ヴァッシュザスタンピード











一年に一度その男は何も無い町外れの家に訪れる
小さくも大きくもない赤い屋根の一軒家
ドアを3度ノックする



「僕だよ」



そういえば、扉は開いて黒髪が目に入った
柔らかな石鹸の匂いがして、胸の中にいる存在に優しく微笑んだ



「ただいま」


それだけで、生きていると実感した


彼女はナマエ
プラントの自立型でも、ましてや賞金首や悪党ではない、どこにでも居る女性だった
真っ黒な髪の毛に、少し白い肌、胸についたペンダントが赤く光っていて相変わらずそれは磨かれて、光に当たると反射して眩しく目に映る



「おめでとうナマエ」


一年に一度だけ、現れては毎度同じ赤い箱に赤いリボンの施された物を渡す
その中身を開けずに彼女は棚に飾った


「今年もまた、開けないんだね」


「なぁに開けてほしい?」


「勿論だよ、その為に僕だって毎回必死に選んでるんだよ」


アクセサリー、雑貨、出来るだけその四角い箱に入れるようにと考えて毎年必死に探す
箱とリボンだけを持って、いろんな店に入ってはいろんな人たちと話して
その時にいつも彼女の話をすれば人々はいう


<健気な娘さんだね>


その度に苦笑する、その子を苦しめてると思う度に辛くて仕方ない
けれど忘れた時間は一度もない、悲しい時間が全て彼女に変わるからだろう

初めに出会った彼女は5歳、その頃は両親も健在でボロボロの彼を拾い上げた
数年間過ごす中で、毎年彼女の父と一緒にプレゼントを渡していた

最初の頃開けていたが、彼1人になってからのプレゼントは今1度開けられた痕跡もない
埃をかぶるわけもなく、美しく渡された当初のまま…けれど少しずつ時間はすぎて中のものは朽ちていくのかもしれないと思える

寂れた人気のない場所にある家は一度も襲われたこともなかった
何となく、人は寄り付いてはならないと察するのだろう
だから訪れる客人は赤いコートの災害だけ



「きっと気に入ってくれるのに」


「見なくたってわかる」


「じゃあ、なんだと思う?」


椅子に座って、棚を見つめる
一つ一つ変わらぬサイズで棚に置かれて、見るときはいつだって変わらない


「手鏡…かな、赤色に…ピンクのリボンが根元のあたりについてるの」


「うん、大正解」


彼女はまるで千里眼とでも言おうか、見えてもいないのにそう言う
堂々と、正確に、外れたことは一度もなかった


「当たり前よ」


優しく彼女が笑う度にあの日、彼女が17歳になった時を思い出した



「あなたを愛してるの」



その優しく触れた体や髪がその時ばかしは苦しくて堪らなくなった
彼女は全てを知っていて、それでもいいという
そのブラウンの瞳が見つめる度に、優しくハープのような美しい音色が口から零れる度にまるで心臓を撃たれた気分になる
醜い体に酷い自分の正体、自分の指先一つで彼女は1秒も要らずに死ねる



「ヴァッシュ」


「っ、え!」


「…もう、またそんな顔するんだから」



悲しそうに微笑む
その手を握って口付ける、気持ちはありながらも愛することは出来なかった
過ぎ行く時間が恐ろしいからだ、置いていかれる人の寂しさは紛らわすことが出来ない
彼女の時間は34という年月を過ぎ去らさせた
プレゼント箱はいつも棚の中に並べられていて
優しい匂いと声と表情に包まれる



「いいのよ、私は貴方を置いていくかもしれないから」



悲しまないで優しい人
まるでミュージカルのように騒がしくハチャメチャな人達ばかりに囲まれて生きゆくのに、この一年に一度だけ
この赤い屋根の家に赤い箱を届けに来る時だけは違う、どうしても悲しいシェイクスピアのような空間が溢れ出てくる
自分たちが足掻いても時間は止めることが出来ず、彼女は老いて、けれども美しく静かに誰かに看取られることもなく死ぬのだろう




「僕は好きだよ、誰よりも」



偽りなくそう言えるくせに彼女を連れていくこともここに居座り続けることも出来ない
時計の針は確実に進んで秒針は人々を置いて行かせはしない、止まることもなく壊れる時間もなく
死は2人を分かつだろう、だとしても想いを抑えれるほど簡単でもなかった




「君を愛したいよ」



まるでロマンチックに、映画の俳優のような
目の前の女性の白馬の王子様はいつ来てくれるのだろうかと思ってしまう
柔らかく細い指が髪に触れる、強く立った髪を撫でては穏やかに、表情を崩さない



「行かなきゃ」



どこに行くわけでもない、テーブルに置かれた赤い箱は<お前は臆病だ>と物語る
誰も自分を望まないとわかりながらも望む人を拒む、愚かでそして哀れで、道化師のように仮面を貼り付けるくせに仮面は薄い紙のように剥がれて床に落ちていく



「ねぇ、ヴァッシュ」


「なんだい」


「次は、指輪がいいわ…薔薇の、赤い薔薇のついた指輪がいいの、銀で出来た…」



そういって扉を開ける男のコートにそっとかけた
咲くことも見ることもない植物に触れる、柔らかな花弁は自然で、昔彼女に渡した緑はまだ健在なのだと理解する



「探すよ、絶対に君のために」



だからまた来年も赤い箱を持って、赤い屋根のこの家に来るよと

言わずにそっと彼女の黒い髪を撫でて背後を見ることも出来ずにまた砂漠の真ん中で仮面を落としながら歩き続ける



「…雨、降らないのにな」


砂の上落ちた雫にそう呟いた






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