博士と花




人形とは人の幻想・浪漫・思想・願いが詰め込まれた願望具である。
完成された美というものは時に人を狂わせるともいうものだが、ニコラ・テスラはレジーナを"美"という観点のみで創り賜わなかった為に彼はその真価を感じることが少ないのかもしれない。

レディ・レジーナという女性──正確にいうと彼女は機械人形であり、アンドロイドだが、周囲は彼女をほとんど人として扱っているため女性と定義しよう──はまさに理想的な女性に近いだろう。

──ニコラ・テスラという天才が作り上げ。
──神の奇跡が宿った新しい生命。

万が一にも地上や脆弱な人々が彼女を知れば、時代に関係なく彼女はまさに"神の奇跡"や"聖女"として扱われたかもしれなかった。
実際に彼女の存在を当初知ったヴァルハラの人類地区の一部一般人からは彼女はそのように扱われ。あろうことか神々に仕える存在なのだと崇められかけようとしたこともあった。テスラはそれを断固拒否しレディはただのアンドロイドだと説明することがどれほど大変であったかをいま思い出しても疲れてしまうものだった。

「つまり……私の作品があぁなったことについてはわからない、と?」
「ええそうです。一応私なりにも聞きましたよ?ゼウス様やハデス様、それにこういう問題を起こしがちなアフロディテ様など」

テスラは珍しく個人の研究室の中で久方ぶりに現れた戦乙女─ワルキューレ─の長女であるブリュンヒルデと話をしていた。
かつての人類対神という無謀な戦の際に力を貸したテスラはブリュンヒルデを筆頭にワルキューレとは縁深いものであった。特に九女ゲンドゥルは共に戦ったパートナーであり。今もテスラとは仲のいい関係を続けているほどだった。

テスラは自分の作り上げたアンドロイドである、レディ・レジーナに起きた不具合について、以前からゲンドゥルに相談し、上との繋がりのあるブリュンヒルデにも確認してもらうという返事を貰ったのが数週間前。

現れたブリュンヒルデは残念ながら手がかりも無さそうだと返事をしたことにテスラは信じられないものだった。
何せ機械が人になろうとしている。AIなどという人工知能では納得できない能力と感情を持ち合わせているレジーナについて、死後の世界であるヴァルハラという場所にいるのなら。神という存在がいるのであれば、なおのことレジーナのことは"神の奇跡"それ以外ないだろうと思った。

「テスラ様が思われることはもちろんだと思われますが、神々のルールも昔とは随分と変わっております。昔のように祝福や奇跡を捧げることは禁止されていたり。そもそもそうした能力を有する存在自体も近年弱まっております」
「その件についてはベルゼブブから聞いている。彼はその手の話題に詳しいからね。しかしそうでないとしたら……あまりにも非論理的すぎて私には理解でき兼ねる。あぁいや匙を投げる訳では無いが計算式に当てはまらない挙動だ」

その言葉を聞いていた時、ちょうど研究室のドアが開き、一人の女性が長いスカートを揺らしながら規則的な足音を立てて軽やかに現れた。

「こんにちはレディ・レジーナ」
「あら、いらっしゃいませブリュンヒルデ様、まさかお客様が居られるとはいざ知らず。よろしければお紅茶を淹れましょうか?」
「いいえ、お心遣い感謝しますがもう帰りますので」
「それは残念でございます。もしよろしければゲンドゥル様に言付けを頼んでくださりませんか?次回のお茶会はスミレの砂糖漬けをご用意してお待ちしております。と」
「ええ、そのように伝えておきます。レディもまた私たちのお茶会にぜひ参加してください」

それでは。と挨拶をして去っていったブリュンヒルデにレジーナは嬉しそうに見送る姿を眺めたテスラは静かにブリュンヒルデからの回答を噛み締めながら分からぬ結果について今日もまた考えることとなった。

神の奇跡でないなら何故自分の創り出した存在がと思いつつもテスラは紅茶を頼むとレディはいつものように微笑んでは慣れたようにティーポットを用意する姿は実に慣れたものであり、温度も濃さも味も何もかもがテスラを理解したものであるため、彼はレディから用意されたものについては全てを疑うこともないように口にすることができた。

「後でこの書類を事務局に出してきてくれないか」
「承知致しました、帰り際でもよろしいでしょうか」
「もちろん、君の手が空いたときで構わないさ」

そういってテスラは紅茶を飲みながら一休みしつつ研究所の事務局へ申請書を出すように頼んで少しの暇をと味わっていた時、テスラの個人研究室の入口に立っていたのは見知らぬ男だった。
まだ若そうなその相手はテスラの研究室を前に緊張した様子であり。レディがそれを見ると何かしらの用事なのだろうと理解して足を進めてはすぐさま声をかけた。

来客対応を任せることは非常に助かるもので、テスラは自身の研究の時間を他人に潰されることはあまり得意としなかった。エジソンのように器用に振る舞うこともできないため、愛想もよく、女性らしい柔らかい雰囲気で出迎えることのできるレディはまさに受付嬢のようでもあった。
演算機としても傍で支えてもらうことが多いが、決して彼女がいなくてはならないわけではないテスラにとって多機能なレディには非常にたすかることも多いものでありつつも、客人が来て十五分以上が経過してもまだ帰っている様子はなく。

反対にどうやらレディと誰かの使いとして来たその青年は随分と話が盛り上がっている次第だった。
テスラはあまり気にしないように務めてはいたものの、それがあまりにも長引くことをみて、次第に入口でたむろする二人へと意識が向かい。メモ帳を片手に羽根ペンを走らせて、そして気付けばレディの隣に立っていた。

「レディ、すまないが今すぐ第七階微分の収束値、及びケルビン温度変化における電子の跳躍誤差を即座に算出してくれ。あと、磁場の逆転現象における……」

それは普通の人間であれば何を言われてるのかも理解できないものだろう。
現にレディの前に立っていた使いの青年は何事かと目を丸くしていたが、レディはしっかりとその目でテスラが見せつけている回路図と複雑怪奇な数式を見て、彼の声に耳を傾けてはほんの数秒の末に完璧な答えを計算して見せた。

テスラでさえもう少し時間はかかりそうな内容でも彼女はテスラから得た知識と能力で答えてみせるとテスラは満足そうな顔をして「Q.E.D.完璧だ」とどこか誇らしく呟いては青年を見つめた。

「用事は済んだならもういいだろうか?レディは私の演算機であり、アンドロイドであり、そして助手だ。忙しいから用事を終えたなら戻ってくれると助かる」

テスラがそう言って当たり前のようにレディの腰に手を添えて、その高い身長で威圧感を隠すことなく青年に告げると相手もあのニコラ・テスラの機嫌を害したのかもしれないと感じたようで素直に戻っていってしまう。
全くとんだ時間だとテスラが呆れ返っていると、妙な視線を感じてみつめればレディがテスラをみつめていた。

その人ではないのに、人のように頬を赤く染めて、まるでテスラに恋している女性のような眼差しで、ほんの少し触れた指先がテスラのコートの裾を僅かに握っていた。

機械であるはずの彼女から人間の鼓動のような心拍数が聞こえてきそうだと感じた。
とてもはやく、今すぐ医者を呼ばなくては危険だと感じるような脈拍にも感じることにテスラは幻聴だと自分に言い聞かせてもなお、レディからの視線は痛い程にトキメキを含んだものだった。

「テスラ様……」
「君があまりにも他のことに時間をかけるからだ。必要な計算を君に求めただけであり、特別なわけではないんだ。だからレディ……そんな目で……ッ」
「嬉しいですわ。テスラ様がそうして私を望んでくださるだけで、私はあなたの隣にいる意味があるのですから」

共同研究室では無いゆえに二人の空間となると、レディの行動はいつも以上のものであるとテスラは分かっていたはずだったが、そのスイッチがどこではいるのかというのは分からなかった。
正面から優しく抱擁される度に自分と同じシャンプーやリンスを使っていながら異なる香りのする彼女のことを一瞬だけ忘れてしまいそうになりながら、テスラは宙を彷徨う手をレディに添えようとする時、ちょうどまた来訪者が現れるため、レディは何の気なしにするりと離れていってしまう。

▷▶▷

「レジーナ様はまだ帰ってきておられないんですね」

その言葉と共にテスラは用事を頼んでいたから出ている旨を伝えると、テスラの個人研究室に用事があってやってきたゲンドゥルはここに来る随分前に研究所の近くの公園で見かけたといった。
確かに彼女は昼を過ぎてから用事があるとして出て行って、そのついでにテスラの用事も済ませてもらうように頼んだがもう十五時を回っていたため、随分長い外出だとテスラ自身も感じられた。

特段テスラはレディを気にかけることはない。
彼女は自分の創り上げた存在であり。神の奇跡を与えられたとしても悪人ではない。善悪を理解し、テスラが行ってはならないと思うことをするタイプでは無い極めて普通の知能を有した──もちろん、その知能がテスラが想定した挙動ではないため、手放しに喜べるかどうかは別として──存在だ。

「彼女に用事でも?」
「ええ、先日頂いたレモンのシロップ漬けが大変美味しかったのでレシピを聞こうかと思ってました」
「君たちワルキューレも随分とレディに胃袋を掴まれたようだね、近頃はすっかり君たちのお茶会のメンバーだ」
「ふふっ、博士ほどじゃありませんが彼女と過ごすと心地良いのでついつい誘ってしまいます」

ゲンドゥルたちワルキューレとの時間についてはテスラも許容範囲であるため、特には気にしなかった。
機械であるのだから。とはテスラはどうもレディにも言いきれないのも現実であり。それが矛盾であるとは彼は気付いてもいない。

レディ不在時は自分でコーヒーや紅茶を淹れるテスラだが、如何せん味が違うなと飲みながらゲンドゥルと話をした。
大抵はほとんど天界での動きや、テスラたちヴァルハラの研究所で求められている内容についてや、誰が何を作ってるか、またはテスラの好きそうな本が入ったことなど様々な話をしていたが三十分ほど経過すると、ようやくレディが軽い足音を立てて帰宅した。

「ただいま戻りましたテスラ様。あら?ゲンドゥル様いらしていたのですね」
「おかえりレディ、ちょうど君の帰りが遅いと彼女が怒っていたよ」
「私ではなく博士では?すみませんレディ様、お邪魔しております」

クスクスと二人のやり取りをみて笑うレディは出かける際に持っていったバスケットの中に見慣れないミニブーケがあり。テスラは珍しく花でも買ったのかと視線を向けながら赤いバラのブーケは研究室に…いや、レディにもテスラにも似合わないと内心感じた。

「先程、別の方から研究所の前の公園で頂いたんです」
「なるほど、何か言われたのか」
「今度食事でも……と」

レディの言葉にゲンドゥルは微笑ましそうに細めた目をさらに緩めて微笑んだが、テスラは少しだけ眉間にシワが寄ってしまう。
ブーケを手に持ったレディは「でも私は機械ですから難しいので、今度是非第一共同研究室にお茶の時間に来てくださいとお伝えしておきました」と笑顔で答えるためテスラはほんの僅かに安心する。

彼女に声をかけた相手は気の毒だ。
レディは断ったつもりではないが相手からしたらデートを拒否された様なものだろう。
なにせ第一共同研究室はヴァルハラでもトップの天才たちしかいない場所だ。そこにお茶の時間に来いと言われてノコノコ来るような存在は残念ながら相当鈍感か、または無謀な英雄のようなものだろう。

「いい返事だ、きっと相手も喜んだことだろう」

テスラはそういってブーケに視線をやっては眩い赤はどうもこの研究室には合わないと目に付いてばかりだった。
そのうちにゲンドゥルがレディと短い話をした後に長居しすぎたため帰るということにテスラはテーブルに置かれていた赤いミニブーケを手に取るとゲンドゥルに差し出した。

「こちらは?」
「私やレディの傍にこの色はあまり合わない。それに随分と香りもきついからすまないが持ち帰ってもらえるだろうか、君のところには花の好きな姉妹もいるだろう?」
「レディ様が貰ったものですが、よろしいので?」

ゲンドゥルは薄目を開けてレディをみると彼女はにこやかな笑顔を作った。

「テスラ様のご判断こそが私の全てでございます。よろしければお持ち帰りくださいませ」

ここに花を置いてもテスラ様の実験で枯れてしまうかもしれないので。とレディが特に気にすることなく答えるとゲンドゥルは素直に受けとってそのまま入口へと足を進めると、テスラも送り届けようとその後ろをついた。
入口の前で振り返ったゲンドゥルはその手に真っ赤なバラのミニブーケを持って、テスラを見つめるとレディはテスラに命じられて片付けをしているため傍にはいないことをいいように告げた。

「嫉妬はあまりよくありませんよ」
「嫉妬ではない。私のセンスに合わないものを置いてても仕方ないだけだ」
「そうですね。ではレジーナ様に贈り物を渡す時は貴方様のお眼鏡にかなうものを用意しておきます」

ゲンドゥル……と苦い声を漏らしたテスラに彼女は笑うと去っていく。
テスラは振り返るとレディが紅茶を淹れるかと問いかけるため頼んでみると、ものの数分で研究室の中に心地良いハーブティーの香りが広がった。

「そういえばもうすぐヒマワリ畑が見頃だそうですよ」
「ヒマワリか、君が望むなら今度行ってみよう」
「是非そう致しましょう。テスラ様の好きなサンドイッチをご用意致しますわ」

紅茶を飲んだテスラは味も濃さも温度も完璧だと思いつつヒマワリならいいと思った。
あの太陽に向けて眩く咲き誇る花は彼女によく似ているようにも感じられるものだから、テスラはもし自分が彼女に花を贈るなら大輪を一つだけでも十分だと幼い頃に見た子供の背丈と変わらないヒマワリを思い出すと、レディは想いを馳せるように心地良さそうに呟いた。

「ヒマワリは好きですわ花言葉も素敵ですもの」

そう思いますよね。と微笑んだレディにテスラはどんな言葉だったかと思い出してはあぁそうだったと記憶の中の引き出しから取り出した。

「『あなたは素晴らしい』だったかな」
「それもありますが『あなただけをみつめる』もございますわ」

ね?と微笑むレディの指先がテスラの髪を撫でる時、テスラはそっと視線を逸らして知らないフリをした。締め付けられる胸の甘い痛みも、彼女の甘い声が残ることも、全て気のせいだといった。
何せ彼女はアンドロイドなのだから、人ではない、奇跡を帯びた機械なのだから。


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