あなたが欲しい


「起きたら顔洗ってご飯食べて歯を磨いて、ほら私もう行くよ」

テキパキとした声をぼんやりと聴きながら、この子は相変わらずしっかり者だと思った

「玄関まで送るから」

「大丈夫だってば、それより俊典さん」

「はい」

「いってきます」

そう言って彼女は寝起きの元平和の象徴の頬にキスを落として出ていった、オールマイトとして引退を宣言してから約10年、あの時少年少女であった教え子達は25歳になった
1-Aだった彼/彼女らは立派にプロヒーローになり、尚且つあの時から活躍していた子達は今を率いるヒーローになった
ワンフォーオールの孫である和泉智華は両親がいなかった故に八木俊典は引き取ったものの大人になれば自立し離れると思っていたがそんな事は無い

「改めて卒業おめでとう智華」

「ありがとうございます」

「それでなんだけど、コレからプロヒーローの相棒として仕事をするのは勿論知ってるけど家とかはどうするんだい、なんならいい物件私も探すのを手伝うし」

「うん、それでなんですけど私決めたんです」


貴方に似合う妻になろうと思って

その時の八木の顔は大層間抜けであった事だろう、18歳の少女は当然とばかりにニコニコと微笑んで言った
それはプロポーズの言葉でありその言葉通り彼女は先日指輪まで渡してきた、今では25歳でありながらも自分の事務所を構えて沢山のサイドキック達と日々仕事をこなしていた、八木も未だオールマイトとしての人気は衰えを知らない為にお互い高額納税者になっているほどだ
週刊誌に写真を取られ熱愛報道などが流れても彼女はものともしない

『私、プロヒーロー智華は元プロヒーローオールマイトと正式な婚約をしていますので先日の熱愛報道とは全く関係ございません』

とテレビで言っていた彼女を知った時には時既に遅し、周りから固めたおかげが全員公認の上、尚且つその日の電話とメールの数は彼の人生で1番多かった日だろう
こんなおじさんを。と彼は自嘲的になった
それでも彼女はあなたがいい、貴方しかいない、貴方が好きだと猛烈にアタックし続けた諦めることなく普通の人の給料1年分程の婚約指輪を渡してまで
今日もテレビではヒーローの活躍を大きく報道する、大きな事件の日は気が気ではない、怪我をしないか事件に巻き込まれてないか
誰からも尊敬される職業は誰よりも前線で誰よりも危険な仕事なのだ、それを彼は何年も経験し理解していた

「私だって君を守りたかったさ」

誰よりも君を愛している。
そう伝えたくても細くなった身体で守り通せるわけがなかった、後悔はなかった
緑谷出久という少年に出会い、雄英の教師になり、引退をしたこの生活も、ただ愛する人の背中を見る事はあまりにも辛い事だと守られる側になって気づいた

「た、ただいま」

「おかえり…ってなんだいそのキズもボロボロの服も!」

「なんでもないですって平気だから」

「ほら脱いで体見せて、ちゃんと病院行った?」

「行ったよ、本当大丈夫」

帰宅した彼女を迎えに玄関に行けば顔は泥だらけで髪の毛も乱れに乱れていた、素顔を隠さずヒーローをしているおかげでヒーロー衣装を着ていない時でも彼女は狙われやすいが彼女の能力AFOは決まった相手の能力をコピーし複数でも使うことが出来るものだ、祖父の血を引いた故の能力だろう人に与えることだけ彼女は出来なかった
ジャケットを奪い風呂場に押し込む、その間にジャケットを掛けて寝巻きと下着を持っていき風呂場の横の洗面台に置いた

「俊典さん入らないの」

「ブッ!入らないよ、さすがに」

「いつでも私は歓迎するのに」

からかう様な声に思わず心臓が止まったかと思った、早く夕飯の支度をしてあげようと八木はドギマギする心臓を抑えてキッチンに入る
元より一人が長かったのもあったからか自炊は得意だ、お互いお金はあまりに余ってるが特に使い道も豪遊もしない為に家も全くと言っていいほど豪華ではなく一般家庭らしいものだ(とはいえ普通の家の何倍の部屋数と広さがある)

「んー、いい匂い」

「こらこら髪の毛は乾かさなきゃ」

「早く俊典さんのご飯食べたくなっちゃって」

「…そうやって言えば私が許すと思ってるね」

「気づいてきた?」

「君が私にアタックしてきてからなんとなく」

智華に弱いのは今更じゃなかった、誰から見ても八木俊典は彼女を愛しているし大切にしている。
だから小さなわがまま如き受け入れる、力を完全になくしてから彼はもうオールマイトには戻れない、ただの一人の男、八木俊典に変わってしまったのだ
もう数秒程度のマッスルフォームにも戻れない、彼はヒーローには二度となれない現実がそこには確かにあった、人々は嘆き悲しみ世間は混沌に満ち溢れようともしたけれど他のヒーロー達は決して諦めなかった自分達がいるからと。
彼らの強さに心を打たれそして潔く諦められた、自分ではもう手が届かないものが確かにある、けれど同じようにそれを引き継いでくれるオールフォーワンが確かにあったのだと

「ど、したの?へんな顔」

「君のことを考えていたよ」

「今ここで私以外考えてたら、すごく酷いよ」

ベッドの中で裸で交わり合う中でそう考えていた、未だに慣れないらしい情事に彼女は汗と涙を流す、指を絡めてシーツの海に溺れる彼女を美しいと思うのは何百回目だろうか
八木の言葉に彼女は意地悪げに返事をすれば困ったように彼は眉を下げる

「そういう訳じゃ」

「分かってますよ、ごめん」

どこまでもこの子は美しい子だと思ってしまう、肌も顔も仕草も性格も指の先から毛の1本まで

「智華、好きだよ」

そう言って何度も何度もキスをした、君以上に私を愛する人はいないと言えるほどに彼女の愛は暖かく優しいものだ、彼女は泣き虫だった自身の血を嫌ってヒーローであるオールマイトさえも嫌がっていた、自分を大切にして欲しいと彼女は泣いていた
和泉智華の命は長くなんてない、ヒーローをしている以上抗えない運命だった

「俊典さん」

名前を呼ばれる度に次その声を聞けるのはと不安になる、手を伸ばして顔を触って胸に顔を寄せる確かに彼女はここにいる確かに彼女は私を愛しているのだと何度も確認をした
いっその事、君だってヒーローなんて辞めてしまえよ。なんて意地悪なことを思ってしまうほどには愛している



「おはよう」

同じベッドの中で目覚めた彼女は優しく微笑んでいた
いつも起きるのが遅いことに申し訳なさを感じながら腕を伸ばして彼女の頭を撫でようとしてふと気づく

「なにこれ」

婚約指輪がない、左手の薬指に別のシンプルな指輪がつけられている
目を丸くしながら眠気が飛んだ頭で隣で横になる彼女の顔を見れば珍しく顔を赤くして彼女は見ていた

「ねぇ俊典さん、結婚しよう」

沢山守るから、沢山幸せにする、沢山あなたのそばにいるから

結婚しよう

彼女は優しくそう言って泣いていた、不安が互いに消えないわけがなかったでもそれでいい、それでもお互いをその腕で確かに守っていこうとそう誓い合った
幸せがあるとしたら今なのだろう、細い腕で彼女を抱いて

後日、会見発表をした時もそうだが彼女は手が早い
気づけば一週間後彼女にお姫様抱っこをされた八木俊典は全員に祝福を受けながら誓いのキスをされているとは、さすがに予想もつかなかった
そして結婚後の彼女のヒーロー活動は休まる気もなく今日も汗を流しながら生傷を時折作りながら帰ってくる、だからこそそんな仕事辞めて欲しいなんてひどいことも思うのだ


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