愛と罠


何となくその日は不気味な程に月が綺麗でいっその事自分は食べられてしまいそうだと感じる程の月、見ていて恐ろしい程のそれに引かれるように家から内緒で飛び出して森の方に歩いていったのだ
どこかも分からないその場所にたどり着いた時だったカラスはまるで興味本位でコチラを見つめては飛び立っていく、どこかで人の悲鳴が聞こえたのをきっかけにここにいてはならないのだと本能が告げた、兎に角道を戻らなければならないと思って来た道を戻ろうとしたが道はそこにはもう無くなっておりまるで世界に拒絶をされた気分だった
兎に角どこか離れなければならないと思った時だった、ガチンッと大きな金属音と共に壮絶な痛みが左足に現れた

「っえ、なにこれっ」

まるでクマや害獣のためのような巨大なトラバサミは足を貫いた、大きな悲鳴が出て涙が零れ、今は外さなければならないと腕を動かしても痛みに手は力が入らない
ガサガサとなにかの音がした、誰か人が声を聞きつけて助けに来てくれたのだと思わず顔を上げたその先にはマスク姿の男が1人立っていた






「おい」

男の低い声が聞こえてベッドから起き上がり布団から足を出せば赤く血が滲んだ左足が見えた

「治らねぇな」

ぶっきらぼうに告げながらも足の治療をしてくるこの男が優しい訳では無い
この少女、ナナシはあれからもう3ヶ月以上経っていた、足が治らない理由も治る度にトラバサミを足にやられたからだ、男は告げた「逃げるなんざ考えるな」まるで死刑宣告を受けた気分で彼女は黙ってこの男の指示通りに生きていた

「あの」

「あ?」

「今日は、いかないの?」

いつもこの時間になればそろそろ儀式の時間でエンティティに急かされる筈なのにと思えて告げれば新たに傷がついている男をみた

「いい」

口数少なく告げた言葉にナナシは多少の不安を抱えた、ナナシは特にこの男を恨んでもまた逃げたいとも思ったことは無かった、痛いことは嫌だがその程度で衣食住も問題なくあり
傷だってしっかりと直してもらえる、外にだって体調がいい日には出してもらえる、与えられている家の中はホコリ臭くもあるが時折掃除をしているため問題もない

「こっちに座って」

あまりにも彼の肩に新たに増えた傷は痛々しくそう告げれば黙って足を治療していたのを止めて隣に座った、上半身に力を込めて立ち上がり、彼の肩に消毒液を塗りたくり血を拭ってやり包帯を巻いていく
呻き声が小さく漏れることに彼も痛覚はあるのだと失礼ながら実感する、この場所は儀式をしているのだと聞いた、エンティティに生贄を捧げなければならないはずの彼が不機嫌そうに部屋の中にいるものだから気を使ってしまって仕方がなかった

「どうしたの」

そう聞けば如何にも聞くなというような拗ねた顔にも似た表情をしたトラッパーの体に包帯を巻いていくものの傷は多く包帯も底をつきそうであった

「言いたくないならいいけど」

何があったのか何故ここに彼は囚われているのかわかるわけもなく、だが生きている身としては此処は地獄と変わらない世界に思えていた、永遠に続く鬼ごっこは生存者も変わらないのだろう、そのおかげで彼はよく同じ人たちの名前をだしていたからだ埃臭いこの家から出て行こうとした時もあったがそれは無意味で家の周りにもビッチリとトラバサミが設置されていたのだから
そうまでしてこの男が引き止めたい理由も自分に対して執着する理由も未だわかることはなくただわかることは生かされていると言うことだけは確実だった、そう考えていれば手元にある包帯はちょうど切れてしまった、だがしかしまだ腕や足の傷が残ったままでありナナシは足に力を込めて立ち上がろうとした途端に腕をつかまれ、思わず振り返りマスクをつけたままの彼をみた

「どこにいく気だ」

「包帯切れちゃったから、いっぱい傷あるし治さなきゃ」

「逃げる気か」

まるで怯えた子供のような目がみえて掴まれた腕を見つめた後に目をみた

「エヴァンを置いていかないよ」

今更どこにいったとしても自分には何もないのだ、いつからか彼が可哀想な男に思えた人を殺めることは到底許せることではないがこの生活に苦痛を感じることさえなくなってしまうほどには狂ってしまったのだろう

「ナナシ俺を一人にすることは許さない、お前が死ぬなら俺も死んでやる俺がお前を愛してやる」

まるでそれは呪いだったそれでも心地よくて彼の胸に寄り添った

「うん、大丈夫だから一生私を愛して殺してね」

きっとこの二人だけの世界になったせいだそのせいで狂ったのだと言い訳をし続けて何も知らないふりをして目を閉じた、ジワリと痛んだ足はまるで互いの生き方を表しているようだった。

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