はなく、最低限だけとなり始皇帝はめっきり困り果てて人形のためにと与えた部屋の中でつぶやいてみても人形はなにもいわずに彼をみつめかえすのみであり、彼はため息をつきながらその指に長い人形の髪を指でからめると人形はなにも映さないような瞳を見せた。

始皇帝はあらゆる書物を取り寄せた、人形を買い付けた商人に元の売り手を紹介するように命じればすぐに元の商人が現れては人形に愛情を与えているのかと彼に問いかけた。

「愛情?与えておるに決まっておろう」

言われた通りの最高級の乳、最高級の衣、最高級の菓子、はじめの頃に言われたことは衣の大きさ一つでさえ違わぬように国一番の職人を呼び与えて、その愛情は彼の宮殿の誰よりも深く大きく与えられていると彼は胸を張って言える。
しかしそれでも足りないとなれば全く人形とはその名の通りの心が虚無なのではないのだろうかと感じてしまうが、商人はそんな始皇帝に問いかける。

「陛下が受けた愛もそのようなものでしたか?陛下は満たされた愛を感じられたことはございますか?」

人形は人形ではない、あの子は観用少女(プランツドール)でございます。
そういった商人の言葉に始皇帝は目を丸くした、そして考えた、愛というものがどういうものなのか。
彼はその人生の中で数多の愛の言葉を受けたがそれは彼が王であるからこそ受けた言葉であると理解しており、何千人の妃嬪を持ち、一生の中では考えられぬような愛の言葉を受けても彼はそれに満足しないのは、彼が相手を愛していないからではなく、相手が自分を愛していないと理解しているからだ。地位も名誉もなにもかもを無くした時、本当に愛してくれるものは誰なのかと考え、そして自分が何者でもなかったときに愛してくれた存在を思い出した。

血の繋がりのない趙の母、たった数年の短い時間の中で彼女は自分のために怒り、泣き、笑い、全てを与えてくれた。嬴政という存在を愛してくれた唯一の存在であり、彼は母、春燕が自分にしてくれたことを人形にしていないと気付いた。
他の者と同じようにただ何かを与えて表面だけで満足させるかのように扱ったが人形はそれで満たされない理由を彼は理解した、愛とは即ち注ぐこと、愛とは即ち共有すること、愛とは即ち隣にいることである。

「朕は気付くのが遅かったようだな」

すっかりと空は暗くなり月が美しく輝く夜。
始皇帝は彼女の部屋にいき、眠っている彼女の隣に横になってはその美しい表情をみつめた、人形の美しさはどんな宝石より、どんな絵画より、どんな景色よりも美しいが、本当に美しいものを彼は知っている。それはこの子の笑顔なのだ。
始皇帝はすっかりと眠ることが癖ついた目の前の人形は他の者に触れられたくない故に眠っているのかも知れないと感じた、広い世界の中で彼女は始皇帝だけを待っていたというように目覚めたのに、彼女の世界をまた閉ざしてしまったのだと彼は気付いた。
今更遅いのかと彼は思いながら彼女の鴉のような黒艶の髪を撫でていると彼女はゆっくりと目を開けた、その瞳は人形でありながらも人と同じものでありつつも、星空を閉じ込めたような輝きを宿しており、始皇帝が髪を撫でる手をゆっくりと下ろしてその少女特有の丸みを帯びた頬に触れると彼女は目を細めて甘えるような表情を見せた。

「好、そんなにも朕がよいというのか」

その言葉に人形は横に寝そべりながらもその身を始皇帝に寄せるなり彼の胸元に潜ませてはぐりぐりと顔を寄せる姿はすっかりと淋しくてたまらないという子供の姿であり、始皇帝は頬がすっかりと緩んで愉快に笑うと人形も小さく微笑んだ。
その笑顔に始皇帝は目を丸くした後「そなたは...」と呟いた後、またしてもバツの悪そうな顔をしては独り言のように呟く。

「全く悪いことをしたな、朕はそなたに名の一つさえも与えていなかったな...そうだナマエ、ナマエはどうだ、そなたに似合う名だ」

どれだけの物を与えてきたというのにいちばん大切なものを与えていなかったとして始皇帝がそういうと彼女は突如勢いよく起き上がり、広い寝台の上で両手を上げて嬉しいといわんばかりの態度を見せることに始皇帝はこんなにもわかりやすいのかと驚いて同じように起き上がると彼女の細い手が伸びて始皇帝の目布を取るなり、じっと彼の星を宿したような透き通る瞳をみつめた。

「朕」

それは鈴が鳴るような声であった。
なによりも透き通る風のような声であり、始皇帝の全てを包み込むような声であり、彼女は始皇帝の頬をさきほど彼がしたように触れるなり「朕、朕」と何度も繰り返すことに始皇帝は泣いてしまいそうな気持ちへとなった。
幼子という無垢な存在、人形という何者にも染まっていない存在は皇帝たる彼にはとてつもなく心地よい存在であるとして始皇帝嬴政は彼女を抱きしめるなり「あぁそうだ朕だ、朕がそなたの唯一なのだ」と泣きそうな声で告げると人形は何度も彼を呼んで見せたため、彼はその日彼女を抱きしめて深い眠りに落ちた。

そして何を言われようともどこにいても彼はその娘を連れ歩いた、常に自分の膝を彼女の玉座であると告げて、家臣や妃嬪たちになにを言われようと唯一の愛娘であるとして、他の血の通っているはずの子供には与えることのない愛情を注ぎ。
自ら彼女に乳を三度飲ませ、髪を結ってやり、衣を選んでやり、あらゆる景色をみせてやると人形はどんなときでも幸せそうに笑い、この世界でなによりも美しい存在へと変わった、それは始皇帝が亡くなるまでも。

そして天界においても二人は父娘として過ごした。
それは娘と呼ぶよりも半身にも近いほどに共に過ごすようであり、始皇帝は今日も寝台の上で彼女に腕枕してやりながら絵本を読み聞かせてやり、うとうとする彼女の額に口付けをして「おやすみ」といってやると彼女も「朕」と彼を呼んで眠った。
人形に必要なものは愛情だけ、それ以上は何もいらない、それはかつて彼も望んだものであるとした。だからこそ二人を分かつものは決して現れることはないのであった。

2026.4.3