ジャグラス・ジャグラー






彼女がこの仕事を始めた理由はただ幸せを間近で見てみたかっただけだ
笑い合い手を取り合う新郎新婦たちがどれだけ嬉しそうなことか、恥ずかしそうに口付けをして誓い合う互いの一生、その全てが人間の美しさを語るように思えた

資料を片手に新たな結婚式をされる教会の中を見渡す、随分と遅くなってしまったために外はもう暗く教会の中は小さなランプが灯るだけであった

「こんばんは、美しいお嬢さん」

「っ、誰ですか」

「俺はジャグラス・ジャグラー、あんたを攫いに来た」

そんな教会の中で聞こえた低い怪しい声に驚きつつも冷静さを失わずに彼女は返事をする、男の言葉に疑問を抱きながらも睨みつけるようにしてみれば愉快だと言わんばかりに笑う

「冗談だ葵」

「どうして私の名前を」

「どうだっていい、にしてもあいつが惚れた女だから気になっては見たが…こんな夜更けに教会たぁ、熱心な教徒か?」

「そんなわけないでしょ、仕事よ仕事」

何一つ気にした様子もなく彼女は歩き始める、それでなくても仕事はあとを経たずに後ろが詰まっているのだから
教会の中、新郎新婦の控え室、何がどこに設置されているのか、細かなことを全て手に持っているメモ帳に記載する

「結婚式なんて神に誓ってまで人間は自分達の一生を誓うが、神がいなきゃそれさえできないなんて哀れだ」

「神が嫌い?」

「あぁかもな、ありもしないものに縋るなんて馬鹿らしい」

そう男は真面目な瞳で語る
危険性がどこかあるはずだが今は一切触れることもない、教会の真ん中イエス・キリストが十字架に貼り付けにされた姿が大きくある
彼女から言わせればイエス・キリストもジャンヌ・ダルクも人間の過ちであり、人にとって抑えきれぬ力であった

「神に祈っても誰も助かりはしないのは事実よ、けどそうでもしなきゃ人間は弱いんじゃない」

「それはお前もか葵」

「っなにするの!」

途端に豹変したかのようにジャグラーは葵の肩を掴み長椅子に投げつけるように押し付けた
手に持っていた資料やカバンにメモ帳すべてが落ちる、楽しそうに笑う彼は葵の上に跨りスーツのシャツの上から人差し指で胸をなぞった

「あのガイを落とした女だ、さぞいい身体をしてんだろう」

「どうしてガイが出てくるの」

「なんだ案外冷静じゃないか、まぁ俺とヤツは旧知の仲とでも言ってやろうか」

「なら離して、別に私とガイは恋人でもなんでもない仮にそうだとしても貴方がそんなことをしても意味が無いんじゃない」

「関係ないさ、あいつが人間を…たった一人を愛することは珍しい、だから気になってるだけだ、黙って俺を感じてればいい」

耳元で小さく囁かれた言葉、恐ろしいはずの言葉のはずがその反対に彼女に触れる手はとてつもなく優しいものだった
頬や髪を撫でて唇が触れ合う、相手を刺激しないために拒絶をしない彼女は先程から言われるガイを思い出した

「ガイは、私なんて愛してない」

「ほぉ」

「私は彼にとっての都合のいい女だから」

「ならこれは?」

シャツのボタンが外されて首元を指差す、そこには赤い印が残されていた
それを付けたのは紛れもなくあの男でありながらも葵は何も言えない、互いに愛があってはならないと何処かで決めていた
もしそれが崩れる時には彼女は深くクレナイ・ガイという男を求めてしまうだろう、それが苦しくてたまらない
風来坊の気の向くままに旅をする男の邪魔をできない、いいこのフリをしていなければならないからと言い訳をした

「こんなものまでつけてお前達は逃げるのか」

「んっ、貴方は愛がわかるっていうわけ」

「さぁ?興味が無いな人間共のつまらない感情は」

首筋に付いた赤い印をなぞる様にジャグラーの唇が触れる
今この場で普通ならば大きく声を上げて人に助けを呼ぶべきなのだろう、もしかしたらこの教会の神父くらいなら助けてくれるかもと、だが客観的に見てもこの目の前の男は異様な雰囲気を持っていた
人間的ではない、まるで近頃町で現れる怪獣のような恐ろしく危険な

「あーぁ、つまらねぇの…泣いて喚いて許しを乞うなら可愛げもあるのに」

「仕方ないでしょ、ガイにあなたの事を忠告されてるんだから」

「はっ?最初に言えよつまんねぇな、だから嫌いなんだよアイツは」

「だって貴方本気じゃないのわかってたし」

手を貸してもらい起き上がればシャツのボタンを止めて床に散らばる資料やカバンを取った
そういってジャグラーに笑えば苦虫を潰したような顔をされてしまう、ある意味意地悪をしたかと内心思いつつも、この男のことをいつの日か聞かされていた為にそこまで怖がることもなかった

「優しいのね」

「馬鹿らしい、あーぁガイも葵もつまんねえよほんっとに」

「今度は普通に会いにきたら?そしたらご飯くらいは連れてったげる」

「あんましそういうの男に言わない方がいいぜ、勘違いされて…食われちまうからさ」

最後の最後にそう言い残して唇を塞がれ消えてしまった、思わず手を唇に持っていき感触を思い出してようやく頬を紅潮させた
心臓が持たない…なんて小さく思いながら長椅子にもう一度座った、神の下で何をしているんだとまるで張り付けられたイエス・キリストは見つめているようだった。










その後の自宅

「それでジャグラーがね…ってガイってばなんか今日不機嫌じゃない?」

「いや別に(ジャグラーにされたこととか、否定されたこととか一切気にしてませんよオーラ」

「…こうして一緒に過ごす特別な人はガイだけだよ」

「おっ、俺は別にそんなこと」

「はいはい、ご飯おかわりいる?」

「あぁ頼む(複雑そうな顔」

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