それは珍しい任務であった。
調査任務の一環ではあるが一振のみの単独、さらには一ヶ月間の長期任務であった。危険性は比較的少ないものの単独で対処出来ることや、現場慣れした刀をと言われればこの本丸で担当できるのは一振のみ。
「なんだ調査任務?俺じゃなくて別のやつに頼めよ、俺ぁ報告とかそういうのも苦手だっての」
「そうはいうけど一振のみで場馴れしたってなるとあなたが一番なのよ」
最初は断られるだろうというのは予想通りのものである。
特段驚くことはないが頭を下げれば頼まれた同田貫は頭を掻きながら小さくため息をついて「わーったよ」と返事をした。
任務までは数日間の猶予があり、食料や調査対象となる時代のお金など必要なものを申請し用意していく。調査任務はその時代に異変が起きていないか、または起こる可能性や、敵の襲撃のあとの様子などを確認するためであり、短い場合でも一週間、長い場合はひと月などは優にある。
今回の調査任務に関しては度々敵が発見されているが大きくは襲撃されていない状況、また先日別の本丸が大きく対処してくれたので問題ないと思われているが念の為に長期調査を依頼されたのである。
しかしながらひと月は長いと初の長期間に彼女は申請しておいた荷物を確認すると、一つのお守りが挟まってあった。
申請には出していなかったが?と思いつつも封もされていないお守りは凡そ自分で中に何かを入れて相手に渡すためのようで、彼女は袋の中のそれをみては小首を傾げた。
審神者になってからというものの、そうしたお守りや願いなどは多いが、如何せん彼女にはどうしたらいいのか分からなかった。それが刀剣たちの力になるといわれれば対応する訳だが、そうでなければ意味をなさない、興味を持たないという人間だった。
「……はい?」
ではこれに何を入れればいいのかという疑問を持つ彼女は近くにいたこんのすけに聞いてみたところ、神力の強いものをいれるのだという。遠方に出向くとどうしても審神者不在で力が不安定になる場合もある。そうした時に少しでも審神者との繋がりあるものがあればそれが力へと変わるのだと言われ、それは理解できた。
髪の毛でも入れたらいいのかと思う彼女だったがこんのすけは「皆様体毛を入れておられます」といわれ、やはり髪の毛か……と思った矢先、そのキツネは「下の毛でございます」と恥じらいなく言うものだから、彼女はこのキツネを揚げてやろうかと考えた。
だがしかし、書物の中にまだ出てきてしまうとバカにはできなかった。
つまり"神聖な乙女の毛"をお守りに入れるのが一番良いのだという。
冗談じゃないと言いたかったが、それらがいかに重要なものなのかは彼女も薄々と理解していた。だがしかし彼女はそうした時に出てくる"神聖な乙女"ではなかった。刀相手をカウントにせずとも彼女は立派に"非乙女"なのである。
「それで効力のあるものって」
「どうして私に聞くんだい」
「あなたが一番詳しいからよ、他の審神者にも連絡したりしたけど、みんなソレを入れてるっていうし」
目の前の石切丸に問いかけたのは彼が一番その知識について優れた存在だからだ。石切丸はいつも通り苦笑いをするものの、彼女は効果云々は分からないが審神者たちには伝統的に受け継がれており、下の毛をお守りにするのは普通なのだとされていた。
しかしそれは乙女であればの話だという彼女に殆どは迷信に近いところもあるのだと石切丸は告げるが彼女は正座した足の上で拳を微かに握った。
「迷信でもなんでもいいのよ、お守りってそういうのが大事なんでしょ?出来るだけ同田貫がちゃんと帰ってこられるように祈るためにしたいの」
その言葉に石切丸は優しく微笑み、確かに乙女の効力というものはあるが、結果的には人の想いがモノには一番なのだと告げた。そして彼女が結果としてどうするのかを察しており、彼は自分のしたいようにしなさいと告げた。結局彼女はいつだって背中を押してもらうなり、なにかしらの許可をもらい自分の正当性を求めるだけのずるい人間なのである。
「同田貫……これ、よかったら持っていって」
「なんだこりゃ……まぁあんたが渡してくるってことは何かしら意味があんだろな」
「ええ、これで神力の安定化させるの、持ってて損はないと思う、ただしお守りなんだから絶対に"中身"はみないでよ」
同田貫が出立する日、全員で見送りをする前に部屋で彼女は黒い御守りを彼に持たせた。
普段から持たせることの無いものを持たされた彼はこんな小さなものを、と思うものの彼女に手渡されたものを無下にすることはなく、しっかりと胸元に潜ませるが彼女は「そ、そこは」と困ったようにいうため、同田貫は一体なにかと思いつつも気にしないふりをして最後まで持ち物や彼自身の身を案じた様子であり、普段とは違うが故に過剰に心配する彼女に気分が良くなった。
「こんなんもいいけど、もっと効果のあるもんをくれよ」
「意味ないわよ」
「ある、気分問題だ、ほらとっととくれよ」
少しだけ顔を下へ向けた彼は目を閉じるため、それが何を意味するか分かる彼女は悩んだ挙句、一ヶ月かと思うと仕方がないと彼の胸に手を添える。少しだけ寂しいと思いつつも触れるだけの接吻をしようとしたのが間違いだった。
同田貫はまるで餌に引っかかった獲物でも捕まえるかのように強く抱きしめるなり口吸いをした。優しく頬に手と腰に手を添えて、彼女の香りや味を堪能する。息苦しくて目頭に涙を浮かべても同田貫は離さずに何分するのかといいたくなるほど濃厚に、長く互いを貪るときには彼女の手も同田貫の背中に置かれていた。
「いい顔だな」
「はぁ……ぁ、殺す気?」
「あ?んなわけねぇだろ、それにもし俺が死ぬならあんたの腹の上がいい」
それは帰ってくるという意味だ。
危険性は比較的低くとも長い任務だ、不安になることも多いだろう。
彼女は冗談を…と普段ならいえるが、その不安が拭いきれずに少しだけ彼の胸に身を寄せた。
「それがいいわ」
素っ気ない返事をする彼女でも、自分を受け入れていることを喜ぶ同田貫は軽く笑って無事に帰ると告げ、みんなに見送られて行ってしまう。
同田貫がいないというは不思議な感覚だと思いつつも、それでも審神者と刀の繋がりは感じられるため無事であるのだと思えた。
週に一度の計四回の報告書を受けて、検非違使の出現の気配や、小さな時代の変化はないかを確認してもらいつつも、それなりに一人でも問題なく行動出来ていることに多少安心して胸をなでおろす。
毎夜、布団が一枚であることだけが常に違和感としてついて回っており、ほんの少しだけ早く帰ってきて欲しいと願うのを胸に抑えて時間を過ごすと、気付けばあっという間にひと月が経過した。
長期任務だったからと政府からの報酬も多く、同田貫の帰還を小さな本丸の全員で盛大に迎え、普段よりも一層豪華な夕食を共にし、一日を終えた時のことだった。
「……で、これの中身、ありゃあなんだ?」
久しぶりに布団を二枚敷いた彼女は上機嫌であったが、互いの布団の上に座った時、同田貫からの言葉に彼女は思わず身体を硬直させた。
彼は律儀に「これ」といって出してきたものは、出立の前に手渡したお守りで、それは胸元に潜んでいたおかげか少しだけ癖がついているが大切に持ち帰られたのだとよくわかる姿だ。
中身……と言われた彼女はすぐにそれについて理解した。
当たり前のことだ、自分が用意したのだから忘れるわけもない。
おまけに用意をした上で神力をさらに強く念じて置いたのだから、手間暇もかかってある。あくまでもお守りとして簡単に渡すつもりだったそれの中身を聞く同田貫に何かあったのかと彼女は思いつつもはぐらかすように「別に大したものじゃない」と返事をした。
その回答に不満気な同田貫は仕方がないとあぐらをかいてはその手の中で握ったお守りをお手玉のように片手で投げては掴む。
「あんた気付いてねぇんだろ、こりゃあ随分なもんが込められてるようだった、あんたの匂いがすげぇ染み付いてるんだよ」
「匂いって……新品よ、それ」
「違ぇよ、"雌"の匂いだ、すげぇ甘い匂いがずっとしてんだよ」
雌の匂い──と称された彼女はそれが度々夜に使われる言葉だと理解していた。同田貫は床を共にする際によく彼女に「雌の匂いがする」と告げるが、それは所謂フェロモンのようなものであり、神力の影響もあるが同田貫に向けてのあからさまな欲望の香りでもあるのだと彼は言った。
彼女はそれに対して、そんなことは無いと否定しきれなかった。
もし彼がそれについて何かを感じたとなれば、それは仕方ないことだった。そういうものが効果があるのだと言われているのだから結果としては正解であるのかもしれないと思いつつも、中身のことはいえずに「でも、大したものじゃない」と震える声でいうのも束の間に、同田貫はお守りの中身を取り出した。
小さな紙が出てきたそこには何があるのか彼女は知っており。
思わず慌てて同田貫を止めようとするが彼はそれを手の中に握って離さない。
「よくもまぁこんなもの入れやがって、あんたなんつーもん用意したんだ」
「そ、それは、その……」
普通に考えて気持ち悪いと彼女は冷静に考えた。
日本は古来より爪や髪など、人のそうした部分を呪物としても使ってきた。だから効力があるのはわかるものの、実際手渡された側からしたら気味悪いものだろう。
彼女はそれを考えて必死に言葉を浮かべる。同田貫になんと説明すれば彼を納得させられのだろうかと考えるが浮かばずに「その」「あの」と手探りの言葉だけだった。
「あんたのせいで、俺ぁずっと興奮してたんだぜ」
「は?」
「当たりめぇだろ、こんなあんたの匂いの強いもん渡されてんだ、渡された時から思ってた、他の女を抱くなっていう意味かと思ってたわ」
「そういう意味じゃない!そういうお守りの意味じゃない!」
「お陰で俺ぁ一人で慰める羽目になったんだ、とんだ効力のお守りだよなぁ」
そんなハレンチな意味で渡すわけがないと彼女は慌てふためくものの、同田貫は手渡された瞬間から彼女の匂いの染み付いたお守りの意味を、そうして捉えた。
自分以外の女に触れるなという警告に近いもの。
強い神力と彼女の匂いが混じるそれに時折どうしようもないほどの欲望を感じて、思い浮かべては慰めた夜もあった。
そんな同田貫の報告に彼女は審神者の昔からある伝統的なお守りの意味であるのだと告げた。
確かに自分は乙女(処女)ではないが、それでも気休め程度になればいいと思い潜ませたそれがそんな事になるとは思わなかったと告げた。
「一個聞くけどよ、自分でしたのか?」
「なっ、なにをよ」
「この毛を切るの」
そんなことを聞くなと言いたかったが怒っているのかと聴きたくなるような目をした同田貫に彼女は「そりゃあ」といえば、同田貫の目はキラキラと輝くなり彼女を押し倒した。
何をするのかというが、同田貫は彼女の浴衣を割るとその素足を晒して、下着に手をかける。まさかこんな状態でと彼女は拒絶しようとするが同田貫は思いもよらぬことを告げる。
「見せろ」
「なんで」
「そりゃあみたいだろ、全部か?整えただけか?いいだろ減るもんじゃねぇんだ」
「減るわよ!私の気持ちとかなんか!」
「でもあんたの責任だ、あんたが俺をそういう風に思わせたんだから見せていいだろ」
二人は夜更けの布団の中でまるで修学旅行生のごとく喚き散らした。
どたんばたんとまでは行かないものの二人は暴れ果てるが、気付けば同田貫の下で乱されただけの彼女がおり、こんなことをしても同田貫の気が変わるわけがないことは分かっていた。
「見るだけなら許可する」
「見るだけな」
結局負けた彼女に同田貫は勝ち誇るように笑い、その黒い下着を下ろしてしまうと、彼は目を丸くした。
お守りの中に入っていた毛はハサミのようなもので切られたような状態だった。そのため彼の予想では梳いた程度のものだと予想していたが、それにしては予想以上に短く、まるで一度全て剃られた上で生えたてのような状態であった。
「お前……これ……」
「……ッそうよ!切りすぎたから一回全部剃ったの!もういいでしょお終い!」
わーわーと喚いて下着を戻し背を向ける彼女だが同田貫の手は、その背を向けた彼女の手首を背後から掴む形となっていた。それどころか下着に手をかける同田貫を感じて彼女は悪い予感がしてしまう。
これは今晩、二枚敷いた布団それぞれではなく、片側の布団のみを使う羽目になるだろうと。
「そもそも、あんなもんで一人無様に慰めた俺が待てができると思ってんのか」
「そんなの知らないわよ、待てをしたらいいの」
「ほぉ、テメェも一人で慰めてたくせにか?」
匂いでわかるんだと同田貫は告げて手元のお守りを乱雑に投げた、ものを大切に扱えという言葉はお守りの大元がいるから問題はないという意見で跳ね除けられると足を割って入れられ、彼が浴衣の下で褌を外すのを感じる。
「乙女の守りだか、なんだか知らねぇがな、あんたはそもそも俺の"女"だろうが」
モノよりも本人がいるだけで十分だと語る同田貫に彼女は余計なものを渡したと思いつつも、寂しさを指摘されたことに否定出来ずにされるがままに力を抜くと、背中に彼の熱を感じる。
乙女のお守りとはつまり、そういう意味なのかもしれないと彼女は感じた。
愛する相手への小さな下心を添えたもの、それを思うが故に男は戻ってこようとする。そんなくだらないはしたないことでも、効果があるのならばお守りは役目を全うしたということ。乱れる布団の端に落ちたお守りを強く握った彼女は同田貫の背に腕を回しては乙女のお守りと程遠くとも、彼がいるならそれでいいとその情熱を受け止めるのだった。
2026.02.26
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