深夜のスノーフィールド警察署、夜のスノーフィールドは南にあるラスベガスより静かな反面、深い闇が動く不穏な場所であり、警察署長オーランド・リーヴは署内の監視カメラを見てはしっかりと職員や部下が帰っているのをみた、深夜とまでは行かないが充分遅い時間であり、既に不良少年のグループがロビーで手を後ろに掴まれて連れていかれる姿を眺めながらも彼は気にせずに仕事に打ち込んでいた。正確にいえば警察の仕事とはまた少し別の聖杯戦争に関連するものだった。
自身のサーヴァントであるキャスターに荷物を届ける為に仕事を任せるようになったナマエ・コンスタンスという一人の受付係の女性については既にクランカラティンにも伝えてあり、彼らは大抵受付係である彼女を知るためオーランドの判断がそれでいいのかと多少の驚きはあるものの安全は考慮することや一般人であるため、万が一があれば警察官として守らねばならないことを告げた。オーランド自身どれだけ人手不足でも魔術師ではない上にその知識の一つもない彼女を巻き込んだのはどうかと思った。しかしそれでも彼にとって"信頼"以上に大きなものはなかった。それは言い訳がましいが、聖杯戦争や魔術師や警察官として生きとし生けるものを知るからこそ考えてしまうオーランド故なのだった。
改めて彼女が警察署に来た時の履歴書や、それとは別で持っていた彼女に関連する書類に目を落とすオーランドは小さなため息さえついてしまいそうだった。
そう考えている合間にいつもの様に署長室の電話が鳴った、三コール四コールと鳴るがオーランドは特に用事は無いはずだと思った、特に今は動きもないため電話を鳴らしてくる相手には頼ん仕事以上を望むこともないからだ、しかしコール音が止まったと思えば再度またけたたましく鳴り響いた、頭が痛くなりそうに思いつつ彼は眉間に寄せる皺を深くさせて受話器を取ると相変わらず頭に響く声が聞こえた。
『よぉ兄弟、相変わらず電話を取るのが遅せぇな焦らされるのは嫌いなタイプだって知ってるくせに毎度焦らしやがるが、もしやあんたはサド公爵か?』
「キャスター、要件はなんだ、貴様の暇つぶしに掛けてくるなと言っているはずだ」
『暇つぶしの相手はくれてるがお前によく似て真面目でなぁ、職務時間外は入口の看板を閉めやがるんだよ、こりゃあ市民のクレームも止まねぇってこった、いっそ警察署の受付は二十四時間にしたらどうだ?』
受付は受付なだけで雑談相手でも人生相談相手でもない。とオーランドは言うが如何せんキャスターがいう相手はそういうことを善意からしてしまうタイプであり、強く否定できなかった、何度か上司からも言われてるはずだが態度を改められないのが彼女の美点であり欠点だろう。
オーランドは相手の話を聞く気はないとして無駄話ならと受話器を置こうとする時『まぁ待てよ』と静止が掛けられる。一体全体なんの用事だと無駄時間に付き合痛くはない、特にこの作家の相手ならなおのことと思う間にキャスターは楽しそうにしている、きっと満面の笑みだろう、いい作品を書き上げたように。
『ナマエ・コンスタンス……コンスタンスねぇ、いい姓だと思ったが、まさか義理の家の姓だとはな、あのお嬢ちゃんもこりゃまたいい人生を歩いてきたじゃねぇか、なぁ"お巡りさん"』
彼女の過去を探ったのかとオーランドは理解した。
キャスターというクラスである以上は情報収集や魔術に長けていることは当然のもので、通常クラスよりもさらに特化されているのだ、不思議なことはないだろうとも思えたがオーランドは内心はいい気持ちではなかった。それはまるで土足で踏み込まれるようなものであるがきっとキャスターはそんなことをひとつも気にしない。彼は悪人ではないが自分の悦楽の為なら多少は他人を踏む事が出来るのだ、でなければ彼は妻や子供を捨てず愛人にいかなかったはずだ。とはいえオーランドは彼の生前については特に言及する気はない、電話先の相手の言葉を借りるなら人はみな物語を持つからだ。
『なぁ兄弟、あの嬢ちゃんのことよぉく知ってんだろ?どんなつもりであそこに置いてるんだ?聞かせてくれよ、お前さん程の男が守った存在についてをよ』
「くだらん、彼女のことは当然把握している、だがしかしそれに対して君に何かを言うつもりは無い、彼女のプライバシーの侵害だ」
『プライバシーだと?市民を監視してる奴がよくいえるもんだ、まぁいいそれほど大事にしてるんだろ、まぁでもひとつ聞かせろよ兄弟』
あんたはあの子を道具として今も見てるのか?
それは静かな声だった、キャスターにとってナマエという女性は一等気に入っているからなのか、あの愛想のいい受付係は短い時間でよく手懐けたものだと思えるがオーランドは静かに息を吐いて仕方なく答えた。
「彼女は警察署の受付係、私の大切な部下だ」
道具に見た事など一度もない。
それは嘘偽りない言葉でありキャスターは当然だというように聞いては満足したのか『じゃあ明日も受付嬢を頼むぜ』というため『受付"係"だ』とオーランドは訂正した。
時刻はもう二十三時近かった、オーランドは窓の外を見ては街頭や疎らになってきた街明かりを見て十年前を思い出してしまう。
それはまだオーランドが警察署長になる前のただの警察官であった時のことだった。今とは違い現場を駆け回るような仕事をしていた彼はその時からスノーフィールドの街で様々な動きを密かにしていた、そしてそれは休みの日であった。オーランドは本屋に行き気になっていた本を試し読みしては違ったと思いつつ買い物をして帰ろうとした時、路地からなにかの声が聞こえた。
まだ若い女性の声と男たちの声、スノーフィールドは決して治安がいい街ではない、アメリカ合衆国としては平均的な街であり、マフィアもいれば薬物の売人だって当然いる。年間の行方不明者は常に数万人はいるが様々な人間が出入りする街であり、そして実験場でもあるのだ。
十代中頃の少女だろう、複数の男に囲まれては必死に身を縮めてどうすればいいのかも分から無い様子でリュックサックを背負い、その手には分厚い本を手にしては必死に「やめてください」「警察を呼びます」とアメリカ英語とは違う訛りの少しある英語で威嚇していたがその姿は子猫が毛を逆立てている程度にしか感じられなかった。
男たちは凡そ何かしらのグループなのかビッシリとタトゥーを彫って、いかにもな見た目をしていた、オーランドは正直なところよくあることでもあるため無視をしたかったが彼女の腕の中の本に小さな興味を抱き足を進めた。
「寄ってたかって子供相手に何をしているんだ」
オーランドは一九〇センチ近くはある高身長だった、おまけに警察官であり私服だとしてもそのシンプルなセーターを着た服装から分かる肉体はしっかりと鍛え上げられたもので、明らかに一般人ではないのは分かってしまう。
男たちはそれでもなんだ?と威圧的に凄もうとするがオーランドはポケットから面倒くさそうに警察手帳を取り出して「スノーフィールド警察だ」といえば男たちはそそくさと言い訳をしながら去っていった、簡単な連中でよかったと思うものの少女の視線がオーランドに向けられていた。
「助けてくださってありがとうございます!」
「当然のことをした迄だ、それよりこんな時間に一人で出歩くのは観光客といえど危険すぎる、ご両親は?」
「ひ、ひとりです」
「何故だ」
「独り立ちのためにここに来たんです、でもその……お財布を取られちゃったのと、泊まる場所もなくて……」
聞くと彼女は十六歳だった、オーランドは彼女を見下ろした、質素な服装だが荷物は最小限、靴は履きなれた様子だが底が擦り切れている、リュックサックというのは慌てて飛び出してきたからか、話し方からしてヨーロッパ方面なのだろうと思いつつ、オーランドの視線は手の中に大切に抱かれた本をみる、それは表紙からしても禍々しい魔力もオーラをまとうものであり、明らかに異質なものだった。本人からは何も感じないものの魔術師関係かと思わず警戒する彼は「これは?」と問いかけると彼女は困ったような顔をした。
「家から盗んできちゃったんです、なんか古い本だしお金になるかなって思ったんですけど、どこも買い取ってくれなくて」
悪いことをしたし家に返そうと思うんですけど。とオーランドに差し出してきた本を彼は手に取って開いてみれば思わず息を飲んでしまう。家にあったと言うがどういうことなのかと聞きたくなってしまうそれは時計塔や魔術協会が知れば地下に保管されるような古代魔術のありとあらゆるものが乗っているものだった。
そしてほのかに本人からも微量の魔力を感じるが魔術回路が開通していると言うほどではない、抑えきれないものが滲んでいるだけのようである。聞きたいことはごまんとあるが彼女自体に本についてを聞いても何も分からない様子で、ほんの少し基礎的な魔術の質問をしても「ドラマとか?映画の話ですか?」と聞いてくることにオーランドは彼女はただの一般人だと理解した。仮に彼女がそう演じているのならば相当な役者だといえるほどに裏を感じられなかったのだ、人や魔術師をよく知る彼が。
そしてオーランドは彼女に「何故ここに来た」と質問をすれば彼女は礼儀正しく受け答えしていたところから顔を伏せたものの、その首筋や季節に合わない薄手の長袖やら裾から見える肌をみてしまい察してしまう。
それでも国を跨いでまで逃げたかったことは不思議だと思いながらも夢を持って出てくる者も多いかと納得した頃、オーランドは警察官としてこの未成年を保護してやり、警察署にて彼自身が話を聞いてやった。
身分証明書やパスポートは本物であることや、アメリカ国籍でないことは確定し、彼女はなんでもするからここに居たいと強く願ったもののオーランドは簡単にはいそうですか。とはいえなかった、そしてどうするかと重いつつ一度コーヒーのおかわりを淹れると言いつつ考える時間を貰い受け、警察署の廊下のコーヒーメーカーでコーヒーを淹れつつ考えていた。
面倒事は嫌だと思いつつも彼女が所有する、あの本や彼女自身をこの街に野放しにした場合を考えては簡単に見捨てることもできないかと考えていた頃、ちょうどほかの警察官が彼に声をかけた、それは彼女を保護して連れてきた際に外国人かつ未成年、さらに家庭内暴力から逃げてきた可能性にはどうするべきかという相談をしたばかりで、ちょうど生活安全課はとっくに定時を過ぎて帰っていたため、彼に頼んでいたのだ。
軽い流れと必要書類等を受け取り、それでもどうするかと考えつつ話していれば一時間以上が経過しており、コーヒーはすっかりと冷めてしまい彼女を一人残していたことを思い出して彼は部屋へと戻ると彼女はソファで眠りこけていた。
まだ幼い彼女に呆れつつもオーランドは「ほら起きなさい」と声をかけて手を伸ばした時、その瞬間にオーランドの大きな手が乾いた音と共に弾かれた。
少女は驚いたような怯えたような顔をして身を守るように身体を縮めたものの、同じように驚いたオーランドの目を見てはハッとして慌てて声を上げて謝罪した。コーヒーは床にこぼれてしまい彼女はポケットの中のハンカチを取り出して床を拭き始める事にオーランドは胸が痛んだ。
彼も長年警察官をしていた中でこの手のタイプの子供を幾度か目にしていた、人に脅えて媚びを売り極力自分を守ろうとする姿、オーランドがもう一度手を伸ばそうとすれば彼女の肩がびくりと跳ねるため、彼は手を下ろして「モップを持ってくるからハンカチを汚すのはやめなさい」と優しく論じてやった。
「ナマエ・コンスタンス、十六歳、イギリス・ロンドン出身だな」
「はい、そうです」
「わかった、朝一で児童保護局に連絡をしよう、詳しくはうちの署の生活安全課から話を聞かされるだろうが心配しなくていい、君が望むように私が君の身元保証人となろう」
「いいんですか?」
嘘偽りはなく、その上話してわかるほどに素直で真面目、他人との生活にも問題はないことや未成年者の保護としては十分理由も説明ができる上にオーランドは次期署長候補としても着実に出世もしておりコネクションも持っていた。多少の融通は聞かせられるとして彼女にスノーフィールドで生きることを許可した。
十六歳であれば未成年者のシェアハウスやグループホーム、さらには生活態度やその人自身の評価では支援の上に学校へ通うことも可能であり、アルバイトも出来ることだろうとオーランドは判断した。
「長い一日だっただろうが、この街で生きていく上ではまだまだ君には大変な手続きが待っている。今日はこの部屋で休んでくれ」
「いいんですか」
「警察署のあまり使われない仮眠室だ、鍵もついているから安心していい」
「わかりました、あの……お巡りさんのお名前を聞いてなかったんですけど、改めまして私はナマエ・コンスタンスです、お名前を伺えますか?」
一方的に情報を聞いただけのオーランドは彼女の問いかけにそういえば答えてなかったと思いながら「オーランド・リーヴだ」とだけ返事をして部屋を後にした。
そうして二人は異国に来た未成年者とその保証人という関係を作ったものの、それはあくまでも書面上のみであり、オーランドは想像以上に彼女に手を焼くことはなかった。本来は警察官としても逸脱した行為であり、彼自身を知る者からすれば随分と変わってみえただろう。事実彼もなぜそこまでして彼女に接するのかは説明がつかなかった。
同情か、道具か、それとも別の感情かと思いつつも彼は月に一度は彼女に会いに行き食事するような仲になった。オーランドは口数は少なく彼女も無理には話はしなかったため、静かな時間だけが過ぎていき、一年が過ぎる頃、彼女はオーランドにそろそろ完全な自立をしようと思うと言った。
アルバイトの貯金も溜まり、そろそろ完全に自立が出来そうだというがまだ十七歳の彼女が何をと思った。しかし彼女は一枚の紙を彼に差し出してとある高校から遅れたものの入学しないかという提案を受けたのだという。
アルバイト先のレストランで知り合った常連が校長をしているらしく、寮があるため生活も問題ないこと、さらに奨学金も出してくれるとのことだった。保証人については校長自身がなるため不安になる要素はないという。オーランドは有名な私立校であることを知っており、スノーフィールドの中でも屈指の名門校ではあると知っていた。
この一年で彼女がどれだけ人に好かれ、人を好み、誠実で真面目で真っ直ぐな光のような人間なのかを理解するオーランドはいいんじゃないかと返事をした。彼女自身もオーランドに迷惑をかけているとはわかっていたゆえの判断だと彼も理解していた。
夕飯のシチューを食べながら、これが最後の食事かと思う頃、彼女は「私の話を聞いてくれますか?」といった。彼女もオーランドも毎週日曜日に教会にいくほど熱心な信者ではなかった。祈ることはあれどそれは時折なものであるだけでオーランドは懺悔さえしないが、彼女は今それをしたがっている為、言葉に耳を傾けた。
「この一年、そばにいましたが私はあなたの隣にいるべき人間ではありませんでした」
「どういうことだ」
「私は穢れています、とっても汚い、娼婦の娘でした」
ロンドンに生まれ、今の時代に娼婦として生まれた彼女は母に愛されたが戸籍を与えられなかった。父親もわからずに母に愛されて育てられた。
しかし母は彼女が四歳頃に梅毒で亡くなり、彼女は行政に保護された、それから二年後、コンスタンス家という平凡な家庭に養子として貰い受けられ彼女はすくすくと成長した。
「ですが、不思議なことに私が娼婦の娘だということは直ぐにバレて周りにいじめられました、両親は気にしなくていいと優しくしてくれて、本当に嬉しかったんです。私のためにこの人値が傷付くなんて辛いと思いました」
しかし、少女は少しずつ花を咲かせていき、彼女は十二歳頃酔った父に襲われそうになり部屋に鍵をかけて閉じこもった。シーツにくるまって朝が来るまでドアの前から消えてくれる事を祈った。
そして、そんな父のことを母に相談した時、母はいつものように抱き締めてくれるかと思えば彼女の頬を強く叩いた。
「『お父さんを誑かした売女が』と言われました、昼は母の暴力を、夜は父から逃げることを、そんな風に過ごしました。仕方ありません私は六歳から幸せを貰ったのですから、それに見合う"罰"があるのは当然ですから」
オーランドは手を止めて彼女を見つめるが彼女はいつものように小さく微笑むが微かに震えていた、そして「ごめんなさい」と謝った、それはオーランドに向けてのことだった。
スノーフィールドに逃げてきたのは最短の飛行機がそれだったからだ、できるだけ遠く人が多く誰も気にしない場所を求めたのだ。
それは彼女がある日、父親を刺してしまったから。
早くに授業が終わり帰宅きた彼女はキッチンでお茶を入れて部屋に早く戻ろうと思った、ちょうど母は買い物中で留守であり父は仕事でいないから、しかしそれは誤算でありキッチンにいた彼女を仕事休みだった父は背後から抱き寄せた、気持ちの悪い大きな手が全身を包んで足や腰を撫でる時、えもいえぬ吐き気に襲われにげだこうとした、しかし大の大人の男に少女は勝てる訳もなく、そして押し倒された時、彼女は自分がした事に気付いたのだ。
「父を刺したんです、近くにあったナイフで左の腹部を、そしたら母が帰ってきて叫んだので私は逃げようと思いました」
取り乱しているうちにと案外冷静に必要最低限の荷物を鞄の中にいれたのは、いつか逃げ出そうと思っていたからかもしれない、パスポートがいる、お金がいる、他になにか勝ちのありそうなものをと考え、そして飛行機に乗っていた。
「私は最低な人間です、あなたが私を保護してくれたのに、私はただの犯罪者なんです」
声を震わせて涙を流す彼女はオーランドを騙すような真似をしていたことを謝ったがオーランドは同情ではなく、テーブルの上の彼女の手を握り正しい言葉を告げた。
「君のそれは犯罪ではない、正当防衛だ、君の両親は家庭内暴力、未成年者暴行、他にも列挙すればいくつかあるだろうが、君の行動は正当防衛であり間違いではない」
自分を守るためにしたことだと告げたオーランドの声はしっかりしており、それは正しいと相手の胸に伝える大事な言葉だった。彼女の瞳から大粒の涙が溢れるがオーランドは立ち上がり。彼女の隣に行き間違いではないことをちゃんと告げた、同情ではなく警察官としての言葉だった。決して行いは良いとは言えなくとも間違いでもない、仮に裁判になろうと勝てるほどに正しい行為であるといい彼女を見下ろした。
「それに君は四年の罰を受けた、そして今なお、その痛みを抱くのならば意味なお罰を受けたままといえるだろう、だからもう気にしなくていい」
君はこの街で生きると言ったじゃないかと優しく告げると彼女は立ち上がり彼を見上げては思わず子供が親に甘えるように胸に抱きついた。上背のある彼の胸を涙が濡らすことを彼は気にせずに受け入れてその背中に優しく腕を回した。
「私が悪いことをしたらあなたの手で絶対に逮捕してください」
お願いします、オーランドさん。
初めて名前を呼んだ彼女にオーランドは何も言わず抱きしめる力を強める時、外は随分と早い初雪が降っていたようだった、スノーフィールドという街の名前に相応しい雪だった。
オーランドは車で彼女を送り届けた、目の前には大きな学校と制服姿の彼女がいた、今日これで最後の別れだと互いに思う時、まるで子供成長が恋しくなる親の気持ちだと密かに感じたオーランドは運転席から降りて彼女と最後の別れの挨拶をした。
「それでは」
「はいありがとうございました」
頑張れとは言わなかった。この一年でこの街でどれだけ彼女が優秀だったかを理解しているから。保証人という肩書きのみであり随分と彼女に肩入れしてしまったと思いつつもオーランドは随分と人に絆されたと感じつつ彼女との日々を思い浮かべれば彼女はどこでもやっていけると確信していた。
だからこそ彼は運転席に戻ろうとしたが「オーランドさん」と呼ばれ、滅多に呼ばないその呼びかけに振り向くと彼女は一冊の古びた本を彼に差し出していた。それは出会った時、彼女に声を掛ける理由となった魔導書だったが、それは彼女が自宅から持ち出していつか返そうと思っていると言っていたはずのものだった。
それを知る彼は何事かと思うものの彼女はいつも通りの笑みでハッキリと彼に告げて押し付けるように差し出した。
「本当はこれ欲しかったんですよね?」
「なぜそう思う」
「あの時、すごくこの本をみてたので、返す予定もありませんし、私じゃ宝の持ち腐れですからこの一年間のお礼です、もらってください」
「そういうことなら預かっておこう」
それを最後に彼女は「それじゃあ"お巡りさん"さようなら」と手を振って歩いていってしまい、オーランドは運転席に戻ると助手席に本を置いた。あの時は欲しいと思っていたがこうもあっさり手に入れられると少しだけ気が抜けてしまうような気がしたが、それは胸に穴が空いた感覚だと気付いていても知らないフリをした、彼女が恋しいだなんて思うのは気のせいだったから。
そして十年後、自分の近くで働いているなど思いもよらない事だったのだ。
キャスターにいわれた道具という言葉、そんな風に彼女を思ったことは一度もないと改めて感じた、スノーフィールドの街にはいくつものカメラや使い魔に監視用の結界が張られてある、例えどんなに遠くにいても彼女のことはわかるようにもなっていた。
今頃はもう寝てるだろうかと思いつつオーランドもいい加減帰ろうと署長室を後にした、彼の胸ポケットには万年筆が一本控えている。それは彼がかつてあの子に貰ったプレゼントの一つであり、初めの一年の頃の彼の誕生日の思い出のものであり、ずっとずっと大切にしている小さな思い出のひとつなのだった。
2026.05.14
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