天使のささやき


人生においての過ちとやらは何時ごろ起きたのかと思い出してもきっと初めからなのだと考えた
だからこれも必然的でこれも当たり前のことなのだと言い聞かせるしかない、悪夢であればよかったけれど殴られた頬も破られた衣類も何もかもが真実でしかなくて、泣き叫ぶことも抵抗することもなく受け入れるしかないのだと考えた

「そうだ、そのまま黙ってりゃあすぐ終わらせてやるよ」

男達がそう笑った、きっと一人暮らしなことはずっとバレていた、マンションの3階に住んでいたのに帰り道に襲われるなんて等と考えてもそこまでして飢えていたのかもしれない
禍々しい男のブツが目の前に向けられてそこでようやく気持ち悪さを感じて助けて欲しいと足を動かそうとした、何度もぶたれた頬は痛みさえ忘れそうだ
男のブツが2つ口元に近づけられれば恐る恐る手を伸ばして力強く握って噛み付いた
あぁ最低だ、好きな人ともキスしたこと無いくせに、怯んだ男達のことを置いて大きな怒声が聞こえる、追いかけてくる音が聞こえる
逃げなきゃ、私はきっともう生き残れない、いや生き残らなくていい、死んでしまった方が楽だ


「あぁ、いいや」

ここがどこも分からない男達の足音が聞こえる、男達の手には小ぶりだがしっかりとナイフがあった、痛いだろうと思いながら赤い満月を見つめた
私の人生に意味があったのかと考えても意味などあるわけもなかった、後ろにいた男達の声が途端に消えた、可笑しいどこかに行ったのかと思いふと後ろを振り向いた

「あ」

そこには男が一人いたのだ
恐ろしい仮面をつけてエプロンを身にまとって手には大きな鉈で足元には先程の男達が転がっていた、頭から大量の血を流して呻き声を上げて

あれから、何日だろうか
エンティティと呼ばれるモノの儀式にぶち込まれた、どうやら1つの場所に閉じ込められ4人の人間を殺さなければならないのだとトラッパーは告げた、初めに彼女を拾った男はもう長いこと刺せられているのだろう「新しいキラーか」などと呟いた
ナースと呼ばれる足のない女性に渡された衣類に身を包み渡された髑髏の仮面をつけた、最初から人を傷つけることに罪悪感も気分の悪さも心地良さも感じなかった、申し訳ない時はあるがそれでもエンティティに罰されることの方が嫌だった
人間は愚かで自分を守るためなら弱い存在を喰らうのは当たり前のことだった

「あ、また罠壊されてる」

折角したのに…とため息を零した
トラッパーに教えて貰ったトラバサミは改善を加え外しにくい上に壊すことも難しいはずがそれをしてると言えばジェイクか。と考える
あの男は特に破壊工作に徹しているらしく先程もドワイトをフックに吊ろうとした際も先に目の前のフックを壊していったほどだ、それのせいでドワイトも体を直している
苛立ちは積もって仕方ない、あれほどジェイクには気をつけろと言われたのに。と思いつつ足を進めるそれにしてもサバイバーたちが見つからないきっとどこかに隠れているのだ恐ろしい存在だと思われなければならないのに誰も怖がることもない逃げられて発電機を付けられ挙句の果てに同情までされる

「変わらないなぁ……ぁ」

そう呟いた瞬間だった目の前にまるで野ウサギのように縮こまりフックを壊している最中のジェイクがいた、これは占めたものだ心音をあげないようにと音を消して近づいていく
あとすこしだと思った矢先だった

「来たな」

まるで彼は狙ったように立ちあがっては綺麗にライトをあてた上に目の前でフックを破壊した、嗚呼本当苦手だ
学生時代も社会人になってからもずっと今みたいに何かに失敗し続けている、昔付き合った男に言われた「お前は生きるのが不器用なのにしぶといよ」相当な悪口だとわかってながらも本当にその通りであの日あの時もトラッパーに助けられエンティティが契約を結んでくれたおかげで生きている、死ぬという選択肢がまるで無いように生きている
考えていれば大きな音がなり発電機の終了を合図した、嗚呼怒られちゃうから。なんて急ぎ足で出口に向かえば待機していたドワイトもメグもネアも「お疲れ様」なんて片手を上げて笑顔で帰っていった
思わず涙が出そうで強くドレスを握ったナースにシワになると言われてしまうが気にもしなかった

「何泣いてんだよ」

「っ」

ふと目の前にいたジェイクにまだ脱出していなかったのかと考えた
彼女より高い身長のジェイクは困ったような顔をした、仮面越しに見る顔のためにハッキリとは見えにくかった

「ナナシ」

その名前は殺人鬼として存在してからエンティティに授けられた名前だ、新しい自分として生きるのだと教えられた
前の名前を言うものはここにはいないのだと痛感する、早く帰ってくれこれ以上惨めで哀れな気分にはなりたくない

「なぁ、あんたどうしてキラーなんかなっちまったんだ」

悲しそうな声だ、どうしてなったかと言われてもそんなものは必然的だ望んだのかもわからない
この世界に来てから狂ってしまったのだ温い赤い血も人の呻き声も何もかも罪悪感などこの地獄に落としてしまった

「今更遅くないんだ、あんたは優しい人だしこっちに来いよ」

甘い肯定的な声挑発とも捉えられる言葉に呆れてしまう命乞いなら考えなくもなかったのにと考え、腕を大きく振り上げた、そうだイマココでこの男を殴りつけてフックに吊ればまだマシだろう

「なぁナナシ」

どうしてそんなに優しい声で名前を呼ぶのか、気づけばいつの間にか自室に帰っていた
殺人鬼たちには一つ一つ部屋を与えられている、マンションのような形になっているそこでナナシは生気を感じることもなく意識を宙に浮かしていた

「おい、話を聞いてやがるのか」

「…」

「ナナシなにかあったの?」

「…」

「病気なのかしら」

「…」

トラッパーもハグもナースの言葉も誰の言葉も今は耳に入らずあの時のジェイクが忘れられなかった
次に会うのがある意味恐ろしい気がした、人間に戻ってしまいそうな、そうすればエンティティは見捨ててくるだろう
元の世界に戻されればいいが殺される可能性もあるだろう、またはサバイバーとして生きていくのかどう足掻いてもこの先を生きるのは難しい事だろう
あの男が悪いのだ忘れそうになった優しさを分け与えてくるからだ


「よぉ、今日も殺さないのか」

フックを壊しながら後ろを見ることもなく彼は言っていた、仲間はみんな帰ったというのに余裕な顔だ、確かに実力があるからだろう
彼は何に対してもこのゲームにおいてスキルレベルが高い、逃げる事も物を破壊することも味方を守ることも、正義感があるといえばいいのか身内には優しく甘い
ナナシは手に持っていた大きなノコギリに力を込めてその無防備なジェイクの背中に向かって殴りつけた、彼の悲痛な叫び声が聞こえたエンティティの声が聞こえる「そうするんだ」というようなその声はまるで洗脳をされているように脳みそに回ってくる
もう一度だとおおきく振り下ろせば地面にひれ伏したジェイクをみつめた、血を吐いて地面を這う

「ようやくしたな、殺し方を知らないのかと思ったよ」

「…ど、どうしてそんなに私に話しかけるの」

「気になる相手に話しかけるのが基本だろ」

痛みがあるはずの彼がまだ余裕そうに笑ったもういいかと持ち上げれば彼は強く抵抗した後に即座に逃げ出した、これ以上彼といるとおかしくなりそうだ、顔の熱がひかないのだって彼のせいなのだ仮面の下の顔が熱い、今すぐ外してしまいたい、大きくなる心音だって、こんなことはあってはならないのだ

「なぁナナシ、俺が守ってあげるから来てくれ」

目の前にたった彼が仮面に手をつけた、素顔を見られてはならない恐れられる存在でいなければならないのだから、体は硬直して心音は消えることがない
そっと仮面が外された時に彼の顔をはっきりと目にした優しく愛おしそうに微笑んでいた、きっとこの場所で彼も狂ってしまったのだろう
だからこそその口付けを受け取ってしまったのだ、彼は幸せそうに笑って背中を向けたゲームが終わる合図がした、何も考えることは出来ずいつの間にかベッドの上に横になっていた
エンティティの声も聞こえる気配はない、胸の高鳴りだけは消えることはなくずっと大きくなり続けた、きっと誰かに聞こえそうなほど

- 8 -
←前 次→