帝国立ナガタチョウ役満高等学校の広大な敷地内のメイン校舎の回廊を歩く女性が一人。
背筋を伸ばし、決まった紫やピンクの鮮やかな愛らしい制服とは違う、淡いグリーンのシンプルなトップスにストレッチのきいたホワイトのパンツとパンプス。
その手にはタブレットや教科書やバインダーにノートなど分厚さは無いもののいくつも持っており。彼女は午後の日差しの心地良さを回廊の下を歩きつつ感じていた時。「ナマエ先生」と声をかけられては振り返った。

そこには制服を丁寧に着た女子生徒が二人組みでいた。
どこか緊張をした様子の女生徒とその隣で応援するか励ましているような女生徒。
彼女は呼び止められたことに何事かと思いつつも穏やかに微笑んで「なぁに?」と声をかけた。授業で分からないことでもあっただろうかと思っていたが、どうやら様子は違うことに彼女は薄く察した。

「その……私、先生にコーチになっていただきたくて」

震える声でそう告げてくれた女生徒の言葉に彼女は案の定かと思った。
ここは帝国立ナガタチョウ役満高等学校、通称"帝役"
都立のエリートマンモス校だが、それ以上にここは"麻雀の強さ"のみが求められる。
麻雀が強くなければ、この学校内ではどれだけの地位や名誉をもっていても意味などないのだ。この世界の将来を担うエリートたちが通っていてもその場所では決してそれ以上を求められることはないほど。

白い大理石で出来た回廊の下で"ナマエ先生"と呼ばれた彼女はここにきてもう数年の教師だった。
生徒のみならず、教師でさえも麻雀の強さを求められる中で、彼女も決して弱くは無い。それどころか目の前の彼女のように専属コーチになってほしいと頼まれるほどの実力は十分にあるが、彼女は申し訳なさそうに苦笑いをしていた時だった。

「マ・ス・タァ〜〜ッ!!」

そういってトスンッと背中にぶつかった小さな衝撃に彼女は振り返ると、そこにはこのピンクや白や紫で出来ている建物には少し浮いた、発光するかのように眩いスプリンググリーンの髪色をした少女が見えた。
独特の甘い声と呼び方に、彼女はそれが誰であるのかよく理解していた。

「イヨ、お話してたのに」
「お話?いいえ違いますヨ、そちらの方はマスターがこのイヨ"だけ"のマスターであるというのに、奪おうという気持ちでしたヨね?ダメですよ〜?マスターはイヨのマスターなんですから、あなたのような見るからに弱々しいファイターではマスターがご指導に満足もできませんヨ」

ねぇ?と見つめてきたイヨと名乗る少女は短い改造制服のスカートの裾から大きく伸びたコードのような尻尾をユラユラ揺らしていた。
初めに声をかけてきた相手は眉を下げるが、隣の友人らしき相手は引かないようで「別に指導は一人じゃなきゃダメってルールないですよね?」と彼女に問いかけたことに、イヨは苛立ちを隠せぬように「あのですねぇ」というのを、先に彼女が静止した。

「ごめんなさい、とっても嬉しいことだけど私指導は苦手で……今はこの子一人で手一杯なの。代わりに指導してくれそうな実力もあるコーチを紹介してあげるね」

揉められても迷惑だからと彼女は手元の紙にメモを書くと指導志望の生徒に手渡しては、もう一度申し訳ないと言うように苦笑いをして回廊を歩き始めた。

残された生徒の声は僅かに聞こえるものの彼女は背後や横を忙しなく駆け巡り「マスター」と呼び慕う相手に苦笑いをして「もうイヨちゃんったら」と声をかけた。

先程彼女を守る白馬の王子のような気持ちで現れ。相手をコテンパンにいい負かそうとした少女の姿をした雀ドロイドはそのプラグ付きコンセントのような尻尾を振りながら僅かに彼女を見上げては少しだけ眉間に皺を寄せていた。

「も〜っ!マスターったらイヨが少し目を離したらあぁやって価値のない有機生命体に声をかけられて、イヨいう超絶かわいい有能美少女雀ドロイドがいるというのに鼻の下を伸ばすなんて酷いですヨ」
「別に鼻の下なんて伸ばしてないよ、私をコーチにって思ってくれたのが有難いなぁってだけで」
「ムキーッ、そうやって誰でもかれでもどこでもそこでもいい顔をするから余計な虫が寄ってくるんです!マスターはイヨだけのマスターなんですから、ちゃんと自覚してください」

騒ぎ立てるイヨという名の雀ドロイドの専属コーチとして歩くのは帝役の教師の一人であった。麻雀部に所属する生徒は数多くいるが、代表となるファイトガールを夢みる生徒は自分を高めるためにコーチを求めることもある。
彼女は麻雀部の正式な顧問ではないが、臨時顧問として時折手伝いをしており。麻雀の腕こそが全てといわれるこの学園でも指折りの人物ではあった。

そのため、あのような声掛けは珍しいものでも無いが弟子、または専属指導を受けているイヨはそのような事態を決して逃すような甘い存在ではない。
先程のように簡単に言葉だけで終えればいいが、酷い時にはこの雀ドロイドは害をなす有機生命体と判断してはダブルマキシムパンチなどを飛ばす場合もあるため、彼女は穏便に宥めた。

校舎に入る前に隣で騒ぎ立てるイヨをみつめては彼女はその緑一色のような色をした髪を撫でた。
子供のようなくせっ毛とボリュームのある髪は心地よく、大袈裟だが手のひらに収まるのではないかと思うような小さな頭を優しく撫でると、イヨはとろんとして瞳を細めて「んふふ」と至高だと言わんばかりの声を漏らした。

「イヨちゃんだけしか指導しないって約束したでしょ?ほら部活の時間だから行っておいで。帰ってきたら沢山撫でて甘やかしてあげる」
「ますたぁ♡うぅ〜いっそ顧問として正式に来てくださいよぉ、他の皆さんはコーチ連れてきたりしてます、イヨもマスターとイチャイチャしたいですヨ」
「部活の顧問するのは忙しすぎて無理だよ、それに麻雀部はみんな癖が強いからミツモト先生じゃないと」

ワガママいわずにいってきなさい。というと頬を膨らませたイヨはじっと彼女をみつめた。仕方ないと少しだけ身を寄せると「今日も実力を分からせてきてやりますヨ」といって彼女の頬にキスをしたイヨはにこやかに去ってしまう。
彼女は頬に手を添えては小さく息を吐く。

「本当……かわいいんだから」

そういって彼女は手に持っていた荷物を持ち直す。
そこには授業に関係あるものもあるが、タブレットやスコア表などについてもあり、それは全て彼女にとってかわいいファイトガール、イヨへの指導のためのものだった。
部活で今日も厳しくされるだろうと思いつつ、帰ってくるイヨを慰めることを彼女は考えるのだった。

◇◆◇

雀ドロイドのイヨこと全自動雀卓人形【緑型壱式】拾四號G-14は本来、帝役の生徒ではなかった。今年度入学したばかりの生徒であり。入学するやいなや雀ドロイドであることはもちろん、超高性能AIを搭載しているためあらゆる生徒を飛ばしては麻雀部へと入部し。
そして瞬く間に知名度を上げてはファイトガールとしても現在人気と勝利を重ねていた。

「ただいま戻りましたマスター!」
「おかえりイヨちゃん、夕飯もうちょっと待ってね」
「イヨもお手伝いしますヨ、今日はなんですか?」
「ハンバーグにしたよ、イヨちゃん用のもあるからもう少し待ってね」

そして帝役の教師を務め、イヨの専属コーチを務めるナマエは部活を終えて帰宅してきたイヨと一つ同じ屋根の下で過ごしていた。
それは二人がコーチと弟子という関係のみならず、特別に互いを想い合う恋人になる前からのこと。雀ドロイドであるイヨのための専用の食事を用意する彼女は帰宅後にすぐ手伝おうと手を洗いに行ったイヨの背中を見ては小さく微笑んだ。

二人が生活を始めたことはもちろん。
出会ってからも、もう随分と時間は経っていた。

それはまだイヨが全自動雀卓人形【緑型壱式】拾四號G-14として雀喫茶"ローシャンテ"にいた時のことだった。
本来大会本部が運営するるカフェ、雀喫茶ローシャンテのスタッフとしてイッシキ建設へ納品された雀ドロイドのイヨは十四人の姉妹の一番末娘であるが、どうにも他の十三人の姉と比べても欠陥品として扱われたのだった。

「いらっしゃいませナマエさん」
「こんにちはイヨちゃ……っとと、危ない大丈夫?」
「だっ、大丈夫ですヨー!」

元より麻雀を好む彼女は休暇や仕事終わりなどにローシャンテに訪れては時間を過ごす中、近頃導入された雀ドロイドたちについてもよく知っており。その中でも研修中のイヨは入店してきた彼女に挨拶をすると同時に手に持っていたトレーの存在を忘れては落としかけ、慌てて彼女に助けられた。

「今日も一緒の卓で遊んでくれる?」
「もちろんですヨ!今日こそぎゃふんと言わせてイヨの強さを教えてやりますヨ」
「ふふっ、程々にお願いします」

雀ドロイドはスタッフとしての給仕はもちろん、雀荘と同じであるため頼まれれば卓に座るのはもちろん。そしてなによりも客が増えてきた場合などは全自動雀卓にトランスフォームするという機械生命体でもあるのだった。

しかしながらイヨに出来ることは麻雀をすることのみだった。
雀卓にトランスフォームすることはもちろん。
普通のスタッフとして注文の品を運んでは皿を割りまくり、それだけで一日の売上以上になったときもある。
その上、卓につくとしても客の要望……つまりは接待が全く出来ないというポンコツぶり。

そのため何も出来ないとイヨは研修中だといえ何もさせて貰えなくなるのを店に来ていた彼女が見ては、いつも一人で来ることが主なため、イヨに全力でいいといい、イヨの姉である雀ドロイドを交えたり。
時に知らない客を交えて打ってはイヨの態度に客が腹を立てても、彼女が庇ってやったりと、短くも大変な試用期間をイヨは存分に味わった。

「クビ……?イヨ……だけ?」

にこやかに言い渡されたクビ宣告。
イヨはあまりの出来事に抗議をする間もなく無一文の荷物なしのまま店を追い出されたのだった。
ローシャンテも閉店時間を過ぎ、路頭に迷っていたイヨはプライドの高さはもちろんだが、こうなることをその超AIで予測することはできておらず、結果として途方に暮れて、店の外の路地裏で一人寂しくやさぐれていた。

誰もイヨを求めない。
こんな人類に負けてられるかとイヨは自分の中に湧き上がるドロイドとしての気持ちを沸き上がらせた時だった。

「イヨちゃん?」
「……ナマエさん」
「どうしたのこんな時間にこんな場所で、ローシャンテに帰らないの?誰かと喧嘩しちゃった?よかったらお話聞こうか?」

まるで迷子の子供を慰めるように告げた彼女に、イヨはそれまでの短くも長い研修期間、彼女に助けられて来た記憶を思い出しては思わず涙を溢れさせた。

「クビッ……イヨ、クビになっちゃったんですヨ〜〜!」

もう要らないって、お姉さまたちと一緒にいられないんです。
そういって泣きじゃくるイヨの事情を聞いた彼女は夜も遅いため、小さな少女のような見た目をしたイヨの安全のためにも一緒に帰ろうと言って、その手を優しく引いてくれたのだった。

彼女はイヨがこうなることは予想していたものの、彼女がここまで落ち込むとは予想しておらず、どうしたものかと考えた。
イヨについてはまるでかわいい妹や娘のような気持ちがあるため、どうにか力を貸してやりたいと思う時、ふと彼女は考えに行き着いた。

「イヨが帝役の生徒に?」
「そう!うちの学校って麻雀部が有名でって知ってるよね?アマトさんとかクニノカミさんとか、ほら麻雀ファイトの」
「それは当然ですけど……」
「私あそこで先生してて?イヨちゃんなら実力もあるし、ほらAIだから賢いし勉強はまぁいいから、そこで頑張ったらイッシキさんも見直してくれると思うし……」

翌朝、イヨ専用のメニューを用意しながら一晩考えていた彼女はイヨに自分の働いている帝役に入学し、麻雀部に入部して知名度と実力をあげればローシャンテもイヨに戻ってきて欲しい。となるのではないのかと、少しだけお花畑な考えでもあるが告げた。

「生活については狭いけど部屋も余ってるからここに住んでもらってもいいし、保護者として必要なことは私がしてあげる」
「ど……どうしてイヨにそんなにしてくれるんですか」

どれだけイヨが高慢に自分を自画自賛し、その高いプライドの山の上に立って笑っていても、目の前の彼女の行動についてはあまりにも優しすぎると感じた。
ローシャンテの客としてきていた頃、初めてイヨが接客した際にも他の客はイヨの全力に苛立っては「雀ドロイドの癖に客の楽しませ方ってのを知らないのかよ」といわれて帰られてしまった時も、彼女は席から動かずに呆然とするイヨに微笑んだ。

『イヨちゃんすごく強いね、もう一局しない?』

といったとき、イヨは彼女を自分の中の特別な有機生命体として位置づけた。どれだけ忙しくても来店してきた彼女に駆けつけ。彼女が来ない日はつまらないとなってしまったり。
そんな相手が自分に優しくしてくれることがイヨのコアを刺激した。

「イヨちゃんとの麻雀が楽しいから」

それだけでイヨは幸せな気持ちになれたのだ。

「でもイヨはナマエさんに勝てたことないですヨ?」
「これからだよ、私と沢山打てば癖がわかって勝てると思うし」
「じっ、じゃあ……それならイヨはずっと……ナマエさん、ううん、マスターのことを……だから……イヨの"マスター"になってください!」

麻雀強豪校の帝役の麻雀部に入部することも、ファイトガールの一人として活動することも、そのどれもがイヨをさらに強くさせるためであればAIという知識のみならずに必要なものがあるという建前、そしてこれまで持っていた恋心をイヨは告げたが、彼女はイヨの言葉に目尻を下げて微笑む。

「いいよ、今日から私がイヨちゃんの"マスター"ね」
「イヨだけのマスターですヨ、他の人に頼まれても絶対ダメですからね、目を見るのも話すのも触れるのも全部だめです、イヨだけにしかしないで下さい」
「それは難しいかもだけど……取り敢えず入学書類書いちゃおうね?」

そういって用意されていた入学書類の欄には本人、そして保護者欄には彼女の名前とハンコが押されていたことにイヨは特別な感情を持った。
イヨは雀ドロイドであるため、保護者はもちろん、名前のハンコもないとなったが、全て彼女が手続きを進めておいてくれたため、イヨはいつかローシャンテに帰り咲く、人類を脅やかす最強雀ドロイドとして日々成長していたのであった。

もちろん、その時の告白に"恋人"としてのものが混じっているなど知るはずもなかった彼女はイヨと一悶着があったのは別の話である。

◇◆◇

「それで?あんたはあの教師と付き合ってるの?」
「そうですヨ!マスターとイヨは相思相愛の新婚よりも深〜くて熱ぅ〜い愛を育んでます!それはもう卵からヒヨコが孵るくらい!!」
「うぇっ……甘ったるいわね、とはいえあんたのマスター?あそこでまた声掛けられてるけど」

午後の木漏れ日が心地よい中、同級生かつ同じファイトガールのアマト・テンシと廊下で話をしていたイヨは視線の先に今日も今日とて知らない生徒に「先生よければ私の専属コーチに……」と声をかけられているマスターをみるなり、子猫が毛を逆立てるような姿をしてプラグ付きコード尻尾をブンブンと振り回していた。

「マスターにはイヨだけですヨ!!」

そういってバチバチとわざとらしく電流を光らせるイヨにテンシは呆れながら去る。
イヨに怒られつつも嬉しそうな顔をする彼女をみてしまうと、麻雀部の副顧問として正式には来ないで欲しいと思ったのはイヨがうるさくなるからだった。
マスターと雀ドロイド、その深い関係自体は案外悪くないのかもしれないと思いながら、その場を離れる頃、後ろからは「サンダーボルトイヨアタック!!」「校内暴力はダメ!」という声が聞こえ、それについては知らないふりをするのだった。

2026.9.27


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