香椎秀樹
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「よく似てるよ、茜と蘇我は」
少し赤らんだ顔でアルコール臭い匂いで歓迎会だったと帰ってきてから告げた中年の独身男は家に帰っても飲み足りなかったのか冷蔵庫の中のビールを片手に呟いた
あまり仕事の話はしないが、職場の仲間達の話はよく聞いていた、新しく入ってきた腕のいい部下だという蘇我という男のことを話していたはずがふと言葉を止めて呟いた
「どの辺が?」
つまらない深夜番組をコロコロと変えては指が止まらずに結局は最初のチャンネルに戻ってしまう
「どこまでも開いてくれない心とか」
「…別に香椎さんには私開いてるつもりだもん」
「本心は隠そうとするだろ」
人間誰だってそうじゃないかと少女は文句が出そうになる
蘇我伊織という男がどんな人物なのか話の中で知ったのは仕事のできる優秀で冷徹な男と言うだけ
チームに欠かせない欲しい人材であったとは聞かされた、そもそも少女はこの保護者代わりである香椎秀樹が警察官ではあるものの警察のどこに所属なのかどういった事件を担当しているのか、何も知らなかった
「香椎さんはそれを止めるでしょ」
「ん?あぁ茜が間違った方向に行くなら俺は自分が死んでも止めるさ」
「…お父さんみたいに?」
「あぁ、先輩みたいに」
父は警察官であった、母は近所のスーパーでパート、小学校高学年の頃だった
ある日家に強盗が入り、両親が目の前で強盗犯に殺された、母と夕食の準備をしていればチャイムがなり出た途端に大きな物音が経ち玄関にあった置時計の落ちる音、数分後に上機嫌で帰ってきた父を刺し殺して近づいてきた男
そのたった1人の男は『金が欲しかった…金を持ってるなら誰でも良かった』とテレビで言った
金は人を不幸にさせ、人間を欲深くさせ、何よりも負は連鎖した、男は逮捕されたとして残された人はどうなるのか
「どうして、蘇我さんと私が似てるの」
「…境遇も、感情も、犯人への思いも一緒だから、蘇我はまだいい警察官だしなんとでもなる、茜は違うまだ未成年で未来もずっとある、捕まるしきっとそれで達成感なんて得れない」
「未来なんてあの日から」
無いじゃないかという言葉を飲み込んだのは目の前の男を否定する気がしたからだ
不幸に見舞われた少女を引き取ったのは親戚でも里親でも施設でも誰でもない、ただの両親の友人であり父の部下であり後輩だった香椎秀樹という男だ
中学を上がり不登校を続け家に引きこもる形になれど彼は何も文句を言わなかった
分かりきっていたような顔をしていた、否定も肯定もせずただ頷いてくれるだけ
「大きくなったよ、綺麗になった…だからこそ忘れろなんて言わない
ただ俺は茜ちゃんにだけは幸せになって欲しいんだ」
あの日、葬式を終えた時
彼は少女の前に膝を付き涙を流して謝った、最後に別れたのが自分だったとあの時家まで送ればよかったと、近くまで一緒だったのに
命の恩人である香椎秀樹が泣きじゃくるものだから、涙が引っ込んだその背中を抱きしめて
『…いいの、香椎さん…いいんだよ』
誰が悪いわけじゃない、男はたった数十年刑務所に入れば戻ってこれるのだから
その時自分が男を殺してしまえばよかったと冷静に思った
また冷蔵庫を開けてビールを取り出そうとする彼を見てソファーから立ち上がる
冷蔵庫を無理やりに閉めてテーブルの上の空き缶の量を見て小さくため息をつく
「ほら香椎さん飲みすぎだから、ベッド行こう朝にお風呂入ればいいから」
「んー、茜」
「…なぁに」
「ごめんな、俺なんかと居させて…思い出させるのに」
きっと香椎は彼女を自分のエゴで引き取った、自分へと罪悪感をどうにか無くそうとした結果は残された子を引き取るのだと
あいにく遺産も何もかも一般的な量が残った、多額の資産があるわけでもないため金に眩んだ奴が飛びついてくることもなく
住んでいた家は引っ越してしまい、たった二人で一軒家に住み始め
毎日をゆっくりと過ごしいつの間にか10年近く立っていた
「ううん、いいの私きっと香椎さんじゃなきゃとっくに死んでたから」
互いに依存し合うように自身の悲しみを埋めるためだけに共同生活をしてるだけだとわかっていた、エゴをぶつけ合ってそれで満足だと
いつか本当の奈落に落ちる時、この男はその手を必死に掴もうとするのだと思いながらベッドに横になりながら子供のように魘されてる男の唇に触れる
「私好きなんだよ、香椎さんのこと」
だから息をしているのだというように少女は笑った、泣きそうな程に
苦しみの中でどこまでも足掻きながらたった1つの光にしがみつく様に
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