千堂と出会ったのはまだたづなが中学三年生の夏だった
中学校最後の修学旅行は大阪に決まったのだ、最後の日は1日自由時間になったがみんなが有名なテーマパークやら水族館やらそれこそ食べ歩きを友達としている中でたづなは1人何も出来ずにいた
とりあえず最初の解散場所から動けずに制服姿のままなにわの街でぼうっと街を眺めていた時だった、体を強くぶつけられてしまい勢いよく倒れてしまう
誰も助けてもくれずなんだか無性に帰りたくなって涙が出そうだ、こんな事なら修学旅行に参加せずに家の船釣りを手伝えばよかった…と後悔していた時だ
「嬢ちゃん大丈夫か?」
「あっ…」
そう言って手を差し出してくれたのは兄と同じくらいの年齢の男性だった、手を引かれて立ち上がり怪我がないかと言われてあれよアレと言われるが何も耳に入らずにぼーっとその男を眺めていた
「なんや修学旅行生かいな」
「え、はい」
「どっから来たん」
「東京からです」
「東京の小学校はええとこに修学旅行来るんやなぁ、ワイなんか広島とかやったで」
「あの…えっと、その…中学三年生です」
「嘘やん、ワイに嘘ついたらアカンで」
「ホッ本当です、これ…」
慌ててポケットの中の学生手帳を渡せば何度か見比べられる、特に胸と身長を見られているのが痛いほど感じられるが初対面の人間は大体そういうものだとたづなはしっていた
だがしかしそれに対して何も言うことが出来ずにいれば彼は大きく咳払いをした
「そりゃすまんかった、ワイは千堂武士や、1人なんやったらワイが案内したるわ」
「学校とかお仕事とかいいんですか?」
「別にかまへん、それよりなんやしたいことあるか?」
「いえ…全然分からなくて」
「何時までおれんねん」
「えっと一応20時までなら」
「よっしゃ!ワイが最高の大阪の思い出を残したる」
そういって彼は人懐っこい優しい笑顔を浮かべて手を引いて歩き出してくれた、彼はこの街のスターなのか酷くみんなに愛されていると実感した
美味しいたこ焼きにお笑い劇場に串カツ屋に安いゲームセンターによく行く洋服屋さんはヒョウ柄やら派手なものばかりで大阪らしい…とたづなは驚いた
気付いた頃には両手にお土産が沢山持たされており集合場所付近に送って貰ってしまっていた
「今日はありがとうございました」
「いや、ワイもたづなちゃんと遊べてえらい楽しかったわ」
「嬉しいです、そういえばその…今更なんですが千堂さんってボクシングされてますか?」
「なんや、言うたっけ?」
「いえ体付きとかみて…そうかなって」
恥ずかしそうに笑うたづなだが千堂は驚きを隠せなかった、筋肉だけをみたら大抵在り来りなスポーツ選手を言われるのが普通だがボクシングと正確に当てられると思わなかったのだ、それも失礼ながら女に
こんな気が弱くオドオドしているような彼女には無縁の血の世界だからだ
「お兄ちゃんもボクシングしていてこの間新人王の1回戦があったんです、あっ…8月に2回戦だったかな、だからその…会うこともあるかなぁって」
「兄貴の名前は?」
「幕之内…一歩です、私によく似てると思いますよ、よく言われるんです」
「そうかぁ、そんときはワイのこと応援してくれるか?」
そういえば彼女は少し目を丸くしたあと困った顔をしていう
「わ、分かんないけど…2人とも応援しちゃだめ、ですか?」
「…かめへん!出来たらワイを応援して欲しいけど」
「あっそろそろ時間なので」
「たづなちゃん最後に別れのハグせんでええか?」
関西人の冗談のつもりだったがたづなは真に受けたのか広げた千堂の腕の中に潜り込んで背中に腕を回した
「また…会えたら嬉しいです」
なんて男を落とすような殺し文句を落として
その時千堂武士は完璧に落とされた、後日そんな彼女の兄貴だと言うのも忘れて幕之内一歩に対してもリング上での恋人と比喩するのだからまさに兄妹とは不思議なものだろう
それから本当にすぐだとおもった、つまらない西日本新人王の座を手にして直ぐに雑誌に自分のタイプの男がいたと知り東京に走り鴨川ジムに突撃したのは
そしてジムに行き再び出会ったのだあの時の自分の"恋人"に
「たづなちゃんやないか」
「え、あれ千堂さん?どうしてここに」
「幕之内一歩いうごっつ強いヤツと殺りとぉてな…ってまって幕之内いうたら」
「はい、お兄ちゃんですよ」
そういえばそんなことを言っていたと今更思い出したがそんな2人を差し置いて鴨川ジムの面々は千堂を睨んだ
当然鷹村に背後を取られた千堂は簡単にジャーマンスープレックスを決められて落ちてしまった
「起きましたか?」
「んー、やわらか…」
「フフっ擽ったいですよ千堂さん、それより兄の件は残念でしたね」
「ほんまにやで、なんのためにここまで来たのか…いやまぁたづなちゃんに会えただけ儲けもんやけどな」
ふと目覚めればえらく天井が近い…と思ったがよく見ればたづなの胸だと気づきこれは役得だと冷静に判断をして千堂は静かに返事をしていた
目が覚めれば目の前で鷹村がスパーを始めるというものだから慌てて起き上がろうとすれば勢いよくたづなの下乳に顔をぶつけてしまう
「ご、ごめんなさい」
「全然かめへん!」
「良くねぇよ!!」
鷹村に強く殴られそのまま双方合意の元スパーが始まった、その間にたづなは片付けや掃除やらを過ごそうとしたのに大きな音を立ててリングには千堂が倒れ少しやりすぎたと反省の色の見える鷹村と慌てる青木と木村がいた
「また大阪来てな?絶対やで」
結局嵐のような男が去っていく時にはたづなの手にはしっかりと電話番号が握られていた、そんな出会いから付き合い始めるまではあの千堂であればすぐの事だった
まだ中学生だとしても関係ない!好きに年齢はない!とアタックをし続け自己肯定感も低ければ面食いのたづなは千堂にKO負けしてしまったのだ
それから約4年の月日が流れ
たづなは19歳に千堂は24歳だった、様々な経験を積みながらも千堂の愛は変わらずたづなに注がれていた
時折2人で歩くと身長差のせいで誘拐かと思われる時もあるがよく行く場所では顔を覚えられてしまうほどになった、基本的には来たり行ったりを繰り返しているが千堂は暇ではなく鴨川ジムのマネージャーとして仕事をするたづなも同様だった
「ほんでも…寂しかったわ」
へなへな…と力なくたづなを抱き締める千堂に小さい身体ながら受け止めて背中を撫でてやった、再起戦以降はあまり試合を組むことはなくスパーを中心にしていた
自分のことを中心にしてしまいたづなと会う暇もなくしてしまい結局柳岡に半強制で東京行きの新幹線のチケットを握らされたのだ
「わ、私も寂しかったですよ」
甘く柔らかい声に胸がきゅうっとなる、正直彼女バカだと言われても千堂は当然だと言わんばかりだった、なにせこんなに可愛くて小さくてふわふわでムチムチの彼女がいるのだから馬鹿にもなる
時折過保護な兄に目を光らされる時はあるがそれはまぁそれとして、とにかくたづなは千堂にとってたまらない存在だった、まるで減量明けの水のような存在だ
「今日はゆっくりしていくんですよね?お魚沢山釣ってきますから楽しみにしてくださいね」
「ええ嫁さんや」
「私なんてそんな、いいお嫁さんだなんて」
「飯はうまいしかわいいしボクシングの知識もあるし働き者やし完璧やわ」
褒めれば褒めるほどたづなの顔が赤くなる、それが可愛くてたまらなかった思わず抱きしめていた身体を少し離して顔を寄せる
自然と触れ合いそうな唇に胸がうるさくなったと思いきやドアが音を立てて開かれて慌てて2人で距離をとって正座をすれば茶菓子を持ってきた一歩が千堂の隣に座った
「ワーセンドウサンキテタンダー」
「お、おう幕之内久しぶりやのぉ」
「僕の妹になにかしようとしてましたか?」
「いや別になんもしとらんがな」
妹のことになると一歩は酷く恐ろしかった、リングの上の目とは違う人を殺しそうな目だ
たづなは一歩のことを何も理解していないせいで気が弱くてボクシングに強くて優しい兄としか思っていないが関わってきた人間からすれば間柴了以上に危険な兄なのではないか?と思えるほどの恐怖心を植え付けられそうだとおもった
「それになんやしとってもワイらはアベックやからな、変なことでは無いやろ」
「スパーの相手になってくれませんか」
「なんやどつきあいか、かまへんぞ」
結局安い挑発をしあって2人は鴨川ジムまでいってしまった、仕方ない…とため息をこぼして夕方の予約客のリストをみて重たい腰を上げた
どうやらデートは今日はできないか…と思いながら夕飯に鯛でも取れたらいいなぁなんて思いながら船出の用意を手伝うのだった
結局帰ってきた2人はボロボロでお腹も大きな音を立てて帰ってきた、テーブルに置いた真鯛の造りや鯛の塩焼きやタコの酢の物など幕之内家特性の海鮮はあっという間に男二人の胃袋に消えていきたづなと母は笑っていた
「千堂さんがいるとウチも賑やかで楽しいです」
「ワイもたづながおると楽しいわ」
「今度はそっちに私が行きますね、おばあちゃんにも会いたいし」
「おう、はよ会ったってくれや婆ちゃんもたづなのこと孫みたいに可愛がっとるからな」
「あっ今度大阪行ったら天保山行きたいです」
「なんや水族館やら行きたいんか」
「観覧車も…乗りたくて」
2枚敷いた布団で互いに手を繋いで話をするのはまるで修学旅行生の気分だが悪くない、たづなと付き合って数年未だに抱いたことは無い
今までとは違う清い関係を紡いできたのはそれだけ誠実に生きていきたいと思っているからだろう、本当は風呂上がりのいい匂いのする彼女を抱き締めたりパジャマから覗く谷間に触れたいと願ってはいるが抑えられなくなるのが怖くさらに彼女の実家だと思えばなおのことだろう
「明日帰っちゃうの寂しいな」
「たづなも来るか?」
「…大人になったら考えます」
「もうちょっとやな、楽しみやわ」
そういえば手を強く握ってたづなは微笑んだ
距離があるのが惜しいと思えるのは何度目か、静かな波の音が聞こえた、やわらかい甘い「おやすみなさい」という声に千堂は目を閉じた、決して絡めた指は離れないようにと繋いだまま
朝起きれば相変わらず早朝から起きているらしいたづなの姿がキッチンに見えた、一歩は早めのロードワークに母は早朝の客と共に海に出たらしい
大きく欠伸をしてテレビをつけていれば机の上にはご飯と味噌汁とおかずが数点置かれるものだから寝癖頭のままでたづなをみつめて呟く
「ほんま惚れてまうわ」
「えっえっ…わ、私も千堂さんのこと、好きですよ」
「…あかん、好きや」
真っ赤な顔でエプロンを身につけたたづながおぼんで少し顔を隠して恥ずかしそうに言うものだから千堂はたまらなくなってしまう
結局朝食を食べてゆっくりと東京土産を買えばお昼頃になり帰る時間になってしまう
新幹線のホームで中々離れられずに強く抱き締めてしまう、時折遠くで「あれってボクシングの…」という声が聞こえるが知らないフリをした、今はファンサービスより彼女が優先なのだ
そうしていれば音を立てて新大阪行きの新幹線がやってきた、離れ難いが仕方がないとその小さな体を解放すればたづなは太い眉を犬のように下げており思わず腰を曲げて彼女の唇にキスをする
「またすぐ会おな?」
「うん」
小さいたづなの声はホームの様々な音に飲み込まれそうだった、それでも千堂の耳にはしっかり届いており最後にもう一度強く抱き締めた
ようやく解放して千堂が新幹線に乗る直前たづなはまた呟いた
「また早く会ってくださいね…じゃなきゃ、寂しくなっちゃいます」
「あかん!連れて帰ってまいたいわ」
大きく目を見開いた千堂はそういって叫ぶがドアは簡単に閉まってしまう、まだ彼女が20にもなっていないことを悔しく思いながらも待ち遠しく思った
20になると同時に迎えに来てやる、そして必ず自分の隣に居させようと胸に誓った、そしてそれと同時になにかを忘れてるような気がしたが千堂はそんなこと気付きもしないのだった
その頃新幹線のホームにいたたづなは足元を見て目を丸くして呟いた
「あっ…千堂さんお土産忘れてる、また送ればいいかなぁ」
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