博士と魔法使い


ヴァルハラの空はいつだって心地よい空気と日差しであった。
雲ひとつない青空の下でテスラはレディと二人、石畳の街を歩いていた。
天界での人類の生活は様々な人種や国籍に世代に対応し、そして誰もがみな快適に生活をしている。
人類代表のメンバーだけでも生きた時代は大きく異なり。その中でもテスラは若者の部類であるといわれる。実際問題は彼の死後百年は経過してもなおのことであり。第二の人生となる今では特に年齢という概念に縛られることを人々あまり無くなった。

その日テスラはレディと二人で出かけていた。
事の発端は数日前、テスラの個人研究室に来た第一共同研究室の紅一点、マリ・キュリーのせいだった。
テスラは新しく思いついた発明品に数日没頭しており。レディもまた彼の手伝いとして数日間研究室に引き篭もり作業をしていた。
キュリーがやってきた時、いくらレディがいたとしても二人の第一優先は発明品の開発であり。彼女に気付いたレディがいつもの様に挨拶をして招き入れた時。レディは珍しく全身が煤まみれとなっていた。

「どうしたのレジーナ、綺麗な顔が真っ黒じゃない」
「お見苦しいところをすみません」
「顔だけじゃなくて服まで、せっかくいい服なのにこれじゃあクリーニングに出してもダメかもね」

キュリーは以前からレディを自分の娘のようにかわいがってレジーナと呼んでは手を焼いてやった。レディの綺麗なワンピースまですっかりと真っ黒になっており。発明家や科学者などは常に自分のことに集中しすぎて清潔感に掛ける時があるが、まさかレディも自分の創造主の影響を受けてしまったのかと呆れつつ、彼女のワンピースの裾を叩いていた時、ふとキュリーは動きを止めてじっくりみつめた。

「ねぇレジーナ、あなたいつも同じ服じゃない?」
「はい、左様でございます。同じお洋服を七着ご用意頂いております」

ちゃんと洗濯しております。とレディはいつものような笑みを浮かべてスカートの裾をひらめかせるのをみたキュリーの後ろからちょうどテスラに用事がありやってきたのは、ワルキューレのゲンドゥルと十一女となるフレックに十三女のゲル現れた。
キュリーは信じられないという顔をしていたが、レディがワルキューレの面々に気付くといつものように迎え入れたが、三人のワルキューレはレディの様子に驚いていたところ、キュリーは三人に「ちょっと聞いてよ」と声をかけた。

「なんだ?随分と来客が来ているようだが」
「ちょっとテスラあんたねぇ!!レジーナの服がこれだけってどういうこと!?」
「そうッスよ、こんなにかわいいのにこのワンピース一枚って冒涜ッスよ」
「あまり身なりのことは言いたくありませんが、私も少々レジーナ様に対しては彼女たちに同意します」
「マジで有り得ない。レジーナだって女の子なんだからもう少しオシャレとかに気を使ってあげなきゃ」

テスラはようやく気づいてやってきたかと思えば、フレック、ゲル、ゲンドゥル、キュリーに同時に捲し立てられ、何事かと目を丸くしていたが次第に話がレディの服装についてなのだと理解しては、そんなことかと呆れてしまう。

「別に服なんてなんでも構わないだろう?レディのそのワンピースは彼女のサイズにピッタリだ。本当は私と同じパンツタイプにしたかったが店員がうるさくてそれにしただけなんだが」
「有り得ない。レディは女の子なのよ?こんなにかわいいのにお洒落させないなんて」

彼女達の意見に対してテスラは参ったと感じさせられた。
何せ彼からしてみればレディの見てくれは何も最低ではない。
清潔感もあり、見た目相応のクラシカルなワンピースに身を包んでる姿はどこかの令嬢のようにも思えるほど。それに他人が何を着ていようとそんなに気になるものでも無い。
可能ならばもっと楽な作業着にしてもいいが、それははるか前にエジソンから「華がない」と勝手な事を言われてしまい、周りのうるささに結局流されてしまったのだ。

「別にレディ、君だってオシャレなんていいだろう?」
「はい、テスラ様がご用意されるもので十分でございます」

ほらみろ。とテスラが四方を囲む女性陣に満足そうに告げたが背中を軽く抓られては何かと思うとゲンドゥルが微笑んでテスラを見つめた。

「レジーナ様はあなたの意見であれば全肯定いたしますが、本当の言葉を聞いておられませんよね?」
「そんなことないさ、じゃあわかったレディ……君はそういうのに興味があるのかい?」

怒らせると誰よりも怖い凪のようなゲンドゥルにテスラは若干冷や汗を背中に滲ませて問いかけると、少し距離を開けていたレディは目を丸くして少し悩んだあと、顔を俯かせてはコクリと頷いた。
それはアンドロイドとしてのプログラミングされたものとは全く異なる人間の挙動であり。テスラは参ったなと感じた。何をどうしていいのかと思う時、四人の中でも一番乙女趣味かつ勝気な性格をしているジャック・ザ・リッパーのパートナーであるフレックがある一枚の黒い名刺を出した。

「感謝なさいテスラ、これはフレックちゃん行きつけのテーラーよ。話を通してあげるから今度ここでレディの服を買ってあげなさい。支払いは大丈夫よ」

研究棟に送るから。と冗談か本気か分からないものを聞いたテスラはすっかりと女性たちに無茶を言われ、結局今度行くと流そうとしたが日付を確保されたのが今現在だった。

「この辺りのようですね」
「ブティック街か……こんなところ来たこと無かったな」
「あちらのお店のようですわ、フレック様がご紹介して下さったお店」

ワルキューレの中でもオシャレやかわいいものに目がないフレックのセンスを信じて辿り着いた店は、明らかな高級ブティックであった。
半神半人の彼女達が利用している店でもあるためか、特に人間が入ることも問題はないようで、重厚感のあるマット調の黒いドアの金色のドアノブに手を掛けてテスラが開けると、チリンチリンと心地よい鈴の音が聞こえた。

いらっしゃいませ。という声と共に広がる景色は外からでは分からなかったが、ありとあらゆる衣類や小物が並んであり。
店内には客がいないが、代わりに華やかなピンクのワンピースを着て小さな帽子を乗せた初老の女性と、チラチラと忙しそうに飛び交っている精霊たちがいた。
かと思えば奥からは更に水色のワンピースを着た初老の女性と緑色のワンピースを着た初老の女性が現れては、柔らかい笑みを浮かべてテスラとレディを歓迎した。

彼女たちはテスラからフレックの紹介で来たのだというと知っていると言って、早速レディとテスラを奥へと案内し、二人は椅子に座らされた。
テスラにとってレディの買い物のためだが、一体どうなる事やらと思っているとレディにはカウンセリングシートを差し出され、テスラには紅茶を差し出された。

一通り書き終えたレディに緑色のワンピースを来た初老の女性が老眼鏡を片手にみつめると奥から水色のワンピースの女性がメジャーを片手に現れた。

「レディのサイズなら全てデータにある。彼女は人じゃないから見た目が変わることは無いのでこちらを参考に……」
「あら旦那様いけませんよ」
「そんな彼女の表面データで何が分かりますか」
「女性の身体とは数字ではないのです」

さぁさぁ邪魔ですよ。とデータをまとめて置いた紙を差し出したが跳ね除けられたテスラが驚くのも束の間にレディは立たされてジャケットを脱ぐとあちらこちらにメジャーで測られていく姿は借りてきた猫のようにも見えた。

「あなた方はなにしてるんだ!?そんなレディの身体を!!」
「お胸の形や高さですよ。これに関しては数字では分かりません」
「女性の曲線は素晴らしいですからね、まぁいいヒップですこと」
「足も長くてお顔も小さい、首は長くてお洋服が映えるわ。本当に愛情持って創られたのね」

テスラは目の前でレディが好き勝手に触れられている姿に驚いて声をかけるが三人は何も変なことではないと言って触れていくことにテスラは次第にいたたまれない気持ちになるものの、レディはどこか嬉しそうな顔をしているためテスラは店内を見てくると言ってその場から脱した。

女性の買い物は長いとはよくいうが一体何時間掛ければいいのかとテスラは感じていた。店に来て二時間が経過していたが奥の方ではまだ楽しそうな声が聞こえており、テスラは近くの図書館にでも行きたかったがそれはマナーに反するかと自分なりに言い聞かせて待っていたものの表の一人掛けソファに座っては、店の中にあった本を借りて読んでは待っていた。

「テスラ様」

何度か呼ばれだと思い目を開けたテスラは自分が寝てたのかと僅かに驚いて目を開くとさらに彼は目を見開いた。
目の前のレジーナはまさにレディという何ふさわしいコーデをしていたからだ。
テスラが選んだことのないワインレッドにベルベッド生地の袖やスカート部分のボリュームのあるデザインは社交界にいっても引けを取らないが、レディの見た目であれば日常使いしてもおかしくないような格好だった。
それは普段着ていたワンピースと形が同じということでもあった。

「お待たせしてすみません。いくつか見繕ってくださって……いかがでしょうか?」
「あっ……あぁとっても似合っているよ。普段の姿に見慣れてるからか大人びて見える」
「お気に召してくださったでしょうか?」
「素敵だ、よく似合ってる、流石ワルキューレの選んだ店というべきか」

テスラは素直に褒めながら感心していれば奥から現れた三人の初老の女性達は他にも服を見繕ったからぜひ見てほしいとテスラに告げるとレディも是非とテスラの手を引いて店の奥へと招いた。

テスラは椅子に腰掛けて出された紅茶を飲んでいると、早速とレディが小さな円形の魔法陣の上に立っていると、三人の女性達はそれぞれ言い合いつつも取り敢えず今着ているのはフローラといったピンクのワンピースを着た女性が選んだものだといい、次にメリーウェザーという水色のワンピースを着た女性が小さな星のついたペンを持ちつつ、タブレットのようなものを操作してタッチすると、レディの服の形がみるみるうちに変わる。

「先程と比べてかわいい雰囲気ですわ」
「襟のステッチも見事だ、また新しい雰囲気だが確かに愛らしい少女のような印象を受けるな」

テスラは当初服が形を変えたことに驚いたものの、どうやら仕組みとしては魔法陣の上で起こした彼女達の魔術による変化なのだと理解した。
天界において、そうした魔力を持つ者も一定数いるとはいうが、目の前の三人はどうやらその類であるようで、レディの服を簡単に着せ替えて見せた。
そうしてメリーウェザーが用意した服は水色のAラインのシンプルなワンピースだが、襟が大きく美しい淡い金色の刺繍が細かくされており、袖は白地の普段とは違う控えめなパフスリーブで、どこか現代的な落ち着いた少女のような印象を受ける愛らしい姿だった。

さぁ最後だといって緑色のワンピースを着たフォーナがタブレットとペンを受け入れるとレディを着替えさせる。
魔法陣からは眩い光が現れてレディを突っ込むと、また一風変わった姿のレディがテスラの前に現れた。

「ふふっ、いつも以上にフワフワですわね」
「どこかゴシックかつ人形のような雰囲気を彷彿とさせるがよく似合っている」

そうしてフォーナが用意したものをブラボーとテスラが手を叩いて褒めると三人のテイラーたちはどこか嬉しそうな顔をしていた。そして最後の一つは特別なものをと言って、三人がタブレットであぁでもないこうでもないと小さく呟きつつ決めたものをレディに着せる時にはテスラもすっかり三人の魔法使いのような彼女たちの出すものを心待ちにしていた。
そしてまた光がレディを包み込み、弾けたようにレディが新しい服になる時、テスラは思わず声を失ったように止まった。

「これは……まぁ快適ですわ。それになんだかテスラ様のよう」

嬉しそうに声をあげるレディは先程までのワンピースやドレスとは一切異なるパンツスタイルのものであるが、決してそれはシンプルなものではなかった。淡いクリーム色のロングコートはテスラのものと似たような大きなブラウンのボナパルトカラーの襟をして、膝裏ほどの長さまであるロングコートの裏地は柔らかい柿色に金色の刺繍が施されており。
普段のパンプスとは違うブラウンの編上げのロングブーツにジャケットと揃いの色のスラックスは彼女の足を長く美しく際立たせた。
腰にはベルトと共にオシャレと実用性を兼ねた真っ白なフリルの腰布があり。フリルたっぷりのブラウスにテスラと揃いの淡いブルーのベストがレディの女性らしい腰の細さを見せつける。

普段の淑やかなレディとは異なるスタイルだが気品があり、テスラはすっかりとその真新しいスタイルの彼女をみては思わず立ち上がり手を取っては目を輝かせた。

「なんて素晴らしい姿なんだ。普段の君ももちろんの事ながら、今の君はまるで麗しい男性の麗人のような美しさもある。スラックスから伸びる脚の長さやコートによる肩の細さ、なんということか女性というとスカートばかりの印象を受けるが君は本当に素晴らしい美しさをもつのだと実感するよ」

テスラはすっかりと興奮気味に話をすることにレディは驚きつつも頬を小さく赤く染めては嬉しそうにした。そんな二人を見る三人もまた微笑ましそうであった。

「本当に代金は要らなかったのだろうか」
「その代わり今度お店の電気系統の一新と仕立て用のミシンについてなど色々お仕事を貰ってしまいましたけどね」
「まぁあれほど素晴らしい品々を頂いた以上は仕方あるまい……それにしてもレディ、その服も似合っているよ」

気付けば夕暮れ時の道を二人は歩いていた。
あれからすっかり火のついたテスラは三人の仕立て屋と話をしては彼女達の女性のオシャレへの思いや、服を作る時の気持ち、さらには店はその日テスラとレディの為に貸切となっていたため、じっくりと見学させてもらい、テスラは工場見学に来た子供のような気持ちで楽しませてもらった。

相手方もレディを随分と気に入り、あらゆる服を用意してくれた上に後日郵送で送ると言われ、二人は来た時と同じ格好で店をあとにした。
テスラは帰り道にフレックから貰っていた店の名刺を改めてみたとき、店名として"Dornröschen"と記載されており。テスラは「茨姫……?」と少し考えたながら歩いていたが、三人の初老の魔法使いのような彼女たちの名前を思い出した。

「あの三人は本物の魔法使いだったのか」
「あら?眠り姫のですか?」
「花の美しさ、鳥のような歌声、希望の光を与える三人の魔法使いの仕立て屋とは……中々面白い」

テスラは喉を鳴らしながらクスクスと笑うとレディも素敵な魔法だったと微笑んで足を進めていたが、少し歩幅を大きくしてテスラの前に出ると身体ごと彼に向けた。

「今日はお付き合いの上、素敵なお洋服をありがとうございます」
「君が気に入ってくれたなら構わないさ」
「はいとっても気に入りました。でもやっぱりこのワンピースが一番好きですわ」

──あなたが初めて私にくれたものだから。
真っ直ぐとした瞳でそういったレディにテスラは足を止めてみつめると、あまりにも眩い彼女の眼差しは人間のようだと錯覚さえしてしまう。

「デートもしてみたかったので私の願いが叶いました」
「……デートではないさ、ただの買い物だろう」
「二人で出かけることをデートと仰るそうですよ、女の子同士でも。でも私は好きなあなたと二人で日が暮れるまで服を選んでいた。これは立派なデートですよね?」

そんなことはない。君はアンドロイドで、私は人間であるのだから。
そういうはずだったのにテスラは違う言葉が出ていた。

「君が言うならそうなのだろう」

なんといっても私が創り上げた、同じ知力を持つ存在なのだから。
そういってしまったテスラにレディは嬉しそうに微笑むと隣に戻ってきてはテスラの腕に自分の腕を絡めた。
機械ではない。人としての温もりを宿した彼女の温度を感じるテスラは振り払いもせずにみつめるとレディもまた彼を見て微笑んだ。そして二人は夕暮れ時のヴァルハラの道を歩いて帰るのだった。

その姿はまるで恋人か夫婦のように……。


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