博士と怪我
──人間は愚かな生き物だ。
神を求め、神を望み、神を信じ、
──そして神になろうとする。
ニコラ・テスラにとってレジーナは最高傑作だといえるだろう。
彼は生前から死後の今迄自分の中にある探究心や好奇心を止めることなく足を進めてきた発明家であり天才だ。
もし物理的に手を動かし動く事が働き者だというのなら、彼は自分をなまけ者だというが、もし思考することも一つの仕事だと捉えるのならば、自分以上の働き者はいないといえた。
レディとの生活に不満を持つことはなにもない。
テスラは彼女を自分の助手として創り上げたが、それは正解だったといえる。もちろん、彼は自分の作品に神々などのイタズラにて上書きをされたといえるだろうが、それでもなお、口では彼女をアンドロイドやオートマタといいつつも、まるでパートナーを扱うようにみえた。
テスラはレディが重たい荷物を運んでいようと、例え普通の人間なら解くのに数日は掛かりそうな問題を数秒で答えたとしても、特には気にしないようにするのが常だ。
なにせレディは自身が創ったアンドロイドなのだから当然だ。
美しい見た目をして、完璧な淑女のように振る舞うことはプログラミングに組み込んではいなかったが、テスラは彼女に心が宿った以後は文字を一から教えたこともあり、彼女の創造主としての務めを果たしていた。
それは創造主でありつつも、父や兄、師や指導者、夫や恋人のようであった事だろう。
「テスラ様お荷物でございます」
そういって荷物を持ってきたレディは慣れたように決まった位置へと持っていくと、特に許可を得ずに開けては数日前に申請しておいた部品が届いた為、特に問題がないことを確認するとテスラの目につく位置に置いておけばテスラは何も言わずに作業の過程でそれを手に取り使用した。
第一共同研究室にてやってきた荷物の受け取りにサインをしたものの、山積みになったダンボールを相手に誰宛の荷物か確認して、それぞれに届けようとした時、ほとんどがいつも通りエジソンのものであり。また大量の原産地や種類の異なる特定のものを仕入れて素材の確認を行おうとしているのだと気付いては仕方なく持ち運んだ。
「エジソン様、こちらお荷物でございます。いくつかありますので置いておきますね」
「ありがとうレジーナ、そうだついでにそこの荷物を事務局まで頼めるか?」
「ええもちろ……「Non.No.Non.Nait.エジソン、それは自分の助手に頼んでくれ」
ちょうどエジソンのところへ荷物を置いたレディは彼からの依頼を快く受けようとした時、いつの間にか来ていたテスラが彼女の肩に手を置いてはエジソンに直接抗議した。
エジソンは大した量ではないし、ついでじゃダメなのか?と問いかけるもテスラは頑なにそれを拒否した。
「レディは私の助手だ。それにこの荷物も耐荷重が重たすぎる。レディに持たせる荷物は五キロ以上はNGにしている。もしこの肌に傷がついたりしたら自然治癒以外の治しようがないからだ。自分の仕事は自分でしてくれたまえ」
「過保護だなパリジャン。まぁ"レディ"にそんな仕事を頼む方がよくないか。悪かったよテスラ、そんなに睨まないでくれ」
ほら分かったと手で追い払うような素振りをしたエジソンにテスラは鼻から息を大きく吐いて呆れたような素振りをすると、そのままレディの肩に手を添えて自分の研究の話があるからと連れていくのをエジソンはみながら小さく笑った。
「本当に不器用だよな」
自分ならもっと素直にアプローチしたものだが、やはり経験が違うか?などとクスクスと笑いつつ助手に荷物を運び込むように伝えると、エジソンの助手たちはレディよりも腰が重たそうに動くため、もう少し働き者の助手がいてくれてもいいのに。と思うのだった。
▷▶︎▷
「特には異常なしだ、なにか気になる点は?」
「ありがとうございます、特にありませんので大丈夫です」
「そうか、違和感があればすぐに言ってくれ」
テスラは月に一度のレディの定期検診を終えると特に異常はなく。
相変わらず彼女は人のようでありつつも、中身はテスラが記録している通りのものとして寸分の狂いも無いものだった。
愛玩用の人形とは違う。
かつて人形に愛着が湧いて人にしようとした者たちも多くいるが、テスラはレディは機械であるという認識は曲げなかった。
例え天界においての神の奇跡を受けたとしても、テスラにとって彼女はその肌の下の機械の肉体から全てを知る存在だったから。
レディの記録データの記入を終えたテスラは午後からは第一共同研究室に呼ばれており、そちらで進めている作業をするため、レディには先日から頼んであった図書館に予約していた本や、店で頼んである品を受け取ることや、夕飯の買い出しを指示した。
レディはシャツのボタンを締めながら、テスラからの指示をしっかりと聞きつつ夕飯のメニューを告げるとテスラは食事が恋しくなる。と早速答えてくれるため、レディは身嗜みを整え終えるとテスラと共に個人研究室から出ると互いの予定へ向けと分かれる前にいつものように頬にキスをする、親愛の挨拶をしてテスラは背中を向けると、レデイはそれが見えなくなるまで彼を見送った。
近頃の第一共同研究室は新しく抱えた大型プロジェクトにより近頃空気が張り詰めていたが、それは常のことだった。
天才という存在は多少癖の濃い連中が多く、さらに互いに議論をぶつけ合う傾向があるため、常に最善はなにかという議論や口論が飛び交った。
レディが不在の中では、まるで彼女が生まれる前のような空気感に変わり、彼らは自分の助手を泣かせる手前になっていたり。それこそ拳が飛び出すのかというほど熱くなる時もあった。
そういう時に優しく宥めて全員をぬるま湯で浸からせてくれるのがレディでもあった。
彼らは数時間の派手な議論の結果、方針を決めたあと少しだけ休憩をしようといえるのはレディがそうさせてくれるため、癖つくようになったからだった。
いつの間にか誰かが廊下に設置したドリンクサーバーでコーヒーを淹れて、紙コップに口つけながら飲んでいた時、ちょうど噛みタバコを噛みに出ていたエジソンは助手に頼み事をしたが、それが終わるとテスラの隣へと並んだ。
「タバコはやめないのか」
「そういうお前もコーヒーはやめたんじゃ?」
「多少のことはいいだろう、私は酒もタバコも嗜まないのだから」
そういうとエジソンは自分たちはもう死んだ後なのだから今更だろうと笑った。
実際ヴァルハラというのは選ばれた魂のみが呼び込まれた場所である。彼らはいわば魂のデータのみで生きているのと変わらないものだろうが、それでも生前の考えとは中々に変わらないものだ。
自分たちの死後二百年近いというのにまだ噛みタバコを嗜んでいるのかとテスラがいうとき、エジソンは紙巻は好きではないことと、喫煙所まで行かなくていいと言うメリットを話したことにテスラはタバコを吸わなければデメリットがそもそも無くなると反論して笑った。
「なぁテスラ、まだレジーナのことを認めてやらないのか」
「認める?彼女は立派な私の助手だと認めているはずだが」
「違う。彼女の"好意"だ。いくら鈍感なお前だってあの子の気持ちは理解できるはずだ。いや……理解できるから逃げたい気持ちも分かるが、そんなの無理だ」
エジソンは以前よりテスラとレジーナのことを気に掛けていた。
人と機械、創造主と創造物、という関係であることは理解しており。そしてテスラが逃げ出したい気持ちも理解しているが、それでも彼女の想いは嘘ではなかった。
どれだけテスラが逃げようとしても、いつかは向き合わなければならない時はきっと来る。リセットをするのか、そのままの彼女を受け入れるのか。しかしそれを受け入れるとはつまりはレジーナを認めるということにも等しいだろう。
テスラはコーヒーを飲み終えると紙コップをゴミ箱に捨てて、エジソンより先に研究室に戻ろうとした。
「彼女はアンドロイド、私の創造物であり。あれは一時的なバグだ」
それは言い聞かせるような物言いにも聞こえたがエジソンは何も言い返せないのは、誰よりも葛藤を抱いているのがテスラであると知っているからだった。
しかし夕暮れ時。
事態は大きく急変した。
時刻は既に十八時過ぎていた。
テスラもすっかりと作業に没頭し、研究室には変わらず全員が残って作業をしていたが、それは大きな足音と声によって変わることとなった。
廊下から聞こえてきた騒がしい足音を気にする者は誰もいなかったが、第一共同研究室へとその音は近づき、入口をくぐり抜けてやって来たのは買い出しに出ていたエジソンの助手の一人だった。
「テスラ博士、大変ですレジーナさんが!!」
テスラはレジーナという単語を聞いた途端にそれまで集中していた作業を途端に止めて何事かと顔を上げて、足早に入口から向かってくる相手に近付いて問いかけると兎に角来てくれと言われて、一同は何事かと思い慌てて飛び出した。
「あら?皆様お揃いで……」
「レディ、それは……」
「あぁお恥ずかしい。少し鈍臭いことをしてしまいまして」
研究棟の前の公園のベンチに腰掛けていたレディをみるなり、テスラは声を失うように驚いた。
なにせレディはベンチに腰掛けているものの、その髪の毛は乱れて、顔には小さな擦り傷と汚れ。そしてなによりもレディの左足は普通では信じられない状態であった。
それは左足がほとんど千切れるような状態で脛の辺りが1/3ほど何かで切られたように裂けていたのだ。そしてレディはやはり人間では無いというように教えられるのは、むき出しの配線などだったがテスラはそんなことはどうでもよかった。
「借りてきた本を汚してしまいましたし、戻ってくるまで時間がかかってしまいお夕飯の支度もできていないんです、ほかの頼まれたことも……申し訳ありません」
「そんな事はどうでもいい、何があったのか聞いてるんだ」
「私が少しドジをしてしまっただけですわ」
そういって微笑むレディにそんなわけが無いだろうと思っていた頃、ちょうど遠くから「レジーナさ〜ん!テスラ様〜!」という声が聞こえると同時に駆けつけてきたのはワルキューレのゲルがブリュンヒルデを連れてきたようであった。
「ハァッ…ハァッ…お待たせしましたっす、お姉様を呼んでて」
「これはまた酷い怪我ですね、一応あちらの話は聞いてきましたので対応は済みましたが」
「すみませんブリュンヒルデ様、ゲル様、私のドジが皆様にご迷惑を」
「ドジじゃないっス!あんなの事故っスよ!てか殺人致死っス!!」
ゲルが憤怒の声を顕にしつつ、ブリュンヒルデは冷静に話をしているがテスラやその一同は全く話が分からないとなり。テスラはゲルの前に手をやると真剣な顔で何があったのかと問いかけるが、レディがまた誤魔化そうとすることにテスラはいよいよ耐えきれずに「私はいま彼女に聞いているんだ!」とレディに声を荒らげた。
僅かにレディは目を丸くし驚くがテスラは頼むからちゃんと順序を並べて話をしてくれというと、ゲルの代わりにブリュンヒルデが冷静に話を始めた。
テスラからの頼まれ事をこなしていたレディは図書館での用事を終えると、店での受け取りが必要な品々を取りに行くために店を巡っていた。ほとんどは軽く小さな部品ばかりで、彼女に苦にならない荷物であった。
ちょうど予定を終わらせて夕飯の買い出しをと見ていた時、レディは声を掛けられて振り返るといつぞやに見た第六共同研究室からきた男がいた。
不躾で高圧的でレディを"機械"としてみる男は久しぶりに見かけたアンドロイドをみては「またくだらない事を」と吐き捨てたが、レディは愛想の良い挨拶をして軽やかに話をしたが相手はその態度が癪に触ったようにがなり声をあげていたのをゲルがちょうど見かけた。
「機械なら機械らしくしたらどうだ。機械人形が人の真似事をして。人間を馬鹿にするな!!」
そういって頬を打たれたレディは驚くものの決して引く気はないという態度で相手を見つめた。
「私は機械です。しかしテスラ様から心を得た機械人形なのです。私は人間を馬鹿にしていません!!あの方を思うこの気持ちはあなた達人間と変わらないものなのですから!!」
レディは声を荒らげて反論すると男はさらに気分を害したようでレディを強く押した時、思わず体制を崩したレディが倒れてしまい、そしてタイミング悪く通りがかった馬車がレディを轢いてしまったのだ。
男は思わぬ自体に逃げ出してしまい。馬車を引いていた主は人間を轢いたと大慌てして。見ていたゲルは慌てて彼女に近付いた。
「レジーナ様は人間では無いから大丈夫だと馬車を引いていた方を必死に慰めておられました。現場のことの対処は私が、相手につきましては居住地の特定なども済んでおりますので、あとの処理は我々が努めております」
テスラは話を聞いてはベンチの上に座ったレディを見下ろすと彼女は「折角頼まれた新しい部品もいくつか破損してしまいまして」と申し訳なさそうに告げることにテスラは何を言えばいいのかわからず。ブリュンヒルデには二つ返事で分かったと告げて、その後の進捗や必要なことがあればといった。
「すまないが帰らせてもらう、レディ歩けるのか?」
「はい、ここまでは歩いてきましたから平気ですわ」
「嘘っスよ、片足しかほとんど動いてないのに心配かけたくないからって歩いてたんスよ。だから帰ってくるのも遅くなったんです!本当に頑固すぎっス」
「レディ……」
テスラは重苦しい声でレディを呼ぶと、彼女はますます背中を丸める姿はまるで人間のような仕草だと言うのにその足の怪我の様子は人とは全く異なるもので、テスラはレディの傍によると、膝を着いてベンチに座る彼女の膝裏と背中に手を添えると難なく彼女を持ち上げた。
背後にいたエジソン達にもゲルやブリュンヒルデにもなにも言わず、テスラが歩みを進めていくとレディは彼の腕の中で困惑したような顔を浮かべながらも自分の足を撫でた。ちぎれかけた足は人間の足には見えず。
普段とは違うテスラの表情を見つめた彼女は彼の腕の中でただ顔を俯かせた。
「すみません博士」
そういったレディの声に返事もせずにテスラはただ歩みを進めた。
ヴァルハラの空はすっかりと夜へと向かっていき、星々が帰路を辿るように照らすのだった。
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