能天気だといわれることがある。よくいってマイペース。違う言い方をすると堂々としている。または図々しいやら大雑把やらなんとやら。
そういわれるのも無理ないが、彼女は自分以上の相手をするのなら多少の我は通さなくては骨を折るのだから仕方がない。
それでも彼女は多少他に比べてもやはり図々しいと言われてしまうとそうなのだろうかと疑問を抱きつつ、足元のふくよかなパンのようにフカフカした、お腹を見せてだらしなく笑っているコーギーの腹をわしゃわしゃと撫でていた。
閉鎖的な空間であることに違いはないが、誰かの犬なのだろうか。廊下を歩いているとトコトコと短い足で大冒険だといわんばかりに走ってきた茶色と白のコーギーを見つけるなり、犬好きの彼女は目を輝かせてしゃがみこんでしまい。犬はそんな相手を見つめるなり、それはもう彼女同様の目をして駆け寄ってきては、どうぞ存分に。といわんばかりの魅力的なアピールをしてくれた。
なんとかわいい、なんと愛おしい、なんと心地よい、幸せだと言わんばかりに彼女は廊下で両手でパンを捏ねるように犬を撫でた。八犬士などを主に近頃はカルデアにも動物が増えているが、それはもうありがたいことこの上ない。アニマルセラピーとはまさにこの事。と彼女は魅力的なふわふわのお腹に顔を埋めながら情けない声で「あぁ〜かわいい」と日頃の疲れを呟くように言っていた頃。背後でなにか足音が聞こえた。
「あら?こんにちは……ええと、ジョン王様」
「何者だ貴様、余の犬たちに何をしている」
振り返るとそこにはつい先日スノーフィールド特異点にて問題を起こしたといわれるサーヴァント、ジョン・ラックランド王がいた。十代中頃の見た目の彼はあからさまに不快だと言わんばかりで、見知らぬ彼女を訝しげな目で見るものだから、彼女は自分の下で腹を見せているコーギーを抱き上げては、そのコーギーの左手を優しく掴むと上にあげさせた。
「こんにちはジョン王様。私はカルデアのスタッフの一人ですよ。怪しいものじゃありません」
「その様な者が余の犬に何をしている、不敬だ、今すぐその首を刈り取るか」
「この子を撫でてたんですよ、とっても手触りがよくって。ジョン王様のワンちゃんですか?とってもいい子ですね」
ジョンは女に対して全くもってどうすればいいのやらと困惑した。話が通じてないのか。自分を畏怖するなど、この場所においては意味をなさないかもしれないが。それでも復讐者として、生前の彼として、そして英霊として、それなりの対応をされておかしくないはずだった。それは憎悪も嫌悪も哀れみも全てにおいてだ。けれど彼女は抱き上げた犬に顔を埋めて息を吸って吐いてと繰り返すと、ジョンに向けて腕の中の子を差し出した。
「私犬が好きなんです。だからとっても癒されました、ありがとうございます。また是非撫でさせてくださいね」
それじゃあ。とまるでそこいらの犬の飼い主に向けるような挨拶をしていった彼女がジョンの横をすり抜けていくことに、彼は何も言えずにただ見送った。腕の中で先程まで存分に撫でられていたコーギーはジョンの顔をみては不思議そうにしつつも、あの女同様のマイペースな表情で若い少年の姿をした彼は犬に顔を埋めた。
「なんだあのマヌケ顔をした女は」
本当に心から分からないというように呟いたのに、ジョンは少しだけ彼女に対する気持ちが悪いものではないと思った。それは彼にしては珍しい身内に向けるようなものでありながらも、生前の彼では感じることの少なかった優しい温もりだった。
「それで貴様さえ同意すれば俺の愛妾にしてやってもいいぞ」
数日後、彼女は歩いてた時、彼女を挟むように足元にやって来た二匹のコーギーをみて、先日のジョン王の犬達だと気付いては撫で回していた頃、遅れてやってきた彼と立ち話をしていた時、そう言われたのである。
先日の一件ぶりだが、彼女は今日も今日とて我が物顔で犬を撫でていたというのにジョンは僅かにその頬を紅潮させながら自信満々に告げることに彼女は目を丸くした。見た目こそ彼女より随分と若く見える王は高慢に言って見せるため、彼女はキョトンと目を丸くしつつ、腹を見せている茶色のコーギーの腹を撫でる。主人である彼は「おい、僕の犬だという自覚をもて」と小さな声で注意しているがコーギーたちは好き勝手に腹を見せたり彼女の足元に擦り寄ったりとしているばかりだった。
「愛妾…ですか」
「ああ、お前のような平民では妃は難しい。だが喜べ愛妾だ。手厚くすると約束してやる」
「誰かと勘違いしてます?」
彼女は至極真っ当に返事をするがジョンとて軽はずみな言葉ではなかった。生前は戦略婚をして、国や自分のためにと子を成した男だ。見た目は若けれど中身は立派な王であり、責任はある。
そんな彼は目の前で犬に夢中な彼女をみて、その言葉を口にした。事実彼は目の前の女を自分の女にしたいと思ったのだ。何処までも平凡な何処にでもいる女だったが、あの日のほんの少しの時間で彼は十分に自分の愛妾に迎えていいと判断し、カルデアに呼ばれた英霊でありつつも彼女にそういった。
「勘違いではない、俺に求められることが嫌なのは当然だ。だがこれでも王だからな、不自由はさせんぞ」
「それは嬉しい申し出ですが、丁重にお断り致します」
「なっ!?……あぁそうか、当然だな、俺のような王…いや、男なぞの愛妾など哀れ極まりないこと」
「すごく後ろ向きな人なんですね。でもあなたがどんな人か知らないのに二つ返事は出来ませんので」
それだけですよ。というとジョンは「その程度」とはいうが、彼らの時代とは違い、自由恋愛の彼女にとっては相手を知らなければなんの答えも出せないのは当然だった。
犬を撫でる自分を見下ろすジョンをみると、なんとも言えぬ顔をしているが、彼女からすれば告白を断られただけの一人の男でしかなかった。彼がどのような態度を取ろうとも彼女にとって彼はカルデアにいる数多の英霊の一人で、自分にアプローチしてくれる一人の男にしかみえず、それならば相応の態度でなければ応じる気はなかった。
「それに私の名前も知らないでしょ?」
「それは……そうだな」
「先ずはちゃんと自己紹介して、お互いを知りましょうよ、どうせここでは私もあなたも同じカルデアの一員ですから」
「カルデアの一員……ふん、まぁ認めてやらなくはない」
ジョンの素直では無い言葉を聞いて彼女は嬉しそうに微笑むとちょうど仕事の手が空いているからお茶でも飲んで休まないかと提案すれば、彼は素直に頷くとしゃがんでいた彼女は手を差し出した。
「……お前は少し図々しいな」
「よくいわれます」
そういってジョンは彼女の手を取って立ち上がると、それも少し悪くないと思いながら互いを知る…と自分の中で言い聞かせて二人と二匹は歩き出す。生前でもこんな風に回りくどく女を口説くことはなかったと思いつつ彼は歩きながら聞いた。
「ところでお前の名前はなんだ」
面倒だがそういって、初めて彼女自身のことを質問すれば彼女は嬉しそうに返事をして見せた。そのとき彼はただのジョン・ラックランドとなるのだった。
2026.05.28
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