初めて出会ったその人は一言で言えば"怪獣"だった
理不尽で傍若無人で俺様で兎に角いい言葉を浮べる方が難しかった、どうしてこの人を好きになったんだろうかと思ったけど好きってそういう簡単なものじゃないよ。と久美さんに言われてそうなのかな…と思ったのはつい最近の出来事だった
兄がボクシングを始めた、それはもうのめりにのめり込んだ
仕事のことも学校のことも疎かになるほどでその熱はもう今までにないほどだったから私もお母さんもいい顔は出来なくても応援し続けた
そんなある日のことだ学校から帰り家に着いてから玄関に置かれていたのは珍しく彼の大事なグローブだ、どうやら忘れられたらしい
「グローブ忘れてるみたいだから届けてくるね」
「はーい、今日は特にもう仕事ないから遊んできていいわよ」
「…う、うん」
遊び相手も遊ぶ場所も知らないけど。とはいえなかった
とぼとぼと歩いて気付けば目当ての鴨川ボクシングジムという場所についていた、あまり大きくないそこの窓からちらりと覗けばリングの上で男性が殴りあっていた、みんな何かしら忙しなく動いておりそこには兄の姿は無い
これは出直した方がいいのかな…と思ってた矢先だ、制服のスカートが突然重量に逆らって広がった
「ほー、白か…ガキだな」
「キャァァ!なっ何するんですか」
「キサマこそなにしてやがる」
「え…ぁ、えっとその」
慌てて振り返れば随分と上を見上げてしまう、大きなリーゼント姿の男の人がいて思わず涙で目が霞んだ、大きな声で吠えられてスカートも捲られておまけに身体も服越しに見てわかるほど筋肉が付いていて
「あ…兄を…さが、してて」
「ム、迷子だったか、で?探してるそいつの名前は」
「幕之内一歩です」
「なに!?」
兄の名を伝えると同時に頭の先から足の先までじーっと眺められ、さらにしゃがみこまれるからまたスカートを捲られると思いぐっと押さえ込んだが彼の手はそちらではなく上に伸びた
「ひゃあ!」
「兄貴が巨根なら妹は巨乳とはな…ガキのくせにいい乳してやがる」
「なっ、なっ…なにするんですかー!!!」
ドゴォン!!と音がして鴨川ジムの中にいた者はみんなゾロゾロと出てきた、そして丁度ロードワークから戻ってきた一歩もそれを覗き込んだ
真ん中には倒れている憧れの先輩鷹村とその横ですすり泣いている妹の姿に目を丸くしてしまう
「このガキィ!てめぇ何しやがった!!」
「うえぇん、ごめんなさいごめんなさぁい」
そして直ぐに目覚めたと思えば彼女は鷹村の肩に担がれて小さなその尻を叩かれており、兄の一歩もどうしたものかと見上げていた
彼女が地面に足をつけたのはそれから10分後だった、それも当然会長に助けられてのことである
「グローブ忘れてたや、ごめん」
「ううん、にしても初めて来たからなんだか…す、すごいね」
「それよりもだチビ」
「チビじゃなくて幕之内たづなです」
「チビ」
チビじゃないです!!と叫ぶたづなに鷹村にとってはいいオモチャだった、皆それぞれ練習に戻りつつもまだたづなは遊ばれていた
「にしても一歩お前結構年の離れた妹が居たんだな」
「え、4つしか離れてませんよ?」
「ってことはこいつ今は中二か?」
「そうですよ、もうすぐ3年生ですし高校生なんですから」
「…俺様はてっきり小学生かと」
正直身長だけならそこいらの小学生より小さいのではないかと思えるほどだった、たづなは丁寧に学生証を出てきたが1年生の入学時の写真のせいかさらに幼く見えた
一歩ともども幼い丸顔ではあったがよく似ている顔の系統のためさらに幼くみえるものだった
「子供じゃありませんからね!」
そういって居たたづなもいつの間にか19歳になっていた
彼女もまたボクシングに魅せられた人間であり鴨川ジムのマネージャーをしつつ家業を手伝っていた
「にしてももう4.5年立ったってのにでかくならねぇな」
「こ、これでも大きくなりましたよ」
「今いくつだ」
「19です」
「身長だ」
自転車を漕ぎながら鷹村のロードについていくたづなはぼそぼそと呟くものだからいじわるな顔をして顔を寄せた
「ひゃ、143.6cmですけど」
「.6なんざ入れても意味ねぇだろ」
「そこが大事なんです!四捨五入したら144cmなんですから」
ムキになるようにして言ったたづなにまるで子供を扱うように頭をポンポンと撫でられる、出会ってから5年の月日で二人の仲も良くなった
それこそ初めて出会った頃から鷹村によるセクハラ被害は無くならずたづなは最初こそ泣く日々も多かったがそのうち負けじと言い返すわやりかえすわになってしまい、強い女になった
顔つきも少しは大人びて、髪の毛も伸びて色気も少しはついたものだった
「来月私20ですよ」
「もうそんな歳かよ」
「約束覚えてますか」
「なんの」
「お酒飲みに行くって」
そんなことを言ったような気もするがどうだったか?と頭の隅で考えていればたづなは少し膨れたような顔をした
いつも飲みに行く時や遊びに行く時たづなだけは基本置いていかれる、女だし仕方がないと自身でも分かっているがやはり少しだけ兄が羨ましい時も多かった、だからこそ大人になったら必ず連れて行ってもらうんだと意気込んでいた
「そんなのしてたか」
「美味しい店連れてってやるって大人にしてやる!って言ってたじゃないですか」
「おまっそれは」
違う意味だと言いたかったがどうもこの娘は如何せん無垢すぎる、人を疑うことも知らなければ下世話なことは何も知らない、子供を作ることだってキスをしたら出来るんじゃないかと思ってることだろう
確かに鷹村は自分の中の記憶を蘇らせた、確か彼女の兄が20になったときにみんなで祝ってやった時まだ高校生のたづなはジュース片手にみんなが楽しんでいる姿を羨ましげにみていたのだ
『なんだ辛気臭い顔しやがって、兄貴の誕生日だろうが』
『お酒飲めないんですもん』
『男には進めれるが流石に女…それも中学生にゃぁな』
『高校生ですもん!!』
『そりゃあ悪かったな、お詫びにおまえが20歳になったら俺様が祝ってやるよ』
『ほんと?』
あの時のこの娘の顔と来たらまるで指輪を貰った女のように嬉しそうな顔をするものだから思わず驚いてしまった
思わず目を見つめあって「おう…」と小さく返事をすれば「絶対ですよ!忘れないでくださいね、お兄ちゃん聞いて!」とまるで褒美を貰った子供みたいにはしゃぎ始めたのだ、懐かしいあれがもう4年も前なのかと思う、なんなら自分はもう26だ、絶縁したつもりのうるさい家族からはそろそろ相手を見つけろと言われる始末でなんならジムメイト達も時折そんな話を出していた
「まぁ…いいぜ、言ってたしな」
「みんなも誘いますか?」
「いや、二人だけだ」
足を止めれば少し前にいってしまったたづなが気付いて自転車を止めた、え?と驚いた顔をしたがこれはある意味大人としての誘いだ、からかってやりたかっただけだがそんな鷹村の意地悪など知らずにたづなは少し頬を赤く染めた
「楽しみにしてます」
馬鹿野郎と聞こえないように零して奥歯を噛み締めた
全くなんでこう兄妹揃って鈍感なんやら、そのまま2人で走りいつも通りの練習をこなした
そして気付けば月日はあっという間にひと月を超えた、ジムの中で盛大に祝われるたづなは満更でもなく嬉しそうで今日はみんなで飲みに行こうと話が出た途端だった
「鷹村さんと約束してるんでごめんなさい」
それには会長も、八木も、青木も、木村も、板垣も、あの一歩も目を丸くしたあと鷹村に目を向けたかと思えば奥の事務室に連れ込まれる
そこからはもう言いたい放題だ「お前はワシの孫をどうする気だ」「流石にたづなちゃんは…ね」「鷹村さん流石にたづなはダメっすよ」「あんたという男は20になった途端どういうつもりだ!」そして最後の大きな壁、そう妹に対してはいたく過保護な一歩が本気の目をしていた
「鷹村さんですから無いとは思いますけど万が一何か変なことがあったらわかりますよね」
その時のやつの目はリングに上がった時の顔じゃあない、人を殺す顔だと思った
「テメェらと一緒にするんじゃねぇ!俺様があんな乳臭いガキ興味あるか、約束されただけだわ!」
と一蹴して場を無理やり収めた、ふと事務所の窓からトレーニングルームをみれば当の本人は気にした様子もなく嬉しそうにほかのメンバーたちから祝われており、次々とプレゼントを貰っていた
始めてきた頃から確かにたづなは女らしくなっている、下手な話たづな目当てで来る男もいないことはなかった(まぁ大抵鷹村や青木村や一歩にコテンパンにされるのだが)
だがしかし本人は全く自分の魅力を分かっていないため毎度の如く
「○○さんって優しいですよね」
なんて鷹村に平気な顔をして言うのだった、全くそんなところまで似なくてもいいのに…と心底思うのだがふと目が合えばたづなは嬉しそうに鷹村に手を振るものだから悪い気はせずについ手をあげて返事をしてしまうのだった
結果そのようなちょっとした騒ぎがありながらもいつも通りの練習を終えてシャワーを浴びて戻ればたづなはいなかった、代わりに残っていたらしい一歩に彼女が駅前の居酒屋にいると言われ仕方ないと足を向けた
「あっ、鷹村さんこっちです!」
店の中で男の視線を奪っていたのはたづなだった、普段はジャージやスウェットなどと言ったラフな服装なその日だけは違った
鎖骨までみえるラフなスリットの入ったロングワンピにブーツ姿で女性らしく巻かれた髪は下ろされており彼女の幼さを隠すようだった
いつもメイクなんてしないのに薄いリップグロスやマスカラが施されており思わず声を失ってみてしまう
「待たせたな」
「いえ、用意のために早めに今日はあがらせてもらったんです」
「とりあえず何飲むんだ」
「ビールで!」
「お前苦いの嫌いだろ」
「でも鷹村さんいつも飲んでるから」
「俺様は大人だからな」
「私も今日は大人ですから!」
ふと周りのテーブルに目をやるとサッと逸らされるが完全にたづなを狙っていたことだと察してしまう、結局引かずにビールを求めるため仕方なく瓶ビールと適当なツマミを頼んでやる
「ほんじゃあ20の誕生日おめでとうさん」
「ありがとうございます」
「…えらく、雰囲気が違うな」
「え、あ…はい、菜々子ちゃんとか久美さんに教えて貰って」
「ほー」
「変…でしたか?」
「いや綺麗だったから流石に俺様もビビったな」
素直にそう告げればまるで飼い主に褒められた犬のような顔をする、兄妹揃って本当に似たような顔をしたり反応をするものだなと思った
きっと服に対しても彼女だけでは決して選ばないものだ、胸元がいつもより緩くおまけにファスナーがついているのだ男と2人で飲みに来るのがその服装ならば襲われても文句が言えないぞ…と言ってやりたいが言える訳もなく
「まっ、馬子にも衣装…豚にも真珠ってやつか」
「酷いです、せっかく可愛いって思ったのに」
「まぁ普段よりも女らしいわな」
「鷹村さんはこういうの好きですか?」
「嫌いじゃねぇけどな」
好きと言えばどう思われるのか少しだけ怖い気がしてビールのグラスに口をつけてその回答を濁した
意外と一歩より飲めるんだと思っていたのが間違いだった、結局初めての酒に調子に乗ったたづなはチューハイやら梅酒やらハイボールといって腹の中でちゃんぽんした結果当然彼女の目は焦点が定まっておらずフワフワしてた
「もうダメだ!」
「まーらのめる、鷹村さんのいじわる!」
「意地悪じゃねぇわ、俺様の優しさだこの乳娘」
「まぁたおっぱいのこという、へんたいだ!せくはらだ!」
「身長にいくぶん全部ここに取られやがって」
「おにいちゃんにいってやる、ボコボコにされてください」
騒ぎ立てるたづなの手から酒を奪って近くの店員に無理やり下げさせて水を持ってこさせる
来たばかりの水を飲ませるも未だに物言いたげなたづなは少しだけ鷹村を睨んでいた、そんな彼女がテーブルに突っ伏している間に会計を終わらせる
「帰るぞ」
「…うん」
「立てるか?」
「たてないです」
ハァ…とため息をこぼした、普段自分が他人を困らせることはあるかもしれないがたづなに困らせるのは珍しい、だがしかしそれに対して嫌な気持ちはなかった
いつだって女のワガママは面倒くさいものだったがこの女だけは妹のように思えるから何も感じない、ただ親心のような兄心のようななんとも言えない気持ちだった
外の寒い空気が酒の熱を少しだけ冷ました、それでも随分も飲んだたづなは鷹村の腕を掴んで頭をぴっとりと擦り寄せていた
「鷹村さん、あのね、私20歳になったんです」
「おう、嫌ってほど知ってら」
「鷹村さんと出会ってから5年目?くらいかな」
「そうだな、あの頃のお前といやぁ小学生かと思ったわ」
「いまも…そう思いますか?」
ふと下を見つめればたづなはとろんとした顔で見上げていた、この目を知っている"女"の目だ
ゴクリと唾を飲み込んでいれば恥ずかしそうに顔を寄せられて抱きしめられる、小さくて柔らかく暖かいものだった
「わたしは、鷹村さんのことずっと…男の人として、みてます」
「そうかよ」
「幕之内一歩の妹だって、そうとしか思ってないと…わかってます」
何を答えればいいのか分からずに無言を貫いた、気付けば住宅街に足を運んでおり誰もいない静かな空間だった
胸元にある小さな女が涙を溜めて見上げていた
「でも好きなんです」
「鷹村さんのことをずっと」
「ずぅっと…好きでっ」
小さなその唇に噛み付いた
ちゅっと子供みたいな甘いリップ音を立てて唇を離せばたづなは真っ赤な顔で鷹村をみつめていた
「誰でもするのかって面だな」
「そりゃあ」
「お前だけだよ、俺様のことをここまで翻弄しやがるのは」
「ほんろー?」
「振り回すってことだよ、にしてもキスだけでそんなことなってどうするんだよ」
「はじめてなんですもん」
ぎゅうっ…と抱き締められれば顔が見えなくなる、相変わらず見た目に反した力を持ってるなと感心してしまうが当の本人はキャパオーバーで熱がこちらにまで伝わってくるほどだ
というかキスもしたことが無いだなんて赤ん坊レベルだと思わず呆れ返ってしまう
「それでどうするんだ、俺様の家でもう少し飲むか大人しく帰されるか」
その言葉に少し目を丸くしたたづなはそのリップグロスが乱れた唇で呟くのだ
鷹村さんともう少しいたいです。とその後については残念ながら何も無かったいざ胸に触れていた際にだらしなくヨダレを垂らしてたづなは寝ていたのだから鷹村は26歳になって虚しくトイレで右腕を恋人にしたのだ
寝ている可愛い無垢な小娘とはまだまだ進めないと感じて
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