2.
控え室の中は随分と静かだった
メインイベンターとして刻一刻と近付いてきている、勝って負けて引き分けてと前の選手達が次々と試合をこなしていく
たづなはいつだったかの撮影で着ていた時のような馬を意識したような衣装だ
栗色のフェイクレザーで仕上げられた革張りに編上げのブラに、同じ色で横が編上げになっているトランクスを履いて髪を高く結った
次々と激励に来る知り合いたちに挨拶を交わしすぎたせいで無駄に疲れてしまった、たづなの前の試合には木村の試合があるらしく彼のサポートに全員が出てしまい一人きりの寂しい控え室だった
テレビの奥で勝利する音が聞こえつつも今から自分が世界戦などとは到底思えない程だった
「よぉ」
「鷹村さん!?」
「つまらなさそうな顔してるじゃねぇか」
「緊張というか疲労というか、色んな人が来るから変になんだか意識しちゃって」
「オレ様に言わなきゃならねぇことがあるんだろ」
「うん」
「なら、やる事ァ1つだな」
その言葉に頷けば彼は満足そうな顔をしてそれ以上何も言わずにたづなの整えた髪を乱して出ていってしまった
入れ替わりのように会長が入ってきて、たづなに喝を入れようとするが彼女は酷く落ち着いており出ていった鷹村を思い出す、普段はおちゃらけた不真面目にも思える男はボクシングとこの娘にだけは誠実だと毎度ながらが感じた、いっその事今回の試合ではサポーターにつければよかったか?と思ってしまうほどだ
「馬上選手、入場です」
スタッフの呼び声にたづなは小さく頷いた、そして隣に立つ会長を見つめて笑う
「ベルト取ってきますから、楽しみにしててくださいね」
「ふん、そう簡単に取れるものか」
だがしかし楽しみだ、自分の手元から2人の王者が出ていくことが
大歓声の中名前が呼ばれ入場する
普段とはまた違う大勢の声と広い会場に息を呑む、あのリングがあの人が初めてベルトを手にした場所なんだと思うと楽しみで仕方がなかった
『相手の体に残るパンチはまるで馬の蹄のよう、我が国最強の女王馬上たづなが今リングにあがりました』
アナウンサーの声がやけに耳に張り付く、相変わらず過剰な表現だと思い恥ずかしさを感じていれば音楽が変わり対する入場口からは真っ黒な衣装のチャンピオンが現れる
『その姿はまさしく黒鹿毛の暴れ馬、世界の女王は今夜もリングの上で相手をねじ伏せるのか!?チャンピオン エリザベス・ホースがリングイン!!』
真っ黒な肌に真っ黒な髪色そしてそれとは正反対の金色のような瞳はまさに獣のような美しさだった
彼女の体にある傷は到底そこいらの喧嘩では得られない傷跡だとわかってしまう、エリザベス…女王に与えられる名はまさしく彼女にふさわしいとさえ思える
「たづな…キサマは強い、あのチャンピオンよりもだ1Rずつしっかり取って行け」
「はいっ、頑張ります」
マウスピースを口に銜えてリングの真ん中に立つ、ほとんど同じ身長の彼女をみつめれば彼女もまたその美しい瞳をたづなに向けた
ゴングがなると同時に淑女らしく2人は拳を軽くぶつける挨拶をして距離を置いた
5R目にして膝をついたのはたづなだった、相手の強烈なボディへの打撃からの左頬に勢いよくぶつけられた
意識を保ってられないと思うほど強烈な拳に足に力が入らない、それ程までの彼女の拳にカウント7にして立ち上がった、人間あまりにも強い攻撃を受けると恐怖に足が竦むものだ
ゴングと同時にエリザベスがたづなの胸元に飛びつくように入り込み何度も殴打した
1R3分という時間はなんと長いのだろうかとたづなはRの終わりを告げるゴングと同時に椅子に座る、勝てる気がしない、何発かいいものを当てている筈なのに顔色ひとつ変えやしないのだから
口の中は血塗れで、瞼も重く腫れ上がっている、残り6Rで勝てるのかと思えてしまい会長の声も聞こえない時だった
「おい、たづな」
えらく鮮明に聞こえるその人の声に重たい首を向ければ彼は篠田に変わってドリンクを持っていた
酷く呆れたような顔をしておりそれもそうかと妙に納得してしまう、彼程の美しい試合が出来ないのだ
「キサマはこの試合でオレ様の隣に立つ、それが今のままで、この試合結果でいいのか」
「オレ様は最高の女しか隣に置く気はねぇぞ」
「お前はオレの女だろう」
そうだ、私は
会長の持っているバケツの中に溜まった血を吐き捨てる、どれだけ身体がボロボロになっても構わない、私は今ここで相手をねじ伏せる他ないのだ
セコンドアウトの声と共に立ち上がり、鷹村さんを見つめれば彼は呆れた顔をしている大丈夫私は勝ちますから
「負けませんから、そんな顔しないでくださいよ」
馬鹿野郎負ける心配なんざしてねぇよ
お前は本当に最高の女だ、オレの為だと思えばいくらだって立ち上がる、アイツらみたいな特別な必殺技なんてものもない、ただスタミナとパワーが少しある程度で特筆すべき点は無い、けれどアイツはそれでも立ち上がる
ドロドロになって、顔を腫らして、骨が折れて、口の中を切って、オレの知る"女"とは違う"女"だ
「あやつは何処までもいい女じゃな」
あぁジジイの言う通りだ、アイツはオレ様にピッタリの女だよ
R7回目にして彼女の瞳には勝利を目前にしたような眼をしていた
明らかに圧倒しているのはこちらなのにどうしてその瞳が出来るのかとコーナーを見ればいつの日かホークを倒した男がいた
強くてかっこよくて情熱的なあの人を壊した男、憎らしいのに女は強い男を求めてしまうから悔しくてたまらない
そんな男を所有する彼女を壊してやりたい、強い男に弱い女はいらない……だから私はホークの女になれなかったのかしら
『おおっと!ここで膝をついたのはチャンピオンだ』
アナウンサーの大きな声が会場に響き渡る
起き上がらないで欲しい、相手のパンチに合わせたジョルトのような重たいカウンターをぶつけた、生憎たづなは今回のラウンドで肋骨を折ったことだろう、とはいえチャンピオンに対しても重たいパンチを与えているため彼女も酷く血を流していた
8カウントにて立ち上がった女王は鼻血を流して足元がふらついていた、これが互いの最後の戦いだろうとたづなはレフェリーの声と同時に足を