何も出来ない女だから


彼は私の名残りを消していくような人だった
例えば仕事から帰ってきて玄関から部屋まで脱ぎ落とした衣類だとか、その辺に放り投げた靴下、買ってきて冷蔵庫に入れずに置いてる野菜とか、中途半端に開いたカーテンだとか、そういう私の痕跡を全部丁寧に消していく性格がキッチリしてるんだろうなというと彼は眉間の皺をより一層濃くさせて

「テメェが雑なだけだろうが」

なんて不機嫌を混ぜたような返事が返ってくるからそれならしなくていいのに。とかわいくなく思いながらも網戸が外れた時にメールで"網戸外れたよ"と伝えた時大体その日の夜に来てくれることとかはすごく有難い
歴代の彼氏は大抵ちゃらんぽらんで私がする側だった、じゃあ彼は恋人なの?と言われると違う…と思う
人肌寂しい夜でも彼は何もせずに私の頭を撫でるだけだし、彼の仕事内容やその他詳細プロフィールは知らない唯一名前とメアドくらいだろうか

「網戸外れたよ…と」

夏が近付くから網戸が外れたままだと困るんだよね。と私は返ってこなくなったメールアドレスに向けて送信する
本当は別に私網戸直せるんだよね、暑すぎる夏の日の夜中に外れた網戸に四苦八苦してる私をみつけてくれたから知ってるだろうけどいつからか網戸を直して生活の全てを直されていたことに心地良さを感じていたから部屋に散らばった衣類も放置してる野菜も全部自分で片付ける
メールが届かなくなって一体何ヶ月だろうか別に珍しいことはないんだけど、大体合言葉には反応してくれていたからいよいよ愛想も尽きたのかもしれないと察してだらしない私はサヨナラして網戸も直せる普通の女に戻る他ない
はぁ…と溜息を零して重たい腰を持ち上げる、机の上のオムライスを食べ終えた皿を水につけてその足でベランダに出て網戸に手をかけようとした時ふと視線を感じた

「自分で出来るのかよ」

下から聞こえた声に慌てて見てみればより一層顔に大きな傷をつけた彼がこちらをみていて私はまるでベランダから飛び降りんとばかりに縁を掴んで「無理!無理だから早く直してよ!というか連絡ね」なんて吐き捨てて慌てて部屋に戻って慌てて洗濯機に入れた服を散らかして冷蔵庫の野菜をテーブルに適当に置いてソファで寝転がった
ちょうどタイミングよく部屋に入ってきた伽羅さんは玄関に落ちた靴下をみるなり「俺が居ねぇ間も自分でやれよ」と小声でいってるのが聞こえたけど私は返事をしない、リビングのドアを開けた彼に開口一番網戸が外れたよ。といった
彼は私と部屋を見てはじめて呆れたみたいに笑った、土と鉄の匂いが少し香ってやっぱり顔には火傷の傷とは違う大きなものが出来ていてそれの理由を聞くことはない

「網戸に触るから外れんだよ」

そりゃあそうだという言葉を言いながらも彼はベランダに出て網戸に手をかけた、ねぇ伽羅さんご飯は?と次の用事を問いかければ私の口端のケチャップに気付いたらしくケーキでも食いてぇのか。といわれたそうだね網戸直し記念ということでといえば365日だろ と彼はまた珍しく笑うのだった。