博士と機械



テスラは自宅に戻るなりその一室となる個人研究室の診察台に彼女を座らせた。レディもテスラもただの一言も発さなかった。
レディを抱えて帰ってきたテスラは彼女をいつも通りの診察台の上に座らせては、黙々と機材や器具などをひっくり返すように探し出した。大きな音を立てて散らばったスパナやコイルなどが床を埋めつくしそうな勢いであるが、レディはいつものように片付けをすることも出来ずに座って彼を見つめるのみだった。

テスラは床に膝をつくとレディの左足に触れて、裂けたその足から飛び出た千切れた配線などをみては独り言を呟きながら作業を始めた。
レディは足首まであったロングスカートを自ら捲りあげて破れたストッキングを脱いで傍にあるゴミ箱に入れると、膝下の脛のちょうど真ん中で切れた足が宙ぶらりんになっている姿を眺めたあと、テスラの頭頂部を見つめた。

栗色の彼のブラウンヘアーが光に反射するのが好きだ。
長いまつ毛が伏し目がちになり。美しい空のような心地よい蒼い瞳が好きだ。
鼻筋が高く。骨太でがっしりとしている姿。清潔感があり。他の研究棟にいる者の中でも抜きん出て体躯がいい部類の彼は男性的で好きだ。
知的で繊細でありつつも子供のような感性や視点を持っており、レディは自分では到底考えつかないようなものを思いつく彼が好きだ。

好きだ。
好きだ。
好きだ。

しかし、レディは機械人形──アンドロイド──でテスラは創造主──人間──である。
どれだけレディが心を持ってテスラを抱きしめて求めても、その奥に宿る内臓のない肉体はどうしようもないものだろう。
進化したアンドロイドやAIと言われてしまえばそれだけの事だが、レディは自分に心があると知っていた。それわ他人に説明しろと言われるとわからなかったが、テスラが初めて起動したレディに異常をみつけたあと、言葉もわからなかったまっさらな彼女に新しい世界を与えてくれた時。

彼女の胸にはテスラを創造主のみにならない感情を抱いた。

それが恋だと知ったのは待ち往く夫婦や恋人という人を知っていったからだ。テスラを思うと胸が暖かくなり、そしてテスラが今のような態度をしているのを見るとレディの胸は傷んでしまう。

どうしてこんな事になったのか彼女はずっとわからなかった。
目覚めた時、彼女の記憶という名のデータにあったものはテスラに口付けをされた時だった。
美しい顔をしたその人は運命の番のようにも感じられた。
雷が落ちたような衝撃と共に起動したレディはテスラという人間を特別な相手として想い。そして彼に尽くしてきた。彼の為ならどんなことも苦痛ではないというのは機械としては当たり前のことだった。プログラミングされたひとつの事だといえる。

仮に人工知能が発達したとしても、テスラを思う気持ちはその成長過程からえたもよではないとも彼女は確信した。機械がその人のために死んでもいいと言えるのは感情の無いもの故に望まれればシャットダウンできるだろう。
しかし、レディには出来ない。テスラが何度もリセットをしようと葛藤する日々を目の前で見る中で、自分からその提案をすることもなければ望まれなければする気もないと言った。しかし、それさえ本当は望んでいなかった。

彼の隣にいたい。
彼のそばにいたい。
彼の‪未来をみたい。

それは人が愛する人に望むようなものだった故にレディはテスラを抱き締めながら自分が何処までも酷い存在だと理解していた。
ニコラ・テスラは優しい男だ。
レディを失敗だと僅かに思いつつも賛美の言葉を与えて隣に置いてくれていた。レディが求めることを彼は拒否しない。人であろうとするレディを無理やり機械だということもない。あれはあくまでも彼自身に言い聞かせていると理解していた。

どうしてこんなにも中途半端に宿してしまったのだろうかとレディ(私)は何度も思った。人間であればテスラもはっきり答えが出せた。機械であれば私(レディ)はこんな感情を持たなかった。
機械の内部でありながら、人のような見た目をして、人のような心を持つことはあまりにも酷いパラドクスだった。

どうして。
どうして。
どうして。

──神(ニコラ・テスラ)に恋をしてしまったのだろう──

「レディ……?」

テスラはレディの破損した内部構造を直してやり。
医療テープを貼り、包帯でしっかりと巻いてやった。
レディの肉体は医者に見せてもどうしようも無いものであるが機械としても治しようがなく、不思議なことにそれもまた神の奇跡といわんばかりに数日で戻るがここまでの大きな傷はどうかと思いつつ、テスラはふと何かを感じて見上げるとレディは泣いていた。

「泣いているのか」

テスラは驚きを隠せなかった。
レディには水分や食事は不要だった。
しかし、電気やガソリンでもなく、太陽光で動いている様子でもない。そうしたことが全てテスラの想定していた挙動と違うことも彼を困らせる一つだったが、レディは怪我をしても血を流さなかったのに、何故か今その瞳からは人と同じ透明の雫が流れており。テスラは人差し指で彼女の目元を拭って匂いを嗅いで口に含むが人と全くおなじ涙だった。

「どうしたんだレディ、普段はなかった痛覚が君に宿ったのか?それともなにか他のバグでも?」

テスラは純粋な疑問と不安を抱いた。
その不安はレディが泣いていることに対しての不安であり。
どうしたらいいのかと困惑していたが、レディは肩を震わせて止まらない涙に混乱した。

「あぁどうして、どうしてこんなものが今、どうして止まってくれないのでしょうか」
「やはり痛覚に関連してるんだろう。君に直接の痛みはないのかもしれないが電気信号が危険を察知したのでは……」
「違います。今私はあなたのことを考えて苦しいんです。私は自分の矛盾に悩んでいるんです」
「レディ……」

テスラは彼女を見上げるが、レディは顔を覆って泣くことを止められなかった。
どうして自分はこんなに曖昧な存在になってしまったのか。
どうしてこんなにもあなたを苦しめるのか。
どうして貴方をこんなに好きになってしまうのか。

分からないとレディが口にした時、テスラは驚きを隠せなかった。
これまでのレディは自分の感情に素直であり。テスラに恋心持つことを隠すことはなかったが、そのような機械としての矛盾についてを悩む様子はなかったからだ。
だからこそテスラはレディの態度とは裏腹に、彼は自分だけが悩んでいるのだとばかりに思っていたが、レディは心のダムが決壊したように自分の不安と悲しみと苦しみを露顕させた。

レディの言葉はまさにテスラと同じものであり。
そして機械が持つ思考と正しいパラドクスだった。
テスラはその言葉を一字一句逃さずに聞くとレディの手を優しく握った。

「君の考えは間違いではない」

人と機械、創造主と創造物、男と女。
全てが反対でありながらも起きてしまったこと事象についてテスラは彼女の瞳を見つめながら、これは自分の罪なのだという。

「私が君に恋をしたんだ、ミイラ取りがミイラになるのと同じように、私はいつの間にか自分という作品にのめり込み、君という理想を愛してしまった愚か者だ」

私の罪が具現化したものだとテスラがもう一度告げることに、レディは何も答えられなかった。それが罪なら創作者のほとんどが罪人なのではないのかと思えたからだ。

愛が無ければ人は何も作れない。
それは針を通すことさえできないのと同じこと。
テスラの罪があの時のレディへの気持ちののめり込みだというのならば、レディは自分が心を宿したと自覚する前にテスラを愛してしまっていたことは罪ではないのかと感じられた。

それは互いに答えのない痛みと悩みであった。
もし神が本当に奇跡や悪戯や罰としてこれを与えたのならば理由を教えて欲しいと願ったが、そこに答えを出してくれるものはいない。
テスラはゆっくりと立ち上がり、そして診察台に座るレディを見下ろしてその右手で彼女の左頬を撫でては額を合わせたとき、レディは彼の温もりと深い愛を感じた。

「愛してますテスラ様、あなたを深く愛しています」
「あぁ知っているよ、私のレディ」
「だからこの痛みを終わらせましょう」

──リセットしてください。

テスラは目を丸くして驚くがレディは彼の右手に手を添えて愛おしそうに頬を寄せながら目を細めた。

もうこんな罪を互いに重ねるのはやめにしようと。
このまま互いを傷つけあって苦しめることはよくないから。
テスラのためだけではなく自分のためでもあるとしてレディは創造主に機械としての正しい道を勧めた。

それでもテスラは目の前の愛おしい人を消してしまえば戻ることは無いと理解していた。
それは論理的ではないが薄らと本能として理解していた。
レディとの日々は永遠ではなく、いつか運命が二人を引き裂くことを。
けれどもレディの愛という温もりを離せなかったテスラは今じゃないとも思うがレディは自分が思った以上はここが終着点だとした。

そして彼の左手を取り。
自分のスカートの下へと誘う時。
それは二人が決して交わることの無い人と機械としての場所。

「私からのお願いですわテスラ様。あなたは人類を照らす光。出来損ないのオートマタなんて傍においてはなりません。ちゃんとした"オートマトン"を作り上げてください」

テスラは言葉を何も出せなかった。
彼女が誘った先には薄い布があり。
その奥にあるものが何かを知っている。
情欲や愛ではなく、現実の別れがそこにある。
何度も繰り返し触れようとして達成できなかったもの。

もう一度彼はレディをみつめると彼女はテスラの首に手を回して唇を重ねるとイタズラをした少女のように何も言わずに笑ったため、テスラは全てを受け入れることに決め、彼女の奥へと手を進めた。

「……ッぁ」

漏れ出す声は異物感を感じるような小さな吐息であり。
テスラは指を進めて触れたものを確認した。
そして最後にもう一度彼女を見つめて今度はテスラから唇を重ねた。

「愛しているよ私のレジーナ」

そういうとレジーナは涙を滲ませて微笑んではテスラを抱きしめた。カチッという照明が落ちるような音が聞こえた気がすると、二人だけの部屋の中はとても静かだった。

「レジーナ」

テスラがそう呼ぶが反応はなかった。
ゆっくりとテスラはレディの両肩を掴んで離すと、彼女は眠ったように動かず、いつものような温もりも何も無かった。
残っているのはテスラが触れていた時の彼の体温だけ。

「愛していたよ、私だけのレディ」

そうしてテスラはその恋に終止符を打ち。
そして台の上に彼女を横たわらせてはテスラはその場を後にした。
彼が選んだワンピースに身を包んだレジーナはまるで茨姫のように深く眠っているようだと思いながら、彼は電気を消して別れを告げたのだった。


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