博士とお風呂事情


レディ・レジーナは紛れもなく機械だ。
かつて生前のテスラがオートマトンの流行に興味を引かれ、また彼自身が人も機械も変わらないという思考から機械人形作りをした時の経験などからレディを創造した。
だからこそ彼は彼女が周囲にどれだけ「レディは人だ」といわれたとしても頑なに彼は「それはこの特殊な環境下における神のイタズラだ」と断言するように告げた。

「とはいえ、二人の生活はほとんど夫婦か、または過保護な親父とその娘みたいだ」

──などと言われた時、テスラは思わず目を丸くして驚いた。
一体どういうことだと研究室にいるエジソンに身体ごと向けて聞いた。
なにせトーマス・エジソンという男は思ったことをズケズケというところがある─もちろんそれは言葉を選んだ上でテスラだからいえることである─一体なんだと視線を向けられたエジソンはニヤリと笑ってレディとテスラ二人に劇役者のように指をさしては告げた。

「なにせ寝食共に過ごしてるんだ、普段の姿も含めて、傍から見てたらオシドリの夫婦みたいじゃないか」
「何を馬鹿な、私とレディが寝食を共にするのは当然だ。私が彼女を創り、私が彼女を起動させてるのだからな」

その言葉を聞いたエジソンはフッと鼻で笑った。
そしてみんなの居る共同研究室で爆弾発言をしてみせた。

「レジーナと風呂に入るのも必要なことだと?」

周囲が途端にザワついた。
テスラは激しく動揺するだろうかといたずら小僧のようなエジソンは思っていたものの、テスラは表情を変えないどころか少しだけ疲れたような顔をした。

「あぁそうだ、私たちはシャワーまで同じさ。そうしなければならない理由がある、そうだろうレディ?」

それまでせっせっと掃除をしていた麗しいアンドロイド─オートマタと呼ぶには彼女はあまりにも発達しすぎた知能や人に近い見た目をしているが、それでも尚テスラは自分の作品として機械人形としてのオートマタと時折呼ぶのは今は少し置いておこう─がテスラの声を聞くと振り返ってはにこやかに足をテスラの元へ向けた。

「はい、エジソン様。テスラ様のおっしゃる通りでございます。テスラ様は私の危険のためにお世話をしてくださってるだけでございます。またそのほかの生活に関しましても必要なことをしているのみです」
「シャワーを共にするのが?ははっそりゃあ傑作だ。それなら私もレディに同じように告げてシャワーを共にしてもらわなきゃダメかな?」
「ええもちろん、その方が安心かと思われますわ」

あなたはいつも頭にチョークの粉がついておりますし、昨日もシャワーにはいらなかったんですね?──とレディにその癖っ毛を軽く指で撫でるようにチョークの粉を落とされると、エジソンはからかったつもりなのにと彼女の前では意味なかったと思い出しては苦笑いをする間にレディは時計を見ると、夕飯の支度があるので先に。と告げて出ていった。

全く彼女には敵わないとエジソンは苦笑いのままテスラに向くと、テスラはエジソンを見つめていたため、からかいすぎたか?と思っては乾いた笑いと共に返事をしようとする前に、テスラはレディが淹れてくれた紅茶を飲みながら心底重たい声を放った。

「エジソン、君はからかうが彼女の世話は案外大変なんだぞ」
「世話ってなんだ、普段されてるのはそっちじゃないか」
「いいや私だよ。本当に彼女は世話の焼けるレディなんだ」

珍しく天才ニコラ・テスラの口からあの完璧なる演算機でもあるレディ・レジーナの愚痴が飛ぶとは面白いことこの上ないとエジソンは思わず前のめりになると、テスラはレディはシャワーではなく湯船が好きなのだという。
元々防水耐水の加工を施していたことがあるため、元の姿でも水には問題ないが、神々の悪戯がさらに面倒なことを引き起こした。

それはレディの表面が人間になったということだ。
人工皮膚や人工毛ではない、本物のものである。
人間のような食事を食べることはできる上にそれがどこに消えるのか、またどこで消化されているのかも現在分からない。
そして、どれだけテスラが彼女をアンドロイドやオートマタと呼ぼうとしても、彼女はほとんど人間に近いものだった。X線検査やらMRIやらあらゆる検査をしてみたところで彼女は人と機械、両方の性質を持っているという、まさに規格外のものであった。
神話の話ならまだしも彼らは死後の世界であれど人間なのだ。そんな奇跡を受け入れられないと思うが起きてしまった。

そしてそうなってしまった以上は最低限の身だしなみというのは必要になる。
人間に限りなく近い彼女は当然身体の皮脂やら汚れが現れてしまうため、テスラは彼女が生まれて数日後、嗅ぎなれない香りに何かと思ったところ、それがレディ・レジーナからのものだと気づいてはシャワーが必要だと気付き入るように命じた。
しかし、彼女はテスラから教えられたように湯船を張ることやお湯を出す方法は知っていたが、洗うという基礎動作を知らなかったのである。文字も読めなかったゆえであるが、彼女はテスラがする一連の動作として衣類を脱ぐとは分かっていたがシャワーを浴びた後に何をするかということを知らず、張られた湯船でどうするのかと言うことも知らなかった。

「もう一時間半……か、レディは長風呂なタイプなのか」

テスラは珍しくレディが不在の部屋の中で不思議そうに思っていたものの、それが二時間……二時間半……となったとき、流石におかしいとバスルームの戸を開けた時、彼は思わぬ事に演算を狂わされたような顔をした。

「テ……スラさ……ま」

そこには完全にのぼせ切った一人の女性が湯船の中で倒れており。
テスラは慌てて彼女を湯船から抱き上げて部屋に連れていくと冷却器やエアコンや扇風機などありとあらゆるものを用意し、慌てて人間同様の介抱をしてやった。
医者を呼ぶべきか悩み果てた末にキュリーに連絡をしてみたところ、彼女は人であるが人ではないので意味がないのでは?と言われた時、テスラは自分が彼女を創ったというのに何たるミスをしたのかと思いつつ、自宅にて彼女を検査し、体内の熱を排出し、ただ見守るしか出来ずに一晩混乱させられたものだった。

「テスラ様?」
「ん……起きたのかいレディ」
「はい、私は一体なにを?」
「昨日オーバーヒートしていたようだ、そんなに湯船が心地よかったのかい?」

一晩経って目覚めたとき、テスラは自分のベッドを彼女に譲ってやり。彼自身は部屋の中で一晩研究に明け暮れていたかったが、思考は一切動くことがなかったゆえにただ彼女の寝顔を見つめるのみであった。
テスラの言葉を聞いた彼女は困ったような反応を見せるため何かと思えば心底恥ずかしいような申し訳なさそうな声で「どうして良いのかわからなくて」と呟いた。

その言葉を聞いた彼はなにを?と思ったがレディを湯船から連れ出した時、彼女の髪が濡れていなかったことを思い出す。つまり彼女は湯船の中にずっと座っていただけなのかと思うとテスラは一つの疑問を彼女に投げかけた。

「レディ、君はシャワーの使い方や入り方を知らなかったのか」

そういわれるとレディはまるで人間の子供のように恥ずかしがったように頬を赤く染めてはこくりと小さく頷いた。
テスラは自分に子供がいないゆえにすっかり当たり前のことを彼女が知らないのだと理解した。テスラを取り巻く必要なことはわかっていても、彼女自身に必要なことは何も分からないのだと理解したテスラはなんとも腑に落ちたような感覚を味わった。

「そうか、それは私の計算ミスだ。君を危険な目に合わせてしまってすまない。本当に異常はないか?」
「はい、それはもう本当に何もございませんわ。後ほど精密検査を頂ければと思います」
「あぁ寝てる間に色々見ていたがもう一度検査しておこう。それにしても……フフッそうか、君ともあろう存在が風呂の入り方も分からないなんて」

なんだか不思議だと思いつつテスラは湧き上がる笑いを噛み殺していたいのに難しくなっていればレディはからかわれた子供のように頬をふくらませては頭までシーツをかぶり直してしまう。

「だってテスラ様が教えてくださらないから。だから普段からお背中を流しますといっていたのに」
「おっとすまないレディ、からかったつもりではないんだ。私の素晴らしい助手であり、演算機である君がこんな凡ミスをと思っただけで」
「では……今度ちゃんと教えてくださいますか?」

シーツから顔を出した彼女が起き上がってテスラをじっと見つめるとき、テスラはどうしてもその瞳で見つめられると断らねばならぬことを断れなくなってしまう。
湯船から引き上げた時に慌てて着せたのは自分のシャツであり。彼女はテスラのベッドの上で彼のシャツ一枚を身にまとった状態であった。
薄いシャツの下で呼吸するように胸が上下しているのを見てテスラは思わず昨晩の肌を思い出してしまう。何度も検査として見てきたはずの肌は湯船によって肌の色を変えていたことも思い出し。彼女が機械か人かを曖昧にさせる。

「そ、それは」
「私一人ではわかりませんわ。それにテスラ様と過ごしたく思います」

生活を共有する中で彼女は完全に人ではない。
食事や排泄は行わない故にテスラとの食事の時間は彼女が向かいに座り、テスラの食事をお茶を飲みながら眺めるのみなのだ。
多少は食べれなくもないが食事を取らずとも過ごせるその肉体においては不便もない上に、内部の構造を考えて念の為にとテスラが自制させているゆえであるが、バスタイムに関しては今回の件を抜けば危険性はない上に彼女には必要なことだった。

「ねぇテスラ様」

彼女の細い女性の指先がベッドの横の椅子に座ったテスラの膝の上に乗せられた。濡れたような朝露のような輝きを宿した彼女の瞳がテスラを捉えると、シャツの下の肌の色が彼の瞳によく張り付いてしまう。
血色のいい艶やかな唇に小さな愛らしくも形の良い鼻。長いまつ毛と乙女のような桃色を宿した頬。テスラと呼び慕う小鳥のような美しい声。
全てテスラが作り上げたものだったが、そこに女性としての理想など入れたつもりはなかった。ただ一般的な美しい姿をと、あらゆる絵画や彫刻や人間を見て作ったはずだというのにレディ・レジーナはテスラにとっての完璧なる淑女なのである。

言葉を詰まらせる間に彼女の手がするりと伸びていこうとするため、テスラはその指先の美しさを感じつつも慌てて意識を戻すなり、思わずシーツをに引っ掴んで彼女を包み込んだ。

「それはもちろん協力するが一旦君はちゃんとした服を着たまえ!!」

その後精密検査だと言い捨ててテスラが部屋を出ていくのをレディは見届けたあとシーツを抱きしめて顔を埋めるとテスラの匂いが彼女を包み込むため、アンドロイドは溢れ出る多幸感に包まれながら名残惜しくもシーツを外してベッドを抜け出してしまうのだった。

「あれ以来レディとはバスタイムも一緒さ、二人で入るといつも湯船が窮屈で困るんだがね」

テスラはすっかりと世話の焼けるレディなんだ。とエジソンに同情を誘うかのように語りかけたものだが、一通りの流れを聞いたエジソンは心底呆れてしまう。

「テスラ、ひとつ確認したいんだが。レディは今はもう髪の毛も身体も洗えるのか?」
「もちろん、そんな単純動作は一度で覚えてるさ。なんなら私の頭だって完璧な力加減で洗ってくれるよ」

ヘッドマッサージが本当に心地よくて。と嬉しそうに話をするのを聞いていたのは何もエジソンだけではない。ヴァルハラの天才たちが集う研究所の一箇所に集っていた天才全員が聞いていることだが、それを聞いた彼らは一同に信じられないという顔をしてテスラを見つめた。
しかしながら、この男は心の底からあのアンドロイドとの関係について彼らが思うようなことは思っていないのだろう。例え彼女から自分に好意があると言われていたとしても。

「そろそろ帰る時間だな。今日は先日レディが買ったオレンジティーのバスボムを使用しようと約束していたんだった。では先に帰らせてもらおうか」

そういってテスラが颯爽と自分の鞄を手に取って研究室を後にするのを見たみんなは互いの顔を見合せた。
全員が隣を見つめて、最終的に視線が戻ってきたエジソンは思わずポケットから噛みタバコを取り出しては噛み始める姿には多少の苛立ちさえ感じられた。

無理もないだろう。ニコラ・テスラはレディを自分の創造した機械であり人形だといっていても、あの表情と態度や姿すべてを取ってしてみても。

「どう考えてもありゃあ恋人か夫婦だ、あんな顔を普通自分の"作品"にするものか」

もしそれが作新に向けるものだというなら、そいつはきっと作品に"恋"しているに違いないとエジソンが呟くと、周囲の者たちは静かに理解し、同意するように首を縦に振った。
全くいつまで彼はそれを通しきるのやらと呆れつつ気付けば夕方に差し掛かる研究室にて天才たちは今日も朝まで自分の研究に没頭し、翌朝やってきたテスラの連れてくるレディの声と紅茶の香りに起こされるのだろうと思うのだった。


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