静かで穏やかなヴァルハラの午後。
始皇帝の侍書洛熙は図書館の開いた窓から通り抜けた風の心地良さに目を細めては午後の睡魔に思わず小さなあくびを噛み締めた。
長い期間ヴァルハラで過ごしているが彼女は変わることはなかった。

いまや生前より想っていた始皇帝・嬴政とも陛下と侍書という役割を超えた絆を持ち、互いを慈しみ会う日々はまさに夢心地と言ってよかった。
生前の働きを鑑みてヴァルハラの天界図書館にて司書手伝いの仕事もこなす彼女は返却ボックスの中の本をカートに積み込んでは一つずつ戻していた時のこと。

「洛熙ーーッ!!どこにいるのーー!!」

突然聞こえた少女の声にハシゴ階段に登っていた洛熙は大袈裟に肩を反応させては、何事かとゆっくり丁寧に降りて、声のする方へ早足で駆けつけた。
そこには見慣れた一人の麗しい少女、戦乙女の十女アルヴィトが腰に手を当てて「あっいたいた」と安心したように声を漏らしたが、洛熙は何事かと思いつつ「大きな声はいけませんよアルヴィト様、して?何用でしょうか」と声をかけるとアルヴィトはかつてラグナロクのパートナーであった始皇帝への日頃の振り回されっぷりとはまた別の、慌てたような困ったような顔をした。

「嬴政が大変なことになったのよ、今すぐ帰ってやって」
「たっ大変なこと?そんな……でも私お仕事が」
「そんなのよりももっと大事なの!あんたの恋人に事件が起きてるんだから!」
「へっ、陛下と私はそのような関係ではなく王と侍書でござっ「そんなのどうでもいいから行く!!」

はい〜〜。と洛熙はアルヴィトに怒鳴りつけられては周囲に頭を下げて早退きすることとなったものの、周囲の司書たちは始皇帝陛下だから仕方がないと洛熙を優しく送り出してくれたのだった。

トコトコと比較的早足でヴァルハラにある始皇帝の生前と変わらぬ宮殿に辿り着いた洛熙は、他の家臣達からも何やら問題が起きたと言われつつ、慌てて王の間への足を運んだ。

「遅れました陛下、侍書洛熙ここ……に……」
「また知らぬ者か……全くどういうことだ……」

玉座に座るはかの始皇帝・嬴政ではなかった。
まだ幼い容貌をした少年がそこにいた。
元服もまだのような十代前半の少年は眉間に皺を寄せては不快そうに入ってきた女を見てはさらに眉間に皺を寄せた。

「陛下?陛下……なのでしょうか」
「まさに余は秦の王、嬴政だ、そなたのことを余は知らん。そもそもここもどこだか分からん」
「こっこんなに小さくなられて、秦の王であることはもちろんですが、貴方様は始皇帝陛下ではございません」
「貴様誰の許可を得て近付こうとしている、余を知ったように声をかけるのみならず、不敬だ!!そこの者よ、今すぐこやつの首を切れ」

うら若き少年王の言葉に控えていた家臣たちは慌てふためき動くことはできない。それは当然洛熙があの始皇帝の最愛たる侍書であるからだが、目の前の秦の王嬴政と名乗る少年は大きく舌打ちをしては、近くに添えてあった剣を手に取ると近付こうとした洛熙に刃を向けた。

憎しみと猜疑心に苛まれたような顔をする彼の瞳は洛熙の知るものとは違う。星を宿した穏やかな瞳ではなく。どこか獣や炎のような力強いものだった。

刃が音を立てて彼女の頬に触れた時、背後から「待ちなさい!」という声が響き、何事かと思えば先程図書館に呼びに来てくれたアルヴィトと他にも老齢の家臣達が並んでいた。それは洛熙も知る始皇帝とも長年の付き合いである家臣達であった。

家臣達は慌てて始皇帝を宥め、洛熙はアルヴィトに支えられては一体何事なのかと状況を飲み込めずに目の前の少年を見つめた。

「あいつは紛れもなく嬴政よ」
「でも……どうしてあんな……」

両肩を掴まれた洛熙は困惑したようにアルヴィトをみつめると、アルヴィトは説明した。
嬴政は洛熙の喜ぶ本をと天界各所から本を集めているが、その中で一風変わった本を開いた時に彼は今の姿に変わったという。本は冥界から偶然洛熙が取り寄せた特殊な本であり。これだとアルヴィトが出したものをみては洛熙は冥王ハデスに頼んでいた魂についての本だと気付く。
読む際には複雑な手順があり。それを省くと大変なことになると言われていたが洛熙はそれについてメモをしていたが、嬴政がそれを知るわけもないため、彼はその罠にかかったのだろう。

「今の嬴政は秦王即位頃なの、他の人から聞いたけどあの時は色々あったみたいで一番ピリピリしてたから、あなたのこともあんな風にしちゃったんだと思う。全員にあの態度だからあんまり気にしないで」
「はい……私は先にハデス様に連絡を取り。どうしていいのか解決方法を聞いてまいります」

洛熙はアルヴィトにそう告げて、一度嬴政をみつめたが、若い彼は洛熙を疑う目を向けた。
洛熙にとって仕方ないことだとしても、それは小さく胸を痛めつけた。

あれから数刻流れ。
外はすっかりと夜へと変わり。
宮廷内には冷たい風が通り抜けていた。

侍書洛熙は書を片手に王の寝所へと向かった。
他の者たちは戻るまでしばらくは陛下に近付かない方がいいと各々話をしたが洛熙は彼に仕える侍書として大丈夫だといい、普段であれば誰かとすれ違う回廊でも誰とも会うことはなく。奥深くの寝所へといつも通り、寝物語の話を聞かせるために現れた。

侍書・洛熙でございます。と彼女の澄んだ鈴の声が聞こえた時。
帳の奥で嬴政は腰掛けては女を睨みつけていた。

「誰の許可を得てここに来た」
「陛下の許可を頂戴しております」
「余は求めておらぬ」
「陛下は私に毎夜物語を読むようにと」

声変わりしたばかりなのか、途中なのか、まだ少し幼子のような声をした彼の言葉は同年代とは違う重たい声をしていた。
洛熙は彼の声を聞かずにいつも通りに寝台傍に竹簡を置いて、沸かされた湯をみては茶の用意を始めた。
帳の奥でまるで獣が様子を伺うように彼女をみつめていたが、彼女は気にせずに丁寧にいつも通りに茶を入れて、その盆の上に用意していた蒸籠と共に寝台に近づく、文机を寄せてはその上に置いた。

「夕飯を召し上がられなかったとお伺いしております。よろしければ私が作ったものですから召し上がれ」
「食わぬ。毒が入っているやもしれぬ」
「私と陛下と二人分ですので、私が召し上がります」

陛下のいた時代からここは随分と時が流れまして。中華の味も進化したのです。と洛熙は楽しそうに話をして蒸し蓋を外しては彼女が作った点心の数々が心地よい湯気を上げて、寝所の中で腹を刺激する香りを広げた。

二人が生きていた時代とは違う料理を味わうことを洛熙は好んだ。
あの頃とは違い上質な素材も多いのだといい、彼女は肉まんを手に取っては薄い帳の奥の寝台の上で警戒する嬴政に向けて微笑んだ。

「パンダにしてみました。パンダというのは中華の四川におります熊猫という漢字の生き物です。四川というのは巴蜀のあたりです。巴蜀は我が故郷でございまして……」

手のひらの中にあるフカフカとした柔らかい肉まんはパンダの形をしており、丁寧に顔までつけてあった。洛熙はあの時代にはいなかった生き物であるが立派な中華の生物であり。その話を始めた。

「女よ、余を童だと思っているのか」

低い嬴政の声が聞こえながら、洛熙は気にせずに肉まんを食べた。味はしっかりと問題ないとのんびり考えつつも「いいえ?」といった。彼女の態度はすっかりと怯えたようなものではなく。普段の始皇帝・嬴政へ向ける態度と同じであった。

彼女は夕飯を食べなかった嬴政にならい、自分も食べていなかったためすっかり腹を空かしており。毒が入っていると言われた為に毒味だといいつつも、自分の分として用意していたものを食べていき。のんびりお茶まで入れる始末。

王の前で何たる態度、そして洛熙の話についてもまるで童に向けるものだとして侮辱かと彼は告げたのに、彼女はただ変わらぬ笑みを浮かべて帳の奥の嬴政をみたかと思えば、少しだけ動いて薄い帳を開いたがそこから寝台には上がらなかった。

「貴方は私の陛下でございます。私は洛熙、貴方様に知識と眠りを授けるただの書が好きな侍書でございます」
「知識と……眠り?」
「はい、私は宮仕えの巴蜀の田舎娘でございますが陛下は書を好む私を広い、侍書としてお傍において頂いております。陛下は私にあらゆる知識と自由をお与えくださいました」

そして私も貴方にその知識、そして貴方が少しでも眠れるように話を語るのだといい茶を差し出した。
その仕草も表情も、あらゆる人をみた嬴政にとって、あまりにも穏やかなものだった。
洛熙も数刻前に離れたあと彼を知る家臣や、過去の記録を読み漁り、今現れてしまった嬴政がどれほど辛い時期であるのかを理解した。彼女が出会った頃には中華を統一した王として、人々の酸いも甘いも理解した王であるが、うら若き彼は人質の身から解放されて数年後、巨大な権力を与えられ、さらには実母の裏切りやら人々の憎しみと憎悪を改めて受ける身となった。

いつ誰が裏切り、いつ誰が自分を殺そうとするか分からない世界。
冥界の本の力の話をハデスにしたところ、過去の嬴政がここに入れ替わっできてしまったのだという。時間経過で戻るとは言うが彼の不安を考えれば、洛熙は自分の胸が痛くなるのは当然で。

だからこそ、いつもと変わらずに努めようとした。
例えどれだけ拒絶されても、自分が彼の味方であると理解させ、そして少しでも安心してもらえるようにと願うのは当然のことだろう。

「お茶だけでも飲みませんか?美味しいプーアル茶でございますよ」
「……一口だけだ」

ゆっくりと広い新台の隅からやってきた嬴政の手に小さな茶器を手渡して注いだ。優しいプーアル茶の香りが嬴政の強ばった背中を優しく解し、恐る恐る口つけてみれば広がる茶の温もりと味が、まるで目の前の女に包み込まれるようだった。
盗み見るように洛熙をみると、彼女はまたもや小さく微笑んだ。

それは春の芽吹きのようであり。かつて味わった懐かしい温もりに似ていると感じる嬴政は「それを」と告げてパンダの肉まんを指さすと、洛熙は嬉しそうに皿に乗せて彼に手渡した。

「今夜少しだけ語ってもよろしいですか?」
「まだ居座るのか、図々しい女だな」
「ええ、陛下の侍書ですから」

侍書……なぜこんな女を傍に置いたのかと若き嬴政は感じた。
目の前の女は自分よりも歳上であるのはわかる。
だが特別な才を彼は何も感じなかった。
宮廷で感じる薄汚さは感じないが、反対にそれだけのことで、彼女はあまりにも何もない女だ。嬴政は秦の王となり、様々な女が彼を求めようとし、そして女たちを宛てがう男たちも、そのどれもが瞳の奥に醜い野望を抱いている。
それを否定することはないものの、憎悪や嫌悪に身を焼かれていた時とは違う痛みと苦しみが、彼の身を常に苦しめた。

初めこそ自分の侍書だといった彼女に対して疑うことはもちろんのことであるが、ただ穏やかに、家臣でもなく、まるで家族のように優しく接する彼女を思うと嬴政はその心を許してしまう。

「何を語るのだ」
「寝物語に適した話、陛下のお話を語っても?」

構わん。と幼い彼が告げると洛熙は話をした。
実の親に捨てられ、人々に憎まれながら生きた少年。そしてその少年の親代わりのように共に過ごしてくれた母のような人。
嬴政は気付けば洛熙の膝に頭を置いていた。普段肌身離さず付けていた目布を外しては優しく頭を撫でられ、自分とかつて自分を助けてくれた母のような人、燕春の話を語る彼女に何故それを知るのかと聞かずともわかった。

大人の自分は彼女に語ったのだろうと。
誰にも言わぬ約束だった。
優しい王になれといわれ、王としての道を突き進む自分がどれだけの苦しみ、憎しみ、恨み、つらみ、を味わおうとも約束を果たすために彼は立っていた。
洛熙の語る声はあまりにも心地よく、そしてあまりにも恋しさを感じさせた。語り終えた洛熙は「それでは今宵はここまでと致しましょう」と告げる頃には日を跨いでいた。

洛熙は普段であればこの部屋で過ごすが、今日ばかりはと別室で休もうと思うが膝の上に頭を置いた嬴政は一切動く気配がない。目がしっかりと合うことから眠くは無いのだろうと思いつつ、洛熙は「陛下?」と声をかけると、嬴政は彼女の細い手首を握った。

「今宵はここにいろ、そなたは余の侍書なのだろう」

どこか甘えるように呟いた彼の言葉を聞く洛熙は胸が締め付けられた。自分でいいのだろうかとも感じながらも王の命令であるとして「もちろんです」と答えたのだった。

◇◆◇

ヴァルハラの夜は更け、宮廷内も物静かであった。
膝の上に頭を乗せる若き嬴政の頭を撫でる洛熙は、大人である彼と今の彼の毛質は変わらないのだと感じた。春燕と過ごしたときは気弱な童であったといつぞやに笑いながら言われた洛熙はただのすうねんで少年が心を閉ざしてでも国をまとめようとする姿を目の当たりにしては胸が痛くなった。

今の嬴政は齢十三の頃。洛熙は宮仕えとして宮廷に入ったのは随分と遅いものであったため、嬴政と同い年の頃はまだ村にいた洛熙は自分がどれほど穏やかに過ごしていたことかと時代の戦乱のことはあれども感じざるを得なかった。

「そなたは他の者と違うな」
「そうでしょうか?」
「あぁ余に近付く者はみな、何かしらの目的しかない。それはどれも醜いごますりばかり」

王になる前からそうだった。
けれども誰もがみな裏切ることも知っていると若い彼が告げるとき、寝台の傍につけた蝋燭の火が揺れる。
王であるゆえにそれは避けては通れぬもの、猜疑心に苛まれ続けることは裏切りを助長する。如何にに人を見て自分の信頼できる相手を得られるかが必要だと呟く彼の言葉は大人と変わらないもので、洛熙は彼を撫でる手を止めては「私も同じですよ」と返事をした。

「私は文字が好きです。その為に宮廷に来ましたから。陛下のおそばに居るのもある意味書がなければ初めは無かったということ、目的は違えど私もまた嬴政様のお力を求めております」
「その程度のことならかわいいものだ、書の読み書きを求めることは国にとっても代え難き者。知恵ものがおるからこそ秦は栄える」

お前は巴蜀だといったな。
はい。
ならば落とすのは難しいだろうな。

そういっていたずらに笑う嬴政に洛熙は眉を下げて微笑み、疲れきったような嬴政をみては「もう眠られますか?」と聞いた。
若くも歳の子とは違う疲れを抱く王に少しでも暇の時間をと、自分と出会ってすぐの頃、眠ることさえままならなかった彼を思い出しては労わろうとする洛熙の手を取ると、嬴政は自分の額にあてた。
程よい体温の彼女の細い手が嬴政には心地よく、思わず小さな声を漏らしたあと、ここが夢のような場所であるからと自分の胸に秘めた誰にも言えぬ愚痴を吐いた。宮廷についても、各国へのことも、戦争や民のことも、それは洛熙が始皇帝嬴政であるときには聞かなかった話でもある。

「近頃は王になったからと余を狙う輩が多くてたまらん、世継ぎが必要だといって誰も彼もが寄ってくるせいでろくに休めもせん」

嬴政はこの頃寝ることのできない理由に官吏などから女を無理やりに連れてこられることを愚痴った。王になった祝いだといってあらゆる美女がと嬴政の前に現れ、時に寝台に無理やり来るがそのどれもを彼は跳ね除けていたという。
しかしながら、王として世継ぎを残さねばならないのもまた彼の使命であるため、洛熙はまぁまぁ……と宥めてはみたものの、彼は洛熙を下から見つめては不快そうな顔をした。

「普通の童であれば元服さえすんでおらんというのに、そんな者にあやつらは自分の欲望をぶつけようとする。余はあやつらの種馬のように扱われるのだぞ」
「そう……ですね」
「先日だ、一人寝所で休んでいれば見慣れぬ女を引き連れた丞相が来た。何かと思えばあやつは"陛下の筆下ろしの女官であります"といったのだ」

すぐさま追い返したが休む暇さえ与えてくれん。という嬴政はまだ細い腕を伸ばして、洛熙の丸びた頬を撫でると小さく笑みを浮かべる。

「そなたは違うな洛熙、この時間はとても心地よいものだ」

大人の自分がそなたの声で眠ることを望むことを理解できなくない。

そういった嬴政とは裏腹に洛熙の胸の内にはこれまで味わったことの無い"なにか"を感じた。
膝の上で休み、自分に安心感を覚える彼を守ってやらねばならぬという侍書としての思い、それとは違う女としての欲望と、彼を愛するゆえの醜い欲望が彼女の中に確かに膨らんでいた。

「嬴政様は……まだ、女性を知らないの、ですか」
「ん?あぁそうだな、男子としてのことだ、あまり聞くな」

そういって拗ねた子のように顔を背けた嬴政は自身が今どの立場であり。
王として勤めを果たさねばならないことは分かっていたものの、それでも簡単にと他人に心を開くことはどれだけ彼が民を思おうと難しいものでもあったのは、実の母が彼を裏切ったこと。そして愛していた母のような女性に対しての理想像も会ったのかもしれない。

そんな彼を前に洛熙の胸の内はただ静かに揺れていた。

生前より始皇帝の侍書という立場として、彼女は唯一正寝殿への立ち入りを許可された女だった。そこで行われることは甘い男と女の蜜月ではなく。ただ書を読み。眠る彼の寝顔を見守るだけの夜の番としての役割のみ。
例えどれだけ互いを思おうとも、その関係はそれ以上進められることはなく。二人は気持ち乗せて指先を触れさせることさえ難しいものだった。

そしてそんな彼が王としての勤めのために後宮へ自ら出向くことも、他の女と過ごす夜を見守ることも、洛熙はどれだけ苦しかろうと我慢をする他なかった。

天界において互いに心から愛し合い、結ばれて、そしてその身をひとつにし、彼女は初めて他人にその身体を捧げたとしても、ほかの女への嫉妬心が消えなかった訳では無いのだ。

「洛熙……何事だ……」

ふと、若き嬴政が呟いた。
大人になった自分が唯一そばに置くことを許したという侍書洛熙は今彼を静かに見つめていた。
真剣な眼差しの彼女が嬴政のまだ柔らかい少年を残した肌に触れた時、彼はその身を強ばらせた。

洛熙は嬴政の唇を奪ったからだ。
触れるだけの口付けは深いものとなり、戸惑う彼の開いた唇の隙間から舌を差し込んで、その並びのいい歯をなぞり、唇を吸い上げて彼を味わう。
嬴政は戸惑いを感じ、洛熙を拒絶しようとするも先に彼女が嬴政を膝から下ろすと、普段とは違う機敏な動きで彼の上に跨った。
彼女の知る鍛え上げられた男の身体ではない。しなやかな若く幼い成長途中の身をした彼の頬を彼女はまた撫でた。

「何をするのだ洛熙」

心を許した相手からの行動に嬴政は多少なりとも動揺した。
自分を欲望の対象で見る宮中の連中のようなものなのかと疑念を含めた瞳でみつめたが、それは幼い彼が見ても簡単に違うと理解できたものだった。
なにせ嬴政の上に股がっていたはずの彼女は彼に向けて深い愛と重たい思いを抱いたような表情を向けていたからだった。それは王を利用するという欲望ではなく。ただ目の前の男に向けて文句を言いたいようにもみえた。

「私はずっと考えてました」

細い書を撫でる白魚のような手が嬴政の腹に添えられ、彼女の声と共に指が上へと登っていく。

「あらゆる人を抱いてきたあなたの初めての人はどんな方なのかと。あんなにも夜伽に余裕があって、女の全てを知り尽くしたあなたに教えたのは誰なのかと。私はずっと密かに考えておりました」

彼女が嬴政と出会ったのは皇帝になってからのこと。
その頃には子供は何人もおり。嬴政は女をよく知っていた。
ヴァルハラにて結ばれたあとも彼女を翻弄する嬴政の余裕な顔を見る度に胸の奥で他の女を想像しないこともなかった。

彼女の指が若き嬴政の唇に触れると、濡れた瞳が嬴政を捉えた。
歪な感情だと自負していても、今この瞬間は暇の夢であるように、彼女は嬴政に顔を寄せた。

「貴方様が欲しいのです、だから私はあなたを奪います」
「洛熙……」

声が飲み込まれるようにももう一度唇を重ねられた嬴政は拒絶することができたはずだった。
まだ若いその身でも女を突き飛ばす力は十分にある。男と女という絶対的な力の差は凡そ今頃の歳から始まるものであり。若くして戦場を既に知る彼はそこいらの童よりも遥かに屈強でしなやかな肉隊を持っていた。

大人である洛熙の手が嬴政の羽衣に触れて、ゆっくりと乱すと彼女も合わせて羽衣を落として、その豊満な胸を彼の胸に合わせて瞳をしっかりと重ねた。

「どうぞ悪い夢だとお思いください」

拒絶しないと知る彼女は心底嬉しそうに、しかしながら切なそうに微笑んで嬴政に誤魔化すように唇を重ねた。

嬴政は気付けば衣類を全て丁寧に脱がされては同じく生まれたままの姿で向かい合った洛熙の肉体に目を奪われていた。
若き嬴政自身、目の前の彼女が魅力的に見えないわけがなかった。淑やかで穏やかで自分を包み込むような心地良さを持つ彼女はもちろんのこと。思春期ともいえる男子には十分、否、刺激が強いほどのものであったのだ。

「大丈夫ですよ、私が全てお招きいたしますから」
「洛熙……余は、その……」
「お止めすることは致しません、今宵あなたは女を知るんです、ううん……私があなたのすべてを貰い受けます」

覚悟をというように洛熙は嬴政を優しく仰向けに寝かせると耳元で甘い吐息を吐いては「政様」と呟くだけで彼はその身が僅かに反応してしまう。
既に若々しくも昂った熱をみた彼女は先ずはと嬴政の手を取り自分の胸元に招いた。

「これが女人の乳房でございます、お好きに弄んでください」
「柔らかく、そして重たいな」
「お恥ずかしながら。私も失礼します」

嬴政の手からも溢れてしまいそうな肉感のよい、その乳房を触れさせると嬴政は驚くものの、素直に両手で彼女の柔らかく弾力のある乳房を捕まえては形を変えた。
男の肉体と違う柔らかいそれに彼は不思議な安心感を覚えていると、感じることのない感覚に思わず視線を落とすと、洛熙の日頃竹簡を扱う手が嬴政の腹の上から下へスルスルと落ちていく。

薄く生えた彼の茂みを撫でては洛熙は既に素直に反応を示す嬴政のモノに安堵する。
彼は戸惑いはあれど自分を本気で拒絶しないのだという安堵と申し訳なさ。

洛熙は戸惑う彼の唇を何度も奪いつつその手で男を掴んだ。
普段彼女の知る嬴政とは体格も体型も異なるが故に、そこも僅かに違うと感じつつ、ゆっくりも優しく筆を撫でるように手のひらで包み込んだ。

「洛熙……」
「お触れになっただけでございますよ」

くすりと微笑んだ彼女はまるで悪女のような気持ちだった。
何も知らない彼を自分の手に染める。
男が初めての女を好む理由を今知ってしまう。

彼女は身体を嬴政の上から退けては横に移り、嬴政の顔元に自分の乳房を差し出した。先程まで懸命に手を這わせていた彼に「お吸いください」と告げると彼は戸惑いを感じつつも口を開くと乳飲み子のように含んだ。

「あっ……お上手ですよ」
「んっ、甘い香りがするな」
「入浴後の香りでしょうか……んっ……お返し、しませんとね」

そういった洛熙は左手で嬴政の頭を支えては右手に軽く唾液を含ませては彼のモノに手を添えた。
すると彼女は手馴れたように滑りの良くなった右手で嬴政のモノを上から下へと撫で付けた。手のひらの力加減も合わせて緩急を付けると洛熙の胸を吸っていた嬴政が反応し、洛熙に力を入れてしまい、彼女の肩が揺れた。

「すっ、すまぬ洛熙」
「構いませんよ、痛くありませんか?」
「あぁなんとも言えぬ心地で、戸惑いを覚えるほどだ」
「よかった、精通はしているかと思われますが一人で慰めは?」

侍書とは王へ知識を授ける存在である。
嬴政は踏み込んだ質問に驚きつつも、彼女が己の身を考えてのことだと理解しているため、少しだけ口篭ったまま「通ってはいる」と恥ずかしそうに告げた。
しかし、若い彼はそうした行為以上に政務に終われ、女にも興味を持てないため、そうした行為にも疎かではあった。知識としては理解していても。となる嬴政に洛熙は「では教えなくてはなりませんね」といい、嬴政を手招いては背置きを寄せては彼の背中に置いてやり。嬴政がゆるりと座るような形で洛熙を見下ろした。

「私が撫でるように手を添えて、優しく上や下へ上下するのです。滑りが必要かと思われますので潤滑剤や唾液を使うといいですよ」
「……ッぁ。そんな指導はいらぬ」
「ダメです。一人で慰めるだけではなく。貴方に身を預ける女性だって行うのですから」
「そのようなことッ……ん」

洛熙は嬴政をみつめては先程のように手解きした。
形から、触れ方から、男性のものとはどうなってるか、貴方はどこが好きか、そうして教える洛熙に嬴政は素直に反応してしまい、先端からはじわりと透明の蜜が滲み出ていた。

顔を赤く染め上げて自身の腕の中で胸を膨らませて余裕などない姿を見ると洛熙は心地良さを感じざるを得なかった。
自分の知る相手でありながらも知らない相手、指先で蜜を掬っては全体に広げるように撫で、次第にそれは激しさを増してクチュリと音を立てた。
嬴政をみて微笑む洛熙はその身を上げては自身の胸を寄せた。

「洛熙なにを……あ!」
「あぁ……熱いのですね」

目を開いてみつめた嬴政は自身のモノが洛熙の豊満な乳房に挟み込まれたことに驚いたようでもあった。人肌と興奮から来る熱がそれぞれに伝播し、嬴政は感じたことの無い熱に驚く間もなく。
彼女は口元を緩めて微笑むとそのまま唾液を先端に垂らし、そのまま乳房を上下に揺らした。

「ぐっ……くっ、ぅ」
「大丈夫ですよ、今は私しかいないですから、我慢などいりません」

先端に口付けては見せつけるように舌先で彼の鈴口をほじる洛熙に嬴政の内腿が震えた。考えたことのないような快楽を味わいなにも思考できないというのに、彼女はまるで相手を唆す蛇のように不埒に全てを与える。

快楽に耐えるまもなく、嬴政がシーツを掴みながら「洛熙……変だっ、クる……」と吐息混じりに声を漏らすと洛熙は嬴政の小さな種袋に手を添えて求めるように揉みながら胸を押し付けた。
すると彼は低い声を漏らしながらもその白濁の欲望を吐き出し、洛熙の胸元や顔に注いだのだった。

肩で息をしながらぐったりとした嬴政に洛熙は優しく身を離しては、自分の胸元や顔のものを指先に付着させては口に含みつつ、嬴政を見下ろした。

「ハァ……洛熙、なに、を」

初めての激しい快楽にすっかりと体力を消耗した嬴政は自分の上に跨る洛熙を見つめた。
彼女は蕩けたような瞳で嬴政をみつめては「本当にとても愛おしい人です」と告げ、一通り汚れを拭き取ったあと、半開きの彼の唇を奪った。
舌を絡ませて、また彼の身体を撫でると嬴政は自分の意思とは反対に熱を帯びてしまう。それはまるで彼女だから反応をするかのようでもあり。彼は気恥しさを感じる間に洛熙は嬴政をみつめる。

「洛熙、今夜はもう……」
「ダメです、私が嬴政様を全て貰い受けるんです、大丈夫ですよ、全てあなたが教えてくれたんですから」
「余はそんなことを知らぬ、だから洛熙」

これ以上の快楽はまるで毒になるといわんばかりの嬴政に洛熙はゾクゾクしてしまう。
あの日あの夜愛されて始めて彼を知った時、彼も同じだったのかもしれないと思えたからだ。
自分に愛されて、快楽に脅え、逃げようとする姿、今の二人は狩る者と狩られる者のようでもあった。

それ故に彼女は目の前の獲物を逃がさない。

嬴政の果てたばかりのものに手を添えるとソレは僅かに反応を再度し始め、洛熙はくすりと笑った。
そして彼の上に跨ったまま嬴政の顔を覗き込んだ。

「しっかりみててくださいね政様♡あなたが私の手で"男"になるところ♡」
「洛熙ッ………!!」
「あっ♡♡す、っご……ぃ♡おも、ってるより♡♡」
「やめ、やめぬか洛熙ッ」

腰を勢いよく落とした洛熙は最奥まで届いてしまう若き嬴政のものに悦びの声を上げたが、嬴政は強い快楽にシーツを掴み、ただ必死に耐えるような顔をしたが洛熙はそんな彼のことを気にせず、胸元に手を添えては腰を激しく振った。

ドヂュンッ、ドヂュンッ、と何度も激しい音を立て肌と肌がぶつかり合い。
嬴政が下唇を噛んで必死に耐えようとするのを洛熙は逃さないと言わんばかりに口付けて、舌を絡ませて彼の名前を呼んだ。

無理やりでありながらも嬴政はその行為を拒めなかった。
自分だけを求めて愛してくれる彼女に応えてしまいたいと思えたからだろう。
目が会う度に嬉しそうに微笑む彼女に導かれては臀部に手を回し、嬴政は無意識に腰を揺らした。
目の前で揺れる乳房を眺めては首筋に口付けると締め付けることが愛を語るようだった。

「ハァッ……♡あぁっ……政……様♡」
「洛熙……全く、そなたという女は」
「だって……ぇ♡す、きだから……♡あなたが、どんな……姿でも♡♡」

そこには策略も陰謀もない。
嬴政と洛熙という二人の男と女だけだった。

嬴政は自分の上で腰を揺らす洛熙を抱きしめて、そろそろ限界だと低い声で訴えかけると、彼女は首に腕を絡めては共に果てようと告げた。
教えられるがまま、本能のままに腰を揺らして、女を求めながら嬴政は洛熙の名前を呼んでその欲望を吐き出し、洛熙も少し遅れて果ててしまうと、自分と変わらぬ程度の嬴政を抱きしめた。

「……あい、してます、政さま」

嬴政は倦怠感に襲われつつも自分の胸の中で幸せそうにつぶやく洛熙に自分が大人になろうとも、きっと彼女には勝てないのだと理解しつつ、汗で張り付いた前髪を退けては額に口付けた。

注がれた熱と抱き締められる腕の温もりを味わう洛熙は幸せそうに頬を緩めては事後の余韻に浸ろうとしていたものの、ふとした違和感を感じた。
それは腰に添えられた手が彼女の臀部を掴んだことと、抜かずに自分の中に潜んでいる嬴政のものがまた熱を持ち出したことからだった。

「え、嬴政……さま?」
「ん?なんだ?」
「いえ、その、なんだか熱をまた帯びてるような」
「若さゆえだ、教えると言ったのは洛熙、そなたであろう?最後までしっかりと付き合ってもらわねばな」

気付いた頃には洛熙は天井と若くギラギラとした瞳を宿した嬴政だった。
星を宿したような瞳の色は古今変わらぬものなのだと、マヌケにも思う頃、ふと彼の言葉の意味を理解した洛熙は「夜も遅いですし」と逃げ腰にいえば、若い虎のような彼はニコリと微笑んだ。

「教えるのだろう?我が侍書よ」

そうしてヴァルハラの夜は深いものとなり、朝が来るまで侍書は若き王への指導に励んだのだった。

◇◆◇

「洛熙……洛熙、起きぬか」

騒がしい。と洛熙は思いつつ寝ぼけ眼を擦りつつ「へいかぁ?」と声を出しつつ目を開くとそこには見慣れた男がいた。
一晩明け、時刻は既に昼餉を過ぎた頃であった。
彼女は起き上がり寝台の上に座り直すとパチクリと何度か瞬きをして昨晩まで若い少年であった彼が元に戻ったのだと気付く。

朝になるまで愛し尽くされたものの身嗜みはなんとか整えていた洛熙は彼を見るなり、嬉しそうに頬を緩めて思わず腕を広げ「お戻りになられたのですね!」と抱きしめ。

嬴政は若い自分と入れ替わっていたことについて全く記憶になかったようであり、自分を抱きしめてきた洛熙の背中に手を添えてはいつものように「好ッ!」と声高々に告げては抱き締め返した。

「本当によかったです、一時はどうなるかと」
「うむ、全くどうなるかと思ったがよかったものだ、まさか朕の初めての相手はまさか洛熙、そなたであると知れたしな」
「いえいえ本当にご心配で……え?」

強く抱き締めていた洛熙は、ふと聞こえた言葉にどういうことだ?と顔を上げた。
目布を外していた嬴政はいつもと変わらぬような爽やかな笑顔をしつつも、洛熙を抱きしめ返す腕はとても強いものだった。
それはまるで獲物が飛び込んできたのを捕まえたかのようであるが、彼女は若い彼と今の彼が入れ替わったため、そうしたことは分からないのでは?と冷や汗をかいていたが、彼はそんな侍書の髪を優しく撫でては目を見つめる。

「昔から夢を見ていてな。自分に女の抱き方を教えてくれた天女のような夢だ。夢にしては妙に現実的で、そして朕を求め愛してやまなかった。あれは都合のいい夢だと思ってたのだが」
「そ……そんなわけ、そんなわけありません!!」

だってそんな!……と洛熙は慌てて寝所の中に置いてあった件の本を取り出して読み返した。
そこにはしっかりと記載されていたのだ「起きた事実は影響される」と。
洛熙は油をさし忘れた機械のようにギギギ……と首を後ろに向けると、寝台の上にいたはずの嬴政は背後におり。彼の手は洛熙の身体を撫でていた。

「なぁ侍書よ、初々しい朕をあれほどまで求め愛してくれたのは感謝するぞ?あんなにも大胆だとは知らぬことであったからな」
「あっ……あれは、ちょっと……違うというか……」
「王として礼を尽くさねばならぬのはもちろんだが、若い自分からどれほど成長したかも教えねばならぬだろう?」
「そっそんなのは要らないっていうか……ぁ♡」
「あの夢のせいでどれほど悩んだことか、どれだけの女を見てもそなたを重ね、求めてしまっていたのだからな」

さぁ覚悟をしろ洛熙。

そう低い声をを耳元で囁かれた洛熙は自分だ誰に教えられ、誰に全てを教えたのかを理解し、そして冥界の本がどれほど危険であるのかを理解し、起きたばかりでも、再度寝台に寝かされてしまい、今日一日はどこにもいけないのだと理解させられるのであった。


2026.10.10

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