博士と創造物



ニコラ・テスラは人類を神へと近付けた人類の一人といえるだろう。
彼は魔法使いと呼ばれ、神と呼ばれるがその全てを否定する。
科学には論理があり。決定的な証拠があるからこそ、奇跡や偶然で話をまとめることは不可能だからだ。しかし人が神や奇跡を求めることも信じることも彼には理解が出来た。
生前、母が亡くなる前には彼自身もオカルトチックなものに時代のこともありハマっていた。死者の声を聞きたい。死後の世界を知りたい。人々はみんな死という恐怖と甘美な闇に惹き込まれる時。かの冥界の王たちは何を思うのだろうかと今では思うことだろう。

神は自分に似せて人を作った──旧約聖書の創世記にはそう記されていた。
しかしそれは容姿の話ではなく。知性、感情、愛、意思、道徳性などを含めたものであった。

テスラは生前、人は誰しもみなオートマタ(機械人形))だと認識していた。
脳という部位からの電気信号を受けて人間は動くが、その脳は神からの啓示を受けているのだとも。教会の神父も務めた父の影響もあったかもしれないが、それ故にテスラは生前の一時期にはオートマトン作りにも没頭した。今でこそあれは失敗だといえるが、その成功例が本来はレジーナであったといえるだろう。

レジーナは美しく、理想的な"レディ"だと言われた。
テスラが創り上げたその姿はまるで等身大のビスクドールのようであり。
彼はなぜそれにそんなに夢中になったのかわからなかった。

まるでそれはピュグマリオンのようであっただろう。
初めは演算機を作ろうと考え、その次に助手が欲しいとなった、自分と同じほど優秀な知能を持った人間を求めることが難しいことくらい彼も理解している──もちろんそれは他人を見下しているという意味ではなく。人はそれぞれ持つもの持たないものがあるという意味であり。もう一人自分がいれば…と思うのは誰だって当たり前のことだろう。

そうした考えは次第に彼の好奇心や発明心に火をつけた。
どうせ作るのなら他に無いものを作ろうと彼は発明家として至極当然の考えにいたり、機械人形の設計図を描いた。
設計図とはいうが、人型にすることについてテスラは非常に難しいと感じられた。何せ彼がしていることとは正反対のことだったからだ。
もしも彼がトーマス・エジソンであれば、きっと専門家として画家や彫刻家などを雇い、彼らと長い論争を繰り広げた上で創り上げたことだろう。

実際にテスラがレディに苦労したことは造形についてだと彼自身笑い話として言えることだからだ。

天界での生活の中で数年、数十年の月日を重ねて作り上げたテスラは何をしたのかと自分でも僅かな恐怖を覚えた時には離れられなかった。

「……美しい」

ただ一言、彼は呟いた。
真っ白な肌に、長いまつ毛、きっとその美しさは何世紀先でも変わらないものだとテスラは確信さえ覚えた時。
彼はきっとピュグマリオンになっていた。

理想として作り上げた自分の作品に恋をした憐れで幸福な王。

テスラは完成した機械人形をみてはその生気のない人工皮膚の肌を撫で、髪に触れて、眼孔を縁どり、鼻筋をなぞり、そして眠りについた姫を見つめる王子のように彼は一度だけその唇に自分の唇を重ねた。
それはあまりにも自然なことでテスラ自身終わるまで気付かなかった。
レディの唇は死人のようで温もりなどはなく、普通の唇であり。テスラは自分の唇を撫でてはなんて馬鹿なことをしたんだと笑った。

「あの時のことが私の罪なのか」

テスラは珍しくオリュンポスに足を運んだ。
人類と神が互いに生きていくと決め合った故にラグナロクに参加したテスラもまた人類代表の一人として会議に参加することがあった。
会議とはいうものの報告会のようなものであり。殺伐とした空気はなく穏やかなものであった。レディへはその予定を伝えているため自宅での待機を命じていたテスラは会議を終えたあと廊下で見かけた一人の神に声をかけた。

燕尾服を着た執事風の男神の名は伝令史ヘルメスであった。
腹の内の分からないことでも多少有名な策士とテスラはそれなりに会話をすることがあった。
ヘルメスは大抵人間にでも物腰は変わらず。その莫大な知識や必要なことを届けてくれるという点などを考慮するとテスラには苦のない相手であった。

ヘルメスは振り返るとテスラに愛想良くいつものように笑みを浮かべるため、テスラは短い挨拶と共に頼んでいた珍しい天界での素材についてなどの他愛ない話をした。
しかし、ヘルメスはテスラが本当に求めるものが何であるのかを理解しているため、彼は少しだけ間を開けると静かに彼を見据えた。

テスラは彼を鴉のようだと思ってしまう時がある。
不気味で聡明で、深いその瞳と黒髪が相手の心臓の奥まで泥のように入り込むかのようにも感じられるからだった。

「何度聞かれましょうと答えは変わりませんよ。私も散々調べてみましたが彼女からは誰の痕跡も見当たりませんでしたから」
「直近の神々などは」
「なおのことですよ。あらゆる神界や人類を確認しましたが該当者はいません。ワルキューレ達からも聞かされているでしょう?」
「だとしても私には納得できない」

長年時間を費やしてようやく完成した機械人形に魂が宿るということ。
神々の奇跡やイタズラといわなければ何になるのか分からないとテスラは困惑し、結果を知りたいと願っているがいつだってそれは空振りだった。

テスラは論理的に物事を考えるのはもちろんだが、それが自分の創った作品であればなおのこと信じられずエラーの原因を突き止めたかったが、帰ってくる答えはどれも納得のいかないものばかり。
不満そうな彼にヘルメスは何度目やらと呆れつつも、小さく微笑みを浮かべた。

「あなたの秘めたる力が彼女に魂を与えたのかもしれませんよ?灯台もと暗しともいいますし
「そんな力は私にはない」
「人類を我々─神─に近付けたあなたでしたら、分かりませんよ」

はるか昔ならそんな話はいくらでもあったのですから。といって最後の挨拶と共に去っていくヘルメスの背中を見届けるテスラは拳を握りながら誰もいないその場所で呟く。

「私はピュグマリオンではない」

例え彼女がガラテアだとしても。
テスラは魔術師でも神でも王でもない、平凡な人間であると彼は自分を認識していたから。
決して彫刻を愛した王でも、人々の為に火を贈った英雄、プロメテウスでもないのだ。

▷▶︎▷

──完璧なるレディ。
──理想の淑女。

そういわれるのは結局のところ彼女が機械人形─アンドロイド─だからだとテスラは理解していた。変わらぬ笑顔も、凪のような穏やかさも、彼女がテスラを第一に思うことも、それら全ては機械のプログラムの派生だとテスラは認知していた。

「テスラ様お夕食でございます」
「もうそんな時間か」

研究室から自宅へと戻ってきたテスラはリビングのソファで新しく借りた本を読みながら過ごしていると、ちょうど用意を終えたらしい彼女の声に彼は読んでいたページにスピンを挟んで立ち上がり。本をレディに手渡す時、テスラはふと彼女の指先に気付いた。

「指を切ったのか」
「はい、そうでした」
「絆創膏を貼るように言ってるだろう、夕飯よりも先にそっちをしよう。こちらへおいで」

レディは人か、機械か、そう問われる時、テスラが機械だと判断するのはレディは曖昧な存在だからだ。
彼女は確かに感情を有している。実際に今怪我をした彼女はテスラに手を引かれてリビングのソファに腰掛けては絆創膏を貼られるとき、嬉しそうな表情で彼を眺めた。その熱視線の意味には様々なものがあると分かっているが、その中の一つには確実にテスラに向ける恋慕があるだろう。

しかし、レディは今のように怪我をした時。血を出すことはなく。痛いという感覚も鈍かった。そもそも彼女は内部構造は機械であることは確認できており。外部の肌や髪や眼球などのパーツは人間と全く同じものであり。人工的なものは一切なかったと研究結果でわかっている。
彼女にはプログラミング外の感情があり。そして行動するが、AIのような学習とはまた違う挙動だと感じられた。

それではレディとは何者なのかとテスラは考えても答えなど出る訳もなく。
彼女の白魚のような細く長い手と美しく整った指先を見る時、テスラはその指ひとつにさえ、随分とデザインに苦労したと感じたものだった。

「テスラ様、なにかありましたか?」
「いや、こうしてみるとやはり君の造形は我ながら感心するほどの出来栄えだと思ってね」
「まぁお嬉しいこと。皆様もよくレディは綺麗だと褒めて下さりますわ」

それは光栄なことだとテスラは周囲の賛美に素直な思いを口にした。
レディの手をじっくり眺めるテスラはその視線を彼女の衣類越しの身体へとやった。女性らしい凹凸のある肉体。一部の嫌な連中には女を知らないからだ。だとか、女が欲しかったんだ。などと下らないことを言われたが、ニコラ・テスラがレディを造形した時には性別などを求めなかった。
それこそ、もう一人の自分でもいいと思っていたが、彼女を創るための素材を買いに行こうとした午前の公園の道で、彼は啓示を受けたのだ。

それはかつて彼が交流モーターについての啓示を受けた時のように。
公園にいた彼は天界においても鳩をこよなく愛していた。
買い物前にと鳩に餌を上げながら、昨日久しぶりに読み返したファウストで心を満たした彼は鳩に聞かせるように暗唱していたとき、頭の中にレディの完成系が浮かんでしまったのだ。

それがまるで呪いのようにテスラはレディという存在を作り上げたきっかけでもあっただろう。
だからこそ、彼の情熱が注がれたレディが褒められるのは当然だとした。
呆然と眺めるテスラにレディは彼が思考の海にダイブすることはよくある事であるため大きく気にはしなかった。
反対に彼女はまっすぐと見つめるテスラの透き通る碧眼をみつめては、海のようだと感じて心地良さを思っていたが夕飯もあるとしてもう一度呼びかけるとテスラはハッと意識を戻した。

「今日は随分と考え事をなさるんですね」
「そうだな、初めて作ったオートマトンと君を比べていたんだ。あの時代では最高傑作だといえるが、今では見た目も含めてとんだおもちゃ扱いにされるかもしれないと思って」
「生前の例の方ですね。でも私はあの見た目でも構いませんわ」
「今の人型とは遠く離れているのにか」
「ええ、あなたが私を作ってくださるのなら、私はどんな見た目であろうといいのです」

あなたが望む挙動、あなたが望む姿以上に欲しいものなんてないのだから。と告げるレディが立ち上がり夕飯を誘うことにテスラはついていき、夕飯を食べながらレディをみつめた。
彼女は何も口にはせずにテスラをじっと嬉しそうに見つめるだけで、それはまるでこの食事を見守る母や、恋人に食事を作って感想を待つような反応にも見えるため、テスラは素直に「今日のシチューもとても美味しいよ」といえば彼女の表情は和らいだ。

食事をして、二人でシャワーを浴びて、自由な時間を過ごしたあとは決まった時間に寝るようにレディに催促されてはベッドに入る時。既にネグリジェを着たレディが髪をブラシで梳かしてはテスラの来たベッドへと自らも潜り込む。

手触りのいい上質な絹のネグリジェも、日中彼女が着ているワンピースも、テスラはその全てを用意してやった。
まるでそれはテスラの着せ替え人形のようでもあるだろうが、レディを創った者としての当然の行いであり。レディもまた好みなどはないため素直にそれを受け入れる姿は親子のようなものだと周囲の冷やかしに対して僅かな反論をしたときもある。

「おやすみなさいましテスラ様」
「おやすみレディ」

互いの頬にキスをして。同じベッドに入る時。
テスラはレディをその腕に抱きながら眠った。
夢の中では一人の女性がいた。レジーナそっくりの彼女だがレジーナではない。何故ならその夢の相手は"人間"だったから。
テスラはその女性の手を引いて、優しく抱き寄せると髪を撫でて恋人のようにじゃれついたあと、優しく二人は口付けた時、テスラはその感触に目を丸くする。唇はとても冷たくシリコンのようだったからだ。
気付けば相手は鉄の人形であり、テスラは自分が人間だと思ったものは機械であると気付いた時には遅く、その恋心を戻せずに機械へと向けることなった。

「おはようございますテスラ様」
「おはようレディ」

朝の日差しの中でレディの声と共に目覚めたテスラはレディの手を取り確かめる。
人と同じ温もりと感触がするのに彼女に血は流れていない。人々は彼女をみて人と例えるがテスラはそれを受け入れない。

「君は私の最高傑作であり。素晴らしいオートマタだ」

言い聞かせるようにそういったテスラにレディは薄く微笑んだ。

「はい、テスラ様。私はあなたの機械人形─オートマタ─でございます」



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