アメリカ合衆国ネバダ州のラスベガスから北に位置する街スノーフィールド、その中央区に堂々とそびえ立つ建物が一棟、スノーフィールド警察署である。どこか冷たく静謐でシンプルなその建物は広く大きなものであり、毎日市民が何かしらの理由を持ってその場所にやってくる、遺失物か迷子か、はたまた犯罪者か、日に百人以上の人間が出入りをするその建物内の広いロビー、三階建ての円形状となる警察署内のロビーは広々として天井から差し込む光に当たるようなロビー中央は舞踏会を開けてしまいそうである。そして入口近辺には待合用の赤い長ソファが並んでおり、壁際にはSFPDと書かれた受付があった。
人々が歩き回る姿を眺めながら背中を伸ばす女性はドアの入口から入ってくる不安そうな顔をした人をを見るなり立ち上がり「こんにちは」と笑顔で挨拶をした。どうやら財布を無くしたようであり、彼女は深い同情をして相手に寄り添うなり遺失物届の窓口を簡単に告げてはその背中を見届けた。
次にやってきたのは荷物をいくつも台車に積んで運んできた宅配人、スノーフィールド警察署を受け取り先にする警察官は少なくない、受け取りのサインをしておいては受付の隣に荷物を置いてもらう、今日の荷物はいくつかあるが名前は全員把握してある。
次にやってきたのは善良な市民、まだ午前中ではあるが少しだけ悪い日だったのか受付にやってくるなり受付に座ってある彼女を見ては先日の警察官の態度がという話を持ち出した。彼女はそれを懸命に聞いて親身に相槌を打っていくうちに相手はゆっくり静かになる。スピード違反で罰金を食らったのだ悲しい気持ちもわかる、それも今月で二回目だと言うが今日はまだ五日である。彼女は落ち込む市民の味方であり待合の赤いソファを案内してコーヒーを差し出し、支払いは届いた用紙をコンビニか振込みでと案内した。
そうして午前の仕事ももうあと十分で終わりになるという頃、入口からやってきた一人の市民がカウンターに握りこぶしを強くぶつけた、善良な市民は今日は相当怒っているらしい。相手は彼女をみているのかも分からない様子で怒鳴り声をあげた、唾がカウンターの上に飛んだのを彼女は見えないようにサッと除菌シートで拭いてゴミ箱に捨てた。
「はい、はい、そうですよね、うーんそれは有り得ません」
親身になって聞くこと十五分、休憩時間過ぎていた、しかし相手の怒りは収まらずさらに十分が経過した、相手の怒りは警察だけではなく家庭の話などにもなった。さらに十分が経過して、いつの間にか日常の話になり相手は彼女に笑いかけていたが彼女はロビーの時計を見ては休憩時間が。と小さく嘆く頃、隣の受付カウンターの内線が鳴り、隣に座るもう一人の受付係が受話器を取るなり短い返事をして「署長から"いつもの"」と言われてしまうと彼女は慌てた顔をして目の前の市民に「すみません、私お昼ご飯が」と素直に言えば相手はそんな時間かと笑って一言謝ったあと帰っていった。
「あんなの警備に任せなさいよ、酔っぱらいよりたちが悪い」
「うーん、あの人も寂しいから話を聞いて欲しいんですよ」
受付カウンターの中でコソコソと話をしている間に相手に「ほら仕事」といわれてしまうと彼女はあっ!といった顔をして慌てて椅子から立ち上がる、背後には既に受付係とは別の制服を着た警察官が立っており、彼女を見るなり小さく頷いた、一時的でも交代の合図であり、交代相手から手渡された茶封筒を受け取っては確かに預かったと返事をして警察署の正面玄関から短い挨拶をして出ていった。
パン屋や精肉店にスーパーに寄って片手で大きな紙袋を手にした彼女は仕事というよりも仕事終わりに買い物をする主婦のようであった、そして適当にタクシーを拾って目的地を告げた、辿り着いた一つのドアをノックしてはその奥からの返事を聞いてはその建物に足を踏み込んだ。
薄暗い部屋の中で男は一人、つまらなさそうに椅子に深く腰掛けてだらしなく足を机の上に乗せていたものの、足音が聞こえてくるなり椅子を傾けて首を上げて地球を逆さに見るようにして彼女をみつめた。
「ようやく来たなマドモワゼル」
椅子が大きく音を立てたかと思うと男は立ち上がり入口から部屋へとやってきた彼女をみた、薄暗い彼の工房の中はあらゆるものが揃えられているがそれは彼が望んだからだった、無いのは女と強い酒であり、物で溢れた机の上には空になったワインのボトルが転がっており、そしてその周囲には魔術師であれば声を失ってしまいそうな贋作ではない本物がいくつも並べられていた。
「こんにちはキャスターさん、お仕事が長引いてしまったんです、おまけにお店も混んでたんですよ、言われていたもの冷蔵庫に入れておきますね」
「仕事仕事ってあんたは兄弟みたいにクソ真面目だな、どうだ?俺とちょっくらベッドで休まねぇか?もちろん休めるかは保証しないが、最高の時間を与えてやるぜ?」
「あら私の休憩はあと十五分ですよ?キャスターさんたら意外とそのお口同様に早いんですか?」
彼女がクスクスと笑えばキャスターは彼女の甘い顔とその年齢の割りには辛辣でありながらも華麗に流す口ぶりに相変わらず楽しそうに笑って隣に立つと紙袋の中身を楽しそうに眺める。
この度の偽の聖杯戦争に呼ばれたキャスターである彼はこの部屋に軟禁状態であり、唯一の娯楽とくれば電話相手をからかうことや、四角い小さな情報源となる電子機器のパソコン、そして毎日やってくるこの目の前の警察署の受付嬢である彼女だった。
食道楽である彼は紙袋の中のバケットや生ハムや新鮮な牡蠣やニンニクなど様々な食材や材料を見ては満足そうな顔をして「相変わらず見る目があるじゃねぇか」と笑った、彼女はただ彼に言われたものを用意するだけではあるがどうやら満足をいただけた様子らしい。
しかし彼女がその隣にもう一つ置いて見せた紙袋から香る濃厚でジャンクな複雑な雑多な香りに目をつけるのが彼であり、彼女が片付けをしている間にキャスターは紙袋を開いては包み紙に包まれた筒状のものを取り出しててはあっという間に包み紙を開いた。
「ホットサンドか、モッツァレラチーズにショルダーハム、んっ、この甘じょっぱいソースにブラックペッパーが締まった味はいいな」
「ちょっとキャスターさん、それ私のお昼ご飯!」
「俺の部屋にプレゼンター(あんた)が持ってきたんだ、つまりは俺が食ってもいいってことだろ?どうせこの昼飯も兄弟持ちだしな」
「そ、それはそうですけど、今月の期間限定だから楽しみにしてたのに」
もう…と呆れたような彼女は結局自分のランチ用で買ったはずのポテトとジュースまで奪われ、仕方なしにと彼の工房という名の部屋の中の小さな冷蔵庫に置いてあった水を飲みながらセットで買っておいたサラダを食べつつ作業進捗を聞いた。
キャスターは彼女の所属するスノーフィールド警察署の署長であるオーランド・リーヴのサーヴァントであり、警察署から繋がっているが少し離れた地下にある一角を工房にして日々仕事をこなしていた。そして彼女は受付係でありながらもそんな彼と警察署を繋ぐ連絡係であり、差し入れ人であった。キャスターは彼女をファンやプレゼンターに郵便屋などさまざまな呼び方をして見せるが意味は一つであり、この部屋に閉じ込められていてもそれなりの娯楽を得たと感じている次第だった。
「そろそろ本当に帰らなきゃ、キャスターさん、署長になにかお伝え事はありますか?」
「あぁたまにはテメェも相棒の顔を見に来いといっとけ、今なら男だろうとキスぐらいしてやるからってな」
「そんなの余計にこられませんよ、あっこれは署長からのご依頼書です、納品は本日中だと思います、それではまたご要件がありましたら是非お呼びください」
ランチを食べ終えて彼から紅茶まで入れてもらった彼女が席を立つとキャスターはつまらなさそうにもう帰るのかといいながら引き止めるものの彼女は一切の迷いも見せない。そもそも時刻は十四時を過ぎておりこれが彼女の仕事とはいえ随分とゆっくりしたもので、周りからは署長からの直々の指示だと言われていても受付係の仕事がメインの彼女はこれが仕事とはいえゆっくりとしてしまうことは周りへの迷惑でもあると感じて申し訳なさを僅かに感じていた。
「帰る前にこれやるよ」
「なんですかこれ?ピンバッジですか?素敵なデザインですね」
「俺様からの飛び切りのプレゼントさ、サインより価値があるが売るなよ?」
彼女はキャスターから手渡された小さな黒いチューリップのピンバッジだった、彼女は受け取るなり名札の横につけてみては満足そうに微笑んでは「それでは」と挨拶をして出ていってしまう、その姿を見届けた作家であるアレキサンドル・デュマ・ペールは含み笑いをした、また今晩受話器を取って電話をかけてやろうと思ったからだ、ある一人の男に。
警察署に戻ってきた彼女は自分の代わりに座っていた代わりの警察官に挨拶をすると相手は少し安心したような顔をして会釈のみをして戻っていった、自分のいなかった数時間は問題なかったと聞くものの特に問題はなかったと返事を返され、反対に毎日署長の小間使いは大変だと同情されることに彼女は「署長の役に立てるなら嬉しいですから」と心から思ったことを言うように返事をした。
空がゆっくりと青色から橙色に変わる夕方、時計はちょうど十七時となり一時間ごとになる音を鳴らす時計に受付に座っていた彼女ともう一人はすぐに本日受付終了と記載された細長いプレートをカウンターに置いてロッカーへと向かうが彼女は途中で同僚と分かれては、エレベーターに乗り、受付係が歩くことの少ない廊下を進み一番日当たりもよく、街を一望できる部屋となる署長室と書かれたドアを三度ノックして名前を名乗った。
彼女の名乗りを聞いた相手は静かに入室を許可した、彼女は一礼して入室するとそこには一人の男が椅子に座り職務に励んでいた。慣れたように足を進めるのの彼女はいつまで経っても慣れずにほんの少しの緊張を含んでいた。そして机を挟んだ向かいに辿り着いては眉間に深いシワを刻み左眉の際に残る大きな傷跡、そしてブロンドと呼ぶには色素が薄いミルクティのような色をした髪を後ろに撫で付けるように流している我らが署長──オーランド・リーヴをみつめると、彼の視線が彼女に向けられた。
「報告を」
「はい、お昼に呼び出された際にご要望の品を全てご用意しました、気に入ってくださったようですが、私のランチのほうに惹かれたようでそちらを召し上がられました…」
それから二人でお茶をして、執筆の苦労だとか彼の時代の話や文豪の話などを聞かせてもらってと嬉しそうに子供が親に話をするように無邪気に身振り手振りで話をする彼女にオーランドはこほんと一つ咳払いをしたことに彼女はハッと意識を取り戻しては申し訳なさそうな顔をした。
「お預かりした書類と納品日はお伝えしております、いつものようなお返事でしたが買ってきておいたジェラートで手を打ってもらったので大丈夫です」
「そうか、いつも君には面倒な仕事を頼んでしまうな」
「いえ、署長のためですから」
無邪気にそう笑った彼女はこの署にいるほかの部下たち同様に警察官ではないただの受付係だとしてもオーランドを深く尊敬し敬愛していた。オーランドはとある事情から彼女を自身のサーヴァントであるキャスターの世話係という名の事務係としても手伝ってもらうようになっており、彼女は毎日それを快く受け入れては職務をこなしていた。
無駄話をすること自体オーランドにとって無用の長物であり、彼の直属の部下であり部隊の者たちであれば決してしないが彼女は彼の部隊の人間ではなく、あくまでも彼に協力するだけの受付係でしかなかった。そしてオーランドもこの娘を自分の胃を痛めるだけの連中と比べれば遥かにマシな存在だと感じている。だからこそ彼女の必要な報告以外の雑談にも耳を傾けた後に報告を求めたのだ。
「それでは報告は以上です」
「あぁ……ところでそれは?」
彼女が短く報告を終えて帰ろうとかとする時、オーランドの視線と声が彼女の胸元のピンバッジに向けられた、黒いチューリップのピンバッジだった。彼女たち受付係には警察以上の厳しい規律はないがそれでもダメだったかと思いつつ素直にキャスターから貰ったものだというと外すように告げてオーランドに回収されてしまう。
理由もなくそうするタイプでは無いと理解している彼女は素直に彼に渡したあと、時刻はもう定時から三十分が過ぎようとするため長居も悪いと思い挨拶をして部屋を去ろうと背中を向ける直前に「待て」といわれてしまう。
「昼はヤツのせいで何も食べれなかっただろう、夜はなにかご馳走しよう」
「いいんですか?」
「ああ、待たせることになるが休憩室か近くのカフェで待っているといい、私が行くまでの間に何を食べたいか考えていてくれ」
彼女はそれはとても嬉しそうな顔をして「いくらでもお待ちしてます!」と返事をして署長室を後にした、オーランドは手のひらの中に残ったチューリップのピンバッジを眺めては全くどこまでも余計なことをする男だと自分のサーヴァントに思った頃、部屋の中に騒がしく彼を呼び立てる電話の音が鳴り、オーランドは静かに受話器を取った。
「よぉ兄弟!どうだ気に入ったか?」
「君はいつも彼女の監視をしてるのか、女性のプライバシーだ、控えろ」
「どうせあの花を摘むのなんざ分かっちゃいたが早すぎるぜ、それにしてもあいつを前にしたら甘ぇ顔しやがって、俺には飯も奢っちゃくれねぇのに薄情だよな」
「下らない会話を続けるつもりはない、そのまま仕事を続けろ、そうすればまた彼女に頼んで君の望むものを届けさせよう」
静かにオーランドが応えると電話先のキャスターは楽しそうにしている、今頃椅子を揺らしながら受話器の紐に指を絡めているのだろうと安易に想像ができる。
「じゃあとびきりいい女をくれよ、あんたが"気に入ってる"のをな」
オーランドはその言葉を聞いては静かに受話器を置いた、心の底から他人をからかうのが好きな男であり、反りが合わないと感じてしまうからだ。オーランドは手の中のチューリップを眺めながら、自分を慕い協力する彼女を思い浮かべた、決して彼女は共に花を開花させる存在ではないと言い聞かせながら、街中を監視できるカメラの映像の中で仕事を終えて警察署の向かいのカフェのカウンターで彼を待つ彼女を想いながら。
2026.5.11
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