博士と礼儀
ヴァルハラ──人類の英智たる者たちが集う研究棟。
その第一共同研究室は人類の選ばれた存在の中でも抜きん出た者たち──つまりニコラ・テスラやトーマス・エジソンを始めた天才たちが集っていた。
それぞれの分野は異なれどラグナロクでテスラのアーマーを作ったことをきっかけに第一共同研究室には度々集まることが多いものの、実際にしていることは個人の研究や実験であり。それはこの研究室には特段優れたありとあらゆる最新鋭の機器が揃っているからでもあった。
資源はいつでも有限ではない。
それは死後の世界である天界でも同様で、彼らがいくら望んでもヴァルハラの研究棟全体の管理をしている事務局が承認を押し、さらに天界の管理者まで判を押させられなければダメなのだ。
天界にはかつて初めて広い国を統一した王や、神と正面から殴り合おうとした英雄や、はたまた摩訶不思議な殺人鬼など、ありとあらゆる選ばれし存在がいる。
そんな状況でも平和が保たれているのはそれなりの平等と地上会にいた時ほどの権力などを持つことができないからだ。
自由がない訳ではもちろん無いが、生前のようなあらゆる野望や願望を得られる訳でもない。それでもなおバランスよく生活出来るのは生活の許される人間もそこに住まう神々も互いに歩み寄りあっていたからだろう。
そしてなによりも第一共同研究室にはニコラ・テスラがいる。
ニコラ・テスラがいるということはつまり彼の助手であり。彼の最高傑作と呼ばれしアンドロイド、レディ・レジーナがいるということである。
「この為に共同研究室にいるといっても過言ではないのぉ」
「そうじゃ、レジーナくんの淹れてくれる紅茶とお菓子を口にすると刺激を受けて止まらんくなる」
アインシュタインとガリレオがそういって心地良さそうに紅茶を飲みながら微睡んでいると、レディはちょうど全員に紅茶を差し入れに回っていた。テスラの助手としても勤めを果たしているレディは基本的にはテスラのそばで作業を手伝っているが、共同研究室にいる際にはテスラから求められない限りは目に付いた手伝いをそれぞれしてくれるため、全員普段よりも清潔感のある場所で自身の研究に没頭することが出来ていた。
特に第一共同研究室については広い分だけ数も多い。
天才たちが選んだ助手たちの数も多く、連日第一共同研究室は人で溢れかえっており、入口の方の掲示板には少しアナログ的だが禁止事項が色々書かれた張り紙が張り出されている。
主なものは資材・機器持ち出し禁止。喫煙不可。動物連れ込み禁止。見学者は首から見学許可書。などといったのく当たり前のことだった。
レディは入口の来客対応も承り。時折飛び交う彼らの怒号を横目に優しく仲介したり。振り回された助手たちを慰めたり。適度に休憩を取らせたり。と様々な手伝いをしていくが、その姿はまるで研究室のナイチンゲールだと誰かが言った程だった。
「あぁもうエジソン博士は本当に無茶ばかり、こんなメモでどう分かれって言うんだ」
「こんにちは、紅茶はいかがですか?……あら、こちらはエジソン様のメモは……」
まだ日の浅いエジソンの助手が三十分ほど前にエジソンに投げつけられたメモ紙を前に悩み果てていた時。ちょうどティーポットと紙コップを手に現れたレディへ相手は実は…と相談したところ。レディは紅茶を淹れながらメモ紙を見ては瞬時にその意図を理解して答えてやると助手の彼は目を輝かせて「これで博士に怒られない!ありがとうレディ・レジーナ」と熱いハグでもしそうな程の声を上げて感謝をして紅茶を注がれた紙コップを受け取った。
ほかの助手達にも一息ついてもらうついでにと彼女は悩んでいそうな相手にアドバイスや助言を重ねいくと、いつの間にか一箇所に集まった各助手たちは安心したような顔をして、アインシュタインに求められる計算を答え、ニュートンからの新しい設計図を確認し、キュリーの肩を優しく揉みほぐしては第一共同研究室の空気は少し前の殺伐とした空気が薄くなっていた。
「No.Non.Nait.」
しかし、その穏やかな時間に釘を刺すような声がひとつ。
その声の男はゆっくりと最奥からレディへ一直線に足を向けてきたと思えば、いつの間にかレディを中心に集っていた場所に辿り着いては呆れたように彼らを見た。
「レディなにをしてるんだ」
「今はキュリー様の肩を揉みつつ、ノーベル様から手渡された新しい装置の図式を確認修正し、エジソン様に頼まれた特許の申請書を書き、ほかの助手の皆様のお手伝いをしております」
テスラはその言葉を聞くなり左右や後ろを見つめると全員が慌てて大袈裟に視線を逸らした。何故なら次に飛び交う言葉を理解しているからだ。
「君は私の助手だ、どうして君たちはレディを求め、あまつことか使おうとしているんだ!」
それはまるでゼウスの雷霆のような声であった。
これはいつものことである。
テスラは比較的穏やかで静かに作業を進める気がある。
一人でブツブツと黒板や図面の前で呟きながら作業をする中で大抵レディは不要だった。反対に求めた時に答えられなくてもテスラは自分で解を出すため問題がないため、少しの間レディが抜けていても気付かない訳だが、先程から幾度も彼女を呼んでも返事が来ず最終チェックの作業が停滞していたことに何事かと気付いた時には自分の助手として働いている筈の彼女がほかの者たちに占領されていたのだ。
その為、地面を踏みしめるようにして歩いてやってきたテスラは今のレディを取り囲む仲間たちを見ては状況確認をした。
彼女を囲みテーブルの上に図面を広げたり、タブレットを見せつける仲間達。そして列を成しては教示してもらおうとしている天才の助手たち。
彼らは少し固まったあと「レディに聞くと早いから」「安心感がある」「少しだけじゃないか」と口々に言うため、テスラは静かにいつものような整った顔で美しい笑みを浮かべたあと静かな声を出した。
「No.Non.Nai.怠慢だ。彼女は私の助手であり。私の創った最高クラスの演算機──つまり、ニコラ・テスラ専用汎用型自立多機能思考アンドロイドだ。だというのに彼女に何をさせてるんだ。特にエジソン!!君のこれは特許申請書の清書だろう?こんなもの自分のところの助手にさせてくれ」
「レディの字が一番綺麗だから仕方ないだろ、ちょっとのことだグチグチ言うと嫌われるぞ」
「まぁエジソン様、それこそNon.ですわ。私(わたくし)がテスラ様のことをお嫌いになるはずがありません」
「そうだ。彼女のプログラミングには私を唯一の創造主として認識させてるんだから嫌うも何もない」
「ええ、プログラミングされてなくてもお好きですよ?」
「レディ今の論点はそうじゃない。君は私の助手で私の機械なんだ、つまり私以外の言うことは聞かなくていいと言ってるわけで……」
キュリーの肩から手を離したレディはエジソンに頼まれた申請書を渡し、アインシュタインに頼まれた数式を追加で解いて、ガリレオから渡された機器の調整を行い、助手たちのメモをみては答えを書いて返したあとテスラの前に戻ってきた。
その動作さえまるで社交界で優雅に踊る淑女のステップのようであり。テスラはレディに自分の助手だというが、彼女は違う答えを出すことに困りつつも、結果的に他の全員に声をかけようとすると彼らは蜘蛛の子を散らすように早速持ち場へと戻ってしまう。
「君たちはもっと優秀な助手を雇うか創るかしたまえ!レディは私のオートマトンだ!!」
そういったテスラに周囲はクスクスと笑った。
役立つのはもちろんだが、そうしてテスラをからかうのも少しだけ面白いと思っているからだろう。
第一共同研究室は今日も穏やかで優しい日なのである。
テスラはレディを一番機械として認識し、そう扱い、そしてそう告げている。
「君は私が創り上げたアンドロイドだ」
それはまるで言い聞かせるようにも感じるが、レディはそれを聞いてもその通りだとしか受け答えはしない。テスラの言葉が彼女にとっての全てで正解だからだ。
しかし、周囲は人と同じ見た目と中身をしたレディを人のように扱い。時に人は彼女に大きく感情を揺さぶられることがあり。テスラはそれもまた自分の作品としての評価だと受け取るようにはしていた。
自分の作品が神の奇跡かイタズラによって違うものにされたとしても。
それを破棄するというのは創造主としてはあまりにも勿体ないものだったから。
午後の研究室も対して変わらないものであった。
個人の研究に時間を費やしていた彼らを変わらずに支えるレディはテスラに頼まれたことを着々とこなしていた。それは助手としての勤めもあれば演算機のような機能としてもあった。
テスラはいつも通りキャスターに腰掛けながら長い数式を書き殴っては時折手を止めつつも自分の世界に没頭しており。レディはその背中をまるで夫を見つめる妻のような優しい眼差しで眺めていた。
あまりレディに頼み事をするとテスラに嫉妬される。だなんて微笑ましくいいつつも、それでも頼み事を頼む者ももちろん居るが午前のやり取りに比べても随分優しいものだった。
実際にレディは教育プログラムでも入っているかのように他の者に教える方法は分かりやすく優しく、天才たちは苦労をかけてる助手たちが密かにレディに逃げることも仕方ないとはいっていた─特にエジソンの助手たちは全員癖の強いあの男に苦労を買ってるため仕方ないところもある。
そして第一共同研究室には時折客人もやってくる。
もちろん、科学者達はもちろんのこと、様子を見に来るワルキューレなどを含めて多種多様である。そうした時の対応は全てレディが誰よりも早くに気付き物腰丁寧に対応にあたるが、ちょうど入口にやってきた見慣れない男にレディはいつものように人当たりのいい笑顔を浮かべて挨拶をした。
「いらっしゃいませミスター御用件は?」
「優秀なアンドロイドがいると聞いたんだが」
「アンドロイド……私でしょうか」
相手の言葉にレディは小首を傾げると、彼は彼女をじっくりと見下ろしたあと簡単な数式を口頭で問いかけるとレディは条件反射で答えを出すため、相手は自身の顎に手を添えて何度か質問をしたがレディは愛想良く答えたが、それはよくある遊びのようなものなのだろうと思っていた。
レディはテスラに創られた存在であるが知恵比べをしたがるものが多いため、ちょっとした休憩時間などにそうした遊びを行うからだった。
しかし、相手はそのような微笑ましい様子もなく。反対にレディを見る目は最初に向けたものとは違い、随分と無機質に感じると「少し来てくれないか?」といった。
「申し訳ありませんがテスラ様の許可を取らなくては」
「平気だ、ほんの少し手伝いをして欲しいだけだ、第六共同研究室だから遠くもないだろ?」
「しかしテスラ様にお伝えしませんと」
「ッチ、面倒だな。これだからプログラムされただけのポンコツ機械は」
そういって男はレディの肩を軽く押しては舌打ちをして睨みつけた。
ふと入口で長くやり取りをしていた二人に気付いた周囲の者たちは突然レディが男に凄まれるようにみつめられ、さらには小突かれていたことに驚いてしまうが男は気にせずに研究室の入口を見ては何かを理解したようだった。
「おいアンドロイド、申請書を出せ。お前を借りるのに許可がいるんだろ?早くしてくれ忙しいんだ」
「いえ、ミスターそういうわけでは……」
「人のフリをしたように話をするのはやめてくれ。全くテスラはなんでこんな機械に人間のような、それも女の見た目にしたんだか。機械なら機械らしい方がずっと使いやすいだろうに」
テスラはそういう趣味か?と男が笑ってレディに告げれば、レディは珍しく不快感を感じたような顔をして相手を睨みつけるが相手はあくまでもレディを機械として扱った。
そして言うことを聞かないレディに対して痺れを切らしたのか、ついに彼女の細腕を掴むと彼はレディを連れ出そうとするためレディは足を踏ん張ったが男は苛立たしさを隠さぬように強引に彼女を連れていこうとするため、周囲の者達は大慌てで止めようとする時。
「一体何事だ」
そういったのはレディの創造主たるニコラ・テスラ本人であった。
テスラはエジソンと話をしていたところ、戻ってこないレディに何かと思って入口まできてみれば、見知らぬ男に腕を捕まれ、珍しく抵抗したような彼女がみえた。
男は話のできる相手が来たかと安心してはレディの腕を掴んだまま、相手への経緯も無さそうな顔をして話をした。
自身の研究室の手伝いが欲しいが人間ではなく優秀な機械が欲しい。噂ではニコラ・テスラがそれを持っているため個人所有の物なら時間をかけないから貸してほしいというのだ。
「演算機くらい借りたっていいだろ?ついでにボルトを閉めるくらいはして欲しいところだが」
「テスラ様……その……」
困惑したようなレディは相手への不信感はもちろんのことだったがどうしていいのかも分からないようにテスラを見つめた。
その途端にテスラの胸には言いようのない感情を感じてしまった。
それはまるで自分を侮辱されたような、自分の作品を汚されたような、兎にも角にも不快で堪らないというものだった。
彼はその長い足で二人に近づくや否やレディの手首を掴む男の手を離してやり。レディを自分の傍に寄せて男をしっかりと見つめた。
「まず君は誰だ?礼儀もないような無礼な者に私はペンの一本貸すことはない。それにレディに対してもどうだ?彼女は確かに私が創造したアンドロイドだ、しかし彼女には感情があり、自分で処理して思考する素晴らしい能力がある」
テスラは饒舌に相手をいなす様な態度で冷静に返事を返すが、その態度は明らかに不快感を隠しきれぬものであった。
「それに"彼女"には名前がある、レディ・レジーナという名前だ、私の作品に敬意がないのなら今すぐこの部屋を出ていってくれ」
テスラの態度に不快感を感じたのは男も同じなようであり。
まるで捨て台詞のように「たかが機械になんて奴だ!」と声を荒らげていくがエジソンが背中を押して相手を追い出してしまい第一共同研究室のドアを閉めては入口に入室禁止の札を出した。
すっかりと静まり返った研究室の中でテスラは全くなんて無礼な男なんだかと呆れつつ振り返るとレディが呆然と人形のように佇んでいるため、テスラはもしや先程なにか?と慌ててレディの掴まれた手首や顔に触れて怪我や傷はないかとチェックすると彼女は平気だといった。
「少々驚いてしまって」
「あぁ人間も色んなものがいるからな、あんな態度の者もいるさ」
「いえ、テスラ様があんな風に呼んでくださって」
「呼んだ?私が?なにを?」
「レジーナ……と」
テスラは何事かと目を丸くしたがレディは頬を熟した桃のような色に変えると、それはまるで好きな相手に名前を呼ばれた少女のような表情をした。
先程の男への恐怖感、またはアンドロイドとして処理しきれなかったものがバグになったのかと思っていたがそんなことはないようで。反対にレディはテスラに握られた手を見つめると目尻を下げて、テスラの顔を見つめた。
「私なんだかとても内側が暖かいですわ。幸せといえばいいのでしょうか?テスラ様が私のためにお怒りになるだなんて、本当はそんなこと良くないのに」
「な……レディ、私は別にそういう意味ではなくて、私の作品を勝手に持ち出そうとしたり、敬意の無い態度に対してだね」
「分かっております。だけどとっても嬉しくてたまりませんわ」
そういうと人目も気にせずにテスラの胸に飛びついたレディに周囲は微笑ましそうにニヤニヤと微笑んでみつめるものだから、テスラは慌ててレディを離そうとするのに、どこにそんな力があるのか分からないような勢いで抱きしめて離さなかった。
テスラがレディに離れるように告げる前にレディは彼の胸に顔を寄せて、背中に強く腕を回すと味わうように告げた。
「テスラ様の助手でよかった。あなたに創ってもらえて本当に幸福な機械人形ですわ」
その言葉を聞くとテスラはその通りだと思えたが、しかし自分の胸に僅かな違和感のようなものも感じられたが、それを誤魔化すように彼女の髪に手を添えてはその上にキスをした。
「あぁ当然だ。これ以上私以外に君をいじられてはエラーの処理が大変だからな」
だから私以外の手伝いも、隣に立つことも要らないんだとテスラがいうとレディは満足そうな顔をしてもうしばらくだけ二人は第一共同研究室で抱き締めるのを周囲は何も言えずに見守った、
今はまだ認めきれないテスラの気持ちはきっと彼ら全員理解できる。
何せ彼らもまた創造主としての力を持つ者たちだったから。
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