4.みんなで飲もう




入門祝いするか、と言い出したのは鷹村だった
正確に言うと酒が飲みたかっただけだろう、ココ最近は試合も少し落ち着いてまた暇な日々で鬱憤が溜まっているのが行動に出ているのだ
とはいえ単純に飲みに行くのもつまらないかと考えた彼はいつもの後輩達と新しく入ってきた女子ボクサーのたづなを誘った

「入門祝いだなんて」
「嫌か?お前さん程度なら俺様も奢ってやろう」
「いやいや大丈夫です、ただ鷹村さんに祝ってもらえるだなんて嬉しくて」

小さくはにかむたづなに鷹村はまた胸が苦しくなった、この女はどんな魔法を使ってるのか分からないが時折胸を締め付けさせた、痛いような甘いような優しいようなその痛みにぐぅっと顔を歪めても彼女は柔らかい笑顔をしていた、その笑顔はまるで姉に似たような柔らかい笑顔なのだ

「明日の練習終わりにいくぞ」
「あっ、私明日はジムに来れないので19時頃でいいですか?」
「何か用事か?」
「いえ、私学校があって」

思わず動きが止まる、は?という声と同時に彼女を見つめれば驚いた様子もなく楽しそうな顔で

「私実は大学通ってまして、あっ本格的な授業はまだなんですけど始業式前の説明会があるそうでして」
「そうか…お前たしか18だったもんな」
「やっぱりプロとしての意識が低いでしょうか」

鷹村はボクサー以外の仕事はしていない、世界王者のため1度のファイトマネーも大きい上にスポンサーもついているのだ、負けない限りは金は入ってくる
だがそれほどの人間などひと握りだ、あの一歩も家業とはいえ仕事をしているのだからプロボクサーの世界は厳しい
たづなもボクシングをする際は親の反対を押しのけて始めた、プロになると言った際には親は白目を向いて倒れた、プロになる代わりに大学までは出てくれと言われその条件の元仕方なく進学することになったのだ

「そんなこたぁねぇよ、俺様みたいにボクシングだけで食える方が物珍しいだけさ」

そう慰めれば彼女は少しだけ胸を軽く撫で下ろした
たづなは鷹村を不思議な男だと感じた、あんなに横暴で理不尽なことを他の者に尽くすのに女子供には優しく、特に自分が欲しいと思った時彼は決して味方という訳では無いがしっかりとしたアドバイスをくれる
通い始めて1週間ほどだがたづなにとって鷹村を尊敬する気持ちは強くなる一方だった

「まぁ明日19時に駅前の○○って居酒屋だ、主役なんだから来いよ」
「はい!」

その日の練習はやけに熱が入っていた、ミット打ちの相手をする篠田もスパーの相手をする青木村もみんながみんな根を上げながらも当の本人である鷹村は息ひとつ乱れず反対に冷静な顔をしていた
まるで試合前のような静けさに周りがソワソワしてしまうが、鷹村自身の頭は今夜たづなは来るのか?どんな服装か?現役大学生とは?という不埒な考えてをしていたのはまた内緒だった

練習を終えて全員でシャワーを浴びて着替えをし、いつもの面々で適当な会話をしながら居酒屋に向かう
仕事上酒はあまり飲めないがそれでも堅苦しくない雰囲気が良かった、ちょうど店の前につけば時刻は18:50 まだたづなはついていないようで落ち着きなく鷹村は足でリズムをとっていた

「たづなちゃんもうすぐ着くそうですよ」
「ほーそうか…ってなんでお前が連絡先を知ってるんだ」
「この間連絡先交換したんですよ」

板垣の言葉に思わず驚いて携帯の画面を覗けば確かに馬上たづなという宛名から「今駅前なのであと2.3分で着くと思います」というメッセージがやってきていた
落ち着きのない彼にみんなで少しだけ恐怖していた、鷹村の女好きは今に始まったことでは無いが今回の新入りに関しては特に気に入っている、下手な声掛けや話をしようものならすぐさま奴の熊を殺すほどのパンチが飛んでくるだろうと予想出来てきた

「お待たせしました」
「おー、随分待たせて…く、れるじゃ、ねぇの」

高い声と共にやってきたたづなの格好に固まった、黒のタートルネックに紫色のカラーパンツ、シンプルな黒に金の飾りの着いたローファーと細めのネックレス、練習とは違い彼女の髪は薄く巻かれてメイクも施されていた
他の連中の声は耳に入らずに黙って見下ろしていれば不思議そうな顔をしたたづなに手を引かれる

「みんな入っちゃいましたよ、私たちも行きましょう」
「おっおう」

まるで金縛りにあったように動かなかった足がゆっくりと動き出す、腕を引いて前を歩くたづなは嬉しそうな顔をしていて座敷の席だったのか靴をしっかりと整えて席に着いた、そんな何気ない仕草だとしても鷹村は良かった

「板垣さん幕之内さんお隣失礼しても?」
「え、もち「いやいやたづなちゃん主役だし、主役ならそっちの鷹村さんの隣がいいんじゃない!?」
「そうですか、鷹村さんよろしいですか?」
「構わねぇけど食われても文句言うなよ?」
「優しくしてくださいね」

意味がわかってるのか??と疑いたくなった
板垣学は冷や汗をかいていた、それでなくても理不尽大王の気を悪くさせないように細心の注意を払って過ごしている、どうみても鷹村がたづなを好きなことは明白だ、どうにかして2人をくっつけねば何かあった場合のツケがすべて自分たちに暴力という形で帰ってきてしまうのを知っていたからだ
1番下という立場を理解しているためか下座に座ろうとするたづなをどうにか上座の鷹村の隣に押し付ければ彼は機嫌よく冗談を言ったのに彼女は何の気なしに返事をする、本当にいつか食べられてしまうぞ…いつかというか今日というか…とにかく彼女についてはなんだか妹のようにも思えて少なからず心配してしまう

それぞれのビールやらジュースが運ばれる、たづな以外は取り敢えずビールを頼んで当の主役はまだ一応は未成年のためにオレンジジュースが握られていた

「それでは入門おめでとう、改めて気持ち聞かせてくれよ」

司会進行を務める機嫌のいい青木にたづなはマイクを扮した手を向けられて少し驚いた顔をしたあと小さくはにかんだ
正直彼女は綺麗な女で全員が少なからずその顔が胸にぐっと来るものを感じた(1名例外を除く)

「今まで女として少なからず差別や偏見を受けてきましたが、ようやくこのジムで皆さんと共に1歩を踏み出すことが出来ます…この感謝と感動を胸に必ず結果を出し進めていきたいと思います」
「いいこと言うな、それで目標は?」
「当然まずはバンタム級の世界王者です」

木村から聞かれた質問に彼女はぐっと拳を握って笑った、みんな思うことは一緒だと感じて盛大に乾杯の音頭を取ってもらい食事にありつく
遠くのテーブルからあそこのテーブル席に鷹村が…幕之内が…青木も…木村も…板垣も…と小さく声が聞こえる、その声がたづなの耳に入る度に自分はこんなにもすごい選手といま食事をしているのかと思い少しだけ感動してしまう、あっという間にカラになったオレンジジュースのグラスを眺めていれば鷹村が顔を覗いていた

「もうねぇのか、同じの頼むか?」
「えっあ、もう大丈夫ですよ」
「遠慮してんじゃねぇぞ、飲み放題で頼んでるからいくらでも頼め」
「え…あー、じゃあお願いします」

そう返事をすれば鷹村の大きな声が店内に響いて店員が慌ててやってくる、みんな各自好きな飲み物を頼んでついでに料理も頼み空になった食器を手渡していく
斜め向かいの幕之内をみつめれば彼はあまり食べておらず静かに相槌を打っていた、思わず自分の目の前にある唐揚げやサラダを皿に入れて彼の前に差し出してしまう

「幕之内さん食べてないですよね?よかったら食べてください揚げたてですから」
「ありがとう、たづなちゃんも食べなきゃ」
「そうだぞたづな、一歩は食わなくてもでけぇからなぁ」
「もうやめてくださいよ」
「デカいって?」

いつもの鷹村の悪い癖が始まった、ほかの面々はできるだけ息を殺して自分に来ないように一歩に攻撃しようとしたがその攻撃は続かなかった、たづなの一言によってだ
分からなさそうな顔でみつめる彼女に鷹村はイタズラな顔をして指さそうとしたが彼女はそんなのを見もせずにわかったような顔をした

「筋肉ですよね!!幕之内さんのことだから肩とかですか?」
「えっえっ」
「皆さん凄くいい身体してますもんね、その中でもすごい鷹村さんに言われるくらいなんですから幕之内さんって…凄いんですか」

まるで子供がおもちゃを見つけたような顔をしていた、期待に満ち溢れた瞳なのだ、これには全員が押し黙ったのだがそれと同時に男のつまらないプライドや意地がぶつかりあった
突然自分の腕の筋肉を見せ始めた青木村に「わぁスゴい、板垣さんもそういえば綺麗な筋肉でしたよね」と声をかけて、それに気を良くした板垣が上腕二頭筋をみせる、自分には無い立派な力こぶを撫でながら「わぁすごい、幕之内さんもいいですか?」と彼女が問えば勿論女に弱い一歩は断れるはずも無く緊張しつつ腕をまくった「すごーい、やっぱりあんなハードワークこなしてるだけありますね、かっこいい」といい男達はノリに乗った
だがしかしそれを気に食わずにみつめる王者、鷹村が上半身を脱ぎ去る勢いで腕をまくった

「おいたづな!俺様の方が素晴らしいだろうが」
「ひゃぁぁ、なんて完璧な筋肉…これこそ素晴らしい、かっこよ過ぎます」
「そうだろうそうだろう…ところでお前はどうなんだ?」

褒められたことにより機嫌良くした鷹村が笑顔でたづなに問いかけた、少し目を丸くしたあと彼女は酷く恥ずかしそうな顔をした

「皆さんと比べたら私なんてミジンコ以下ですよ」

女性であり、特に日本人やアジア系は筋肉が付きにくい、反対に過剰な肥満も少ないのだが鍛え抜いているはずのたづなも男と比べればそりゃあひ弱に見えるような筋肉量である、BMIでいえば至って健康ではあるものの彼女は自分の柔らかな体を好ましく思えないのだ

「とりあえず見せてみろよ、もしかしたら筋トレのアドバイスも出来るしれないだろ」

木村の声にたづなはそれもそうかと納得し黒い服の袖を捲っていく、黒から白に変わる色に男たちは少しだけ唾を飲み込んだ
細いが細いだけではなく筋肉も程よくついて、鍛え上げられている腕はそこいらの女よりも綺麗で健康的に見えた、そして上腕二頭筋とはまだ言えない柔らかそうな二の腕は小さなホクロがありみんながそこに目を奪われてしまい妙な色気を感じた

「本当皆さんと比べると恥ずかしいんですけど」

長い髪を片側にまとめて流して腕を見せる彼女に思わず全員がごくりと唾を飲み込んだ音が聞こえた途端背中に悪寒が走る
事の発端の男、鷹村が唾を飲み込んだ男たちに制裁を加えみな座敷の床に顔を埋められたのだった



prev next