廊下を歩く足取りは軽やかだった。
人もサーヴァントもどこかしらで見かける度に彼女は愛想良く挨拶をしては辿り着いた一室、カルデアの紫式部が管理している図書館へと足を運んだ。
館内はとても広くしかして静かであり。どの英霊もみな揃ってその場所のルールを厳守していた。彼女は顔を合わせた英霊や他のスタッフなどに静かな会釈をしつつも目的地となるある一角にいくと、そこには大量の本を積んだ分厚い丸メガネをかけた少女が熱心に本を読んでおり。
その斜め後ろでは静かに佇む目布をした大柄な男がいたものの、彼は彼女を見るやいなや小さな会釈と共に視線を下へ向けて、熱心に読書をしている少女の後頭部に向けて「小町」と短く名前を呼んだ。

「お疲れ様、小町ちゃん」
「お疲れ様です、ナマエ様」

低い男の呼び声に慌てて顔を上げた小町を見て、彼女は嬉しそうに微笑んでは挨拶をすると小町と呼ばれた彼女も挨拶をするやいなや姿勢を正して隣の椅子を引いてやった。
慣れたように彼女は隣に腰掛けると高く積まれた漫画の背表紙をみては「あっ懐かしい」と呟いたことに、本に夢中になっていたはずの小町は早速と目を輝かせた。

小野小町──その名を知らない日本人はいないと言っても過言では無い歌人であった。世界三大美女の一人である彼女はその名の通りに麗しい姿をし、とても美しい詩を詠むはずだったが、このカルデアに来てからは少女漫画に夢中となり。ありとあらゆる作品に手を伸ばしては寝食を問わずに過ごしては彼女の傍に霊体として存在する父、小野篁も多少困らされるほどだった。

「ねぇ小町ちゃん、ここじゃあお話できないから、ラウンジか私のお部屋に行こうよ」
「あっ……そうですね。あたしとしました事がお恥ずかしいです、早速こちら貸出申請をしてまいりますね」
「重たいから半分持ってあげる、私もちょうどこれ読みたかったから一緒に読んでもいい?」
「はい!もちろんです」

まるで二人は年の近い友人のようであった。
サーヴァントとカルデアのスタッフという関係からは少々逸脱した、仲睦まじい姿は周囲もすっかり見慣れたもので、二人の細い両手に沢山の本を抱えていこうとすれば篁が何も言わずに手に取り運んでやり。
紫式部に貸し出しの許可を貰えばそのまま二人は話に花を咲かせつつ彼女の部屋となるスタッフの個人ルームの一室へと足を運ぶと篁は荷物を置くや否や「では、あまり羽目を外さぬように」と娘を心配する父のように二人に告げると静かに霊体化してはその姿を消した。

二人の出会いはサーヴァントとスタッフという出会いよりも友人の紹介のような出会いだった。
カルデアに現れた小野小町はもうすっかりと少女漫画というモノにはまり込んではマスターとその話について一方的に語るほどには熱が籠っていた。
ちょうど来たばかりのこともあり好みや思考などを把握するための簡易的なやり取りをしていたマスターはふと思い出したように「小町さんと仲良くなれそうな人がいるよ」といわれたのだ。
小町は気にはなるものの引っ込み思案な性格も相まって「そんなそんな」と謙遜していたものの、タイミングよく現れたのがミョウジナマエだった。

「ナマエさんいい所に、ちょっとこっち来てください!」
「はーい、なんですか?」

トコトコと音を立てるように歩いてやってきた女性スタッフはマスターの隣にいた小野小町をみては新しい方だと理解しては小さく会釈をするため、小町も小さく会釈した。

「こちら新しく来てくれたキラキラのキャスターこと小野小町さん、そしてこちらスタッフのミョウジナマエさん」
「ミョウジナマエです、よろしくお願いします」
「は、はぅ…小野小町です、よろしくお願いします」

どことなく互いに緊張した面持ちで日本人らしく手を伸ばした彼女に小町もその細い手で握り返すと、彼女の視線は小町の手の中へと向かった。
小首を傾げた小町は何か変なことでも言ったのだろうかと不安になるのも束の間にナマエと名乗った彼女は目をキラキラと輝かせた。

「それ"放課後オレンジライン"じゃないですか!?」
「ええっ!!ご存知なんですか!?」
「はっはい!!私全巻持ってますよ!主人公のあきらくんが本当にかっこよくて、三巻の放課後のカーテンの裏で」
「キスシーン!あそこ本当に素晴らしい程に美しいですよね」

二人は早速打ち解けたように小町の持っていた本について語り合い、その熱量は強いもので、散々小町の話を聞いていたマスターはやはり人選は正解だったと内心安心しつつも、熱が高まる二人を見ては思わず小さく笑った。
二人の視線がマスターに向かい、何事かと小首を傾げたものだが、マスターは二人に向けて指をさしては「ごめん、でも二人すごく仲良しだから」と微笑ましそうにいうため、ふと二人は手元をみると、まるで永年の友との再会かのように互いにガッシリと指を絡めてその手を繋いでおり。
それを認識するやいなや徐々に顔を真っ赤に染め上げた。

「うわぁぁッ!!私ってばなにしてるんだろ!ごめんなさいっごめんなさいっ!」
「ひゃぁぁッ!!あたしも初対面の方になんて事を!申し訳ありません!」

わーわーきゃーきゃーとパニックになる二人だったものの、その手を離すことは出来ないようで真っ赤になりつつも互いにごめんなさいと謝り合うのみであったが、フワリと小町の背後から現れた巨躯の男が「小町、落ち着くのだ」と低い声で告げると小町は篁の声に冷静さを取り戻すものの、彼女は突如現れた上背が高く恰幅もいい目布をした異質な男に驚いては情けない声を漏らした。

「驚かせてしまい申し訳ない、私は小野篁、そちらにいる小町の附属物のようなもの」
「お父様、そのご説明だと困惑させてしまいます。すみませんナマエ様、こちらは我が父でございます」
「はっはぁ……お嬢さんに突然の無礼申し訳ありません」

すっかりと冷静になった二人はようやく手を離し、彼女は篁をみてはあの平安を代表する歌人、小野小町に対する無礼も含めて申し訳なさそうに頭を下げるものの篁は彼女を見ては決して叱責するような態度はなかった。

「面をお上げくださいナマエ殿、我が娘小町がこの様に他者へ強い絆を感じ、自ら進んで話に花を咲かせることを私は嬉しく思うばかりなのです」

お父様!と恥ずかしそうに静止させる小町の声が響くものの、篁はどこか柔らかな雰囲気を纏っては彼女に向けて「是非我が娘と今後も交流をしていただきたい」といっては小町の言葉から逃げるように霊体化するものの、小町は「いるのは分かってますからね」と頬を膨らませて告げる姿を見て彼女は微笑ましくて声を出して笑った。
すると小町は当然のように恥ずかしそうな顔をして言い訳を並べようとするのを見て彼女は首を横に振ったあと、優しく小町の細い手を取りふわりと握った。

「私も胸ときめくものが好きなんです、もしよかったらお友達になりませんか?」
「……はっ、はい!!」

そうして二人はこのカルデアの中でサーヴァントとスタッフ以上の関係である、友人としての枠組みで接していた。もちろん、サーヴァントとスタッフがそのような関係になってはいけないというわけではない。
反対に人間らしくみんなは過ごしているものの、スタッフとしてもまだ若手の彼女と小町の関係はまるでかわいい学生の友人のようにも見えるもので、周囲はそれをとりわけ優しい目で見守っていた。

「ねぇねぇ小町ちゃん、これ読み終えた?」
「はい、すごく素敵でした!やはりナマエ様の教えてくださった作品はどれも本当に素晴らしいです」
「リアルタイムの読者だからね、絶対小町ちゃんも好きになるって思ったから嬉しい〜」

すっかりと彼女の自室にて過ごしている小町と彼女はドアを開けられてしまうとなんという格好かと言われてしまいそうなほどラフな姿で読書を楽しんでいた。
片やベッドに寝そべりながら本を読む彼女と、そのベッドの下にあるビーズクッションに座る小町の姿は放課後の友達の家に遊びに来たような姿でもあり。机の上には借りてきた本が積まれており。二人の姿は怠惰にも見えるがマナーに厳しいはずの篁も二人の様子については目を瞑ってやるように霊体化のままで姿を見せずに留まった。

「そろそろお茶でも淹れましょうか」
「やった、小町ちゃんのお茶だ」
「うふふ、喜んでくださるのは嬉しいですが、その手を離してくださいますか?」

いつの間にか小町の後ろのベッドから身を乗り出した彼女は小町の心地よい髪を丁寧に編み込んでは猫がじゃれるように遊んでいることを小町は微笑ましそうにいってやると、彼女はまだその手を離すことは出来ずに小町の髪を丁寧に編み込む作業を進めた。
小町はお茶をと言いつつも動くことはできずにいれば、ようやく離れた手と同時に彼女が完成したと言って近くに置いていた手鏡を小町に渡した。

「すごく可愛らしいです」
「ふふ、小町ちゃんはなんでも似合うからね、ねぇパパさんもそう思いますよね?」
「うむ、流石はナマエ殿の腕だ、よく似合っているぞ小町」
「そんなお父様まで……フフッ、嬉しいです、お二人にはお礼に早速お茶を淹れますね」

嬉しそうにする小町を愛しい娘の成長を見るようにみつめる篁は彼女の声掛けにより姿を現したものの、またすぐに消えようとしたが服の裾を掴まれたことに視線を向けると、そこには小町の髪を結った彼女が微笑みながら彼を見つめた。

「パパさんもお茶しましょうよ、ついでに小町ちゃんが読み終えたこれ、とっても面白いので読んでください」
「む……まぁ、貴殿が薦めるのであれば是非とも」
「お父様も読んでくださるのですね、うふふ感想会が楽しくなりますね」

「ねー」と合わせて返事をした彼女の声と小町が淹れた茶がテーブルの上に並べられると三人は心置き無く、その時間を味わうのだった。


2026.8.17