『過去の自分が情けないと殴ってくれれば救われた』

知らない訳ではなかった、彼女が既婚者であることを
知らない訳ではなかった、彼女の一番が自分でないことを
知らない訳ではなかった、彼女の指に填められた装飾品の意味を
知らないわけが無かった、私が彼女を愛していることを

「この関係もそろそろ終わりにしよっか」

まるで明日の天気を告げるようにそういった彼女は私から降りてそう告げた、この関係の終わりという意味に分からぬふりをすれば彼女はプロールとしっかり私の名前を呼んだ

「あぁ聞こえている」

呼ばれた声通りしっかりと私は意識があり、彼女の声を何度もそのブレインの中で再生した、終わりに…終わりに…終わりに…と木霊するようにリピートするその声をすぐ様削除し変形して彼女を見れば彼女は何が入るか分からないほど小さな鞄の中から取り出したさらに小さな金属の輪を左手の薬指に付け直した
それは私たちの現実を告げるものだった

「基地には明日も普通にいくよ、だけどこの関係は今日まで」
「何故だ」
「そういう関係だったでしょ」

未来のない関係だと互いに理解していた、初めて出会った頃の彼女は凛とした美しい女性で元軍人という経歴はあるが、それが出会いの経緯ではなかった
彼女は優秀な機械技師であったらしく外で大怪我を負い動けなくなったサイバトロンの戦士に手を貸したことから知り合った、夫は陸軍中佐であり肩書き通り立派な男である
結婚を機に一線を退いた彼女は暇を持て余しサイバトロン基地によく顔を出しては一端に作戦へ口を挟むことを私は初め好まなかった、人間が…それも失礼ながら女性が、戦争のプロとも言える私たち戦略家達の作戦に割って入るなどどういう了見かと感じたのだ

「貴方って同型の二人と比べて頑固で利己的で気難しい人なんですね」
「そんな事は無いだろう、私は柔軟に対応してる、君の意見も尊重した」
「尊重した…ね、まるで自分の意見が正しかったけど立ててやったって言い草だ」

可愛げのない女、サイバトロン戦士だった女性たちの方がまだ可愛げがある方だぞ。と思ったがそんなこともないかと思った、いつだって強い女はこうして【もの】を言うのだ
しかしながら彼女の作戦が上手くいった時、見る目が変わるのも事実、仲間たちにも実力は本当なのだからもう少し柔軟に優しくしてやってもいいんじゃないか?と言われるほど私はキツい対応を取っていたのだと気付いたのは彼女が来て暫くしてからだった

「女の君に何がわかるんだ」

何がきっかけだったか覚えてはいない、しかしそういった私の言葉に彼女は普段通り反論をするのかと思えば目を伏せて「何も分からないよ」と返事をした
長い戦争を経験した訳でもない、それどころか戦争をする身から無理やり引き剥がされた彼女の思いなど私には分からなかった、平和な世界で生きる彼女に嫉妬したのか、それとももっと違う何かなのか、私の回路全体が震えた

「分からないけどあなたに死んで欲しくないから私は私の意見を言うの、どっちの意見が正しいとか間違いかなんて分からないしどうだっていい」

あなたを失いたくないの。
そういわれたあの時、私は君を愛したんだろう。
何百万年と生きてきた中で仲間という感情以外、愛するという感情を知ったのは彼女のお陰だった
あの一件から私達はずっと親しくなって二人でパトロールに行くようになり、二人きりで次第に距離が近付いた、地球では度々男女の友情は成立しないという話題が上がるがそれはサイバトロニアンも同じだ
見た目も中身も物理的に違う私たちだというのに彼女を乗せて走るようになって求めるものは増えるばかりだった

「プロールって恋人の経験がないの?」
「サイバトロニアン自体パートナーを持つ者は少ない」
「じゃあキスするのもはじめて?」

彼女と共に座ってストリートシネマを鑑賞した、メインの場所から遠く離れて見える映画に夜に集まる恋人たちは互いの体を寄せ合い次第に自然と肩を抱き唇を重ねて笑い合い
そんな姿を見ていたのに彼女がそういったことに映画から現実に引き戻されて目を丸くしている間に彼女は慣れたように座った私に登ってきては柔らかな感触を与えた

「どう?っていっても分からないかな」

なんせ金属だしと笑う彼女は無邪気な少女のようで愛らしいものだった、私は分かっているのに分からないからもう一度して欲しいと強請れば彼女はその長いまつ毛を揺らして照れ臭そうに笑っては私の唇にキスをした
甘くて心地よいその唇に「もう一度」と強請れば彼女は何も言わずに何度も重ねた、冷たい私の頬に手を添えて何度も味わっていれば自然と彼女の腰に手を回して抱き締めて次第に今度は自分から彼女に口付けた

「映画終わっちゃうね」
「構わない、今はキミを見ていたい」

私らしくない言葉を告げれば彼女は笑うことも無く頷いて唇を重ねた、そうして私は愛というものを知った
全くもってその感情回路はとてもじゃないが甘いものだけを渡さない、苦く苦しく悲しく苛立つ日々も多いもので愛し合う人々は他人にこんなにも振り回されているのかと感じた
職業柄といえばいいのか性格柄どうしても彼女の個人情報を調べ上げてしまう。
生まれも経歴も家の中の間取りも…そうすると当然出てくるのだ彼女の伴侶と呼ばれるパートナーが

画面の中の男は彼女と六つ違う年上で上官と部下の関係だったのだという、数十年前結婚した彼女は退軍し今の専業主婦の形をとっているが夫は帰ってこない為自由の身であった
魅力的な彼女なのだからもしかすると自分以外にもさらにいるのでは無いのかと発信機をつけて尾行までしてもそこに他の影は何一つなかった、それを知った時無性にスパークは喜んでいたことに気付かないわけが無かった

「もうすぐあの人も定年が近いし、いい加減二人の時間を取るのも大事かなって」

まるで情のある人間のような言葉を告げる彼女に私は意外そうな顔を浮かべれば彼女は苦笑いをした、私があの人を愛してないと思った?と告げられればまるで頭から冷却水を掛けられた気分になる

「私との関係は遊びなのか」

どうしようもなく情けない台詞が哀れで悲痛な叫び声のように漏れだした、きっと周りの連中からしてみれば私が弱気に告げる言葉に驚きさえ感じるだろうに彼女は何も変わらない表情でしっかりとその二本の足で立っていた

「遊びでも本気でもないよ」

私は本気だった、キミが好きで愛していてキミだけしか愛を知らないんだと思ったことは口に出ていたのだろうか?
次第に私の回路はどこもかしこも歪な音を立ててどれだけ飛んでこようとする弾丸でも処理できる私の優秀なブレインはエラーを起こして思考することを拒否した、地面に身体を這わせて足に抱きついて縋りついてしまいたいと願えど彼女は変わらぬままの姿だった

「ごめんね、中途半端に愛したような真似をして」

昔から植物もペットも最後まで面倒を見るのが苦手だったの。と昔いっていた彼女の言葉をおもわず思い出した
そう考えていれば静かな二人の間でカチンと音を立てた、その音の発生源は彼女のジッポライターで、その火は彼女の口元にある煙草に火を灯した、夫は非喫煙者で他の仲間たちもあまり得意で無いだろうから私の前でしか吸わないソレに私は自分が特別な存在だと感じていた、気を使って綺麗にしている車内も彼女の香水とタバコの匂いが染み付いていることに私は幸福感を得ていた
細い指先がもっと細い煙草のフィルターを持って私の中で塗り直したリップをたっぷりとそこに付けて煙りを吹かす、その姿を知るのは私だけの筈でこの先もきっとそんな相手はいないと思った、そう願っていたんだ

「何処でソレを吸うんだ」

私から離れれば、もう二度とそうした安息の時間を得ることは出来ないんじゃないのか?とまたも私は縋り付くように問いかけた
そうすると彼女は寂しそうな顔をしていう、あの人から煙草の香りがしたからもういいの。と

「知ってたんでしょプロール」
「なにを」
「あの人の浮気」

あぁ知っている、キミがどうして私に甘えているのかも、当然知っているさ
あの男は仕事とかまけて他の女の家に行ったり宿舎に女を連れ込んでいたことくらい、あの男の存在を調べて直ぐに知ったことだ、それを知っていたのは彼女も同じだった、寂しくて辛くて…だから私に甘えていたのだと
だから今更そんな男の為に帰らなくてもいいじゃないかとその手を取れたら良かったのに臆病である自分は何も出来ずに煙草の灰を落とす彼女を見つめた

「浮気だけなら許せたのに、女の影響を受けて煙草なんて吸って、いい歳した男が馬鹿みたい」

ギュッとフィルターを噛んだ彼女の大きな瞳が揺れた、涙を貯めて必死に我慢した彼女は鞄の中の携帯灰皿に吸殻を捨ててその場に蹲っていよいよその雫をこぼした

「悔しい…悔しいのよプロール、私まだあんな男が好きだなんて」

子供のような彼女の泣き方に私はそれでも狡いと羨ましいと感じてしまうのはきっと酷い男なのだろう、彼女の背中に手を回してその感情は痛いほど分かることを私は告げた

結局のところ私たちは似たもの同士でしかないのだろう。
好きだからこそ酷い事をされても離れられずに健気に尽くしてしまう、強い振りをした彼女の弱さを知った私が特別だと感じたように彼女もまた自分の愛した男に自分こそがその男にとっての特別だと感じる場所があったのだろう、キスのひとつも出来ずに私は泣き止む迄彼女の背中を指で撫でてやった、なにも言えずに大丈夫だと優しいふりをして
今すぐその指輪を投げ捨ててくれたら私はキミを幸せにするのにと思いながら。