その恋無意識につき


夢の中の彼女は毎日大きな氷の中で眠っていた
まるで標本の蝶のように美しく彼女は長いまつ毛を伏せて、棺の中で眠るように両手を組んでいた
少し近づき氷に手が触れれば少しだけ溶けていくが、夢が覚めるまでにその氷は溶けきらない、ある日の夢でどうして彼女は氷の中にいるのかを疑問に持ち言葉に出した

「貴方がしたからでしょ」

寝汗が嫌に肌に張り付いた、近くに置いていたスマホの時刻はAM4:27を示す。
少し早い朝に溜息をつきながらバスルームに向かいシャワーを捻った、出たばかりの冷水が肌に当たればその冷たさに身体が少しだけ跳ね、水が流れる道を見ながらボロボロの足を見つめ深く息を吐く。
シャンプーで汗を洗い流してからタオルで体を拭き、適当に下着や、シャツにズボンを身につけてシャツのボタンはそのままにリビングに行き少し早い朝のTVのニュースをみるが今日も変わらない内容ばかり
番組のjazzコーナーから流れる曲を耳に入れながら、朝食のベーコンエッグを焼いて焼きあがった食パンと一緒の皿に入れて適当に入れたインスタントコーヒーを並べればいつも通りの朝が完成した


「今日も早いね」

「そういうスティーブンさんも」

「僕はいいんだよ、山積みだからね」

「手伝いますよ、私でできる範囲ですが」

「そりゃあ大いに助かるね、ザップのお陰で始末書がまた増えてるんだ」

ライブラに到着すれば、誰よりも先に来ていた女が1人、それは夢に見ていた氷漬けの女だった和泉智華だった。
長い黒髪を揺らしながら彼女は慣れた手つきで書類を一つ一つ確認してはサインをしたり、PCで入力をしたり、まとめたり、ゆっくりやってくる他のメンバーにも挨拶をしつつも2人の手は止まることなく書類仕事に埋まる、時折事務所内で流れるニュースや内線によって飛び出したり帰ってきたり

「ボロボロじゃないか」

「すみません、ザップさんの技モロに浴びてしまいました」

「君よりもザップだ、いくら君が問題ないとはいえ…はぁ」

着ていた服をボロボロにした智華は戻ってくるなりそう言ったが直ぐにまた作業に戻る、今日もまた残業だと思いながらデスクを見れば智華も同様に朝から手を休めることなく作業をしていた

「帰らなくていいのかい」

「スティーブンさんが帰らないので」

「気にしなくていいよ、僕のコレはいつもだ」

「知ってますよ」

それ以上彼女は何も言わずに沈黙の中ただ筆の動く音やキーボードを叩く音のみが事務所に聞こえた
よくやくひと段落がつく頃には日付の変わる前ぐらいでツェッドに戸締りだけ伝え2人はようやく事務所から出た

「お疲れ様でした」

「あぁお疲れ…最近、家に来ないんだね」

「お疲れかと思いましたから」

「たまには来てくれた方が僕の為なんだけどな」

年下のその子を誘うのは未だに慣れない、触れた手が冷たくて思わずあの夢を思い出した
遠い昔、幼い頃
まだ覚えたばかりの時に力を間違えて庭に出てきた兎を凍らせたことを思い出した、そうすると自然にそれが胸に落ちてスティーブンは智華をみた

「智華」

「なんですか」

家政婦が作り置きしてくれていた夕飯を温めたり並べる中で名前を呼べば彼女は返事をした

「君のこと好きみたいだ」

「そうですか」

32歳にして20歳そこいらの娘に何を血迷ったのかと思わず思ったがそう告げれば彼女は素っ気なく返事をする
そんなものだ、上司と部下の関係で時折夕飯を共にする程度、仲が良くも悪くもない。
困惑するわけでも喜ぶ訳でも無く、そう返事をした彼女にスティーブンはまた1度【君が好きだ】と強く想った


「私もですから」

その言葉にフォークがゆっくり地面に落ちた。


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