キンタロス






六月のジメジメとした日はあまり好みではなかった
大切なものをいくつも失ったせいで心の穴は空いたのにそれを埋めるように自分の前に現れる人たち
知り合いによく似た顔なのに、性格も服装もみんなてんでちがう
ドッペルゲンガーなのか、なんて摩訶不思議なことを思いながらも日々を過ごしてその人達の甘さに溺れていた


「さっきまで晴れてたのに」


残業を終えて雲一つなかったはずの空は雲が多い尽くして雨を降らせていた
付いてないな…と思いながら駅の前の信号を渡った奥にあるコンビニを思い出す、駅から家までは20分ほどもかかる、傘を買うべきかどうするか会社用のカバンの中には仕事用の大切な書類とノートパソコンがあるのを思い出して傘を買おうと青に変わった途端に走り出す


「なんや自分傘あらへんのか」

「えっ」

派手な着物を着た男が和傘を片手にそういった
飛び出そうた身体は一度戻り、みつめる
またよく似た顔の人だと思った、けれどこんなに彼は髪の毛が長かっただろうか?それに関西弁なんて話もしないし声も違う
また知り合いに似た人が現れた、ココ最近本当に変な感覚だ


「家こっから遠いんか?」

「そこのコンビニで傘買いますから」

「あそこのコンビニ傘おいとらんで」

「…えぇ、他コンビニないのに」


この辺りであるコンビニのくせに品揃えがなってない。なんて思わず文句を吐きそうになる
雨が止む気配もない、走るしかないか…等と未だなれないパンプスを思った


「俺が送ってたろか?」

「お気持ちは嬉しいですが」

「遠慮せんでええ!女はドーンと甘えたらええんや」

「えっと、あの、えぇ」


強く肩を掴まれ歩き始める
少し見上げた顔はやはりよく似ているのに彼はおどおどしいいつも弱気な男の子だった、だからこの人はまた違うのかと思えた
肩が濡れない様にか肩を抱いてくれる手も何となく似ている気がした、不思議な気持ちだった
まるで少女漫画のように初恋の人がいろんな姿で現れて自分の理想を見つけるのか。なんて


「にしても小さいなぁ、食っとるんか?」

「最近はよく食べてるほうですよ」

「ほうか?ちっこい子供みたいやなぁ」


豪快に笑うこの人は悪い人な感じはなかった、これが所謂見た目の軽そうないかにもなナンパ師なら流石に断っていた
だがこの顔の人たちはみんないい人で面白く何よりも安心できてしまった


「雨もええもんやな」

「好きなんですか?」

「おぉ、自分に会えるんやおもたらなあ」


もう目の前にマンションが見えているのにそう言われて思わずみつめれば優しい瞳が細められた
また人に甘えようとしていると自覚しながらも悪いことじゃないとどこかで囁かれる
ドキドキと鳴る心臓の音に耳を澄ませる


「好きかもしれんな」

「…雨がですか?」

「自分がや」

「それは、その…えっと」


返事をした方がいいのかと思いながら頭を回転させる、彼は気にした様子もなく小さく笑って肩に置いた手で頭を撫でた
雨がゆっくりとやんだのか傘を閉じた男をみつめた


「名前だけ聞いてもええか」

「…葵です、私も名前だけ聞いても」

「キンタロス言うてくれてかまへん」


また変わった名前だな、なんてふと思えた
頭を撫でた手が顔に触れて頬を撫でる、どこか期待する自分がえらく尻軽な女に思えながらもこの人達はなんとなくいいと思えた
誰かと比べるのは最低だとわかってながらもそう願う自分がいた、唾を飲み込んで近づいた顔に目を瞑る


「ほんなら、また雨の日迎えいったるわ葵」

耳元で小さく囁かれ頭をまた撫でられる
離れた途端に顔の熱を見られたくなくて顔を下げる、黄色と黒の派手な色にこの熱も溶け込めばいいのにと思った


「じゃあ、その日は待ってますから」

「おう、気ぃつけて帰りや」


これ以上いれば熱に酔ってしまいそうだと思い走るようにマンションに逃げ込む
一人きりのエレベーターの中で心臓の音を聞きながら思い出す、どうして初恋の人と顔が似てるのか、なのにみんな性格が違う
そしてそこに甘えて好きだと思う自分、溜息をつきながら鍵を開ければやはり奥には彼とは似てないけれど、また変わった人達二人がいた


「ただいま、侑斗くんとデネブ」





あぁデンライナーであいつらが言うた通りだと思った
可愛い女がいるという話、俺らを個人に見て不思議にもさほど思わん女
仕草一つが心を揺さぶる、まるでイマジンたちの理想…いや男を刺激する何かを持った女


「はー…会いたいのぉ」


良太郎にも誰にも言えるわけがない、それでもあの時の表情を思い出しながら大きくため息をつく
次の日の雨が楽しみだと思いながら。



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