ネバダ州・眠らない街ラスベガスから北へ向かうと存在する街・スノーフィールド。そこはラスベガスと比べると眠れる街であり。夜は静かで、まるで四季のように四方を囲む異なる自然が存在する、その街の空気が女の肺にスっと通った。
時刻は深夜近くとなり、女一人で歩くのは些か危ういようにも感じられるが、彼女は片手に紙袋を持って橙色の照明が灯るスノーフィールドの中央公園を歩いていた。中央には広い湖があり、そこの中心には日中噴水が水音を激しく立てているはずが、夜になると停止している。
彼女の背後から足音がすると、それはランニングをしている人、向かいから来るのは犬の散歩している人、夜は疎らに稼働していると思いつつ、彼女は公園の真ん中に位置するベンチに座った。ベンチの後ろにはヤシの木が生えており、自然豊かさを感じられるが、夜のスノーフィールドではそれもあまり意味を成さない。

彼女が紙袋を自分の横に置いて、そこに手を入れて漁ろうとすると、突如として伸びた別の手が紙袋の中に忍ばされて、二つ分の包み紙に包まれたハンバーガーを取り出した。
カフェオレのような褐色の肌に、綺麗に並んだ赤と白の奇抜なルーレットのような歯、ルージュ色の深い瞳、ガッシリとした骨格に体躯、上質だが古臭くて、まるでオペラハウスの楽屋から盗んできたのかと、聞きたくなるコートを着た男は、彼女を見つめた。彼女も驚くような顔はしなかった。それをみて男はニヤリと笑う、その歯をちらりと見せて無邪気な人懐っこい少年じみた笑顔をして。

「こりゃあ二つとも一緒か?」
「いいえ、片方は照り焼きチキン、片方はフィッシュフライ」
「そりゃあいい、どっち派だ?」
「どちらでも」

じゃあいいかと、男は我が物顔で隣に座ると大きな足を広げて包み紙を開いて照り焼きチキンのハンバーガーを大きな口で頬張った。それなりにサイズ感のあるハンバーガーだったはずなのに、この男が持って食べてしまうと大したサイズじゃないのかと彼女は思いつつ、紙袋の中から二つ分のプラスチック容器に入ったコーラとポテトを取り出して並べる。
この時間は餌を狙う鳩でさえ寝ているようだ。

「なかなか悪かねぇ味だ、ほらあんたも食いな」
「普通はまだ食べてない方を渡すものでしょ」
「俺とあんたの仲だ、いいじゃねぇか」

どんな仲よ……と彼女がいう。
ベッドに入る仲……と男が嘘をついた。

実際問題二人はそういう仲でもないどころか、出会いはここ一、二週間ほどだった。彼女はいつも仕事をして遅くにこの公園で食事をして帰る。心配されるような華やかな服装をした女ではなく、反対に日頃から作業着を着て現場を回っているような泥臭い女である彼女はこの時間に歩いていても違和感はなかった。
仕事を終えて、車で真っ直ぐ帰ってもいいが、天気が悪くない限りはこの公園で静かな夜の空気の中で夕飯を食べるのが悪くないと思っていた時、その男が現れた。現れたというよりも彼女は妙な違和感を感じて見つめた時、男が出てきたのだ。

「今晩はお嬢さん」

それはもう劇場から飛び出してきた役者のような服装と声を持つ持ち主で、彼女は人のいない公園で男を見つめては「こんばんは」と素直に返事をした。なにか芸の類でも見せられるのだろうか、今は大きな札しかないから断りたいと思う時、男はよくこの公園にいるんだな。と聞いてきたことに、見られていたのかと驚くが、反対に彼女はこの男を見たことは無いと思った。
男は足を進めたと思うと、隣にドカりと我が物顔で座ってきてはベンチの背もたれに腕を置くと、女を口説くのかと言いたげに彼女を見つめた。まるで品定めするかのような、オーディションで役者を決める監督のような目をしてみてくると、男は「なぁ、あんた俺が見えるか?」と聞いた。
不思議なことを聞くと思いながら、もちろんだと言うと、男はブツブツと「へぇ一般人だが魔力が安定してる」と言い始めるが詳しくは分からないため彼女は酔っぱらいに絡まれた程度に感じつつ、無視をして夕飯に買ってきた二十四時間営業のハンバーガーチェーン店のハンバーガーを取り出した。

「こんなことは野暮だと分かってる、だがしかし俺にも一口くれねぇか?なぁに慈悲だと思えばいい、あんたは神を信じるか?熱心な教徒なら施しだと思ってくれたらいいさ」

よく回る舌を持っているが無一文なのかと彼女は哀れんだ。見た目は悪くないし清潔感もあるためホームレスには見えないが、人の食事をそんな大層な言葉を並べて欲するだなんてと、その時の彼女は男が作家だと知らなかった為、そう思いつつ自分のハンバーガーを渡して、ポテトを半分にしてコーラーを飲んだ。
男は聞いてもいないのにベラベラと話を初めて、曰く日中は閉じこもって仕事をしており、彼の兄弟という名の仕事仲間はそれはもう、ドがつくほどの超真面目で冗談の通じない相手であるのだという。食べることと女が好きだと言われた時、彼女は一度自分の膝を見て、汚れた作業着の後に男の顔を見た。

「趣味が悪いのね」

その言葉に男は大笑いをした。
何が面白いのやらと思ったが手を叩いて笑っては「これでも芸術には詳しい方だぜ?特に劇と本にはな」と言ったのだが、その瞳は燃える炎のようであり、嘘には感じられなかった。
男がべらべらと話をするのを普段の彼女なら鬱陶しいと無視して帰るものだが、如何せんこの男は物書きのように話をするから興味が惹かれて、つい席を立たずに聞いていたが、男はハッとした顔で声を漏らしては子供のように帰らなくてはならないと言い出した。
確かに時刻は日付が変わった夜の頃合い。
彼女は明日も仕事があり、今から帰ってシャワーを浴びて寝なければならないのだと思うと、随分と話し込んでしまったと思いながら財布を開いて十ドル札を彼に差し出すと、男は目を丸くして何事かと問いかける。

「あなた、その格好からしてこの辺りの芸人でしょ?チップよ、楽しい話を聞かせて貰ったから」

特に十九世紀のフランスの政治的な話は小説や劇を読んでいるかのようだという彼女に目を丸くした。男はそうしたものの怒ることはなかった。当然だ、自分が生きたはずの数世紀後に、まるで彼がまだ大作家と周囲に持て囃されるずっと昔の若い頃のような子供の小遣い程度のものを貰うなど思うわけがないからだ。本来彼はこの女を以前から見ており興味引かれていただけで、それ以上も以下もなかったのだ。
だから彼はまた泣きそうな程に声をだして笑っては、彼女から素直にそのチップを受けた、それを断るのは無粋だからだ。しかしながら自分が…とも思わなくはないため、やっぱり声を出して笑った。

「あぁ…あんたいいぜ、また話を聞かせてやるよ、俺の話はどんな話よりも面白いからな、だけどまぁ次回からはこんなモノより、あんたの夕食に招待してくれ」
「こんなモノ……まぁ夕飯代を奢るって意味ならいいけど」
「それでいい、じゃあ俺はそろそろ帰らねぇと"パパ"に怒られちまう、まぁ黒い悪魔じゃあないが、あれはあれで面倒でな」

一度話すと止まらない性質らしい男はまた話そうとするため、彼女は聞いていたいけれど帰らなくてもいいの?と聞くと男はそうだったと元に戻る。そして彼女に名残惜しくも別れを告げようとするため、彼女は「そういえば名前は?」と聞いてみた。
男は人のいない公園を歩いていたが、歩みを止めて彼女に振り返ると、やはり舞台の役者のように大袈裟に、右手を胸に添えて、左手でコートの端を摘んで、ボウアンドスクレープの姿勢で挨拶をした。

「キャスター…いや違うな、アレクサンドル・デュマ・ペール、アレックスでもデュマでもお好きにお呼びください」

……もちろん、大デュマでも。

そういって怪しげに笑っては消えるように去っていった男に彼女は「デュマ」と小首を傾げながらゴミをまとめて最初に入っていた紙袋の中に仕舞うと、ベンチから立ち上がりゴミ箱の中にそれらをいれた。
ガコン……とゴミ箱の蓋が音を立てる時、彼女はその名前を思い出しては、あの男が相当"芸人"なのだと思った。まさかあの大作家の名前をいうだなんてと数世紀前の人物がまさか本物だと思うわけもない彼女は帰路につくのだった。

そして、その時、その関係が、深く特別で幻想的なものになるとは、まだ分からないことだったのだ。

2026.05.27