尾形






庭で小鳥がため息をついた寂しそうな顔をして、主がいない訳でもないのに口数さえ少なく何かを抱えたように

「…どうしたんだ、あんたらしく無いな」

「最近来てくれなくって」

ふと白く細い手の中にあるのは皿に乗っけられた朝食の鮭の切り身だった
小鳥という名の少女を見て男はあぁまたなにかに餌付けをしているのかと察した、気を向けて声をかけたのは間違いだったと溜息をこぼして家に入ろうとした時だ

「ねぇ」

少女の声が小さく聞こえた、振り返ってなんだと聞こうとする前に言葉が聞こえた

「これ、食べる?」

「…馬鹿か」

呆れてため息も出やしない、そう言っていればタイミングを見計らってか、俺の飯はやらないぞと1匹の黒と白のぶち模様の猫がやってきた、ふてぶてしい顔に片耳が少し千切れて顔には大きな傷を作って、よくみれば体も毛に隠れて入るがところどころ傷だらけで、無性に一人の男を思い出した

「あっ来てくれた」

嬉しそうに笑ってその猫のそばに行けば猫は慣れたように少女の足元に寄って、渡された皿の上の鮭を美味しそうに食べる
外縁に座って眺めていたのを目が合えば突然毛を逆立てて威嚇をした猫は大きく声を荒らげて鮭を咥えて逃げていってしまった
ジトリとした少女の目が男を捉えて

「怖がらせないでよもう」

そういって皿を片手に隣を通り過ぎていってしまった
よくよく見れば木の裏からまだ様子を伺っている猫に興味もなく、音を立てて窓の扉を閉めた

それからも猫はやはり来ていた、少女にいたくベッタリと懐いて時に喉を鳴らし庭で遊び回って、老人である二人にも猫は静かに甘えた時に牛の鍛錬にも付き合っていた、残りの二人に至ってはまず見ることさえなかったほどだ

「…最近めっきり来なくなっちゃった」

また寂しそうにそういうものだから、大抵慰めの言葉をかけるものなのだろう
尾形という男にとってそんな言葉は存在しなかった

「どっかでくたばってるんだろ」

所詮は野良猫で、この寒い北の大地では寒さに負けるのだって不思議には思えない
野生動物なのだから、来なくなったって普通ではない、当たり前のことだがいつも来ることに慣れた少女からしたらそれは普通ではないのだろう寂しそうな顔をして、外縁に腰を下ろして雨の日も雪の日も快晴の日も2週間ほどずっとみていた


「あの子、この間死んでたの」

ある日の暖かい日、少女はようやく口にした
驚いた様子もなく、興味がある訳でもない、ただ黙った

「町に買い物に行こうとしたら道中で血だらけで溝の中でいて、私…悲しくって…だから冷たいあの子のこと抱っこして夜中にここに埋めたの」

ボロボロと泣き始めた少女に何の感情も持たずに、外を見つめた
空気か冷たくなったと感じる時には雪が降り始めたが入ってこようともせずに薄手の袴を着て、庭を見つめた
地面に積もり始めても少女は入ろうとせずに頭に傘地蔵のように雪を積もらせて、飽きないのかと聞きたいほどに泣いていた

あァ仕方ないと根負けをして立ち上がり重たい腰を持ち上げて、傘などといったものがないために自分の着ている衣類を頭にかけてやる

「お前に死を見せたくなかったからだろ」

きっとその血だらけの体で猫は歩いたのだろう、人間にやられたのか喧嘩なのか分かりもしないが、きっと少女を思って
そしてひっそりと隅っこの溝の中で眠りについたのだ

「それだけ、愛されて猫だって幸せなんじゃないのか」

「ほんと?」

「さぁな、知らないな」

真相は猫の中なのだから、はぁっと小さく溜息をこぼして少女を見た
吐いた息が白くなり、鼻の先は赤く染まっていた、指先まで白く見えてきて仕方なしに座る少女を抱き上げる
文句を吐くこともな首に腕を回され少女の匂いが広がる
あぁ死ぬ時はきっと猫と同じように自分もこの少女を思い出すのだろうと思えた。


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