天使にラブ・ソングを


異界と現世が交わる街、それが元紐育現HLという街
そこには吸血鬼と呼ばれる血界の眷属から幽霊、人魚、世間の言う化け物展覧会の様な世界になっている、28年という長くも短すぎる訳でも無い人生年数の中でも牙狩りと呼ばれる化け物退治をしていたクラウス・V・ラインヘルツはその存在に驚いた
もとより彼は信仰心は強い方であった為神や悪魔と言ったものは信じていない訳では無い、この世界に宇宙人だっていると彼は思う、だがしかし初めてソレと出会った時彼は大層驚いたものだ勿論クラウスだけではなく

白いワンピースから伸びる白い肌、砂金のような美しい金髪、空を彩るような蒼の瞳
そしてこの世界を彩る純白の羽根を持つ者
人はそれを天使と呼んでいる

そして彼女は正真正銘の天使であった。


智華と人はその天使を呼んだ、彼女が神につけられた名前だからだと言う
天使はどの惑星にも複数人所属している、そして天使はその世界の姿になるのだと、神は1人ずつ天使を作り名前という魂を授ける、そしてそれぞれに使命を渡してやりそれを全うするのが天使の生き方、寿命も無く死の概念をあまり持たない生命体であり天使は欲を持たないように生きなければならない

「うーん、やっぱりここのドーナツは最高ですね、ねぇクラウスそう思いませんか」

「勿論だとも智華、君のもくれないか」

「はいどうぞ」

美しい金髪の女性は美味しそうに口いっぱいに頬張った白とピンクのボーダーカラーのドーナツを満足そうに食べて隣に座っている赤い髪の大男の口に持っていった
鋭い牙に大きな体に長いもみあげと強面なその顔、見る人が見ればそれは美女と野獣のようであり、ライオンを手懐けているようなものだった
けれど天使は知っている、その男が誰よりも平和と人間を愛し護り続けていることを、だからこそ天使はその男を出来うる限り守れるように祈ったのだ信仰深い紅き獣を


「そもそも天使なんて居るわけないだろう」

英国紳士はそういった、大きな傷を顔に作りながら意外にも彼は信仰心はなかった
何故なら彼の神はいつだって隣に居た、人を護り慈しみ愛しているその男以上に聖人を知らなかったから
勿論、この天使という存在を知ってしまえば以外にも人類の天使へのイメージなんて覆ってしまったものだ
それこそレオナルドの友人、ホワイトに似たような少女にも思えた

「じゃあその子はレオナルドの天使なのですね」

天使は楽しそうにそういうものだから、少年は顔を赤くしながら否定したものだった。
智華は愛を深く信じ、人間の力こそは愛なのだと語りクラウスは其れに対して激しく同意した

「愛があるからこそ、この子達は大きく成長しているんです」

「そうだろうか、時折思う様に育たない時は少しばかり悲しい」

「貴方の愛に素直に答えられない子も時にはいるでしょ、けれどそれにいつか振り向いてくれるからこそ愛おしいのですよクラウス」

「その通りだ、君の言葉は私にいつだって力をくれる…ありがとう」

そのレンズの奥で輝く美しい緑の瞳を天使は誰よりも愛した
だが天使は知っている、人に平等でなければならないのだと、その為の天界であり星を守るために彼女達は作られているのだから一人の人類を特別に扱いましてやそこに愛を考えよう物なら堕天ものだ、悪魔になるのか何になるのか実際にならなければ天使は何もわからない。
けれどチームの天使達は入れ替わりも少なくない、部署異動ではなく、誰かを特別愛してしまうからだ
神からの天罰が下るのだと先輩天使は言っていた、だからこそクラウスのその瞳に出来うる限り魅了されない様に彼女は必死だった

「クラウス、またこんなに大きな傷を沢山」

「私は平気だ、すまない」

「平気ではありません、貴方は人間なのです神などでは…無いのですから」

血界の眷属という種族と戦う度に増える彼の身体の傷は痛い程に深いものばかりだ、智華は昔の傷こそ癒すことは出来ないが真新しいものは軽く治療してやることは出来る為してやった。
人にあまり関与してはならない、昔の天使は魔女と呼ばれ焼き殺された子達も居たのだからと悲しげに語れば人を愛すためならば力を使うのもまた1つだと教えだとした、だが智華は理解しているこの力は人ではなくクラウスただ個人のために使っていることを

「ありがとう」

ただその一言だけで神に褒められる時よりも心地が良いのは何故なのか、まるで自分は快楽の為に生きている悪魔と同じだと自身を否定したライブラにいれば重要な地球の情報を集められる、その為にいたはずがいつの間にか天使の羽が白から色を変えていた
穢れが彼女に取り憑いたのだと嘆き智華は誰にも言うことが出来なくなり出来る限りクラウスと距離をとるように行動し始めた
だがそうすれば普段仲良く共にお茶をして居る上に同じ屋根の下で住むクラウスは不自然さを感じ始めたのだ
そう感じればすぐ行動に移したクラウスは自身で認めるが智華を種族を通り越し愛しているのだ
だからこそ愛おしいその人に嫌われる事だけは避けたかった、そんな不器用な男は全てにおいて器用だと思う友人スティーブン・A・スターフェイズに声を掛けた

「どうすればいいと思う」

全員が帰りギルベルトが買い出しに出かけたと同時にクラウスはそう聞いた、その言葉にわかりたくはないが分かってしまうスティーブンは温くなってしまった珈琲を飲み干した

「それは、君と智華のことかい」

「最近避けられている気がするんだ、私は何かをしてしまったのだろうか」

「いやそんなことは無いと思うけど彼女もまぁ天使だし色々あるんじゃないか?」

「それは分かっているのだが…私は彼女に嫌われたのだろうか」

話を聞くスティーブンは溜息をつきそうになるまるでティーンの恋じゃないかと思えた、だがしかしスティーブンは天使がどうしてそうなったのかも何となく察していた故にクラウスに言うべきでもないかと思った
天使だなんて言うが早く堕ちれば楽なのに…などと彼は悪魔も真っ青な事を思いそして助言した

「明日彼女の寝室に言って聞いたらいいさ、彼女もそうすれば話してくれるよ」

「淑女の寝室にそんな…」

「なぁクラウス、君はもう少し欲深く生きたらいい俺みたいに狡く欲したらいいんだよ」

天使の一匹ぐらい神様だってこの男になら許すよ。なんて思いながらそう言って1粒の飴玉を渡した

「難しいならそれを食べさせたらいい、彼女の言葉が聞こえるさ」

「スティーブン!それは」

「さぁさ、僕はもう仕事に戻るからねそれ以上答えないよ」

冷たくそうあしらってしまえばクラウスは与えられた1粒の飴玉を見つめてポケットに直した


広いベッドの中で黒くなる羽を見つめた、まるで自分が天使でなく悪魔のように感じる其れに気持ち悪ささえ感じてしまう
クラウスがこれを知ればきっと彼は幻滅するだろうそんな事は耐えられない、それならいっそ部署を変えてもらうかHLから離れるよう相談するか…等と考えた
3度のノックと低い声
今一番考えたくなかった男の声に肩をビクリと跳ねさせた、こんな時間に彼が来ることは無いと智華は考えて電気を消して寝ているふりをした

「…寝ているのだろうか」

寂しそうなその声に胸が締め付けられた。
近づく足音にまさか寝ている婦女の部屋に入ってくるとは…と思いながら目を瞑った
ベッドに新しい重みが増えて沈んだ、智華の金髪を大きな彼の手が撫でる

「寝ている相手に言う言葉ではないのは承知だが…私は君に何かをしてしまったのだろうか、私に何か非があるのなら言って欲しい難しいのなら他の誰かでもいい、君が天使であることを承知の上で私は君を愛しているようだ、神に背く行為だと分かっていながらも愛おしい、だからどうか君の言葉を聞かせて欲しい…智華」

低いその声が耳を刺激し、智華は涙が出そうになる
知ってしまいたくないのだこの感情を人間の恋というものを知れば戻れなくなるのだから
暗い部屋の中でクラウスは智華の頬に口付けた時だった、その羽は普段見えないクラウスの目に映るように大きく広がり美しい程の黒曜石のような羽が視界を埋めた

「…これは」

酷く驚いた声を出したクラウスに智華は涙を流して体を丸めた

「見ないでください、こんな醜い私を」

「醜くなど」

「私はもう天使じゃないのですクラウス、私は…あなたと同じ気持ちだと知ったんです、特別であり貴方だけが欲しいと悪魔のように欲深く…願っているんですだからどうか私の事などもう」

「それ以上自分自身を責め立てないで欲しい、私は今その言葉により多大なる幸福感で満たされているのだから」

寝ている智華を抱き上げて瞳を見つめた、深紅の瞳になっている智華の瞳を強く見つめて小さなその唇を奪った、拒絶しようとする智華の腕を纏めて押し倒し何度も口付けた

「私が君を悪魔にする、欲深く私をどこまでも愛してほしい、そして出来るならその醜いと思う姿をどうか私だけにみせてくれ給え」


その日の夜、天使は悪魔にならなかった
朝起きた時その羽は抜け落ちてベッドに眠る2人の上に降り積もっていた
その後、天界から一通の手紙が別の天使の手により渡された
どうやら人間に恋した天使は悪魔ではなく人間に体が変わるのだと、神は愛を大切にしている、例えそれが種族が違い神聖なる者だとしてもそれが対等な美しい愛ならば羽は抜け落ち人になりそして同じように歳を重ね死んでいくのだと、でなければ孤独に耐えられないからだと神は書いていたそしてどうか2人に幸あることを…と。

「君、あの飴玉使ったのかい」

二人きりの事務所の中でスティーブンは興味本位で声をかけた、丁度キリよくプロスフェアーの一局を終えたクラウスが顔を上げた

「嗚呼折角だったので、ありがとうスティーブン」

「…その言い方だと自分に使ったな、全く僕が渡したのは天使サマを堕天させるためだったってのに全く」

大きなため息をついてスティーブンは声を出せば大きな紙袋を持った智華が部屋に入ってきた

「スティーブンのせいなんですね、二度とあんなクラウスは遠慮します」

「そんなに嫌だったかい?」

「あっ、あんな恥ずかしいこと二度と御免ですから」

顔を真っ赤にした彼女にスティーブンは大声を出して笑った、あの元天使があんな顔をするだなんて相当あの男はやったのだろう愛を告白する薬
一時期ヒューマー向けにはやった合法薬物はプロポーズやまんねりを防ぐラブグッズのようなものだったがどうやら効いたらしく、愉快痛快だと笑いに笑った
クラウスは困ったような顔をして、智華は恥ずかしそうに顔を赤くした後に言った

「あんなのが無くても…いつだって貴方の愛は理解していますから」


_top