杉元










不思議だった、元から隠し事ばかりしているのは分かっていた
怪しいという訳ではなく、邪悪な雰囲気もなく、ただ隠し事をする彼女について問うことは出来なかった
それはアシリパの為であろうか、彼女が心底あの人を姉のように母のように大切に愛おしいと思えるからこそ傷つけたくないと思ったのか…
否、結論からいえば違うことだ己の甘えだと分かってしまう昔アシリパは小熊を見つけ可愛がった己にいった


「情が移ってはいけない」


その瞳は何よりも悲しみに満ちていた
情というものは簡単なもので、それが女と男であるならば余計に惹かれたものだろう


梟が鳴いた
アシリパは眠りにつき、2人きりの夜の時間は少なくない、いつも通り火を見つめて彼女は何かを懐かしんだ
独特な西の方言故に分かるが結局彼女は何処で育ちどう生きてきたか分からない
ただアイヌの文化に魅了されただけの女とはいえ何かを隠すためのような気がした、何かから逃れるような



「なぁ珠樹さん」

「ん?なぁに杉元くん」

「寝ないの?」

「眠ないねん、杉元くんは寝ぇへんの?」


声をかけるのは正直得意でも無かった、会話はすぐに途絶えた
つまらないはずの炎の真ん中を見て彼女には何が見えることか、愛した人?家族?夢?はたまた…自分か
時折彼女は酷く怯えた顔をする、美しい柔らかい女の肌に触れる時だ、乱暴をされたことがあるのか、酷く怯えて怖がり今にも泣きそうな顔を一瞬浮かべては相手の顔を見て安堵する
最初にそれを見た時は思わず驚いて声さえ出なかった、普段優しく笑ってばかりいる彼女だから思えたことか


「なぁ、なんでそんなみるん?」

「あっ、みてた?」

「めっちゃ見とるやん、穴空いてまうわ」

「ごめん、珠樹さんが綺麗だったから」


まるで女を落とす気のようなその台詞に思わず固まった
自分の口はなんと軽くて適当な口か、普段はそんなことをいうことなど滅多にない、アシリパに珠樹、両者ともに確かに整ってはいるが決してほの字という理由でもないのに
目の前の彼女は目を丸くした後にクシャっとした笑顔をした


「なんや、何年ぶりにそんなこと言われるもんやわ…照れるなぁ」


止めてくれ、そんな優しい瞳で見ないでほしいと言いたくなる
疑いを掛けたのに彼女のその目は仏のように思えてしまう、立ち上がった彼女が隣に来ては座った、また炎の真ん中を見つめていった


「ウチのこと、怪しい思うやろ?」

「…べっ、別に…なんでまた」

「君は正直者やからね、ええ子やねんな」


まるで子供を扱うように帽子を取られてはクセの強い黒い髪を撫でられた
その指がゆっくりと頬を撫でて、唇をなぞる、危険な甘い蜜の匂いがした、これ以上行けないと警報が成り続けている、指が絡められてその手を取られては彼女の衣類に指先が触れてくるみボタンが外れては彼女の肌が晒された



「…醜いやろ?」


そういった彼女の肌は杉元のように大小とたくさんの傷が見えた
癒えてはいるが、痛々しく一部分は焼けただれ、また一部分は肉が抉られ、切りつけられた傷撃たれた傷まるで実験のような傷跡


「なんだこれ、珠樹さんは俺みたいな兵士じゃなかったろ?」

「そやで…ウチな?大日本帝国様の実験体やってん…人はどれ位の拷問に耐え抜けるかとか、女として産まれて育ったんや…なら女ならその身体を使って男を殺せるなら…捕まった場合どんな痛みも耐えなあかんねん」


そうやろ?


彼女は優しい声でそういった、彼女の両親は根っからの軍人気質であり、女とで使えるならば使うのが当たり前だった
だからこそ幼いながら珠樹はどんな相手だろうと魅了し、もしバレても決して何も漏らしてはならないと教えられたのだ
寒い外の空気に彼女の肌が晒された、醜いよりも痛々しい傷が彼女を支配する


「珠樹さん、服着なきゃ寒いから」

「気持ち悪い思ったやろ?」

「そんなことないから」

「こんな男を魅了しては、それで殺すんやもん、娼婦よりも気味悪いし気色が悪いやろ」

「ありえないから」

「死んでくれ…って思ったやろ」


まるで誰かを重ねたように彼女は言った
思わず肩を掴んで、そのまま自分の胸に彼女を包み込んだ、触れた指先に傷跡が触れる、自分の傷以上に痛々しく思えるのは他人の体だからだろうか
彼女の短い髪を撫でた、いつも母のように姉のように優しくしてくれるように、その髪をなでる



「…ウチな…怖いねん」

「うん」

「アシリパちゃんにも、この傷見られた時な…拒絶させるんちゃうんかいうて…」

「うん」

「アイヌの人らはウチをきづかってくれたんや…優しゅうしてくれて、逃げるように来たウチを保護してくれて…」

「うん」

「でも、杉元くんには…見せたら気味悪がられる思った、そうやってみんなウチを置いてった…『お前みたいな醜い女』って、だから表面だけ良くしようとしたんや…けどな、君がだんだんこわくなったんよ」



震えてる指先を包み込んで彼女の話を黙って聞いた


「…君が、あんまりにも…優しゅう笑うから…ウチ…怖なったわ、さっきだってそうや…君が名前呼ぶから…あんまりにもウチの醜さが際立つから」

「俺は、珠樹さんを疑ってた…珠樹さんが思うよりもずっと俺は最低の人間だ、殺人マシンと何ら変わらないかもしれない」


彼女を包む体が強ばって、炎を見つめるしかできなかった


「けど、その話聞いたし体見たって俺は思うよ…珠樹さんは綺麗な人だ」


その言葉に珠樹の頬が紅くなる、その反応に思わず杉元も釣られていき二人して顔も見れずに抱きしめあっていた


「…ふふ、ははは…ねぇ、杉元くん」

「なっなんだ」

「やっぱ君いい男やわ、ありがとう」


そういって彼女は服をまた直して立ち上がる


「…ええ人、見つけて幸せになってな?」


少し寂しそうに見えたのは気のせいか、それとも
考えても仕方なくアシリパの隣に行った彼女にほっと胸をなでおろす、心拍数が異常なほどあがってるのがよくわかった、眠る彼女を見たあと深く溜息をつきようやくその夜に身を包み眠りについた

梟がまた一つ夜を告げるように鳴いた

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実は没ネタ

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