カルデアではよくあることである──というとあまりよくはないのだが、レイシフトのトラブルについては残念なことながら多々あった。
しかしながら現在トラブルに見舞われている者はカルデアのマスターではなく、カルデアの職員の一人であるミョウジナマエと、キャスタークラスのサーヴァント・小野小町であった。
二人は現在、人気の無い森林地区に降り立っており。そこは二人以外に人型の生物は見受けられず、周囲は自然豊かで風は心地よく川の音が微かにどこからか聞こえてくるものであった。
「どうしよう」
「はわわ……どうしましょうナマエさま」
「うーん、大体の時代とか座標は間違いなかったはずなのになぁ、通信は……ダメだぁ」
二人の少女はその森林地区にてすっかりとどうした物かと困り果てた様子で、小町が慌てふためく中で彼女はテキパキと手に持っていたアタッシュケースの中の機器を取り出しては様々なことを試しているようだがカルデアとの通信が繋がらない様子であった。
「小町ちゃんの方はマスターとのパスとか、カルデアから何かを感じたりとかは?あとパパさんは?」
「えぇっと、どこからも魔力の方は何も感じませんので一時的に途絶えているようです。お父さま〜」
「災難に見舞われた様子だが、私は無事だ、小町もナマエ殿も怪我は無いか」
「はい、大丈夫ですよ、パパさんも現れてくれてよかった……けど魔力パスが途絶えてるのかぁ」
「左様。そのため極力私は控える方が小町や貴殿の為になろう」
小町の呼び掛けに応じた小野篁は現れるのの、あくまでも小町の霊基に付随した存在でもあるため、魔力消費の観点から無闇矢鱈と出てしまうことを危惧したように告げると彼女も冷静に返事をしては篁が姿を消したのを見届けた。
姿が見えずとも彼がそばに居ることは小町も彼女も理解しているため、危険があれば瞬時に姿を表してくれることは分かっていたからだ。
スタッフである彼女がレイシフトをしたのはこの地区が既に問題がない場所であり、資材集めと調査も兼ねてマスターを含む他のメンバーに同伴するためであった。しかしながらレイシフト中のトラブルに見舞われた二人はすっかりとほかのメンバーと離れてしまい、気が付けば二人、この森の中で佇んでいたというのが現状である。
「取り敢えずここにいても仕方ないし、場所を変えたら通信とかもできるかもだから行こっか」
「はっはい!」
手を差し出した彼女に小町は返事をしてはその手を取り、足取りの悪いその場所を二人で歩み進めた。道中敵はいないものの、足取りの悪さに転けそうになった小町を支えたり、大きな場所を昇り降りする際には小町を出来るだけ助けてやったりとしてやる彼女は特段困った様子では無いものの、空はすっかりと太陽が東から西へと沈んでいこうとしていた。
「この辺りで休憩しよっか」
「はい、沢山歩いたつもりですけど中々皆様とお会いできませんでしたね」
「うん……まぁでも私は今回が初めてだけどマスターさんとかはよくある事みたいだったし、その度にみんなちゃんと再会できてるから大丈夫だよ!」
二人は穏やかな流れをしている川沿いにあった大きな切り株の近くに腰掛けてはすっかりと疲れきった様子で今日の成果が何も無いことを話したものの、本来人であり、怯えてもいいはずの彼女が真っ直ぐとした表情と態度でいることを小町は密かに胸をときめかせては見つめていた。
「(ナマエさまはやっぱりとっても素敵だわ、自らの不安もあるはずでしょうにあたしを心配させまいとしてくださってる)」
今もナマエは篁に声をかけては火を用意してもらい、川魚を取っていた、休もうと決めてからすぐに目的地を決めるまでに使えそうなものを手に取っていく彼女はサバイバルに長けた様子であり。小町はすっかりと彼女に向ける恋心をいつもの様に募らせていた。
「大漁……とまではいかないし、塩もないからあれだけど、パパさんに教えてもらったからこれで何とか夕飯とかにはなれそうかな?ごめんね小町ちゃん、こんなのしか用意できなくて」
「そんなことありません。あたしなんて何も出来なくてお父さまとあなたにばかり頼ってばかりで申し訳ないです」
「いいんだよ小町ちゃんは、変に動き回ったりしたら魔力の消費にもなるかもだし、こういうのは得意な方がした方が効率もいいでしょ」
こうみえても学生時代は部活の合宿とかでキャンプとかしたことあるし、ちょっとは知識があるんだよ。と笑顔を見せる彼女に小町の胸は締め付けられるばかりであった。
「(あぁナマエさま!なんて……なんて素敵なのでしょう、こんな事を言われてしまえばますますお好きになってしまうばかりなのに)」
そうして内心口にできない胸のときめきを抱く小町は本来サーヴァントであれば不要ではあるが、少しでも魔力になるようにと与えられた夕食を食べ終えては、また通信の確認や調べ事に難しい顔をしている彼女の横顔を眺めながら感じていた。
「(二人きりの森の中、誰もいない、通信もなくて、あたしの魔力もいつまで持つかなんてたかが知れてる……そしてナマエさまと二人きり、これって、これって……あまりにも少女漫画(そういう感じ)では!?)」
そう……小野小町は極度の少女漫画厨である。
小町は当初こそトラブルについて不安を感じ、常に危機があればサーヴァントとして自分が彼女をと考えてはいたものの。
「きゃっ」
「大丈夫?小町ちゃん」
「ひゃあっ!」
「平気?小町ちゃん」
「はわわ〜」
「おっと危ない小町ちゃん」
とのように、ここまでの道中は常に彼女に手助けをされてきた身であった。さらにいえば二人は女の子同士でありつつも、互いを思う恋人たちであり。小町はその思いが助けられる度に増えていき。
つまり小町の現在のナマエに向ける恋愛メロメロステータスは最高点に到達していると言っても過言ではなかった。
恋人である彼女もスタッフであり。マスターや聖杯戦争経験者のような死地を超えたような者ではない普通の女性でありつつも、自分の恋人を守るという気持ちから気を張っているのは小町も理解していたが、それ故に恋する気持ちが高ぶるのは仕方の無いことだった。
普段の二人は恋人だが親友のようであり。
仕事終わりの彼女の部屋や、スキマ時間の図書館や食堂などで談笑しては幸せな時間を過ごすのが当たり前の中で、このような事は初めての経験で、今もカルデアとの通信や場所の確認など、スタッフとして出来ることを最大限に務める彼女は仕事だと言われるとそうかもしれないが、小町は新たな恋人の顔を見たような気持ちにときめきを抱いていた。
そしてなによりも今のこの状況。
二人きり、何も知らない場所、カルデアからの魔力供給なし、通信も遮断。まるで用意されたような状況。
今もし小町が魔力不足によりいなくなればナマエは完全な孤独となり、危険に晒されてしまい、それは絶対に避けねばならないことだった。
『ナマエさま』
『どうしたの小町ちゃん』
『そろそろ魔力の方が……』
二人きりで遭難をして早一日、魔力の限界もある小町は申し訳なさそうに告げるとナマエは驚いたように目を丸くしたが小町はその細い手で、未だカルデアとの通信を確保しようと機材に触れていた彼女の手を取りみつめた。
小町の分厚いメガネの奥にみえる潤んだ可憐な瞳と薄い唇、怯えたような細い身体をみる彼女は自身が魔術師であり。この状況をなんとしても打破せねばならないことを知っていた。
魔力の兼ね合いからも篁は控えており、満点の星空の下で炎に照らされた二人は互いを見つめあった。
小町の真意を理解する彼女の喉が小さく鳴るように動くと、小町は彼女の手を握る手に力を込めて身を寄せた。
『ナマエさま……あたし……あなた様なら』
『小町ちゃん……そんな、私だって……』
そうして二人は……
「ひゃぁぁ、いけないいけないナマエさま、そんなあたしたち星空の下でそんな!」
小町は思わず声を上げて両手をバタバタと激しくした。
そして一人真剣に考えた。このままでは本当に危険な可能性はある。
しかしそれを回避する方法としては彼女との魔力供給が必須となるということ。
「(つまりナマエさまからあんなこと(手を繋いでもらう)やこんなこと(抱きしめてもらう)やハレンチなこと(接吻)をしてもらう必要があるということ!!あぁ……あぁなんてことを、あたしは……あたしは……で、でも必要なことだもん。ナマエさまに何かある方がきっとお父さまだって『左様、必要であることをするまで』っていってくれるだろうし、それに……それに……)」
小町はチラリと指の隙間から覗きみてみればナマエはまだ真剣な様子で物思いに耽っていた。
「(あたしたち恋人らしいことって全然していないですし)」」
そう思った小町は実際に彼女へ想いを告げて交際を始めたものの、互いの距離感や態度は以前と変わらなかった。手を取り合うことや頬にキスすることは冗談めかして彼女からはあったものの、ハッキリとした恋人らしいことに小町は憧れを抱いていながらも上手くそれを伝えられなかった。
また、そうなってしまう原因が彼女もまた恋愛初心者であるからだと理解はしていたものの、それでも密かに求めてしまうのは乙女の性、いいや、相手を愛する故である。
そうして小町は小さく拳を作りつつ、自分に何度も大丈夫だと言い聞かせた、ほんの少しだけ、これは大事な事だからと勇気を振り絞って彼女の方へ向いて「ナマエさま!」と声を上げたと同時に彼女も「小町ちゃん!」と振り返った。
もしやこれはナマエさまも同じように……と思った刹那、彼女の手には見たことの無い小さなリングタイプの機械があった。それはカルデアらしいものにも見えるスタイリッシュなデザインのものである。
「いま探したら出てきたんだけどね、これ緊急用の魔力供給デバイス!小町ちゃんちょっと手首貸してね」
「はっはい」
「ここのランプが点灯してて、これが魔力残量、カルデアからの予備の魔力供給用のやつだね、どうかな?」
「あっすごく魔力の巡りがいいような……」
でしょ〜?こういうスタッフが同伴する時用にダ・ヴィンチちゃんが用意してくれたんだよ。と嬉しそうにいう彼女はさらに通信はまだ繋がらないものの、魔力検知によるGPSのようなものを起動出来たため、信号を送ったので明日にはみんなと合流できるよと嬉しそうに報告をした。
「本当どうなるかなって思ったけどこれで安心、パパさんも出てきて大丈夫だよ!」
「有無、ナマエ殿実に素晴らしい手腕であった。我が娘が随分と迷惑を掛けてしまったようで」
「ううん、小町ちゃんとのデートも楽しかったよ、不安だし怖かったよね?でももう大丈夫!この魔力供給デバイスは十日分の魔力がここにあるし、魔力消費が多い人を参考にしてるから小町ちゃんなら宝具を使っても二週間は持つと思うよ」
これで安心だという彼女に手を握られた小町は「あっあは、あははそうですねぇ」と返事をしたが、その瞳はどこか遠いところを見つめており。
小町の隣にいた篁は静かに腕を組みながら思った。
「(小町よ、あまりにも不埒である)」
そうしてキラキラと光る星空の下、三人はキャンプファイヤーをするかのように穏やかに時間を過ごし。翌日合流をしてはなんのトラブルもなくしっかりとカルデアに帰ったのであった。
2026.8.23
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