眠れし獣




千里眼というものは厄介で知りたくないことも知りたいことも全て聞こえてしまう、人々の苦しみも悲しみも喜びも平等的に聞こえた
この世界で聞こえた声も変わらない絶望の声ばかりで、ただ弱き民を守れるならばこの力を使ってよかった
近頃は獣の群れがさらに増え、山の中とはいえ盗賊さえもよく見かけた、矢を放ち弓を引く、それだけの作業で守れるならばどこまでも引いた

その日も何も変わらない、苦しくて悲しくてどうしようもない声が聞こえた
人気の無いはずの村の外れは獣の餌場にもなっていたはずの更地、見慣れない西洋の服をまとった少女は顔を青白くさせていた
その少女の声に自分が確かにいた、そして自分がしてきたとされることもそして何よりも彼女の気持ちが

「…あぁ、酷いやつなんだな俺は」

生前人は自分になど近寄ることを恐れた、神のような力を使う自分を讃え拝むことはあれど友人は、恋人は、何もかもなかった
だからこそ自分に近い王を慕ったのだろう、襲いかかる複数のキメラが気づかないことをいいことに矢を放てばそれはまるで決まった道を走るように射抜いてしまう
怯えきった少女は涙溜めて見せうずくまる

「なんだ迷子か?」

「アーラシュ?」

目眩がしそうなほどこの娘は俺を愛していると感じた、そして恐れと後悔と、悔しさと、すべての感情に限界がないほどのものを向けられた、それが1人の者の感情なのかと疑いたくもなるほど
未だに立ち上がれない少女に手を伸ばせば重ねられる、小さな手の甲にはマスター令呪が示されておりあぁこんな小さな身でありながらと思いつつも立ち上がった少女の重みに思わず目を丸くする

「アーラシュ!!」

名前を呼ぶたびに心の底、いや、英霊の座にいる自分の本体データ自体が動かされているのだろう
守ってきたはずのこの少女が悲しい程に愛おしく、そして何よりも申し訳なさと苦しさで埋められる
ため息混じりに少女の背中を撫でれば心底嬉しそうに彼女は微笑む、獣の匂いが消えたとはいえもうすぐ夜更けであり村には腹を空かせた民が残っていた、とはいえ置いていくわけにも行かずに仕方なしに落ち着いた少女の背中を優しく叩いた

「俺のことを知ってくれてるようで何よりだが、ここは危ない…あんたマスターだろ?どういった理由できたかは分からないがそれも踏まえて村に来てくれないか」

「うん…ぁ、えっとその」

「澪っていうんだろ」

「知ってるの?」

「まぁこれでも英霊の座にはアンタの名前も俺の所には焼き付いてるからな」

そういった途端に暗い顔をしたことに思わず責めたかったわけではないと言おうにも言葉が足りずに澪の手を引く
懐かしいような感覚を感じつつも彼女は静かにただ付いてきた、いままでも沢山の困難を迎えていた為かそれなりの距離のある村までも根を上げずに
ようやく見えた村に入ろうとする直前、当たり前のことではあるが澪の前に現れたのはこの村の長の役割を持つ山の翁であった

「その娘は」

「さっき狩りで襲われててな…1人らしくて連れてきたんだ」

「その割にはえらく身奇麗な」

「まぁそれはおいおい話をしよう、ハサン殿も聞いてるだろ…新たにやってきた旅人の話は」

「……旅人、それってどんな子かとか分かりませんか!私ずっと探してて」

「落ち着けってほらほら、な?取り敢えずは害はなさそうだし…俺を信じてくれや」

「むぅ、仕方ありませんな」

澪の取り乱し様をみて2人は思わず自分たちの言い合いになりかけていたのを止めた
ともかく今は休息が必要だと思いつつも彼女はアーラシュから離れることがなかった、小屋の準備をするとは言うものの澪はアーラシュの服から手を離さずまるで捨てられた犬のような顔をしているもので仕方はしに自分の小屋に連れていくとハサンに告げれば生真面目な彼とまたもや言い合いとなった

「アーラシュには、その…私との記憶もあるの?」

「ん?まぁな…召喚された時にはもうあったな」

「ごめんなさい私あなたに」

「いいさ、俺はただ成すべきことをしただけさ」

そういいながらも澪の頭を撫でればまるで花が咲いたように微笑む
心のどこかでこの娘を独り占めしたい愛したいと願うこれこそを愛だと感じながらも彼女から微かに臭う自分と同じ魔力の匂いに違和感を抱く
澪が手に持っていた荷物はカルデアからの支給物であり簡易召喚機だった、通信が使えない今は兎に角自分のパートナーを呼ばなければならないが隣に立つアーラシュをみて複雑そうな顔をした

「あのアーラシュ、もし今あなたがもう1人現れても驚かないよね?」

「いやまぁ驚くとは思うが」

「うぅ…やっぱり今じゃなくて明日にしようかな」

自信がなさそうにそう呟いた澪はなんとも嫌そうな、けれどその本心はアーラシュには見えきっていた
次に会えば気まずくなる、また体を繋げるのが怖い、沢山の考えがアーラシュの中に宿されていく、召喚機を広げて令呪を掲げればそれだけでどこからともなく部屋には風が吹いた

「いいんじゃないか?今日は疲れただろ」

「…え」

「それより水浴びと飯にしねぇか」

「いい…のかな」

不安と恐れが彼女を支配していた、痛いほど伝わるそれに思わずアーラシュは苦しそうに微笑んでは頭を撫でる
幼い少女らしい彼女の大きな瞳が丸くなってみつめた

「いいさ、支度がいるだろ」

そう告げて狩りたての新鮮な獣肉を捌いて焼いていく、あいにく彩や見栄えや味などは保証はできかねないが食べても平気だろうと予想していた
獣肉のスープをゆっくりと食べながらの頭の中はアーラシュの黒い影のような存在を思い浮かべては心中穏やかではないはずだった
曖昧に笑った彼女に水浴びのできる場所に案内をして片付けをしていく、この村では他人の面倒を見るほど余裕もなかった
あの山の翁が口うるさく言うのも仕方ないものでありながらも、この娘だけは欲しいと獣のような欲望が身体の中で吠えていた

「アーラシュ、戻りました」

「おうおかえり、疲れたろ?寝ないか」

「うん、ありがとう」

夜に経つにつれてまるで心の奥底でなにかが叫んでいる気がした
自身の寝床を使う澪の頭を撫でながら見つめても何も変わらない

「…あぁ狩りにでも行くか」

ふと呟いて震えていた手を握りアーラシュは弓を用意した
自身の高まりを抑えるためとはいえ限界は近く深く息を吸って夜更けの村の中心に立った、月が見下ろし今日も聖都はどこかで誰かを断罪する
己を守るためだけに生きているのだと薄情ながら思いつつ足を進めた

「アーラシュ殿、アノ娘はならん」

「なんだあんたもいたのか」

「アノ娘は貴殿を惑わせる、墜落させる悪ではないが…恐ろしい存在となりうる」

「あぁわかってるさ、それでも欲しいと思えるんだ…俺は人間であるのかもしれないな」

そう笑ったアーラシュは足を進めていくことをハサンは何も言えず見つめた
闇の中に消えた狩人の臭いはどこにも無く、ただ人々の寝息と嘆きと苦しみだけがこの村には残り続けていた。