香椎秀樹




あーぁ…何度目になるか、時刻はもう17時を過ぎて半日近く掛けているはずなのに一向にうまく行かないでいた
あと数時間もすればこの家の宿主も帰ってきてしまうのに、どうしたものかと思いながら本を睨みつける

『初心者でも簡単!ラクラク!手編みマフラー! 』

と大きく書かれた本
もう11月も終わり12月の寒さが厳しい季節、相変わらず何ともない黒いコートを上に羽織っただけで何も防寒具を身につけない男に何かをあげようかと悩みながら、百貨店に行きふと目に付いたマフラーをあげたくなり
どうせならと本屋に行ってしまい手芸コーナーのこの本を手にしたのが終わりだった
かれこれ1週間は制作してるが途中で間違えたり、最初を間違えて全て解けたりだ
その為に自室のゴミ箱は黒色の毛糸でいっぱいだ、初心者ながらに2色もいれようとするのが間違いなのだろうかと思いつつも、赤色と黒色の毛糸はもう切れかかっていた

「…買った方が安かったなあ」

いいやつでも1万円ちょっとだ、それに長く使える手編みのマフラーはすぐダメになるかもしれない
おまけに毛糸も何十個目の調達か、箱買いした方が早いほどかもしれない、帰路を歩きながら寒さの風に身を震わせて出来るだけ耳元まで隠そうと顔をやっても、耳は寒さを訴える

「よっ」

「うぎゃっ!」

「えぇー」

突然耳に何かを押し付けられて悲鳴をあげれば聞きなれた声が聞こえて振り返る
そこには年若い男でも、優しそうな初老でもなく、ただのくたびれたサラリーマンのような男だった
けれど確かにその男が誰かわかって珍しくみた

「年頃なんだしもっと可愛い声が欲しかったなぁ」

「なにそれセクハラだよ香椎さん」

「冗談だってば、ごめんね…ほらこの通り」

そういって先ほど耳に当ててきたであろうペットボトルのレモンティー
冷えきった手にはその暖が心地よく目を細める、隣を歩き始めた香椎に隠すように袋を後ろ手に持ちながら有り触れたいつも通りの話をする
家に着いてからそそくさと部屋に入ろうとする前に香椎の声が聞こえた

「で、それは?」

「……それって?」

「その紙袋、近所の手芸用品のとこのだろ?」

「あー、服買いに行ってて袋破れたから」

警察官だけあってか鋭いな、と内心ヒヤヒヤとさせる、普段は2回りも離れている彼を老人だなんだのとからかう割にこういった時は厄介だった
隠してても仕方ないことでおまけに彼から貰うお小遣いで買っているのだからこそ隠してはならないものだ

「わかったよ…マフラー作りたくて毛糸買いに行ってたの上手くいかなくって」

「早く言ってくれよ、ビックリした」

「だってからかうじゃんか、あの不器用な茜がな〜とかって」

「はいはい、悪かった…っていうかマフラーくらい言ったら買ってくるだろ」

そう言われれば余計答えにくいものだ、香椎に渡すものとして作っており
おまけにそれは本人には隠したい、プレゼントと言えば誰かわかってしまう、とはいえ自分の分といえばマフラーを買ってくる可能性もある

「た、たまにはこういうのしたかったの私だってこれくらいできる女の子になりたいし」

「ふぅん、女の子だな…あんまゴミ増やすなよ」

そういったまま風呂場に足を進めたのをみて、時計を見ればまだいつもの帰宅時間よりも三時間ほど早かった
何かあったのかと思いつつも自室に入り今度こそと編み込み始める

「…マフラーかぁ」

湯船に浸かりながらそう呟いて、そういや最近寒いもんなぁ。なんて他人行儀な考えでいるが、職場のメンバーは何かと暑苦しいものだから感覚も狂ってしまったのだろうと苦笑いする

「ん?まだやってんのか」

風呂上がりに夕飯の支度もまだな様子で部屋に籠る茜を思いながら、適当にテレビをつけ夕飯の支度をする
女だから家事をしろとは香椎は一度も言わなかった、出来る範囲のことを出来るだけしてくれるとお互いの生活は楽になるだろうとは伝えた
だからこそ茜もそれなりの努力はした、そのお陰で食事は食べれるほどに成長を遂げたし、掃除もされてそれなりに家の中も綺麗だった

「夕飯できるぞ…っていっても無理か」

二人分の夕食を並べて一度部屋に声をかけに行こうとした途端だった
ポップカルチャーな曲が渋いガラケーから流れた、顔色を変えて急いで電話に出れば要件が手短に伝えられる
急いで服を着替えてコートを羽織、必要最低限のものを持ち靴を履き始める

「ちょっと、香椎さんどうしたお仕事?」

「ん?あぁ夕飯作っておいてるから食って先寝ててくれ明日まで帰れないかもしれないから」

「えっえっ、待ってよ」

そういって香椎より先に走り出した茜が玄関に戻ってきて、首に黒い何かを巻いた
柔らかな手触りに何も無かった首元が暖かい

「香椎さんにあげたかったの、不器用だから解けちゃうかもしれないけど寒いから一応…じゃあ、いってらっしゃい」

恥ずかしそうに笑う茜に一度目を丸くしたあと頭を撫でて、同じように笑う

「ありがとう、解けても使うから…いってきます」

最後に1度頬を撫でて、ドアを開ければいつもより寒さはマシだった
窓から見えた彼女の笑顔が何よりの糧になるな…と思うと同時に早く帰るためにも、そして今起きた事件のマル被のためにも一刻も早く解決しなければと思い足を進めた。






後日

「お土産」
「ありがとうございま……え」
「マフラー気に入らなかったか?」
「ううん…すごい嬉しい、同じ色だね」
「ペアみたいでいいだろ?」
「…香椎さんって案外子供みたい」
「男はいつでも子供だ、好きな子の前なら尚更」

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