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手足が悴む11月の終わり頃、実家から離れ一人暮らしを始めて早8年目にして借りていていたアパートの風呂が仕事を放棄した
寒さに身を縮めて衣類を脱いで急ぎ足で風呂場に入りガスをつけてシャワーを出した途端に地獄を味わった、天川宇宙26歳は全てにおいて鬱憤を溜めていた
大学を出て特に考えもなしにOLにはなったがそれなりにいい役職に付き福祉厚生もしっかりして、休みもしっかり取れた
だが近頃はその休みも取れないほど忙しく残業も多い日々を過ごした結果がこれで1人思わず苛立ちを感じながら着替えた
「…銭湯この時間空いてるっけ」
21時前を指し示した時計に溜息を零しながらカバンにタオルやシャンプーなど一式を持って、アパートの階段を降りて自転車の鍵を外して全速力で走り出した
真冬の空は綺麗だから帰りはゆっくり見ながら帰ろう、ついでにコンビニでデザートを買って嫌なことも忘れようなんて思った矢先だった、目の前に銭湯が見えたと思った時に次は自転車が仕事を辞めた
「えっあっ!!」
突如外れたチェーンに効かないブレーキここまで来たら不幸のオンパレードと笑いたくなるところだが、目の前に男が1人見えて思わず慌ててしまう
「危ないですから」
大きな声で叫んだが男は慌てた様子もなくまるでアクション映画の俳優顔負けにサラリと横に避けたあと自転車に乗った彼女を優しく抱きとめて地面に下ろした
大きな音を立てて自転車は壁に衝突して地面に転がった
「あっ、すみません」
「いや大丈夫か」
「はい、あっ急いでるんでごめんなさい」
個人経営の銭湯のドアには22時までの文字でほっと胸をなでおろして身体や頭を洗い湯船に体を浸ける
人のいない銭湯で大きく伸びをしてだらし無い溜息がこぼれた
先程の男性のことを思い出しながらも広い風呂の心地に寝そうになるのを我慢して上がり服を着替えて受付のある広い食堂等のある中で1人自販機の前で悩んでいた、ラムネと大量に書かれた自販機で小銭入れを片手にうんうんと唸る男は先程の自身を助けた男であった
「どうしたんですか」
「ん、10円玉が足りなくてな生憎札を持ってくるのを忘れて…だがラムネが飲みたいんだ」
「……お兄さんなんか変わってるね、さっきのお礼に私が奢ったげる」
目を丸くしたあとにクスクスと笑った宇宙は釣り銭ボタンを押して釣り銭を目の前の男に手渡して、自身の小銭入れから小銭を取り出してボタンを押し男にラムネを渡せば手馴れたように簡単に開けた
その隣の自販機にあるいちご牛乳を押して隣に立って飲んだ宇宙に声をかけた
「俺はガイ、クレナイ・ガイだ、悪かったな」
「私は天川宇宙、ううんさっき自転車助けてくれたから」
「あの自転車おやっさんがチェーン直してくれてたぞ」
「うわまじ?本当今日ついてないな」
ため息を零しながらいちご牛乳を飲み終えて、瓶をケースの中に仕舞う
生憎自転車の鍵を付け直す時間もなかったと思い出してカバンを持つ、閉店作業に入った亭主に感謝を述べて目の前の男、クレナイガイと共に外に出た
「ガイさん、でいいのかな…家は?」
「いや、俺はなんていうんだ…いろんな所を旅して回ってるんだ特にそういったところはないんだがな」
「こんな寒いのに?」
「あぁ寒さには慣れてるからな」
「いや、ダメでしょ…今日助けてくれたから1日くらいうちの家泊まってってくださいよ1人だしめちゃくちゃ狭くはないし」
「いいのか」
そろそろ野宿も堪える寒さだ、宇宙の提案に喜んで乗ったガイの腹の音が鳴った
それに連られて宇宙の腹の音も、互いに顔を見合わせて恥ずかしそうな顔をして笑い荷物を片手に歩き始める
「冬の空って本当綺麗ですよね」
「そうだな、宇宙には沢山の星があるがこうして美しいと思えるのもこの星ならではだ」
「ガイさん変な言い方するんですね、宇宙飛行士とか?」
「いやそういうわけじゃないが…あと敬語は別にいらない、気軽にガイと呼んでくれていい」
さりげなく自転車を押してくれる彼にそういわれ、整った顔立ちや低い心地のいい声に礼儀正しい等と今のところ宇宙にはいい所しかなかった
近くのコンビニで適当に買い出しをしてデザートもさりげなく2つカゴに入れて、手料理を振る舞うほどの余裕も材料もないために冷凍食品やコンビニ弁当を買って家に戻る
「宇宙は1人なのか」
「まぁ大学決まってこっちになってからは1人だよ、この辺は治安もいいし賃貸も安いし部屋も広いし三文得とはこの事だよ」
「そんなもんか、それくれ」
「はいどうぞ、そんなもんでしょあと商店街とかもあるから全体的に住みやすいよね、物価安いから都会過ぎないし」
テレビをみながら3LDKの部屋のリビングで2人は食事をした、宇宙の言う通りこの街は静かで治安もよく安い
駅までも自転車で約8分弱に家賃は4万3千円、コンビニは徒歩2分の商店街は徒歩5分、便利以外の何物でもないわけで職場に関しても駅2駅分のため頑張れば自転車でも通えた
「宇宙は頑張るんだな」
「そう?ガイは変わってるよね」
食べ終えたゴミを全部まとめてゴミ箱に入れてお互いに隣に立ちながら歯を磨く、時刻は深夜を回って日付を跨いだ
今日になったこの日の出勤時間は相変わらず7時45分であり、山積みの仕事にやる気がなくなる、冬は仕事の締めがあるために余計に増えるのだと思いつつもベッドに入って自身を抱く男を見た
「ほんと、変わってる」
「お互い様だ」
困ったようにそう笑ったガイは頬を撫でて額に優しく何かを当てた、それは唇なのかまた別のものか宇宙には考えるほどの余裕もなく眠気に身を任せた
「おやすみ宇宙、ありがとな」最後まで律儀にそう告げた男の声が聞こえた気がして宇宙は眠りにつき、翌朝6:30のアラームがなった
「夢かよ」
そう呟いて翌朝6:30のアラームに目を覚ます、自分の体のおもたさにため息を零しながら立ち上がりリビングテーブルの上を見れば1本のラムネが置かれていた、書置きには"遅刻しないように"とだけ書かれていたことに笑ってラムネの蓋を開ける
「今日も頑張ろっか…」
なんて呟いて窓を開ければ外には11月の最終日でありながら雪が積もっていた
どこかでハーモニカの音がしてそれに耳を澄ませながら歩き始める、今日は少しいい日になるかもしれないと思いながら。