チャイルド・プレイ



恋人を作るのは初めてだった、それでも世間的にも、彼女自身の体感的にもあまりにも遅い気がした
人に付き合っていることを隠している訳でもない、けれど頻繁に人様の前でだらし無い真似をするわけでも時にライバル、時にパートナーとして生きている

「まだ早いんじゃねぇの」

二人きりの部屋の中でそういって近づいた彼女の肩を彼は押して苦しそうに微笑んだ
心は悲鳴をあげていた、この人は私の事なんて愛していないのかもしれないと。手を繋ぐことだって数える程度抱擁なんて以ての外、なら接吻は

あるわけなんてない


「お茶子ちゃんまた緑谷くん見てる」

「へ?!そ、そんなことないよ」

焦ったような顔をした友人を見ながら心浮かない彼女の横顔、恋をすると人は優しくいとおしくなる
切島と付き合いを始めた彼女、和泉ナナシは確かに変わった、人との壁を徐々に壊して行った、個性とも向き合いをしっかりとして誰よりも更にヒーローとしての高みを目指した
けれど切島鋭児郎はそうじゃなかった、最初から何も変わらない、ナナシがいようがいまいが

「ナナシちゃんもいいなぁ、切島くんと楽しそう」

他人からどう写っているのか不思議で堪らない、入学後の体育祭で好きだと伝えられてから彼のアタックは激しかった、半ば折れるような形で了承したことに喜んだ彼は宜しく。とだけ伝え握手をしたそれからも変わらない触れれば拒絶しけれど交際を続けるのだという

「好きなのかな、切島くんって私の事」

「えぇ、あんなに好き好きアピールしてるのにわからんの、そりゃあ好きだと思うよあんなに毎日毎日熱視線浴びせて」

語ってくれる友人の言葉を信じていないわけじゃない、愛がわからないなりに努力をしているつもりだった
お互いの家に二人きりだとしても彼はキスひとつもせず早いと制した、その言葉以来胸はチクチクと痛みを刺激する

「そんなに心配しなくても好きだよ」

友達の言葉は甘くて優しいからこそ嘘に思えたのだ

チャイムが鳴ると同時にみんなが帰っていく

「ナナシ帰ろうぜ」

「私図書室行かなきゃ」

「なら着いてくわ」

荷物を持って友達と言葉を交わしつつもナナシの帰りの用意を待つ切島は焦っていた
和泉ナナシは神秘的な人間だ、同じ15歳とは到底思えないような冷静さ、ヒーローとしての強さ、けれどこのクラスの仲間のような傲慢な高慢な態度を見せるわけでも謙遜する訳でもない、ただ我が道を進むだけだった
放課後の学校で密かに勉強をしていること、誰よりもバレずに努力しようとする所、すべてが切島鋭児郎を魅了した

「ん、それ読まなかったか」

どう接すればいいかわからなかった、体育祭のあの日ナナシは個人リーグの時轟も、爆豪にも勝ち抜いた
女であるのに、あんなズルい個性なんて
彼女を知らぬ周りの人間は酷い言葉を小さく吐いた、体育祭の裏で彼女はメダルを虚しそうに見つめては深く溜息を吐いていた
俺は知っているんだ。と言いたくなったのにそれ以上に素直な言葉が出た

「和泉のことが好きだ、俺がお前のこと受け止めるから俺と付き合ってくれ」

その時の顔は面白かった
あんな女の子の子供みたいな顔をするんだってわかったから、それから難しかったどう接したら正解か分からなくなって、けど好きだけはずっと膨らんだキスをされそうになった時に驚いた
きっと抑えられなくなる手を繋ぐ時だって手汗や心音が異常になる、大切にしたいこの個性は人を傷つけるためじゃない守るために愛する人を愛して守る為

「よく覚えてるね、これ別の翻訳バージョンなの」

なんだって知ってるさ、お前が好きだから
言いたい、抱きしめてキスをして離さないでいたい、なのに恥ずかしくてできないんだ苦しくて出来ない
髪を少しだけ耳にかけて目を細めて表紙を見つめては嬉しそうに微笑む、いつも本を借りる時にする仕草に胸が高鳴る

「付き合わせてごめんね」

夕日が傾き始める頃には学校から出て駅に向かう
小学生の声が耳に響く、手を繋ぎたいのにと頭の中で思う

切島は何も言わない、小さく笑ったりするだけ、けれど些細なことを見ていて数冊借りる本を全て覚えていて同じタイトルなら「同じ」といい新しいものを借りるとジャンルや面白いのか。と聞くけれど文字ばかりの小説を見て彼は難しい顔をする時も楽しそうな顔をする時もあった
何事も否定はしない男ではあったからこそ心地がいいのだろう、図書室で本を借りる時どうしてもいつも長くなってしまうのは切島が居てくれるからだろう
これは?あれは?それは?なんて聞いてきたり上の本を取ってくれるのも求めた本を探してくれるのも、切島鋭児郎だけだから

「そういやさ、こないだの授業だけどさ」

「うん」

自頭は悪くない切島だがナナシは学力もそれなりに上だ、聞くことも少なくはない
駅が近づいてくる、お互いの家の方面は反対のために言葉数が減っていく、夕焼けはもう消えていった赤黒い空が変わっていく

「電車まだあと15分もあるね」

胸がほっとしたのは離れたくないからだろう、何を言おうと思おうと好きは変わらないのにこの距離感も永遠に変わらないまるで何年も付き合ったカップルのような難しい距離
明日の授業なんだろう、そういえば今日の相澤先生、今日も爆豪怒ってたな、今日借りた本…たくさん言葉が出てくるのに時間はすぎて電車がもう来るんだとアナウンスが流れた、別れを告げるような電車のメロディが流れ電車が開いた

「じゃあまた明日ね鋭児郎く」

腕を引かれたのは一瞬で、その間にされたことだってほとんど分からないのに彼は真っ赤な顔をしていた、赤い髪の毛に負けないほどに真っ赤な顔は彼の男気に反しているのじゃないかとナナシは思った

「大人になったら、俺が立派なヒーローになれたら、全部我慢せずぶつけるからごめん」

そういった彼は電車にナナシを押し込めるように入れた、人が少ない電車だったからよかった
あのまま駅のホームに残ればきっとナナシは我慢ができなかったろうと思った、彼を望み続けたことだろう
揺れる電車の中で唇に触れながら余韻に浸った


「大人になったら…か」

その言葉に胸を高鳴らせた、はやく、はやく私達は大人になれればいいのに
だなんて彼女はやましく思考をめぐらせた、その頃にはもう今日借りた本の事なんてどうでもよくなっていたのだ。


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