第一話


静かで広く快適で、しかし無機質にも感じられる廊下を歩く者が一人、左手には薄型のタブレットが一台と厳格そうに乱れひとつない制服に小さな身体でその背中をシャンと伸ばして歩く。
人理保障機関──通称カルデアの職員である彼女は毎日が胃の痛くなるような思いだった。それもここ半年ほどはなおのことだ、廊下を歩いているときでさえ彼女の頭の中には騒がしい男の高笑いが聞こえてくるようであり、はぁ……と小さくため息をついて背中を丸めながら廊下を歩くだけでも正直なところ、この場所は異常でもある。
なにせこの場所には通常聖杯戦争など特殊な自体でしか存在することのない存在。

英霊──と呼ばれる存在たちが何十人何百人と存在しているからだ。

サーヴァントと呼ばれる者たちの管理記録係の一部を担当している彼女は廊下で顔を合わせる面々に普段通りの挨拶を返しつつも、本来相手は英雄や王様に偉人など多種多様な相手ばかりで驚くべき存在であるはずだが、彼女はそれ以上に足取りが重くなると思いつつ、左腕の腕時計をみるともう時刻はギリギリとなっており。
彼女は思わず顔色を変えて廊下を早歩きで進む、どこかから聖女の「走ったら危ないわよ、歩きなさい」という母のような声が聞こえたが彼女はすみませんとは口先だけでカルデアのとある一角へと向かった。

バチバチと音が鳴り。オゾンの香りや、空気清浄機の稼働音が聞こえる。彼女はドアをくぐってすぐに、今日もまた広いはずの工房の中に足を踏み込んでは物に溢れたその場所に気を付けつつも奥へ奥へと歩き進めると、部屋の奥には高身長に体躯のいいコートをマントのように羽織り、ブルネットの長い毛先はネオンカラーの水色のようになった姿が特徴的な男が一人立っていた。
彼女は恐る恐る、まるでそれは講義の時間に遅れてひっそりと入ってきた学生のような姿で椅子に座ってタブレットを開いて自分の仕事を始めた。事務とは名ばかりで様々な仕事を押し付けられがちな彼女はタブレットの画面にしかめ面をしつつ仕事を初めて行く中、突如として画面はエラーコードを出して、彼女の利用していた机に大きな両手がついたかと思うと、一つの影が差し込んだ。

「なにをしているんだ我が助手よ!全く、来るのが三六秒も遅れていながら、挨拶もなしの上に私を無視して、そんなくだらないものに夢中とは、全く許し難いことだ」
「ちょっと何したんですか博士、エラーコード…って、え?なんかシャットダウンしてませんか??」
「うむ、私の工房に不要な産物を消した迄のこと」
「消さないでくださいよ!私の仕事!報告書!今日のお昼までに出さなきゃゴルドルフ所長にまた怒られちゃうんですよ!」

巨躯の男は白い歯をキラリとみせては高笑いをして「フハハハッ!私の研究室には不要だ!」と声を張り上げて言うものの、彼女はなんてことをしてくれたんだと慌てて電源ボタンを長押しして再起動をさせるが反応が見受けられなかった。
それどころかタブレットは小さな音が聞こえてくるほどで、彼女は震えながら見上げてみれば、悪びれなく天才は「少し触った程度だ、OSとデバイスが追いつかなかった様だがな」というため、彼女は今一度この男に拳を振ってやりたい気持ちになった。

資源は有限であると生前語っていたはずの者が無駄な資材に変えないでくれと思いつつ彼女は仕方ないとして小さなため息を漏らしながら彼がいうところの"助手"として、仕方がなしに朝の一杯として研究室という名の工房内にあるコーヒーマシンでコーヒーを二杯作っては片方を博士と呼んだ彼に渡した。

ニコラ・テスラ──それがこの男の真名である。
十九世紀二十世紀においてこの男は人類に初めて電気を与えた。
その発明は一千年後であろうと語り継がれる偉業であり、彼女自身も教科書や本などで知るような人物だった。
……とはいえ、このカルデアにおいてはそんな人物ばかりであり、珍しいとは言えないことだが、彼女の頭はコーヒーを差し出しては満足気に受け取るその男によって悩まされていた。

それもそのはず。彼女は先程のようにタブレットを突如消されることは日常茶判事。それどころかこのニコラ・テスラという電気の魔法使いの手によって彼女はカルデアでは生活さえ時に邪魔されてしまうことがあるのだ。
研究室という名のテスラの工房はこのカルデアにおいては重要な一室であり、サーヴァント各々が持つ部屋─といえどカルデアにも物理的な大きさがあるため一部は空間や時空やカルデア自体を弄って広げたりしている─の中の一つであり、つまりここはニコラ・テスラの私室でもある。
彼が人類において魔法使いとまでいわれ、人類に多大なる光を物理的に与えてくれた故に彼ほど電気や光に論理的に強いものはおらず、そして魔術と電気は似た性質を持つと言われ、このカルデアでは特殊な召喚基フェイトを利用したり、アトラス院の手を借りて進化を遂げたり、聖杯の力を借りているとはいえ、それなりの魔力消費がされてしまい、約四割がサーヴァントの維持に使われているほどである。

そんな折にやってきたのがニコラ・テスラという天才。
彼はつい半年以上前に縁があり召喚に応じてくれたのである、以前より彼がいてくれたらという話はカルデアスタッフ一同出ていたが意外なことにあの男とは縁がなかった。
その中でサーヴァントの記録管理やサーヴァント用の資材管理などを担当する一人である、スタッフの彼女──エクレール・アヴニールは召喚の席に同伴していた。それはいつもの事であり、マスター藤丸立香少年がいつものように必要となる聖晶石にて呼び出した時、彼──ニコラ・テスラは現れたのである。

噂に聞く美形は本当にその通りだと彼女は思いつつもスタッフとして淡々とマスターとは違うが故に名乗ることもなくテスラに最初の手続きを済ませてもらい後にした。
想像と違ったのは彼の声が大きく、そして定期的に図書館で講演会をしており、それがスタッフに好評であることである。英霊というのは本当に分からないと彼女は自身が空気によく馴染むタイプだと理解していた故に今の立場で仕事が出来ていることを知っていた。時に王や神をも相手しなくてはならず、マスター藤丸立香に担当してもらいたいと思うこともありつつも、未成年であり人類の全てを一身に受ける少年にそれ以上の無理強いも出来ぬとしてスタッフとして職務をこなした。

「エクレール聞いているのかね」
「はい聞いてますよ、なんでしたっけエジソンさんが博士をクビにした話ですね」
「違う、私が奴を捨てたのだ、というよりもそんな話ではない、如何に私の交流技術が……」

はいはい。と彼女は呆れたように返事をしつつ、内心は少しだけ疲れ切っていた。何しろ彼女は今では彼の助手扱いで毎日このように彼に拘束され話をしたりお茶を入れたりとしているからだ。
初対面の際の彼とはえらく大違いだとも彼女は思ったのは、一番初めの召喚してすぐの会話の際は今よりもずっと静かであったからだ。

「初めましてテスラ博士、私はサーヴァントの管理や記録係を担当しています、何かありましたら是非声掛けを。ではどうぞよろしくお願いします」
「ああ麗しいお嬢様、こちらこそよろしく頼む」

それはとても短いやり取りであり、彼がマスターやマシュなどと話している姿を見てはとても穏やかで取っ付きやすい印象を受けたのだ。何せ英霊なんて者たちはひとつ機嫌を損ねるだけで殺してきかねない連中──はまだいい、殺されるだけならまだしも地球が消されるようなこともしかねないのだ。スタッフ達も慣れたものだがそれでも彼らと接触する時は電線に触れるかのように緊張と恐怖を味わうのである。

だからニコラ・テスラは比較的話の出来る落ち着いた人だと思い安心していた。
しかし、それは幻想だったかのようにガラガラと音を立てて崩れてしまったのはある日ダ・ヴィンチから「あぁエクレール、悪いけどこれをテスラに渡してくれるかい?」といわれ手渡された荷物と書類のせいだ。
彼女はニコラ・テスラが来てからというものの彼と接触することはほとんど無かった、時折──というよりもそれなりの頻度で──エジソンと揉めているという話は耳にしていたが被害がないゆえに気にすることはなかった。その為あっさりと終わるはずだと思ったのだ。

ニコラ・テスラの工房に足を踏み入れた彼女はその部屋にある数多の発明品やメモなどを見ては流石は科学者だと感じた、テスラのようなタイプはこのカルデアでは当たり前のようなものでそれこそカルデアに素材や資金援助のプレゼンを直直に行う者もいればマスターに優しく擦り寄っては頼む者もいる。特にテスラは共同開発もしている件も聞いていたため、彼一人のセンスでは無さそうなものも見受けられるが彼女は興味なく足を進めて部屋の奥で一人熱心になにかに夢中になっている天才を見つけた。

「失礼しますテスラ博士」

まず初めに一声掛けた、反応はない。

「テスラ博士」

もう一度声をかけてみた、反応はない。

「あのー!博士ー!」

少し声を張り上げてみた、反応はない。
代わりに聞こえるのは部屋の中で動く機械の音。
彼女はため息をついては荷物は適当に置いてしまってもいいとは思うものの書類に関してはテスラに重要なもので念の為ちゃんと確認してもらって欲しいと言われたしまつなのだ。仕事は山積みで暇でもない彼女はこの不動の天才に対してどうすればいいのかとその背中を軽く叩こうかと手を伸ばした時、まるで静電気でも触れたように弾かれてテスラは振り向いては立ち上がった。それは彼女が触れたからではない、まるで何かを感じたかのようなもので、テスラが座っていた椅子は勢いよく後ろに下がり彼女にぶつかり痛みに小さな声を上げたがテスラは振り向いた先にいた一人の女性に何事かと驚いたような顔をしており、彼女はようやく気づいてくれたと仕事を早く片付けられることに安堵して、もう一度「こんにちはテスラ博士」と念の為に挨拶をした。

「こちらはダ・ヴィンチちゃんからの書類です、資金関係や指示書もありますのでよく読んでサインしてください、それとこちらは先日頼まれていた荷物です」
「ふむ、随分と色々とある中で気付かずに申し訳なかったミズ……なんと呼べばいいかな」
「エクレール・アヴニールです、一応サーヴァントの記録係を担当してる一人です、どうぞお好きにお呼びください」
「エクレール・アヴニール……アヴニール……未来……光!なんということだ!君は私のところに来るべくして来たということかエクレール!!」
「うるさっ……」

突然なにを言い出すのかと困惑しつつ彼女は確かに自分はアヴニールという姓であるがだからなんなんだと思った、確かにフランス語でその言葉の意味は未来や将来という意味であり、いい家名であると昔からされていたが彼女はそれに対して何かを強く思うことはなかったのだ。

けれどもテスラはすっかりと何かひとつの数式を解いてスッキリしたような顔をしつつ彼女の両肩をその大きな両手で掴んでは光のような輝きを宿した瞳で彼女の目を見つめては宣告するようにはっきり告げた。

「よし!君は今日から私の助手だ、明日からここに来なさい。光栄に思いたまえ私自らが君を雇うんだ。給料は払えないがカルデアのスタッフだからいいだろう、私もここでは無給だし、あのすっとんきょう凡骨守銭奴ライオンならうるさいだろうが私はそういうとこは柔軟なタイプだ」

ではよろしく頼むと笑った彼に彼女は驚きつつも「取り敢えずサインを」といえば彼はすぐに目を通してはサインをして見送ってくれた。
どうやら聞き入ってくれたらしい、不思議なものだと思いつつ彼女は少しだけ嬉しく感じた。誰だってこの人類の大きな一歩を踏み出した天才に声をかけてもらえば喜ばしいに決まっているのだから仕方がないと彼女は身体に熱を感じながら足を進めて仕事に戻った。
それが本当の間違いだとは知らずに。

そして翌日彼女は昨日のテスラの『明日からここに来なさい』という言葉を思い出しつつも"よくある社交辞令"として流してはいつも通りスタッフ達と挨拶しては自分のデスクに腰掛けて仕事を始めた。
しかし、仕事を初めて少しあと、突如カルデアのスタッフルームが停電したのである。何事かと全員がすぐさま対応に当たるがブレーカーはもちろん予備バッテリーも作動せず、一体何事だと思うが慌ててやってきたゴルドルフ所長、ダ・ヴィンチ、マスターとマシュにスタッフたちは説明をするも、電気が落ちているのはこのスタッフルームであること、そしてサーヴァントであるダ・ヴィンチはエクレールのそばに寄っては「原因はここだね」とつぶやいた。

そしてダ・ヴィンチは通信機を操作してとある一人の英霊に通信を繋げた、それはもちろん、ニコラ・テスラである。

「やぁテスラ、これはどういうことだい」
『なに我が助手がこなかったので少しばかり来るように伝えたつもりだったんだ、何かしてしまっただろうか』
「あぁお陰でスタッフルームが停電しているよ、ところで助手とは誰かな?用事があるなら呼ぶけど」
『あぁ伝えていなかったか、エクレール・アヴニールだ、昨日から私の助手として来るように伝えたんだが来ないのだよ』

その言葉に全員の視線がエクレールに向けられ彼女は背中に嫌な汗が伝うのを感じた。

「あー、あの博士?そ……それは私でしょうか」
『当然ではないか!全く我が助手として任命して初日から職務放棄とは感心しないな、早く来てくれたまえ!でなければこのままカルデア全体の電力を完全停止せざるを得なくなる』

そっちの仕事はいい!というテスラに無茶をいうなと彼女が言う時、天井の電球がパチッと音を立てたことに全員が視線を向けると電球にヒビが入り割れた。そしてそれと同時に全員が一斉にエクレールに対してテスラのところにいけといった、あの男を敵に回すことは得策ではないのだと所長自らがその背中を叩き出せば彼女は走ってはテスラの工房に向かった、また別の聖女に走るなと言われるがそれどころでは無かったため彼女は早歩きに切り替えてはテスラの元へ行った。

「よくぞ来たな、我が助手よ、君は今日からこの私の隣で新しい未来を作る権利を持ったのだ、全く初日から遅刻は感心しないが仕方あるまい」
「博士その、私は科学的なことは分からないですし、優秀なスタッフなら他にもいます」

彼女は出来れば仕事以外ではサーヴァントと関わりたくないと深く思っていたのだ、けれどもテスラはやってきた彼女をみつめた、真っ直ぐで有無を言わせぬ態度、そして彼が一歩踏み込むことに彼女は石のように固まってしまいどうすればいいのかわからぬ間にテスラは彼女の前に立ち、そして助手と言われて困惑している彼女の顎先に指を添えては顔をあげさせて瞳を交わらせては火花を散らすような笑みを向けて告げる。

「エクレール・アヴニール……君の役目は私の隣にいること、ただそれだけだ、そしてそれは未来の名を冠する君でなければ出来ぬ事だ、よろしく頼もう」

力強く有無を言わせぬテスラは生前、人には愛されていたがカリスマ性がある訳ではなかった。カリスマの力だけであれば会社を立ち上げ様々な結果を残したエジソンの方がきっとあるだろう。
それでも人々に光を届けたこの魔法使いの瞳を見た時、そこに強い光を感じてしまい、そしてあまりにも美しいその顔立ちに彼女は思わず目を逸らしては重々しくも「……えぇ、わかりました博士」と返事をしてしまったのだった。

「ということだ!わかったかエクレール」
「ええはい、とにかくあまり規定以上の電力の放出や研究は控えてください、先日管制室からクレームが来ていたんですからね」
「そこを対処するのが君の役目であろう、ほらエクレールこちらに来てくれ、新しく発明した……」

そうして振り回されるようになってしまった今、エクレール・アヴニールは呆れつつもこの天才の無邪気な姿をさほど嫌だとは思わなかった。それはきっと慣れてしまったからだろう。
今日も今日とて大きな声で、様々な研究や実験に身を注ぐ雷電博士に彼女は呆れたように笑いながら席を立ち上がり彼の隣に並ぶのであった。

- 9 -
←前 次→