胃袋を掴まれた時点で人間とは基本的に駄目なのだろう。
英霊アレクサンドル・デュマ・ペールという男はまさに胃袋をも掴む、そんな男だ。
基本的にこのカルデアにいる女好きの英霊はみんな紳士的で、不同意な行為に励もうという連中はいない。仮にいたとしても全勢力を持って叩きのめされる可能性があるだろうし、本来ここは職場でもある。恋愛こそ自由だが、下手な人間関係のトラブルは避けたいと思うのは当然のこと。
それでも彼女はデュマと夜を明かしたのは一度や二度のことではない、カルデアスタッフの機械技師として技術職を担う彼女はトラブルの処理やメンテナンスのために夜遅くまで作業をしたりと、数少ないカルデアスタッフの中でも他のみんな同様の多忙を極めているし、デュマは彼女の食の世話をしてやった。

人懐っこい笑顔をして、少し話を壮大に……いや、相当に脚色強めに話すその男は、男として魅力的である。作家のサーヴァントの中でも恰幅がいい、それら元々父親が軍人──かのナポレオン皇帝の部下であり、かつて敵に「黒い悪魔」と呼ばれ恐れられたほどで。そして彼自身、若い頃からのものもあれど、年老いても食のためにと狩猟を好んでしていたこと、さらには有色人種として黒人の血が混じるその体躯は極めて良いものだろう。
彼の女達がその時代のフランスで極めて珍しい血筋と家柄からくるこの男に翻弄されるのは彼女にとって極めて当然のように思えながらも、今宵一人寂しいはずの暗い夜に明かりを灯された。
人のいない夜更け。部屋に戻って来た彼女はまるで後をつけてきたように軽やかに長い足を滑らせた彼はワインとそれに合うような軽いツマミをいくつか皿に乗せて持ってきた。彼はどこで知ったのか「明日は休みなんだろ?」と、そのルージュ色の瞳で笑いかけると彼女は呆れつつも、両足を踏み入れて堂々としている彼を追い出すことは出来ない。

広くない部屋の中で男女が二人、いつものようにデュマの物語に耳を傾けていくうちに、彼のカフェオレのような色をした肌が膝の上に乗せられる。フランスの情熱的な赤をした瞳が夜の薄暗い部屋の中で宝石のように輝くと、どちらとも無く唇を味わった。ソファーなどはなくベッドや必要最低限のものだけがある、ほかと変わらない部屋の中。
デュマが持ち寄ったワインにいくつかの小さなアラカルト、その中のクリームチーズとサーモンのカナッペを食べたばかりの彼女の唇と、鶏レバーの赤ワイン煮を食べていたデュマの唇が重なるのだ。
──それこそまるでマリアージュ。
二人は夜中に心を満たす酒と料理を味わえば、そのまま狭いベッドで慣れた手つきで互いの衣服を剥ぎ取った。デュマの魅了的に動く唇も、話す時と変わらぬ饒舌さを味わせる舌も、彼女よりもずっと大きな手のひらも、程よい筋肉と脂肪のついたその健康的な肉体も、全てを持って彼女を満たした。

──この料理研究家は、女の味までよく知っているのだと痛感せざるを得ない。

「まだだ、まだ足りねぇよ」

そういってシーツの上で互いに踊るように重なって、そこまで整えてもなかったが乱れてもないシーツを存分に乱して。彼女の声が薄く漏れて。デュマの重たい吐息が重なって。二つが一つになっては欲望を吐き出して、乱れた彼女の髪を撫でるデュマの頑丈そうな顎を彼女が撫でると、まるで猛獣が心地良さに目を細めるような顔をした。

「こりゃあ、朝のコーヒーが必要になっちまうな」

とびきり苦くて目が冴えるのに甘いもの。朝日と共に二人で……とデュマがいうことに彼女は「そろそろ寝たいんだけど」と、小さく吐息混じりに声を漏らしたが、残念ながらこの大食漢は止まる様子はなかった。英雄色を好む。とはよく言ったもので、この男も例外ではない。
その上、口も達者で文豪で生粋のロマンチスト。なんてズルい男なのかと彼女は感じながらも、だからなんだと言うことでもある。しかしながら相当な男である。と、彼に揺さぶられながら感じる。この男はかつて無学であったのに文字だけはとてつもなく美しい、その上快活さもあり、他の作家達とは一風変わっているのだ。
他人を好み、毒を食らわば皿まで。とでというかの如く相手を貪り尽くしてしまう。胃も、心も、体も、彼女の全てを飲み干してしまうとき、彼女は数刻前に共に食したワインも料理も、自分への下味のように感じられた。

「なんだ、そんなに俺の"夜話"は退屈か?いいぜ、折角なら一幕詠みながらあんたを抱くのもまた一興、それとももっと激しく、それとももっと情熱的に」
「いいってば、やめてよデュマ」

それなら早く眠らせてという彼女にデュマは大きく腰を揺らして見せた。内側からの熱が彼女を刺激すると「アレックス」とアレクサンドル・デュマ・ペールは真剣そうにそういった。その名を呼べというように。

「ベッドの中じゃ他人行儀じゃいられねえのさ」
「……他人の家に土足で上がり込む癖に」

本当あなたはズルい男だと笑うと、ロマンチストなだけだと劇作家は笑ってみせる。
それから気付けば長い夜が明けて。彼女は小さな音に目が覚めた。ヘッドボードに置いていた小さな通信端末がマナーモードで震えていて。彼女が応答すると緊急呼び出しであった。ほかの者に任せたいと思うが自分しか手を入れていない場所だと思うと仕方ないと思いつつ通信を切った。
重たいカフェオレの色をした腕が彼女の背後から胸や腹にかけてを抱きしめる。本人はスヤスヤと心地良さそうに口を開けて寝ており。英霊は寝ないのでは。と思いつつもカルデアにいる英霊は聖杯戦争に呼び出される者とは違うため例外かと思いながら腕を退けようとする。
昨晩……いや、正確にいえばほんの一刻前にも満たない時間まで貪っていた男は狭いベッドで彼女が落ちないようにと抱き締めるように眠っていた。

しかし邪魔なものは邪魔でしかないとして、彼女は彼のペンを持つには些か分厚い腕から何とか抜け出して、そしてベッドの上で立ち上がると、裸のまま、かのフランスが誇る大作家を、あろうことか大きく跨いで、ベッドから降りると床に落ちた冷たい下着を拾い、片方ずつ足をいれた。

「先にベッドを出るどころか、俺を跨ぐなんて、なんて女だ」

聞こえてきた声に振り向くと、デュマは肘をついては身支度を始める彼女を楽しそうに見つめる。生前大抵デュマが今の彼女のその立場にいるはずだったのに、彼がいた時代の女とは違う自立した彼女は気にしない。
それどころか彼を無視して楽さを求めたスポーツブラを身につけて、インナーを着るとズボンを履いて、スタッフ用のシャツと上着を着るとボタンを閉めた。まるで何事も無かったかのように。

「あんたは俺と夜明けのコーヒーも楽しませてくれないのか」

とびきりのものを用意するのに。という彼の誘いは実に魅力的だったが彼女は時計をちらりと見たあと、床に落ちた彼の立派なコートを手に取るとベッドの上の彼に投げつけた。

「残念、もう夢の時間はおしまいよ。それにもうこんな時間ならあなたの大好きな仕込み時間じゃないの?」
「……ッ、自分の女の予定に合わせてたんだ、今日は俺の担当じゃなかった…とはいえ今から仕事のあんたを労るためのモンは用意しなきゃな」

それならよかった。と彼女はいうとそのまま部屋のドアへと向かう「フレンチトーストが食べたいわ、アレックス」と呟いて、最後に一度ベッドの上のどうしようも無い男に向かって笑って言うと、彼女はまだ朝も早い静かな廊下へと歩いて行った。
残されたデュマは一人ベッドの中で彼女の背中を見届けたあと、深い溜息と共に笑った。それはいつものようで、決して怒るわけでも、残念がる訳でもない。彼はただ独りごちるのだ。

「全くまだコースの途中だったってのに、あんな時に名前を呼ぶなんてな」

そういいながらシャツのボタンを留めるデュマもまたその寂しい部屋を後にしようとする。休みはどうやら二人とも無くなったというのに、それでも何処か悪い気はしないと思いながら。濃いめのコーヒーでも用意して、フレンチトーストを焼いてやろうと、彼はまだ早い朝のカルデアの静かな廊下に向けて片側の温もりを失ったベッドから抜け出しては楽しそうに笑ったのだった。

2026.05.25