スパルタの王レオニダス一世、天界にて彼は日々自身の兵とともに来る日も変わらぬ鍛錬の日々を過ごす。そして今も彼はハンモックの上に寝そべり、愛煙の葉巻の煙を燻らせて、傍にはスパルタのチーズとワインを起きながら読書に勤しんでいた。
そしてそんな彼には大きな影がさしており、レオニダスは本から視線を上げては自分の上に物理的に影を落とす存在をみつめた。
「おいナマエよ、少し離れろ、こうも近いと貴様のせいで本が読めん」
そう告げると彼に影をさしていた存在、それは山より巨大な女であり、その女は目をパチクリとさせた。
「あら申し訳御座いませんレオニダス様、貴方様が今日も素敵でございましたので」
「日差し避けにはいいが本を読んでるんだ、遠慮しろ」
「えぇ、えぇ、もちろんでございます我がスパルタの王」
彼女の声はまるで息吹のように彼らに触れるが不快感はなく、その巨大な女、否、女神はゆっくりとその身を起こしては彼から離れると日差しがレオニダスに差し掛かる、丁度彼女の髪を梳いていた彼女に仕える者たちが小さな声を上げるため、彼女は「あらごめんなさいませ」とおっとりと返事をしては、また彼の隣に横たわるようにしては、慈悲深いその瞳でレオニダスを心地よさそうにうっとりと見つめるのをスパルタの兵たちは嬉しそうにみていた。
かつてはその巨大な女神に彼らは驚いたものだが、今ではレオニダスの側にいる彼女を彼らは王同様に慕っており、今日も今日とて側に控えるあの女神とレオニダスをみては鍛錬に勤しんでいた。
大地と豊穣の女神、それがナマエという女神である。
彼女はスパルタの地に宿る女神であり、力強く巨大であり、そしてなによりも己の生涯を厳しく鍛え上げる彼らの人生を愛する存在であった。レオニダスと彼女の出会いはレオニダスが生まれた頃からであった。
代々レオニダスの家系、スパルタの王たちは古代より大地の女神ナマエを信仰し、そしてその強い信仰心を持つ彼らを彼女も愛し、見守ってきたがそれは時に彼らにとっては甘えであるとされた。
彼女とスパルタは常に共に過ごしてきた存在であり、そしてナマエは常に彼らの為に何かをしたいと善意の限りを尽くした、土が合わず作物が実らぬときは大地が実るようにとその土に触れて実るように土を変えて、雨が降らぬときはほんの少しの涙という名の雨を降らせるために自分を抓ってみたり、そしてその礼にと捧げられる数多の献上品を彼女は心から嬉しく思いながら毎年一番のワインとチーズを嗜んだ。
そして作物の豊穣はもちろんのことだが、時に彼らの戦場や戦況においても彼女は力を貸しており、それはこれまでのスパルタの王たちには多大な恩恵であり、それ故に彼女への強い信仰心をみせたがレオニダスは歴代の王の中でも誰よりも自分にも他人にも厳しいスパルタの王であった。
それはある日の戦において、ナマエは彼らをいつものように天から見守っていたときのこと、足元の土壌を通じて彼らの疲労を感じ取っていた。
ナマエは常に彼らを想い、戦争に大きく手を貸すことはないが、それでもほんの少しの手伝いをして感謝されてきたことから、その時も善意からくる手伝いであった。
「(あのような装備であの斜面や、その先の道など転けてしまうかも...少々歩きやすくしてあげましょうね)」
そして今すぐにと立ち向かおうとするレオニダスたちの進む先にほんの少しの手を加えてみせた、彼女にとってはなんてことのないもので、まるで砂遊びをするようなものであり、道はなだらかなものとなり、さらに彼らが休みやすいようにと新しい場所を作り、喉が乾いてはいけないと湧き水が出るように地層を指先で突いた。
それはこれまで支えてきたやり方と同じであり、王となったレオニダスのために彼女はただ当たり前のようにしてみせたが、それに対してレオニダスは妙な違和感を感じ馬の足を止めるなり眉間にシワを寄せた。突如止まった王に兵たちはそれまでの道が険しかった反面、途端になだらかになり、快適に休める場所や水もあると嬉しそうにしてみせることに対してさらにレオニダスは苛立ったような怒りをみせた、
「貴様の仕業だな...何をしている、大地(ナマエ)よ!」
その声は地響きのよう鋭く、その声が聞こえるや否やナマエは天界にてビクッと大きく肩を震わせてはレオニダスをこっそりみつめると、彼は侮辱されたと言わんばかりに青筋を立てて怒りをあらわにしており、ナマエは顔を青ざめさせた。
「我らはスパルタの戦士、険しき道を選び、己の足を鍛え、渇きを力に変えて戦う。貴様が用意したこの道を我らが喜ぶと、感謝すると思うのか、これは侮辱以外の何物でもない!」
「(あぁ怒っておられるのですねレオニダス様)」
「用意された道を進むなど我らは許さん!貴様がそうするのであれば我らは別の道へと進む、我らの誇りを穢すというのならば俺は貴様が大地の女神であろうと叩き斬るぞ!」
「(そのように怒らないでくださいませ、すぐに直しますから)」
全く厳しいんだからとオヨヨと嘆いたナマエは道をもとに戻してみれば、レオニダスは「おい、あの水も直せ」というため、兵たちは目の前の光景に驚きながらも元に戻ってしまう様子に対してレオニダスと大地の女神がただの王と女神ではないのだと痛感し、険しい道を進む王の背中へとついて行った。
「全く大地よ、お前の好意を愚かな者たちは喜んだかもしれないが、俺はお前というスパルタの自然を好んでいるのだ、余計な真似をするな」
レオニダスの王宮にてナマエを祀る神台へ彼は今日の出来事を思いながらチーズとワインを捧げ、その前で彼は自分の分のワインを飲みながら、かつてスパルタの民が作った巨大な女神の像にグラスを掲げる時、ナマエは天界で「承知致しました我が王」といい静かにワインの樽を持ち上げて微笑んではスパルタのワインこそ至高であると微笑んだ。
そうして彼女は生前のレオニダスが朽ちるその最後までを見守り、その先も永遠にスパルタを、そしてスパルタ亡き後も地上にて彼女を信仰してくれる全ての大地を愛し、慈しみ、全てを支えてきた。
しかしながらレオニダスが初めてナマエと対峙した際には素直に驚いたものであった、なにせレオニダスは天界にて見てきた神々や戦乙女たちは自分たちと変わらない大きさや姿であるからだ、時折人ではない見た目やサイズがいてもそれは自分の女神以上ではなかった。
レオニダスは天界においてもスパルタを支えてくれたナマエへの信仰を止めることはなかった、それは彼が生まれたときからのものであるがため、彼女への信仰は呼吸をすることと同じであるからだ。
年に一度のスパルタの大地と作物の大祭において、彼はいつものように兵や民が用意したスパルタ一のワインとチーズを用意し、戦乙女であるブリュンヒルデに「これを大地の女神へ渡せ」と命じて律儀にも招待状を贈り、天界にて初めて面と向かってスパルタの者たちが迎えた時、彼らは現れた彼女に驚かざるを得なかった、レオニダスを除いて。
「こうして面と向かって皆様に招かれるなど大変嬉しく思いますわ、お初お目にかかりますレオニダス様、招待をお受け致しましたナマエでございます」
そうして挨拶をした彼女は彼らに視界を合わせるようにと地面に膝をついて座ったものだったが、レオニダスは彼女を見上げた、それはまるで山のような、いや山以上の大きさをした女神であり、彼女はレオニダスを前にしたかと思えばそれはもうとてもうれしそうに微笑んだ。
「大地の女神ナマエ、これほどまで巨大な大地に俺達は支えられていたのか」
「貴方がたの信仰心が私を大きくしたのです、特にレオニダス様、私は長年のスパルタの歴史の中、貴方以上の王を知りません。是非あなたに仕えさせてください」
「女神自らがか...良いだろう!スパルタの大地よ、これからも俺様の傍にいるがいい、さぁスパルタ一の酒だ、飲め!」
周囲の彼の兵や民がその姿に恐れ慄く中、レオニダスは彼女をただの巨大な人であり、ただの客人、けれども自分達を生前支えた存在として敬い歓迎しながらグラスを掲げれば彼女は彼こそが自分が見守ってきた歴戦のスパルタの王なのだと嬉しそうに目の前に用意された酒樽を人差し指と親指で摘んでは丁寧にその喉に通す。
それは長年彼女が愛するスパルタの味と香り、厳しさのある辛さの中に残る芳醇な香りと甘み、スパルタの民が愛し、育て、作り上げたその味は彼女にとっては一雫程度の味でも十分に味わい深いものであり、胸の奥がジンと熱くなり、その温もりが地上界のかの大地に向けて小さく熱を与えた。
そして大地の女神は今こうして自分のような存在に対等でいてくれる王を前にしては自然と涙が滲んでしまい、溜めたそれが一粒頬から伝って落ちてしまうと、葉から落ちた雨水のように大きく地面に流れていき、ぴちゃんと跳ねてはレオニダスの足元を濡らしてしまう。
「なんだ女神、そんなに美味かったか!」
「はい、やはりこの国の味が一番でございますね」
「おい泣くな、何事だ?スパルタの女がそんなに簡単に涙を見せるな」
「あぁすみませんでも、どうしても嬉しいのです」
レオニダスとナマエを見守っていた者たちは突如として涙を流す彼女に何事かと不安になった。元よりあの王は女性に対する扱いはそこまで紳士的ではない。王妃も彼の相方の戦乙女もスパルタの女もこぞって強い女しかいない故に、いくらかのスパルタの大地の女神だとしてもやはり恐ろしさや悲しみを抱いて泣いたのだろうかと思いつつ、降り出した雨を受け止めれば彼女は慌てて自分の持ち運んでいたハンカチを取り出して涙を拭った。
そして鼻の奥が痛む中でも毅然とした態度で目の前を見つめてくれる王に、これまでも幾人ものスパルタの王を見てきた、そしてみんなに祈られてきて自分なりにも支えてきた。
その中でもレオニダスは生前から自分を対等な存在としていつも堂々たる姿を見せつけ、さらに今回神の身分でありながらも彼はそれを理解し、その上でもてなしたいと招いてくれたこと。それはどれほど光栄であり有難いことか、そしてどれほど誇り高く誇らしいのかを彼女はいった。
「貴方は当然だと言うのでしょう、ですが私はあなたがとても誇らしくて、そして何よりもその背中の広さに強い尊敬を抱いておりますから、こんなに光栄なことなんてないと思いまして」
その言葉を聞く民や兵は彼女が自分達同様にレオニダスを王として崇めているのだと理解した。神というのはいつも気まぐれで自分勝手である。しかしスパルタの大地の女神ナマエはいつも彼らを味方するように支えてくれており、彼らは飢えを知ることは無かった。
彼女もまたスパルタの誇りを抱く強気女神なのであり、そしてまるで一人の民のようでもあると感じる時、レオニダスはその巨大な彼女を見つめた。
「大地の女神……いや、ナマエよ、あえて俺はお前を呼び捨てる。お前が俺たちを誇りに思うように、俺ちもまたお前を誇りに思いそして崇めている。それはお前が完璧な神であるからだ」
その広い心が巨大な身体がこの国や自分たちを支え最後まで共にしてくれたことに感謝する。そして今この時より大地の女神という役割以上にスパルタの民の一人のように生き、それに誇りをもつが良い。
そうレオニダスは王としての素顔で答えてやると彼女は大きく目を見開いた。そして「ええ、もちろんですレオニダス様」と返事をしてはまた用意された酒樽を手にして彼女は嬉しそうに飲み干してみせた。それは無邪気な一人のスパルタの民のようだった。
そうして大地と豊穣の女神であるナマエはヴァルハラで生活をするレオニダス並びにスパルタの民から深く愛され大切にされ、彼女もまた彼に全てを与えるように生きるようになった。
そんな時期ももう随分と前だなとレオニダスは思いながらいつもの様にワインを飲みながらナマエを見つめると、彼女があの頃随分泣いていたと思い出し、初めは泣き上戸かと思っていたが今ではそういう訳でもなく、反対に彼女が酒に相当強い存在であるとも気付いて、あの日の涙を思い浮かべながら彼女を見つめては、ふとした疑問を投げかけた。
「ナマエ、そういえば貴様はいつも片目を隠したような前髪をしているがどうにかしないのか、見ていて鬱陶しいぞ」
「……あら、それは申し訳ありません。しかし困りますね……なにか布とかはありませんか?」
「何故だ、隠さねばならない理由でもあるのか」
彼女は自分専用の家のようなサイズのジョッキを片手にうーんと悩むが、彼女はいつも片側に前髪を流しており、それは片目を完全に隠すような姿だった。何か事情でとあるのかと葉巻の煙を燻らせるレオニダスに彼女は隠した左目は空洞であると告げた。
「空洞……?戦でか」
「いえ、ある朝目覚めると我が左目は盗まれていたのでございます」
「なんだと?我がスパルタの大地の眼を盗むような卑怯な輩がいたということか?聞き捨てならねぇな、いつどこでだ、我がスパルタの地を穢すとはいい度胸だ」
レオニダスの声は地を這うように低い声で耳に届くが彼女は片手をあげて優雅に大丈夫だと微笑んで返事をした。彼女の肉体そのものは大地の一種であり、その為苦しむ人々の一部には昔から髪や爪を切られて持ち去られることは多かったという。
「髪?爪?女の肉体だぞ、正面から堂々とそいつらはしたのか?」
「いいえ、寝ている間などでございます、しかしお怒りにならないでください我が王よ、その目を盗んだ者も我が一部を取る者もみんな苦しいからこそ、そうせざるを得なかったのでしょう」
「ナマエよ、貴様は大地の女神としてその寛大な心があるのは許容してやる。だがスパルタにおいて女の肉体の一部を隠れて盗むような輩に容赦はせん」
お前の髪も爪も我が領土だとレオニダスは告げて彼女の髪の一部分を手に取り撫でると彼女は小さな熱に浮かされたような気持ちとなる。レオニダスは不思議な王であり、彼女の手のひら程度のサイズの人間でありながらその言葉はいつも彼女の全身を満たしてくれた。
彼はその肉体で彼女を抱擁するわけでも、熱い愛の言葉を捧げることもない。ただ彼女をスパルタの一人の民のように扱い、そしてその優しさは家族へ向ける強い情熱であるだろう。神としても民としても慈しみ想う彼の心は壮大で、それはまるで大地のような広さと力強さである。
彼女はゆっくりとジョッキを置いて、レオニダスに手を差し伸ばすと彼は少々不機嫌な様子でありつつも彼女を見つめた。
「レオニダス様、この目を盗んだ者は明日生きることも出来ぬ者でした、我が一部(土)を盗もうとそこに愛がなければ作物は育たないのです。しかしその者たちは人々と大地を愛されたのです」
「どれだけお前が言おうが卑怯な連中にかける言葉はない。お前は我が領土だ、それを勝手に踏まれ、盗まれて憤怒せぬ王はいない」
「そうですね、ええ勿論です、時を巻き戻すことはできませんがこれからは髪の一本さえ他人に支えげることは致しません。この身はスパルタのために尽くしましょうとも」
「それでいい、全くお前はお人好しが過ぎる、手のひらに乗せて俺を休ませろ」
そう言われたナマエは困ったフリをして微笑みながら左手の手のひらを差し出すとレオニダスは彼が愛用してるハンモックに寝そべるように、彼女の手のひらにゆっくりと腰掛けてはその形に合わせて身体を寝そべらせると瞼を閉じてしまう。
「レオニダス様寝られるのですか」
「こりゃあ罰だぞ、呑気なお前がまた誰かに盗まれるかもしれないからな、数時間ほど反省しろ」
気難しそうな顔をして告げる彼が心配していることを理解しており、女神はその手の中に眠る我が王に困ったと呟きつつも、それは春の息吹のように穏やかで心地よさそうなものだった。
彼女は手の中に眠る男が自分よりも遥かに巨大に見て取れて、ずっと見守っていたその存在に触れられることも自分を思ってくれることにも深い感謝を覚えながら、ゆっくりとその手の中を見つめ続けた、手の中の小さな命、それはあの頃と変わらぬ大きな大地の熱であり、葉巻の香りとワインの味にスパルタの土を感じながら女神は王を手にゆっくりと時を過ごした、それは彼女にとっては瞬く時間でありながらも悠久の刻のような心地良さであり、彼女と眠るレオニダスを優しい風が撫でるのだった。
2026.4.25
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