カルデア内のどこかしらで騒がしい声が聞こえるのはよくあることだ。カルデアにはスタッフだけではなくサーヴァントと呼ばれる英霊たちが百名規模でいるから。
夫婦もいれば恋人も、殺した相手もいれば殺された相手も、親友もいればライバルもいる。そんな場所が常に破壊されることなく維持されているのは正直なところは大変素晴らしいことで、特に宿敵関係の者たちは顔を合わせるなり拳が出る場合もあるが、彼らも大人──当然、それなりの節度を持ってくれている……一部例外を持って。
「ほざくかテスラーーーッッ!!貴様の交流など私の直流の方が美しいに決まっておろう!!」
「殴られたってやめんぞエジソンッ!!私の交流の方が美しく完璧であるに決まっておるのだからなーーッ!!」
廊下に響き渡る声に彼女は遠くからでも誰なのかよくわかると思いつつカートを押していた。カルデアのスタッフであり事務という名の記録係をしている彼女は頼まれていた荷物などをそれぞれの相手に渡すこともまた一つの仕事で、声が響く方へと向かうとそれまで人のいた場所からみんな逃げ出すように居なくなって、二人の天才がまるで野生動物な喧嘩のような迫力で声を上げているのを聞いて彼女は耳に響く二人の声にほんの少しだけ防音魔術の一種を静かに掛けると二人の声は閉じ込められたように籠る。
電力管理室はカルデアにおいて重要な場所である。何せこれだけのサーヴァントを維持するには通常の魔力では到底足りない。そのため電気を魔力に循環させるということが主なカルデアの魔力供給の一つであり、サーヴァントには凡そ四割の電力が割かれている。万が一のための予備ももちろん、通常の生活においても必要な電力を確保したり管理することにおいてはカルデアのスタッフ以上に知識のあるサーヴァントの知恵も借りているが、如何せん相性問題というのもあるのではないかと思うところもある。
光眩い管理室で言い合いを続けている彼らを横目に彼女はいつ終わるのだろうかと律儀に待っているとまるで二人は火花を放ち始めるため、彼女は思わず彼らに向けて「やめてください」といいながら拘束魔術で彼らの振りかぶりそうな手首を拘束すると彼らは驚いた顔をする。そして口を開けて何かを言っているが聞こえづらく、彼女は小首を傾げたあと、あぁ防音魔術をしていたんだと思い出して解除した。
その途端にビックバンでも起きたように二人同時に会話が始められ、片やこの交流バカが、片やこの直流バカが、と互いを子供のように罵り合うため彼女は気にせずにそれぞれに頼まれていた荷物を手渡すと、今度は子供のような顔をして好き勝手に話をする。
美しく知性的な顔立ちのコートを肩にかけた天才ニコラ・テスラ、そして白獅子の頭をしてアメリカンヒーローのような格好をした天才トーマス・エジソン、この二人の組み合わせと彼らの言葉でいう"電流戦争"という名の喧嘩はもう名物で、たとえ拳がでようと、電流が流れようと、基本的には被害が出ない限りは誰も気にはしない。
「全く程々にしてくださいよ、先月もお二人の議論で一部停電が見られて復旧までお時間を貰ったこと、忘れてませんよね?」
「「………はい」」
「あまり酷いと予算や素材提供を見直すことになりますからね、くれぐれもお気をつけください」
「「………肝に免じます」」
全くもう……と彼女が呆れたようにため息混じりで背中を向ける直前、感じた視線に小さく微笑むとその白いたてがみが揺れて、彼女は静かにその場を後にする。全く困った人だと思いながら。
夜更けになるとカルデアは静かでそして外の空気もあるせいか少しだけ寒いと思えた。夜勤担当のスタッフと静かに過ごす人達しかいないカルデアで、彼女は食堂でこっそりと夜食を食べている面々を見ては微笑んで通り過ぎながら地下の紫式部が管理している図書館へと足を運んだ。司書も夜は休んでおり、作家も自室で過ごしているため、夜の図書館にはほとんど誰もいない。
彼女は慣れた足取りで図書館の奥へと足を進めると、一人の大きな男──と呼ぶべきなのだろうが、如何せん彼はライオンの頭をしているせいでどう例えれば時折分からなくなる──がいた。
彼は彼女に背を向けて一人、本に没頭していた。本来動き続けることが性質として合っているタイプの人間(?)でも、そうして本を読み、理解力を広げることは惜しまない。ライバルとは違い、詩集や娯楽を求める本についてはあまりだが、それでも彼は勤勉にその目で読んでおり、彼女は目当ての本を本棚から取り出すと長テーブルに並んだ端の椅子に座って本を開いた。
日中の騒がしさもなく、静まり返った空間は心地よく、紙の香りがするのみで、時折本のページが捲られる音がしていた。そして椅子が引かれる音がして彼女が座る場所とは正反対の端の席にその獅子は座ると本を読み続けた。互いに何も話さずにページが進む時、隅に座ったエジソンは考えるように指先で机を叩いた。
−−−− ・−・−・ −・・・ ・・ ・−・−・ −・・・
まるでリズムを奏でるかのような、その指先の音を聞くと彼女は口の端を上げて、本を片手に持つと片手をテーブルの上に置いて、考えるように指先で叩いた。
『こんばんは、発明王さん』
『今夜はなにを読んでいるのだね』
『交流電流の学びって本』
なっ!──と声が僅かに漏れ出して椅子が音を立てた。
しかし彼は座り直しては『もっといい本がある』と指先で伝えたことに彼女は先程よりもさらに笑みを深めた。エジソンと彼女はいつからか図書館でこうした交流(もちろん電流の意味では無い)をするのが一つの楽しみになっていた。
それはいつからだったのか分からないがエジソンが本を読みながら独り言を話していたが、その独り言がうるさいと周囲にいわれ、図書館では静かにしようと考えた結果指先でモールス信号を打って独り言を呟いていたことに彼女がある日反応をしてみたのだ。
その時の反応はとても愉快で、彼は高速で指を打っていたが重なる音に耳を澄ませた時、目を丸くして集中しすぎて気付かなかったが座っていた彼女から返されてるのだと知った。
『君はモールス信号を打てるのか、ということは私の独り言も聞いていたと?』
『ちょっとだけです、博士のものは早すぎて分かりませんけどね』
(笑)とまで打った彼女にエジソンは十分だと楽しい会話だと思い、二人は図書館を利用するときに互いがいると文字コードで会話するようになった。きっと傍から聞いていてもその指先の音は早くて少しだけうるさいかもしれないが心地よくはあった。
けれど次第に指先が疲れると彼女はやめてしまうため、そうすると会話終了だというように本が閉じられてしまいエジソンは少しだけそれを残念そうに見つめてくるが彼も本を閉じると椅子を立ち上がる彼女を追うように自身も本を閉じて互いに片付けて、誰もいない図書館の談話室へと入った。
「それで君はあの本を読んでタメになったというのか」
「さぁ?科学はからっきし分からないので」
「構わんさ、直流だけを学べばいい、そして学ぶなら私自らが喜んで教えよう」
図書館の談話室は防音仕様で、さらにその奥にある小さな部屋は試写室にもなっており、図書館の映像媒体を見る際の部屋としてエジソンが備え付けており、二人は試写中と外からも分かるようにドアの上にあるランプを点灯させておけば、大抵の人は"上映時間中"邪魔をしないもので、エジソンの声量もいつもと変わらないものに戻り、二人はソファに隣に並んで座った。日中の彼女は職員として、日中のエジソンはサーヴァントとして、互いにそれぞれの役割があり、必要最低限にしか会話はしないが、この夜の誰もが自由になる時間だけは無関係だった。
エジソンがいつもの様に発明や科学の話、そしてテスラの話をするのを聞きながら、彼女はその白いたてがみに手を這わせて優しく撫でる。時折静電気が発生する時もあるが、いつも毛並みが整っていて心地よくて、彼女は次第に磁石がくっつくようにエジソンのたてがみに顔を寄せる。それでもエジソンは一人での会話を続けていると、その手が顎の下に這わされる。
「そしてだな」
彼が話をしていると、ゴロゴロ──と音が鳴る。まるで雷鳴かと思うが、それは猫が喉を鳴らす大きな音だった。
懸命に話を続けるエジソンだが、彼女は次第にエジソンの膝に乗って彼の顎やたてがみなど顔中を撫で回していくと、その喉を鳴らす音は大きくなり、そしてエジソンのつぶらな瞳と彼女のいたずらな瞳が交わると、彼が困ったように彼女の名前を呟いて、彼女は「ん?」とわざと小首を傾げて微笑んだ。
「私は話をしているのに、君という人は……」
「だって、あなたの手触りがいいし、かわいいから」
「かわっ……私は男だ、そんな風に猫かわいがりされるのは嬉しいが、もう少し違う方が」
悩ましげに言いながらも彼女を拒絶しないエジソンの手は彼女の腰に添えられる。国を抱くような大きな手のひらが細い女性の身体を抱くとすっかりと包み込むようだった。
「────アル」
このカルデアで、いや、彼の生前でも、彼をそう呼ぶ人は滅多にいない。
子供を呼ぶような優しい声で、少し窘める時のような、なんとも言えぬ甘さを秘めた声で呼ばれるとエジソンの身体は落ち着かなくなってしまうが、彼女がそう呼ぶのは二人きりで公私を完全に切り分ける時だ。近い顔の距離にエジソンが待てをされた犬のようにみつめると、彼女が触れるようなキスをして、エジソンもまた少しだけ返して、薄く舌を出すと大きく分厚くざらついた人ではない舌を優しく食んだ。
「本当あなたってこういう時しか黙らない」
「……君はこういう時ばかり話すではないか」
全くズルいというエジソンに彼女はイタズラに微笑んで、彼の肩に手を置くと指先で叩いた『知的なフリした女が好きでしょ』という彼女にエジソンは深い息を吐いて、彼女を抱く手に力を込めると時計の針は二十三時になっており、彼女はソッと彼から降りると「いい加減お風呂に入らなきゃ、貴方もお風呂に入らなきゃダメよ」と笑った。猫だから嫌いという訳では無いが生前から研究や発明の時間に費やしていたせいで億劫になりがちなことを見透かされて、サーヴァントなのだから大丈夫だと言いたいが素直に返事をする。
「それじゃあ、また明日、おやすみなさいエジソン博士」
「あぁ、おやすみ」
そういって試写室を抜けて談話室に向かい図書館を後にする彼女を見送った時、エジソンは指先で音を鳴らした。
口にするならたったの五文字、文字コードにすると長くなってしまうその音、それを打ち終えたあとエジソンは少しだけ恥ずかしくなると、少し間を開けて少し離れた位置で音が鳴った。彼の優れた聴覚だから聞こえる音で同じ、口にすると五文字の言葉が返ってきて、彼は思わず飛び出して「私も愛してる!」と声に出せば、隣の談話室には何故かニコラ・テスラがいた。
「───は?いくら私が美男子でも貴様とだけは勘弁だ」
「貴様なわけなかろうが!この素っ頓狂がー!!」
「何ーーッッッ!?この哺乳綱食肉目ネコ科ヒョウ属直流がーーッ!!」
時間と問わずに叫び始める二人のやり取りを聞きながら、談話室の防音をもう少し高める必要性があるかもしれないと思いながら本を二冊借りて出ていった、一冊はモールス信号について、もう一冊は直流について、それは明日にまで読めるかどうかと思いつつも図書館を後にした、そのうち時間も問わずにどこかしらで停電が起きて、翌朝カルデア内で何があったのか…という確認があるだろうと思いながら、柔らかいたてがみを持つ彼に思いを馳せながらカルデアの職員として廊下を歩くのだった。
2026.5.22
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