3.スパーをスパーっと




ルールは単純
2R3ノックダウン制
セコンドは互いになしで正直スパーというよりも完全な軽い手合せ程度のものだろう、とはいえ女の子を殴るのはいやだなと板垣学は準備をしながら反対側のコーナーにいるたづなをみつめた
念の為たづなにはヘッドギアが着けられる、自分よりも小さく細くオマケに女、負けるわけが無い、簡単にダウンを1Rで取って終わらせようと考えていた
流石に興味を引くのか全員が練習をそっちのけでリングを見つめていた、会長がリングにあがりレフェリーとして真ん中に立った

「ルールは話した通りじゃ、手を抜こうが抜くまいが構わん、では…初め!!」

軽く挨拶として互いの拳を軽く当てて距離をとる
どうせ女子相手なら普段のアウトボクシングより中に詰めてとっととダウンを取るほうがいいか…と思った矢先だった
板垣の目には彼女はいない、全員が息を飲んだ瞬間に倒れていたのは板垣だった

「は?」

何が起きたのかは分からない、だが確かに痛みは顔と横腹に来ている、普通の試合の時と同じ痛みだった
目の前の女は、女ではなかった、1人のボクサーとしてそこに立っておりまるで瞳には獣が住んでいるようだ

「ほぉ、速さはやっぱりピカイチだな」
「彼女凄いですね、板垣くんが油断しているのも勿論ありますけどその隙で視界の下に潜り込んで胸元に入って左の脇腹と右頬に華麗に1.2決めてました」
「あいつ試合初めてらしいぞ、スパーも」
「えぇ、それであんな動けるんですね」

動けるのでは無い、動きたかったのだろう
鷹村はリングの上にいる一人の女に目が釘付けになった、彼女の目は獣を飼っている、自分と同じくボクシングに飢えた獣だ
戦いたくても戦えずずっと肉を目の前に出されてるのに食えなかった獣が吠えたのだ
カウント8と同時に板垣は立ち上がりファイティングポーズを取りながら目の前のたづなをみつめた、彼の体と顔には確かに殴られたあとがある…女が殴ったとは到底思えないようなものだった

「ビビったな、女の子だからって舐めてたかなぁ?」
「…女と思わなくて結構です、それ以前にボクサーじゃないですか」

それもそうか…と板垣は思って笑ってしまう
彼女は本気で自分を地面に叩きつける気なのだと理解をして、何度も細かいジャブを打ち合うが互いに当たらない、たづなの体は細いためか動きも細かく当たりにくい、反対に板垣は経験があるためかパンチを避けること自体が上手かった
そう思っていればジャブがたづなの顔を2.3発当たる、これはチャンスだと踏み込み右腕を伸ばした途端だった

「おいダメだ板垣!」

青木の声が板垣の耳にはいる、バコォンと音を立てたかと思えばそのすぐ後に顔に衝撃が走る、それは華麗なカウンターだった
完全に尻もちをついた板垣を見下ろすのは女ではない、1人のボクサーだった

これ程までに興奮したことはあっただろうか
リングの上で揺れる女はまるで踊り子のようで、美しく揺れる髪はまるで男を惑わす振り子のようだった、彼女の背中を見つめながら鷹村は人生の中で特に興奮した
女としての美しさと気高と強さと、そしてボクサーとしての誇りを待つ彼女があまりにも綺麗だからだろう

ふと血が流れておりなんだと思えば自分の鼻血だと気付いた時には彼女に殴られたのかと今更気付く、こりゃあ本気でないとダメだなと思い立ち上がると同時にインターバルが挟まれた
板垣は悔しいとは思わなかった、それ以上に彼女に舐めてかかった自分が無性に恥ずかしく感じた、慰めてくれる一歩や青木の言葉は耳に入らない、他のもの達もたづなに対して息を呑んでみつめていた

「どうだ?」
「楽しいです」
「今からが本番だ、俺様がみててやるから気張れよ」

木村から差し出されたドリンクを飲みながらたづなは嬉しそうに笑った、それが鷹村にとっても嬉しいと思えるものだ
会長の掛け声とともにまた2人が向かい合う、2人に対して同じほどの声援が与えられるそこには「女だから」という言葉はどこにも無かった、ただ2人のボクサーへの声掛けだけだった



ばしゃんっ音を立ててバケツにくまれた水が女を濡らした
少しして目が覚めた彼女が板垣をみた、彼はそれに気付いて軽く手をあげればたづなは「ありがとうございました!凄くいい経験になりました」と叫んだ

「目ェ覚めたか」
「鷹村さん、はい」
「どうだった?」
「…ずるい世界にいますね、本当羨ましいです」

もっといたくなるこの世界に、痛いのに苦しいのに何故か楽しいこの世界に身を投じる男達が心底羨ましく感じた
結局2R2分38秒でたづなはKO負けした、それは当然の結果だとみんなが思ったが彼女のタフネスは見る者に力を与えた、会長も「明日から来い」といってまた外に出かけてしまった

「にしてもたづなちゃん痛そうだなぁ」
「女が顔面腫らしてちゃ持ったいねぇぞ」
「手当もありがとうございます、木村さん青木さん」
「いいってこと……なんすか鷹村さん」
「たづな騙されんな、青木は彼女いるからまぁまだマシだが木村は誰彼構わず行くぞ」
「何言ってんすか!」

怪我だらけのたづなを労わろうと手を伸ばした木村の手を掴んだ鷹村は突如そう言って阻止した、わけも分からず首を傾げるたづな
反論する木村はその場で関節技を決められてしまい床に落ちてしまった

「氷とか持ってきましょうか?」
「あっ幕之内さん大丈夫ですよ」
「無理しないでくだ……さ、さい」

突如言葉を詰まらせた一歩を怪しく思い3人がキッと睨んだが彼の視線はたづなを向いていた、正確にいえば彼女の透けた下着を

「てめぇコノヤロウ!」

鷹村は声を荒らげて3人を追いかけ回した呆然とした顔でみつめるたづなはどうしたものかと困っていれば一通りやることを終えたのか先程の対戦者だった板垣がやってきた

「取り敢えず風邪ひくしシャワー浴びたり着替えてきたら?流石に今日は練習くらいいいでしょ」
「あっ、はい…それと板垣さん」
「ん?」
「綺麗な顔を殴ってしまってごめんなさい」

まるで叱られた犬のような顔をした彼女に少し目を丸くしたあと声を出して笑ってしまう、あのリングの上の彼女とはまた違うからだろうか、まるで一歩のようだとも思えた
適当に流してやり彼女をシャワー室に見送る、その数分後何も知らずに入ったらしい鷹村とたづなの声が響いたのを聞いて慌てて救助に行くもののフルチンの鷹村に怒られてまた4人はボコボコにされるのだった。



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