1.2.3.でKO元作品


明らかにおかしかった
誰が?あのドスケベ世界王者鷹村守がだ
何がおかしいのか、といえばここ数ヶ月あの男は常連だったはずの雑誌に載っていないのだ、例えば"プライデー"や"週間春"などといった有名なゴシップ記事に
それはとてもいい事だとは言えるが彼をよく知る人達からすればまるで嵐の前の静けさだ、大きな試合もないというのに女遊びもなく静かなのだから余計に恐ろしく感じていたのだがどうやら危惧するものでもないと感じたのは彼の態度だった

「おはようございます」

時刻は15時30分、ジムのドアが開くと同時に少女が1人入ってきた
みんなが挨拶を返す中鷹村は彼女を見ずに挨拶もしなかった

「鷹村さん、おはようございます」
「お…おう」
「おはようございます」
「…オハヨウゴザイマス」

挨拶を返さない鷹村のそばに寄って顔を覗き込んだ彼女に固まった、そして彼女が消えたあと大きく深呼吸をして近くにいる木村に近付いたが当の本人は(来た…)と内心げんなりしながら思ったのだ

「おい!あいつまた可愛くなってねぇか!?」

そう鷹村は現役大学生兼プロボクサーのナマエに恋をしたのだ

ミョウジナマエが鴨川ジムに来たのは18歳の頃だった、ちょうど高校を卒業した彼女は卒業式の日にジムの門を叩き会長に直接入門希望を伝えた
近年女子ボクサーの世界も広がりプロが出来るほどだった、男性ほどの人気はもちろんなくマイナーのため育成したがる方が珍しい
どちらかと言えばダイエット目的でやる者は女性も多いがプロとなれば鴨川会長も黙ってはいなかった

「本気です…プロのライセンスも取得しています、どんな練習も耐えてみせます」

強いその眼差しを見て嘘では無いことはすぐにわかった、だがしかし二つ返事で答えることは簡単だ、実力を見て判断するといった会長はまず初めに鷹村のロードワークに付き合ってみろと指示をした
その時点で大体の人間は男女関係なく折れる、仮に折れずについていけなくても彼女は女だから仕方がないとも思えるだろう
だがしかしそんな考えとは裏腹に彼女は難なくついていった

「いつもこんなに走ってるんですか、凄いですね」
「まぁな、そういう割に着いてきてるじゃねぇか」
「体力作りが基本ですから、スタミナだけは無駄につけるように頑張りました」
「ほぉ…なんでボクサーになんかなりたいんだ」

金も稼げない体は傷だらけ女がしていても決してモテるスポーツでもない上に女というだけで地位も中々確立しがたいであろうに純粋に疑問に感じた
走っていた足を止めてジムに歩いて向かう途中頑張った褒美だと言わんばかりに鷹村はナマエに自販機でスポーツドリンクを買ってやった、大事そうに両手で持った彼女の手は決して大きくは無い

「鷹村さんを好きになってしまったからです」

恥ずかしそうに彼女は頬を赤くして小さくはにかんだ、その姿は鷹村には眩しく…そして何よりも今まで無かった感情を呼び起こしたのだ…"愛"というものを
結果戻ってから会長相手のミット打ちをして、1つ年上の板垣とスパーをして女だと舐めていた板垣は彼女からダウンを2つも取られて最後にはアッパーによるKO負けを決めた
当然彼女は鴨川ジムに所属が決定した

「本当嬉しかったです、女ってだけでどこも門前払いですし話を聞いてくれただけでもすごく有難かったんです」

そう語る彼女は入門祝いで連れていった席でジュースを飲みながら語った、女子とはいえ後輩ができた板垣や幕之内は嬉しそうであり、青木村の2人は綺麗な彼女に鼻の下を伸ばした

「まぁまぁこれからは俺達が手取り足取り教えてやるよ」
「はい!ありがとうございます木村さ…ぇ」
「気安く触ってんじゃねぇよ!!」

酒を飲んで浮かれた木村がナマエの肩に腕を回して笑った、だがしかしいつもならば乗ってくるであろう鷹村がまさかの叫び声をあげて木村を地面に捩じ伏せた、これには全員が驚いて目を丸くしたが少し間を置いてナマエは小さく微笑んだ

「お優しいですね鷹村さんって」

あの鈍い一歩でさえ理解した
この人、多分ナマエに気があると
普段女と見れば下品に接して下世話なことをしてすぐにカメラに抑えられる男がナマエを横にしても鼻の下ひとつも伸ばしはしない、これはまさに天変地異ではないのかとみんながコソコソと話をしているが当の本人とその横の女はそんな事も耳に入らないのか2人で楽しそうに話をしていた

「凄い筋肉かっこいいですね」
「おう!そうだろ、触ってもいいぞ」
「遠慮なく行かせていただきます…わぁ、硬いですけどどことなく柔らかい、私のと全然違います」
「そりゃあそうだろ」
「触りますか?」

思わぬナマエの誘いに思わず鷹村以外の全員が彼女の貞操を危惧した、このままでは瞬時に担がれて連れていかれるのではと
だがしかしそんなの予想も反対に鷹村は驚いた顔をして

「嫁入り前の女が気軽に言うな」
「折角憧れの鷹村さんに触って貰えるなら嬉しいです」
「だ、だからなぁ」
「私も生半可な気持ちで来ていません、鷹村さんが好きで憧れて尊敬して来ているんです」
「そりゃあ俺様の魅力には適わねぇからな」
「はい!それに私も女とはいえプロです、それなりには鍛えていますから」

彼女はあまりにも自分を理解していなかった、黒い長袖のシャツの袖をまくれば白い肌がみえる二の腕の内側にほくろが小さくあり思わず全員がその腕に目を奪われる、男とは違う細く柔らかそうな腕は程よく筋肉がついておりこれがまた健康的に見えて魅力的だった
これには流石の鷹村もダメだろうと慌てて止めようとほかの者はすぐに守りの体制に入ろうとしたが

「あーあー、わかったよ、確かによく鍛えてあるな」

とあからさまに目を逸らしていった、ナマエはその言葉に満足そうな顔をして元に戻してジュースを飲んだ

「それ鷹村さんのビールじゃ!」
「あ?」

目の前に座っていた一歩が思わず叫ぶ、彼女のグラスのすぐ隣の鷹村の大ジョッキビールを彼女は全て飲んでしまったのだ
未成年に飲ませてしまった…と全員思った矢先ナマエは静かになった

「…たか、むらさん」

トロリとした女の目をした彼女がいる、たった1日会っただけの少女とも言えよう女に何をここまで動かされてるんだと自分に言った、彼女の小さな手が鷹村の膝に置かれたかと思いきや腕が伸びて…

「うおおぉい!」

悲鳴をあげたのは鷹村だった、ナマエはそんな悲鳴に気を良くしたのか少し虚ろな目で悲鳴をあげる男の胸を鷲掴み何度も揉みしだいた、これは普段この男がしていることが本人に帰ってきただけなのだが一気に他の面々は顔を青白くさせてナマエを止めた
がしかし…青木も木村も板垣も一歩も全員揉まれた、そして彼女は全員をKOした後鷹村を最後にもう一度揉んで言った

「私より大きい…流石チャンピオン、おっぱいも王者なんですね」

もう誰も何も言えなかった
酔い潰れた彼女にどうすべきかと話し合った結果八木に電話をして家を聞いたところ鷹村の家の近くだと判明し彼女を家に送り、そして帰った
この胸の高鳴りの答えは分からずに、数ヶ月鷹村は過ごし始めた

「鷹村さんロード行かれるんですか?」
「おう」
「私もご一緒しても」
「いいぞ」

素っ気なく返事をするが周りの人間からすれば鷹村が喜んでいるのは目に見えてわかった、まるで犬のしっぽがブンブン振られているように思えるほどだ
あの事件の後ナマエは全員に菓子折りを片手に謝罪した、本人は記憶にないと言うが何か無礼を働いたと思うといって渡してくるものだから青木が真実を話そうとした…だがしかし鷹村のラリアットによってそれは無くなった

「もうすぐ試合だろ、減量とか大丈夫なのか」
「私の場合は適正体重ですから、鷹村さんと比べたら全然大丈夫ですよ」
「応援行ってやるよ」
「来て下さると百人力ですね、凄く嬉しいです」

ぐっと拳をあげて喜ぶ彼女に胸がぎゅうっと握られたような感覚に陥る、どうして彼女はこうも自分の中のツボにハマるのか
好みの顔でも身体でもない、性格はまぁ悪くはない
ほかの女と違うことはボクシングが好きで、世界王者である鷹村守という存在ではなくボクサーとしての鷹村守として接してくれることだ
女は腐るほど抱いてきた、それこそ家の電話が壊れるんじゃないかと言うほど相手がいた、それらは自分の地位と名誉に釣られて来ているのも馬鹿では無い彼は知っている、それを否定する気もない人間として雌としての本能なのだから

「本当…鷹村さんと一緒に居られて嬉しいです」

そう笑う彼女に恋をするなという方が難しいのではないかと鷹村は思ってしまった

「まぁ俺様だから当然だな」

本当に言いたい言葉はそうじゃない「俺様もだ」と返事がしたかった、彼女の気持ちに素直に答えてやりたいのにいつだって少し違う回答をしてしまう
それでも彼女は嬉しそうに微笑んで頷くのだ、それが心地よく鷹村はナマエをみつめるのだった。