左翔太朗





鳴海探偵事務所の中にはいくつかのポスターが貼られてある、この街のアイドルである園崎若菜...ではなく、一人の女性だった
静かに微笑むその女性を見ながら探偵事務所の探偵であるはずの左翔太朗はため息を吐いた、騒がしい所長である亜樹子や相棒であるはずのフィリップさえも、そんな彼を気にした様子はない、というよりもここ最近はいつものことだった

「ねぇねぇフィリップくん、翔太朗君どうしちゃったの」

聞こえないように亜樹子はフィリップに思わず聞いてしまう、それもそのはずここ一、二か月なのだから仕方ない
それもポスターの女性は見飽きるほどの女性だったのだ、フィリップ同様昔アイドル園崎若菜に魅せられたのとはまた違う瞳だった、女にはわかる瞳だ人を愛する瞳だった

「ん?あぁいつものことさ」

興味もないように相棒であるはずの彼は今興味をひかれている模型を完成させるのに手いっぱいの様子であった、とはいえ翔太朗のそんな変わった姿には思わず心配してしまう
夢に恋をする男なのかと思ってしまえば愚かとも思えてしまうが、今回ばかりは違った

「いうなら西沢葵に」

ふと、言い出そうとした途端いつもよりも数倍大きな音を立てて事務所の入り口の扉が開けられそれと同時に女性の声があがる


「翔太朗くん!!」

それと同時に椅子から崩れ落ちた翔太朗の顔は嬉しそうなどこか恥ずかしそうな少年の顔に思わず亜樹子は目を疑う
ハーフボイルドどころの顔ではない、緩みそうになる頬を片手隠すほどなのだからよほどなのだろう、そんな彼を頭から抱きしめて嬉しそうに笑う女性はポスターに映るその女性と瓜二つであった、そう世界的モデルであるはずの西沢葵そのものに
確かにこの事務所には芸能人から特別美人までいろんな人間が来るのはよく知ってはいたが、まさかそんな人間まで来るとは予想の範疇を超えるのだが、その前に思わず悲鳴のような声がでる

「サインください!」

なんとも呑気なものだ

ソファーに座った彼女はモデルそのものの美しさだろうか、嬉しそうに笑って翔太朗とフィリップと仲良さげに話をすることが気になってたまらなかった
知り合いと考えれば、昔の探偵所の依頼者だったのだろうと予想するが、それにしてはあまりには深そうな仲に見えた

「私、翔太朗くんの幼馴染なんです」

気になっていた亜樹子に対していった彼女は恥ずかしそうだった、翔太朗とはそれは別の顔にも思えてしまう
フィリップは隣で相変わらずの模型いじりをしていた

「じゃあフィリップくん、私は翔太朗くんとデートにいくからよろしくね」

そういいながら翔太朗の腕を引っ張っていった彼女に目を丸くしてしまう、写真やテレビ、ドラマ売れっ子である彼女が表情豊かにそして何よりも仲睦まじくいってしまった
隣で新しい模型を開けるフィリップを見て亜樹子は肩を強く握り揺さぶりながら話を聞き始める残念なことに最低一時間は解放されないことだろう

そんな二人をほっぽって右腕を完全にホールドされ捕まえられた翔太朗はどうしようもない顔をしていた
なにより彼女は今現在も変わらない初恋の相手であるのだ、毎度会えるのは決まった月の六月、雨でジトジトとした梅雨の日に帰ってきては年々綺麗になる
歳を考えればもう結婚をしていてもおかしくないというのに、だからこそ毎年覚悟をどこかでしてしまう、今更男女としての付き合いをしたいと思っていたわけではない、隣を歩ける今の幼馴染の関係で一番心地がいいくらいに思えてしまうのは亡き男に言われた「臆病」という言葉を思い出す

「翔太朗くん何かあった」

「え?あーなんも」

風都の街を相も変わらず自分がどういった人物だかわかっているのかと疑いたくなるほどに気にもせずに偽らずに歩く姿は幼いころから何も変わらなかった
学生時代からよくしっていた、学生時代ヤンキーと呼ばれる翔太朗に気にせずに近づいては今と変わらぬ笑顔を向けてくれたことがなによりも好きでたまらず、そんな考えばかりがいってしまう

「翔太朗くん彼女でもできた?」

喫茶店の中でお茶を飲んでいればショートケーキのいちごにフォークを刺しながらい割れた途端に動揺のあまりお茶を吹き出してしまう、前にいた葵にはかからずに代わりに歩いていた店員にかかってしまう
気にする前に翔太朗は思わず声を荒げて否定する

「それに俺には」

「俺には?」

「...好きになる暇もねぇからよ」

嘘をつくのは何度目なのだろうかと思えてしまう、昔からそうだった葵には恋人ができだり新しい友達、新しい職場、日本だけには留まらずに世界に出たときもずっと偽ってきた
愛する女の幸せを祈るために今までいたのだ、高校を卒業してから就職をしたはずの彼女が芸能界に出たときも背中を押し続けた、何よりも祈ってきた
好きになる女ができることもなく、テレビや雑誌の向こう側でカメラ越しに笑うのをみつづけてきた

「お前こそどうなんだよ、彼氏とか」

「結婚したんだ」

「まじかよ」

隠すこともできずに驚いた声を小さく出した、同じ時期の去年だった彼女が嬉しそうに笑って帰ってきたのは、向こうの男性と交際を始めてとても幸せだと報告をくれたのは
忙しく電話やメールもできない彼女が帰ってきてそういったことに今更驚くこともなく、聞いていたのだがまた一年を過ごして言われたことに理解はしていたとはいえ、正直なことを言えば残念でもあった

「うん、翔太朗くんはずっともうつくってないの?」

「いや俺ほどになると逆にモテて困っちまうっていうか」

「確かに翔太朗くんは昔から優しいもんね」

そういう彼女はからかっている様子もなく、そのまま捉える
嘘もなにもかも感じないような彼女の言葉が心地よかったのだ、伝票を持っていき会計を済ませ扉を開ける、静かに右腕を伸ばせば飛びつくように腕を両腕で抱きしめられる
隣を歩きながら街を眺める彼女の瞳がどこか寂しそうにみえるのはなぜなのだろうかと思えてしまう、どこかで引っかかる気持ちを無視した

「懐かしい、毎年来るのに変わらない」

子供のころから来ていたその場所は変わらずに、じめじめとした公園のブランコに乗っていた何も変わらないその姿が好きでたまらずに雨の降りそうな空を見つめた
いくつになっても、何者になろうと変わらないのはいつまでも心が変わらないからなのだろうか、不思議に思えても何故か納得できてしまう

「まぁな、この辺もそのうち工事が入るとか..いってたような」

「そっかなんていうか、みんなすぐ変わっちゃうね」

「そうか?俺からしたらお前が一番変わってるけどな」

いい意味でも悪い意味でも、言えないでしまうのだ
手の届かない存在に完全になったときに今のこの関係がどうなるのだろうかと思えてしまう、いつか今のようなこともできなくなり、そして完全に外れたときの心はきっと穴が開くほどなのだろうと簡単に想像できてしまう
ぽつりと雨が降り始めたのを感じてブランコの上に立つ彼女に手を伸ばせば、手を重ねられる

「あのね、私結婚したけど離婚したの」

強くなる雨に足を速めていく、なのに彼女は重要な言葉をいいながら足を止めようとする、まるでこのままどこかに帰りたくはないというように
それはきっと男の勝手なのだと思えてしまう、馬鹿だと自分で理解している分余計にむなしい恋心は残る

「その人、翔太朗くんみたいだった..真っ直ぐでかっこよかった優しくて、けど結婚してみたら変わった、私はモデルでお金を持っているからって」

足を進めるたびに言葉が漏れてそれは脳に響いていく、止まらずにどうしようもない
結局はダメだったわけなのだろう、葵は足を止めて翔太朗をみた

「結局そうなんだって、私は一般人じゃないんだって理解してけど翔太朗くんにあって安心したの、私は私でいれるから」

「それは、あ..当たり前だろ友達だし」

時間は進めてはならないと足を進めてしまう、けれど止まり続ける彼女の足
距離が開くたびに苦しくなってしまう、ふとみつめた顔は泣きそうなほど幼い子供の顔であった、頭の中でダメだと言い続けるのだ


「私翔太朗くんのこと友達と思ったことなんて一度もないんだから」

真剣な瞳に心が痛くなる、心の何処かで逆になぜ自分はそこまで臆病に逃げようとするのかと思えてしまう
意識を戻した途端に柔らかく触れた唇に目を丸くした

「大丈夫、私待ってるからその口からいってくれるのを」

じゃあ、また明日ね
まるで子供が明日も遊ぶのを約束するように、手をあげて彼女はタクシーに乗っていった、ふとみえた車越しの顔はいたずらをした子供のようだった
思い出してしまう、卒業式の時彼女は同じようにした、思い出だといって忘れふりをしたたというのに
ため息をついて濡れ続ける服にため息をつき歩き出す

「...はぁぁ、どうすりゃあいいんだ」

いまだ初恋を引きずってしまってこの恋心をどうしたものだろうかと思う、誰にも分らぬ心を一人抱えながら眠るのだった、明日のことなど忘れたふりをして。





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