誰だって美しいものが好きだと思う
だから私が面食いだって鷹村さんはからかうけど美しいものは美しいんだから仕方ないと言い訳をした
「ゃ…ぁ…あの、顔…ちか、ぃ」
「そりゃあ近付けてるからな」
「かっこいい…じゃなくてそのあの、どうしてですか」
「キスするためだろ」
宮田さんと出会ったのはお兄ちゃんがボクシングを始めてすぐだった
入門試験?でボコボコにされたけれど宮田くんはそれはもう素晴らしい選手だと語るお兄ちゃんの顔は痛々しいのに何故か楽しそうだった
私も少しくらいハマれるものがあればいいけど、学校でいじめられてる私が人を殴るだなんて有り得ない…と帰り道、道端に転がる空き缶を蹴ればそれは宙を舞って…まって…待って
「あっ」
コンッと音がしたと思えば前を歩く男性に当たってしまった
高校生だろうか、お兄ちゃんと違うブレザーの制服を着ていて振り返られた長い前髪からちらりと覗く強気な目に思わず驚いてしまう
「ごっ、ごめんなさい!!」
顔の血の気が引いて走り出した、相手の返事は聞こえないけどどうか怒らないでください本当にごめんなさい。なんてたくさん胸の中で謝った、その日の夜ご飯はあまり喉が通らなくて2人にはとても心配されたけど言える訳もなく牛乳を4L飲んだ、今日も身長は変わらない
満員電車は嫌いだ、毎日人に押し潰されてぎゅうぎゅうで足を踏まれるし痛いし私は小さいから頭に肘を置かれたりとか…体を触られる
怖くていつも声を押し殺して泣かないようにって、できるだけ唇を噛み締めた、耳元で小さく「かわいいね」なんて嬉しくも無い気持ち悪い声が聞こえた、どうして私なんだろうっていつも思ってしまう
できるだけカバンを強く胸に抱いて体を縮こませてもおしりに触れる手は止まらずに多分手の甲で撫でられている、早く次の駅で降りようとした時だった
「ガキ相手になにしてんだよ」
「え」
「知り合いか?」
「あっ、ちがっちがいます」
「次の駅で降りるぞ」
昨日から最悪だった、知らねぇガキに空き缶をぶつけられたかと思いきや次の日にはそのガキが痴漢に襲われてるだなんて
胸糞悪いったらありゃしねぇ、まだ小学生くらいだろうにビビって縮こまって太い眉毛とか少し癖のあるつんつんの髪の毛とかが新しくジムに入ってきた幕之内に似てやがってさらにムカついた
兎に角汚ぇおっさんの手を引いて駅員に突き出した、事情聴取だと言われ結局遅刻確定に舌打ちをしてしまう
よくみたら体がちいせぇ割にガキのくせに胸とか足とか身体だけは一丁前に女だった、そりゃあ狙われるわな…と内心納得してしまう
「あっ…ありがとうございました」
「別に」
「ごめんなさい、ちっ遅刻ですよね、よかったら私から話しておくので先帰ってもらっても」
「別に今更遅刻に変わりねぇからいいよ、それよりお前昨日俺に空き缶ぶつけただろ」
「ひぅ…っご、ごめんなさい、たまたま缶蹴りしたら当たっちゃって!悪気はないんです」
「だろうな」
あったら大問題だろうが…と言いたかったが極度に謝る目の前のガキにイラついてしまう
ビクビクしてすぐ泣きそうで、なんて言うかこいつは分かっていないがそういうのは全部男を煽るだけのものだ、だがしかし分かるわけもないガキは未だにピーピー泣きそうな顔をしていた
「お、お詫びにジュース奢らせてください」
「いらねぇよ、ガキにたかる気もない」
「ガキじゃありません」
「小学生だろ?」
「中学2年です!」
「んな…」
わけが無いとは言い難いな
身長こそ多分140cmあるかないか程度だが身体だけ見たらそこいらのグラビア顔負けっていうやつだろう、いや知らないけど興味もねぇけど
いそいそとポケットから生徒手帳を出してきて見せてくるものだから思わず覗き込めば驚いてしまう
「おまえ、幕之内っていうのか」
「はい、幕之内たづなです」
「兄貴いるのか」
「ぇ、はい…4つ上の高校2年生です」
通りで似てるよ
このイラつき具合とか、おっとりしてる所とか、全部似てる
思わずはぁ…と深いため息をつけば反対に興味を引いたのか幕之内の妹はチラチラと怯えたようにこちらを見る、その様はまるで小動物だ
「お兄ちゃんのお友達ですか?」
「違う、ジムメイトだ」
「じむ、めいと?」
「ボクシングの」
「それじゃあ貴方もボクシングしてるんですか!」
それを知った途端にまるでヒーローを見るガキみたいに目を輝かせるものだから呆気を取られてしまう、その目に移されるとなんだか自分まで純真な人間に変えられてしまいそうで思わず目を背ける
「まぁ…な」
名前も名乗らずに返事をすれば先程までの恐怖心なんて忘れてボクシングにハマってからの幕之内の話をされる
そしてあいつと同じ目をしてボクシングをしてみたい…というのだ、女は厳しすぎる世界だからまぁ無理だろうけど聞く分にはそのボクシング熱は悪くないと思えた
警察官から無事に検査を全て終える頃には時刻は昼を優に超えていた
「あの…付き合わせてごめんなさい、お腹すきませんか?」
「すいたっちゃ、空いたけどなんだ」
「よかったらこのお弁当食べてください、本当に申し訳ございませんでしたこのお礼はまたぜひ別の機会にさせていただきます!」
まるで台風のように去っていったものだからどうしたものかと手渡された可愛い小さな弁当箱、捨てるのも悪いし知らない奴…とも言い難いため広げてみれば何ともまぁ悪くない弁当がそこにはあったので悪いがそのまま食べてやった
その日のジムで幕之内に弁当を返すように伝えたら目を見開いて驚いていたがまぁ無理もないがお前の妹のせいだ
お兄ちゃんがドタバタと忙しなく家に帰ってきた
今日は怖いことがあったけど優しい人に助けて貰えて少し心はいつもより軽い、お兄ちゃんに後で聞いてみて改めてお詫びしに行こう
「たづな、宮田くんとなにがあったの」
「え?宮田くん?」
宮田くんってあのまつ毛が長くて肌が白くて目がキリッとしてかっこよくてクールな感じだけど甘い整った顔しててボクシングがすごく上手くて強くてかっこよくてあの…あの宮田さん!?
わけも分からず困惑してたらお兄ちゃんの手には今日助けてくれた人に渡したお弁当箱があった
「これ返しとけっていわれてさ、なんかあった?」
「え、え、あ…ちょっと助けて貰ったお礼にお弁当あげちゃった」
「黒髪のさ、かっこいい人だったでしょ」
「う、うん、あれがあの」
「そう」
宮田一郎さんだったのだ
私はなんてことをしちゃったんだろうと頭を抱えること数日、改めて多めに買った手土産を片手に男の人ばかりの鴨川ボクシングジムの前に立っていた
けれどお兄ちゃんもいないし知り合いもいないし男の人ばかりだし入ることを悩み始めてもう何分だろうか、入口付近でウロチョロしてしまう
「入らないのか」
「えっぁ、宮田さん!」
「この間は弁当箱ちゃんと返せたか」
「…ぁ、はい、本当に申し訳ございませんでした」
「気にするなよ、それより…みてくか?」
「いいんですか」
嬉しいなぁボクシングずっと気になって、お兄ちゃんと一緒に鷹村さんから借りたKO集をみて2人で強いってなんだろうってずっと考えてしまったのが懐かしい
お兄ちゃんがしたみたいに私も木の葉を10枚握れるようになったし、パンチもちょっとかっこよく打てるようになったのはここ最近の楽しみだった、それにしてもボクシングジムって広いし人が沢山いるし凄いんだなぁってキョロキョロとみていたら突然目の前に男の人がしゃがみこんで目線を合わせられる
怖い目付きに大きな体にリーゼント、ジロジロと見られたあと
「おい、宮田お前の趣味ちょっと危なくねぇのか」
「何言ってるんですか」
「いや彼女にしては流石にロリすぎるって言うかよ、小学生はちょっと」
「こいつ中学生ですし、幕之内の妹ですよ」
そういった途端にみんなの視線が私に向いた、怖くてちょっと泣いちゃいそうだ、じーっと野生のクマみたいに私を見つめるその人をそういえば雑誌で見た事あるような…あ
「鷹村守選手ですか?」
「お、ガキのくせに知ってんのか」
「はい!新人王の記事読みました、ほかにも過去の試合も何本もDVD見ました、凄いですよねKOがいつも気持ちよくって何回も見ちゃいます、お兄ちゃんも鷹村さんのこといつもすごいって教えてくれてて」
「サイン書いてやろうか?」
「嬉しいです、あのえっとここにたづなへってお願いしたいです」
まるで犬がしっぽを降るみたいにあいつは鷹村さんに懐いた、まぁ幕之内の妹だから散々話を聞いているんだろうな
鷹村さんも自分のことを純粋に褒めてくれる奴に嬉しくなってTシャツの背中に大きくサインまで入れてやがった、ほかにも青木さんや木村さんにも同じように褒め散らかしてやがった練習の邪魔にはならないが何となく癪に触ったその時だった
「おっ、やっぱいいもん持ってんな」
「ひっ…あっわぁあ」
「何してんだよ!」
「いてぇな!なにしやがんだよ」
それでなくてもこの間こいつは痴漢に襲われたばかりなのに何してやがんだこの人は…ハァとため息をこぼせば案の定たづなは泣きそうな顔をしていた
そしてベンチから立ち上がると俺の後ろに引っ付いた、体が小さいから隠れられると全く見えなくなる
「宮田さんしかやっぱり味方いないんです」
「別にお前の味方じゃないけどな」
「ひぅ…」
「…ほら鷹村さんも謝れよ」
「悪かったなチビ」
「…もうしないですか?」
こいつわかってない
多分馬鹿だろうな、それかとんでもないお人好し
鷹村さんの笑顔が俺にはただの罠にしか見えねぇのに平気な顔して背中から飛び出して握手を求めようとしてたがまた瞬時に胸を触られた
「ど、どうしてなんですかー!」
「ガーハッハッハッこれから俺様が育ててやるよ」
「たすけて、たすけてお兄ちゃん」
「たづな!?」
その瞬間ジムのドアが開いた、あいつの目には何が映ったんだろうか分からないがあの鷹村さんが華麗にジャーマンスープレックスを決められていた
そしてその日鴨川ジムでは幕之内たづなに手を出しては行けないと理解したのだった
「こんにちは宮田くん」
「相変わらず元気そうだな」
「はい…っていってもボロボロなんですけど」
苦笑いを浮かべたたづなの顔は少し腫れていた、それは無抵抗な暴力ではなく彼女がボクサーとして得た痛みだった
20歳にして彼女はWBA女子アトム級のチャンピオンになったのだ、自分たち男が苦労する中で…と思うものも少なからずいるのかもしれないが女子の世界で縛れるほどたづなは可愛い存在ではなかった
宮田が居なくなったあと反対を押し切り入門したたづなは光の当たらない世界で戦い続けた、幕之内一歩の妹という肩書きを殴り捨てて「たづな」という名前だけでやってきた
「お前もチャンピオンになるなんてな、あの時は思わなかった」
「…私もそ、そう思います」
「強さだけはまぁ認めなくは無いけどな」
「宮田さんに言われるとすごく嬉しいです」
冬に近付く秋の夜は風が少し冷たかった、久しぶりに走っている姿を見かけて思わず声をかけたが彼女は凛々しく美しくなっていた
今では宮田も東洋チャンピオンで防衛歴も長くなってきているほどだ
えらくソワソワとしているたづなになにか予定でもあったのかと宮田は思わずみつめてしまう
「あっいやその…宮田さんと会うのに恥ずかしい格好してしまってたので…申し訳なくてですね」
「別にいいだろ」
「い、一応女の子です」
「自覚あったのか」
「ありますよ」
「そりゃあそうか」
嫌という程理不尽に揉まれてきたんだから当然だろう、思わず苦笑いを浮かべれば初めて会った時のような泣きそうな顔で眉を下げていた
「宮田さんは相変わらずかっこいいですね」
「…まぁな」
言われ慣れてる賛美の筈がこの女にだけは慣れない、いつだって真っ直ぐとした目で言われてしまうからだろう、思わず目を背けてしまう
「本当綺麗です」
どっちがだよ…と宮田は言いたくなった
伸びた髪に一般人とは違う綺麗な筋肉のついた小さな身体、いまだに不釣り合いな胸も彼女の魅力で、小さな唇や丸くて大きい目に女性らしいまつ毛に少し赤くなった頬、思わず顔を近付ければ案の定彼女は驚いたように小さな声が溢れていく
「ゃ…ぁ…あの、顔…ちか、ぃ」
「そりゃあ近付けてるからな」
「かっこいい…じゃなくてそのあの、どうしてですか」
「キスするためだろ」
腫れた顔も相手の返り血を浴びながら立つリングも、男を沈めるほどパワーのある拳も全て宮田にとっては魅力的で、あんなに弱かっただけの女に心を奪われていた
「たづなも綺麗だろ」
とろんとした目をしてる、だからお前襲われるんだよ、そういう顔するなよと胸の内に閉じ込めたら小さく「かっこいい…」と聞こえた、本当こいつ…と思う気持ちを胸にしまい込んで力強く抱き締めれば小さな力で返される、生憎こいつに全力を出されると骨が折れかねないからな
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