キロランケ







一度目は「寒かったから」


二度目は「少し寂しかったから」


三度目は「なんでだろうな」



彼はそういって時折自分を抱いてくれた
女としてできた奥さんも、愛らしい子供もいるくせに、そういった彼を拒否したことは一度もなく、だめだといったこともなかった
それは自分が彼の一部になりたかったのかもしれない、大きな手が自分を撫でるたびその手に安堵して、唇を重ねるたびに味わう煙管の苦い味に惹かれて
きっとそれは彼が自分の知らないものを持つから惹かれているのであるとわかっていた、彼の優しい家族に顔を合わせるたびに心は押しつぶされそうになりながらも、隠れて知る蜜の味はたまらずに求めようとする貪欲さ



「やっぱりこんなのよぉ(良く)ないよ」


だから罪悪感に押しつぶされない間に彼の手からすり抜けた、怖くなったのだろうか彼のその優しさと寛大さと彼の胸の中の心地よさに眠りに落ちそうだったから
恐ろしくなってその手を跳ねのけた、なのに男は悲しい切ない声でいう


「今更離せないんだ」


ずるい言葉を使うんだとおもえた、大きな手は跳ねのけたくせにまた掴んでその腕の中に閉じ込められまた彼は抱いた
男は酷くて愛を囁くことはない、飴のように甘い言葉を吐く癖に愛だけはむけなかった、熱い視線を流してくれても、決してそれは愛する人に向けるものに変わらずだった


「ウチは...キロさんのこと、我慢するのに、ずるいやん」


彼の髪に手を流しいれて、頭を抱きしめる彼の口元は優しく笑っており困ったような素振りをみせもしないのは、それほど##という女を理解した末でのことか
文句も言わなければ罵詈雑言を浴びせることもなく、黙ってその関係で満足しようとして、けれど本心を隠すことなくいうのをキロランケは気に入っているのだろう


「あぁ、男だからな」


その一言で終わらせてはまた体を繋げる、どうしてそんな男を好きになるのか
これが好きだという、恋だというものではないとわかってはいる、そうでないと彼女自身が狂うのではないかと思えるほどだった
許してほしいと彼の愛する人たちにいってもきっと許されぬ罪を抱え込んでいるのだから馬鹿らしくもなることか
それでも抵抗できずに、すべてを貪り食らうように求めて涙を流してはその関係をつづけた


「...ウチ、好きな人できたんよ」


「いい人か」

寒い星空の下で彼の肩に頭を置いてそういった、嘘をついたことは何十回とあった、それを信じるふりを彼はずっとしてくれる
最初はばれないとおもっていたことは、彼の目を見てすぐわかった

まるで千里眼のように人を見据えてしまうその瞳が好きだといったとき豪快に笑って「今日はずっと目をみてろ」などと茶化すようにいったのも覚えている
彼から小刀をもらったこともなければ、贈り物一つもない、もし食料を贈り物にしていいのならば、もらったことになるがその程度
はっきりした男だとは思っている、そこが惚れたのかもしれない



「だから、キロさんと関係切るねん」

「そりゃあ...困ったもんだ」


なんてまるで子供に対しての反応をしては重ねられた手が絡めとられる、どうしてこうも嘘をつくよりも難しい行為ができるのかわからずに、泣きそうになる
だからこそ逃げようとしたのかもしれなかった、目の前に現れてくれた優しい青年を騙すように口づけた
煙管の苦いあの味はしなかった


「珠樹?」

彼とは違う優しい人は何も疑いもせずに毎日静かに己の身体を包み込むように抱いて眠ってくれた
誰かを騙すように足を手を口を動かして、そして彼に黙って抱かれた、理解して涙を流したとたんに彼は真剣な顔をしていう


「代わりでもいい」

今だけだからと、ケガをした今だけこのアイヌの村にいるのだからと彼はいって髪を撫でてくれた
少し固い髪質がチクチクと刺激して彼の柔らかい髪を思い出す、違う髭の生やし方、熱い吐息交じりの声と、悲しいほどの愛おしい優しさが苦しくなっていく





「キロさん、ウチやっぱアカンみたいや」

「ん?」

晴れた空の下で今度はそういって彼の隣に立っていた
触れないようにして、幼い娘と男二人を見つめながら話をして


「...あなたの優しさが、好きやったみたい」


嘘にまみれたあの優しさは結局自分を埋めてくれたすべてだったと理解した
困ったように彼は初めて笑ってそして煙管を吹かして、小さく笑い言う


「俺は、ずっと好きだったけどな」


それが嘘か真実か、見抜くことなどもう出来ぬことだった。




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