石動惣一
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nascitaには週に4日バイトがやってくる、今日その日で、その時だけはカフェにも少しは客は来る
とはいえ客が来て欲しい訳では無いのだが、少しでも収入が増えるのはこのカフェに住む人間全員にとって大変助かるものだった
「こんにちはマスター」
「おかえり葵ちゃん」
「お昼食べました?」
「いや、今から作ろうかなって」
「その手に持ってるコンビニ弁当をですか?」
ドアを開けて手馴れた様子でグレーのロングコートをかけて、カウンターの上に大きなエコバックを二つも置いた後にマスターことその店の店長である石動惣一は苦笑いを浮かべる
「もしかして美空ちゃんにも食べさそうなんて」
「ワーワー悪かったってな?ごめんごめん葵ちゃん遅いから腹減ったーって戦兎が」
「人のせいにしません…って、冷蔵庫も空っぽだし」
惣一の横を通り過ぎて一応のため使ってある冷蔵庫をあけてはため息をまたこぼした葵にまるで子供のような顔をした
エコバックの中身を直す彼女のためにコーヒーを入れようと立ち上がるも「惣一さんは座っててください、すぐご飯作りますから」なんて子供を相手するようにいう、そういうつもりではなかったのだがと思いはするが言うわけにも行かず、客が座る側に惣一自身も座ってみた、出勤とはいえ客なんて来るか来ないかわかりもしない
世話好きな葵には意味なんてない行為なのだろう
佐条葵29歳、得意なことは料理洗濯裁縫など古き良き女性らしい所だろう
普段なんの仕事をしているのかはわからないが身なりはなかなかに良く、それなりの頻度で店に来てくれるわけなので特に探ることもなかった
「眠いし疲れたしお腹すいたし…あー、ようやく葵姉来てくれたー」
気だるげな美空の声が聞こえて奥の地下用の冷蔵庫から出てきては葵の背中に抱きついた、ものを片付け終わって昼食の準備をする葵のことを娘である美空はいたく気に入った
それはやはりまだ子供の部分があり友達として、そして姉として慕ったからだろうか、だからこそ葵を雇うことは拒否できなかった
現に食料的な面でもたくさん助けられ、自分達のことを疎かにする今の戦兎含めた3人にとってはかけがえの無い存在であった
「あ、葵さん来てるおはよう」
「戦兎くんもおはようじゃなくって、こんにちはでしょ」
「ごめんごめん、こんにちは今日の献立は?」
「昼食は腹持ちのいいチーズドリアに野菜たっぷりミネストローネだよ」
そういいながら未だ美空に抱きしめられる葵をみると思わず母親という存在を重ねてしまう
然しながら惣一はその考えを馬鹿らしいと一蹴した、自分と彼女では一回り以上違う、おまけにまだ若い彼女に何を思ってんだかと自分を咎めた
それでも自分と同じエプロンをつけて少しばかり長い髪を一つに結んで戦兎と美空に挟まれて話をしながら昼食の準備をする彼女はまるで母親だった
「惣一さん」
「え?なに」
「ドリア大盛りか普通盛りどうしますか?」
「あぁボーッしてたわ大盛りで」
「歳なんですからあんまり食べると胃もたれしちゃいますよ」
そう言われて直ぐに言い返す、こうして思うことは初めてでもなく戦兎のこと、ファウストのこと様々なことが増えるたびに思っていたことだ
もし何かあった時美空が一人になってしまったら、その時託すことができる存在というのは戦兎でも、知り合いでも誰でもない、この目の前の彼女としか思えなかったのだ
もちろんそんなこと言えるわけもなく、そんな考えも迷惑だと理解しては毎度一蹴していた筈が近頃は余計に思う所が強かった
「お口に合いますか?」
「うん、うまいよ葵ちゃんはホント料理うまいな」
「女性ですから」
そう言って笑う彼女は日本の大和撫子という言葉が良く似合う女性で、今も惣一が手をつけない限り何も手をつけなかったのをみてそんなもの気にしなくてもいいのに。等とも思えた
育ちの違いもあるのだから仕方ないものだ、奥の数人がけのテーブルにボトルについてか実験についてかを必死に語り合ってる若者2人
たった一人の愛娘だ、男は当然、女だろうと変に介入されて無茶苦茶にされたくはない、何よりも一人で育てたからもある故に感情移入が過ぎる
「お茶入れとくよ二人共」
「ありがと葵姉」
「葵さんおかわりってある?」
「今焼くから待ってね」
気も聞いて、優しく、包容力もある、誰もが夢見る女性なのかもしれないなと思えた。
オーブンの中にまた新しいドリアを入れて焼き始めた葵のドリアは結局冷めきっていて、残り3人は食べ終わっていたりした
戦兎に至っては二杯目のドリアで美空は皿を下げられデザートのオレンジが出されていた
「惣一さんも、あんまり考えてると疲れたまりますよ」
「おっ、ありがと」
「私のよく行く果物屋さんのオレンジとグレープフルーツなんで疲れには聞きますよ、すごく甘いんですから」
ドリアの空き皿が下げられて新しくまたオレンジとグレープフルーツが二つずつ乗った皿を出される
結局この子がいなきゃ自分たちは何も出来ない気さえしてくる、そういえば出会う前は美空をどうしていたか?なんて思えてもしまう程だ
いい歳をして1人シングルファーザーとして美空を育てるにしても金銭面は出来てもそれ以外は空っきしだ
「もういっそのこと嫁に来ねぇかなぁ」
「…え」
「は?」
「ええ!?」
ポロリと落ちた言葉を拾った3人、葵は小さく驚くが後ろの2人は目を零さんとばかりに見開いて、美空が近づいては肩を揺すっては何かを叫んでいる
戦兎も驚いた様子で何かを言っているが目の前の葵はなにか楽しそうに笑っていた
「じゃあ私は美空ちゃんのお母さんになっちゃいますね」
「えっあっ、いやその今のはそういうのじゃなくて言葉の誤っていうか」
なんとか収集をつけて片付けを始めた葵を見つめながら渡されたコーヒーを飲む、美空と戦兎はまた下に降りて研究に没頭し始めたらしい
ドリアの皿を洗いながらふと口を開く
「惣一さん」
「ん?」
「…私、嘘でもあんなこと言われて嬉しかったんです」
白い肌の頬が赤らんでそういった、思わず固まったが何もそれ以上言わずに彼女は洗い物をするものだから立ち上がりキッチンに入り隣に並ぶ
「冗談じゃなかったら俺のとこに来てくれる?」
もうすぐで五十路になるのに何を言ってんだかと内心思いつつも見下ろした彼女はあまりにも嬉しそうな顔をした
目線を外して俯いた彼女はあまりにも小さく返事した
「惣一さんの所じゃなきゃ私行けませんよ」
まるで殺し文句のような台詞を吐いた彼女の肩を抱き寄せてそっと唇を重ねる濡れた手がさ迷うのを掴んで指を絡める
娘になんていえばいいのかなんて思ってみても置くから小さく見えたのだから説明もいらないかと思って頬をまた緩めた
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