この街において信頼できる人間というものは限られる、スノーフィールドという街は偽りの場所だ、魔術師自体が嘘と欲望に塗れた存在であり、正義を信じるオーランドにとってはこの世が善人が決して善人として生きていけるものでは無いことは知っている。
善人であればあるだけ苦痛と苦労を味わうだけであり、悪人になる方がずっと楽だという言葉は間違いではないのかもしれない、それでも信じる道を違えることは無い、それが無辜の民を守る術だから。
「おはようございます署長」
まだ清掃員もいない時間、随分と朝早くの時間に登庁したオーランドに声をかけたのは受付係の女性だった、愛想もよく市民からも愛されている、一年半ほど前からこのスノーフィールド警察署にて受付係として働き始めた彼女はいまや警察署内の看板受付嬢であり、採用担当の人事部たちは彼女が雇われてからの署内のアンケートにいい声が増えたというのは署長である彼の耳にも入っていた。
「おはよう」
ロビーはまだ誰もいない、清掃員は出社しているだろうがこの時間はロビーではないのだろう、広い署内のロビーを一人で動き回る彼女は登庁時間よりも二時間ほど早い登庁であり、オーランドは彼女に残業時間もつかないはずだと言うのに何故そんなに早くに来ているのかと不思議に思い来る前に買ってきたコーヒーを片手に署長である彼が自ら彼女に声をかけた。
「なぜ君はこんな時間に来ているんだ、残業代は出ないはずだろう、昨日残った仕事があるなら申請の上で夕方に残業すればいい」
それはオーランドにもいえることだった、彼は常にこの警察署にいるのではないかと思うほど誰よりも早く、そして誰よりも遅くまでここにいることが多い、毎日というほどでは無いが彼女は常に早くに来ていることは知っていた彼も不思議に感じ、そして効率や給与の観点から考えて問いかけたが見下ろされた彼女は目を丸くしてカウンターの中で紙を広げていた。それは市民からのアンケート調査の紙であり、通常受付係がみるものではなく警察署内の別の部署が担当するはずのものだった、もちろん見てはいけないとは表向きはしていないものの暗黙の了解とやらがあるはずだというのに、彼女はまさか署長が受付カウンターまでやってくるとは思わなかったのだろう。目をぱちくりとさせて思わずさっと両手で隠そうとするものの「みました?」と聞くのでオーランドは素直な返事をしたが咎める気持ちはなかった。
「この時間だとみんなが来ないしアンケートをみて、出来る限りはご対応出来れば…と思いまして」
「ほぉ熱心なことだが、君に何ができるんだ」
大抵は市民のアンケートという名の目安箱には愚痴や文句、それに要望は税金のかかることばかり、彼女一人では対処できない内容のはずだとオーランドは受付係の彼女に問いかけると彼女は案外できますよと笑った。
「例えばほら、あそこの自動販売機。夏場でもホットが常にあるようにしてもらいました、それに入口のお花は枯れることないようにしてるんです、あとゴミ箱の設置を増やしてもらったりとか」
「それは全て広報や総務などの判断だろう」
「へへ、そうですね、でも…ほらこれとか見てくださいよ、こういうのをみたら自分もできるなぁってなるじゃないですか」
そこには警察署ロビーの隅の埃が気になるというオーランドからしてみれば些細で日頃扱う仕事内容と比べれば正直なところつまらない内容だった。しかし彼女は箒を片手に持ち始めるため清掃係に連携して掃除をさせるようにいえばいいだろうとオーランドがいうものの彼女は困ったようにその通りだけど…と呟いた。
「でもちょっとでも市民の声を直に聞いて、自分でしてみた方がいいじゃないですか、その方がきっとその声に寄り添うことが出来ると思いますから」
だからいいんですと笑う彼女にオーランドは彼女のことは知っているが相変わらず変わった女性だと思いつつ、その純粋なる思いやりを持つ彼女のことは純粋に評価することができた。
次々と登庁してくる警察官たちを見ながら、オーランドは秘書と共に二階の廊下を歩き、一階のロビーを眺めた、今日も変わらず彼女は一人の市民を相手に楽しく話をしているようであるのが伺える頃、隣から名前を呼ばれることに僅かな遅れをとった。
「どうかなさいましたか?」
「いや、ロビーの自販機に夏場でもホットが飲めると聞いてな」
「はい、以前から声が上がってましたが総務部が不要だろうと言っておりました、しかし先日頃からようやく取り入れてくれたようですね」
「理由は?」
「受付係が総務部の部長に頼んだとか」
確か名前は……という前にオーランドは理解をして大丈夫だと断った、その後オーランドは総務や経営に広報などを含めて聞いてみたところ、この一年半でスノーフィールド警察署の市民からの声は暖かいものが増えたこと、また受付係の彼女のことを聞いてみれば確かに彼女からの強い意見であり、市民の声を直接聞くゆえに近頃は彼女の意見もかかせなくなっていると苦笑いをされた。
署内において知らないことはないと言えなくは無いオーランドだが、それでも人間関係や、彼自身の警察としての仕事とはまた別の聖杯戦争に向けての用意等で市民一人一人の意見やそれに関する署内の動きなどは見ていられなかった、それは当然彼が普通の人間でもあり、釈迦や聖徳太子や聖人君主でもないからだ。
そして何よりもオーランドには一つ悩みの種が生まれた。
それは彼が偽りの聖杯戦争のマスターとして、サーヴァントを喚んだものの、その相手がまた一癖も二癖もある男であり、彼と性格が全く合わず彼の能力を考えなければ決して契約などしなかった存在だったからだ。
相手の生前の行いや逸話に発言など様々な情報は入手していた、しかしたくまでも本は本でしかない、実物を知ってしまえばそれは全く違うものであり、オーランドはとにかくあのキャスターに苛立ちを感じることが多かった。
彼に頼んだこともある故にスノーフィールドの地下の一画をキャスターの工房とし、そこにて仕事をさせているものの、唯一といっていい連絡手段の電話を適度にかけてきてはくだらない話をしたり、常に食事と女を求めてくる下世話な彼に苛立っていたのも事実、しかしその為に人材を捌くのかと思いつつ鳴り響く電話の受話器を取ってみれば『よぉ兄弟』という声が聞こえ、彼は直ぐに切りたくなったが念の為に話を聞いた末に最後には『ハンバーガーってやつが食いてぇんだよ』と言われてしまえば持っていくしかないとなり、通話を終えてため息を着く頃、ちょうど署長室の部屋がノックされた。
「入れ」
相手が名乗る前に告げれば珍しい相手が茶封筒を片手にやってきた、それ受付係の例の彼女であり「署長宛てのお手紙なんですが、誰もいなくて」と困ったようだった。受付係である彼女は日に何度か来る荷物の受け取りも担当しており、それをそれぞれの部署や相手に届けることも仕事の一環であるが、署長宛の荷物は厳重なものであり、彼の直属の部下となる二十八人の怪物(クラン・カラティン)の誰かに渡すようにいつも告げていたはずだ。
しかし今日ばかりは全員が各々の仕事に駆り出されており、秘書でさえも少しだけ席を開けている状態で彼女が来ざるを得なかった。
彼女はオーランドに封筒を手渡したあとすぐに去るのかと思えば彼をじっくりと見つめた、大きな彼女の瞳に飲み込まれるのかと思いつつ、何かと思えば彼女は署長室の壁沿いのコーヒーメーカーをみた。
「お疲れでしたらコーヒーくらい、淹れましょうか?」
オーランドと彼女は署長と受付係でありつつも、互いにそれなりに古い仲でもあった。しかし特別仲がいいわけではない、困っていた彼女を昔助けてやり、少しだけ世話をしてやったと言うだけ、そして彼女もオーランドをその時から尊敬していた。それだけであり二人は特別な何かがある訳でもなかった。
しかしオーランドは知っている、彼女が決して力を持つ警察官であるクランカラティンではなくとも、ただの普通の女だとしても毒気のないその性格が人に好かれるタイプであるということを、笑う門には福来るとはいうが、彼女は常に自然な笑顔を出して幸せそうな雰囲気を出す純粋な存在であり、悪人は近づくことを嫌がるか絆されてしまうかの二択になるのだ。
「君はいつも荷物運びもしているようだが、好きなのか?」
「好き……というんですかね、でも好きです、色んな部署に行けるし受付の椅子から抜けれますし、それに結構皆さんと話することも多いですし」
「話好きなのは結構だが、一人の市民相手に長時間使うのは感心しないな」
彼女から受け取ったコーヒーを飲みながら署長としての意見をいえば彼女も今日一人の市民を相手に二時間半話してしまったことを猛省しており、それは大抵くだらない日常の会話であったりも多いようだった。
どんな相手にも怖気しない、彼女は自分のペースを貫く、しかし相手の話をちゃんと親身に聞き入れ、要望や話の重要な部分は汲み取る力に長けている、にこやかで愛想も良い、その上、口も堅くオーランド自身も個人的に強い信頼を持てる相手だと理解していた。
目の前でじっくりとみられた彼女はオーランドをみつめた、仕事のことをまた責められるのだろうかと少しだけ不安があるようだが、オーランドは彼女に「新しい仕事を頼みたい」といった、そして次に仕事内容を離そうとする時、彼女の声が重なった。
「わかりました、やります」
「……まだ、何も言っていないだろう」
「はい、でも署長自らが私にということでしたら、なんだってします!あっもちろん出来る範囲ですけど、署長はそういうのお分かりですから大丈夫ですよね」
それでなんですか?掃除?コーヒー係?もしや潜入捜査!?などと少しだけ浮かれたような彼女は少しだけ子供っぽい、オーランドからすれば彼女は娘といっても過言ではない年齢でもあるため年相応にも感じられるが冷静沈着の常に威厳ある空気を保つ彼とその周りを考えれば随分陽気に感じられた。
「とある場所までランチと荷物を届けて欲しい、相手は私の"協力者"だ、下手なことはしないだろう、普段は他の者に頼むところだが人手不足だ、君は信頼できる相手であり、相手も君を気にいるだろう」
「どんな方でも構いませんよ」
「そうか、署長命令の仕事として頼むから相手に時間を取られてもそこまで気にしなくていい、代わりの受付係が必要なら誰かしら頼んでおこう」
その相手にかかった費用は全て警察署の経費として落とすため領収証は必ず受け取り秘書に渡してくれとオーランドが伝えれば彼女はにこやかに質問もなしに「承知しました」と笑った、彼自身は彼女を知っているが、それでも疑わないのかと感じた。
しかしながらキャスターのために割く人員は必要不可欠であるのも事実、クランカラティンの誰かを宛てがうことが一番ではあるものの、それの代わりが出来るのであれば良いとした。例え一般人であろうと彼女は少々肝が座っていることをオーランドは理解していたから。
署長室から戻ってきた彼女は受付係のもう一人に署長からの頼まれ事をしたから抜けさせてもらいたいといい、二つ返事の了承を貰うなり、メモ紙を片手にハンバーガーショップに並び、そして普段は決して歩くことのない地下を歩いた。
地下鉄とも通らないスノーフィールドの街、警察署のさらに深い地下に広い場所があるとは彼女も知らなかった、驚きはしつつもそれ以上思うことはなく、オーランドから渡された部屋にたどり着くなりメモ紙は突如炎を出して消えてしまう。彼女はこれには驚いてしまうものの炎は熱くはなかった。そういう手品の類いなのだろうかと思いながらも重厚感のあるドアをノックしたが返事はなかった、不在なのだろうか。改めるべきかと考えたがオーランドからは今から行ってほしいと言われていた為、荷物だけでも置いて帰ろうと思いドアを開けた。
薄暗いそしてどこか古びたような部屋だった、重たい劇場のカーテンが掛かっていたり、古いアンティークのような棚や机に椅子が並んでいる、右手側には複数のモニターといつでも食事が出来るようにというような皿とナイフフォークのセットとグラスが並んである。
紙とインクの香りが強く、独特の雰囲気がある、何処か図書館や劇場のような雰囲気なのかと彼女は部屋の中に恐る恐る足を運んで、正面の作家が執筆するようなものが並んだ机ではなく右手側の食事をしそうな机の上にハンバーガーショップで買った紙袋を一つ置く時、声は聞こえた。
「よぉお嬢さん」
「きゃっ!」
「今回は随分と雰囲気が違うのを寄越したな、うん?二十八人の怪物じゃあねぇな、あんた普通の一般人だな?頼まれたのか?どうしてだ?」
一八〇センチはある巨躯の坊主頭の男はまるで古びた演劇の登場人物が着るような服を着ていた、独特の眉はその髪に繋がっており、ルージュのような瞳が部屋のオレンジ色の間接照明に触れるとまるで宝石のように輝いた、歯並びのいい歯は赤と白が交互に並びまるでルーレットのようであり、彼女を見下ろす姿は何処か不気味で恐ろしかった。低くも軽い声で問いかけてくる彼が一歩近づくと彼女は思わず一歩引いた、そして気付けば背中が壁に触れる頃、目の前の男に追い詰められ、彼女は見上げると男は「女が欲しいとは言ったが、俺の好みじゃあねぇな、兄弟の趣味か?」と品定めするように見つめては大きな暗褐色の手が伸びて彼女のネクタイに触れて緩めた。
「だがまぁ退屈はしなさそうだな」
そういって彼が笑った時、彼女は目を丸くして彼を見上げた。
「あの、別にいいんですけど、買ってきたハンバーガーのポテトが中の湿気でベチャベチャになるから少し開けてた方がいいと思いますよ」
「ん?そりゃあどういうことだ」
「好みの問題ですけど、私は作りたてのサクサクした方が好きなんです、あのままだと中の熱気による湿気でポテトが水分を含んで美味しくなくなるんですよ」
彼女は怯えよりもずっとポテトが気になっていた、何故なら自分の物も入っていたからだ、せめて袋を軽く開けさせて欲しいと思った、そうすると熱気による湿気がなくなり比較的揚げたてのまま食べられるからだ。
男はその言葉を聞いて振り返ると「その方がいいのか?」と聞くため「私はそっちの方が好きです」といった、彼は考えたあと机に戻って「頼んでたブツじゃねぇか!」と無邪気な子供のように笑って椅子に腰掛けるため、彼女も慌てて戻っては頼まれてたから買ってきたことを説明して一つ一つ取り出した、ノーマルのタイプと人気のバーガー、そして自分用の期間限定のバーガー、今季の新作はエビアボカドタルタルバーガーであり、彼女も自分のランチ用に買ったのだ。
「って、そっちは私のです!」
「ん、このエビのプリっとした質感にアボカドの新鮮な味、タルタルソースにはレモンか?あっさりしてるな、なるほどな…こっちは」
「半分残してくださいよ、私のお昼ご飯なんですから」
まるで先程までの空気感も忘れて彼女は重たい椅子を運んでは隣に座り買ってきたハンバーガーショップの袋の中身を出し切ると、誰かも分からない相手と昼ご飯を共にした。どうやら彼はこの部屋から出ることを許されておらず仕事に缶詰状態であるということ、物語が好きで食道楽だと彼女は感じつつもコーラを飲み終えた。
「そういえばあんた名前は?どういう役割だ?」
「スノーフィールド警察署受付係のナマエ・コンスタンスです、本日は署長に頼まれてこちらに来ました」
「ナマエ・コンスタンス……コンスタンス、それにナマエ、いい名前じゃあねぇか!ヒロインにピッタリ、いいやヒロインだな、気に入ったぜあんた、肝も座ってるしこの部屋に来てもビビらねぇ、おまけに俺の話を聞いてもうんざりしてない、いい話し相手になりそうだ、ちょっと話に付き合えよ、いいや?話して欲しいだろ?どんな話も壮大に楽しく喜劇に悲劇に楽しませてやるぜ」
「あー……素敵な申し出なんですけど、もうここで随分ゆっくりしてしまったので仕事に戻らなくちゃダメなんです、あぁでもまた機会があれば是非お話を聞きたいです」
彼女は心から申し訳なさそうな表情をしていうため彼はそれ以上止めることは出来ず、それなら仕方がないと席を立つ観客を許した、そして彼女が部屋から出る前に「そういえばお名前は?」と聞く時、彼は笑って一冊の本を差し出した、まるで今から劇が始まるように。
「キャスターと呼んでくれ、俺が気になるならそこいらに情報はある、だが今日の出会いに俺からMa chérieに贈るのはこれだな」
そう言って彼は見届けては笑った、案外退屈しなさそうだと。
警察署に戻り、頼まれた仕事を終えたことと領収証を手渡すため、比較的時間もマシだと思う仕事を終えた夕方頃に署長室に来た彼女はノックの末に「受付係のナマエ・コンスタンスです」といえば、入れと短い返事を受けて彼女は入室した。
夕方の日を浴びる署長室は何処か幻想的でスノーフィールドの街をよく眺められた。彼はいつもここから人々を見守っているのかと遠くから眺めつつ彼女は平静を装い「お昼のご依頼完了のご報告をと思いました、不要ですか?」と問いかければ彼は聞こうと書類から顔を上げて彼女を見つめた。
「次回もまた来いと言ってくださいました、あと夜食はフランス産の高級ワインとイタリア産のチーズが良いと仰ってました」
「それは無視して構わん、ヤツに何かほかに言われなかったか、下手なことや君が不快になるようなことはなかったか」
「はい、なにも。そういえばキャスターさんから帰りに本を貰いました、Ma chérieに贈るのはこれだって」
Ma chérieってどういう意味なんでしょうか?それにこの本分厚くって読める自信がないですよと笑っていう彼女にどんな本を貰ったのかと聞けば彼女は念の為にと持ってきていたようで、分厚い本を取り出してみせた、それはアレキサンドル・デュマ・ペール──キャスターの著書である"三銃士"だった、Ma chérieの意味を知るオーランドはあの男がこの娘を気に入ったのだろうと察し、自分を好む彼故に最高の作品を手渡したのだろうと察した。
三銃士──アニメも映画も演劇も人形劇も全てがあるほど愛された名作、オーランド自身あの作品は嫌いではない、好きかと言われればどうかは答えないが。活発で明るく市民の顔となる彼女に贈った理由は何故かと思いつつ、特に何か魔力を帯びてる訳でもないため無害であるとしてオーランドは素直に受け取るといいと返事をして彼女に残業申請をして帰るように告げた。
「また君に頼むかもしれないがいいか」
「はい、署長からのお願いでしたら」
それではお疲れ様ですといって笑って行った彼女にオーランドは彼女の過去の姿を思い出しては彼女も立派な大人になったのだと感じつつ、真面目な仕事人でよかったと思った。
それから数時間後、署長室の電話がけたたましく鳴り響いてはオーランドは気怠く重たそうに受話器を取る、誰かなど聞かずとも定時時間を過ぎて署長室のこの電話に掛けてくる相手など限られている、特に今は、ほとんど一人といってもいいだろう。頼まれた物資は仕方なく別の者に届けさせたはずだと彼は思うが『よぉ兄弟、今日も顰め面でクソつまらねぇことしてんのか?』と苛立たせるように汚い言葉で問いかけることに彼は無言を返した。
『まぁいい、今日の"ファン"は最高だったぜ、なぁあの娘はお前の趣味か?それとも好みか?それにしてもセンスがいいもんだぜ、俺にあんなやつを寄越すなんて』
「ただの警察署の受付係だ」
随分と機嫌がいいようで届けさせたワインに酔わされてるのか、それともそれだけ彼女が気にいったのかとオーランドは静かに言葉に耳を傾けると受話器の向こうのキャスターは楽しそうに喉をくつくつと鳴らして笑う。
『ナマエ・コンスタンス、いい名前じゃあねぇか!俺に打って付けの最高の女(ヒロイン)だ、センスがよすぎるってもんじゃあねぇぜ、あんなのをテメェのところに控えさせてるなんざ、なぁどうだ?どんな子だ?触れたか?食ったか?』
騒ぎ立てるキャスターにオーランドは一体なんなんだと思った、しかしだ、オーランドは聡明で博識ではぐれ魔術師だが優秀な男だ。電話相手からすればドがつくほどに真面目な男である。だからこそ、彼はすぐに気付いては思わず手で顔を被った。
この通話相手、アレキサンドル・デュマ・ペールの前にナマエ・"コンスタンス"を送ったのだ。そして彼女は彼から本を手渡された"三銃士"を。
それだけで彼が何を言いたいのかオーランドは理解しては「偶然だ、本当に……あぁくそ」と苦々しく呟いた、全く運命とは数奇なものでオーランド自身も酷く呆れてしまいそうになるがキャスターはとても楽しそうに一人で騒がしくて話してきたあと「兄弟よお、これからあの嬢ちゃんだけを寄越してくれよ、いい読者になるぜ、あのお嬢ちゃんは」といって通話を切った。
コンスタンス──正確に言えばコンスタンス・ボナシューは三銃士のヒロインであり、主人公ダルタニャンと結ばれるが最後は敵であるミレディに殺害されてしまう悲劇のヒロインだった。
それを思い浮かべてはオーランドは深いため息を一言吐いた、全然違う、名前以外は何もあっていない。それでもキャスターには十分な脚本を与えてしまったのだと思う頃にはもう遅く、オーランドは翌日彼女に正式に頼むことになるのだ。
「受付係兼署長専属事務係」という役割として。
2026.05.12
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