泣き虫な


幼馴染の花音はよく泣く女の子だった
転けたり、物をなくしたり、迷子になったりしてよく涙をあの大きな瞳に溜めて小さく声を抑えて泣くのだ
いつだってそれを慰めるのが自分の役目であり、他のやつが彼女の涙を拭う等という考えは微塵も感じたことは無い

「哲くん聞いてる?」

「嗚呼聞いてる」

「じゃあ今日の帰り、あそこのパフェ食べに行こうね」

「俺は甘いものは」

「大丈夫だよ、珈琲とかもあるしお願い哲くん」

両手を握って顔を見上げる花音は昔よりも女の人になったと近頃よく思う、泣くことも減ったこの3年間野球漬けの日々が終えた休憩期間を彼女は喜んで学校帰りは高確率でお茶に誘われる、とはいえ学年はもちろんクラスも同じなのだから積もる話があるわけでもなく、口数の多くない結城哲という男はお茶相手には普通ならば不足気味なものだった

「それでね、田中先輩が来てくれて」

「本当に花音は先輩が好きだな」

女子バスケ部所属の花音がよく口に出す男子バスケ部の先輩の名前は嫌でも覚えた、その名前が出る度にあまり心地いいものでは無い
野球部とは違い青道高校の部活はそこまで厳しいものでは無い、バスケ部も同様で楽しいをモットーにしているのは知っている
目の前にある大きな甘そうないちごのパフェにたっぷりのチョコレートが掛けられているそれが余計に甘く見えて胸焼けを起こしそうだ

「今日もありがとう哲くん、明日もまた一緒に行こうね」

「わかってる、8時に迎えに行く」

「うん、待ってるね」

嬉しそうに笑って家に入っていった花音を何度見てもあの頃から変わらない幼馴染だった。
子供のような同級生の男子にからかわれて顔を真っ赤にして泣かないように目を潤ませるその姿を他の連中が何と言ってるのか聞こえていたとしても、それが不埒な言葉だとしても幼馴染に変わりはない
だから結城哲也という少年は気づきもしない

「田中先輩にね、告白されたんだ」

どうしようかな?恥ずかしそうに季節パフェと言ってやって来た桃のパフェを食べながら、パフェの中に入っているベリーソースのように顔を赤くしながら彼女は言う
その言葉に頭を殴られた気分だった
幼馴染が女に変わる気がした、思わず目を丸くして対面に座る花音を見てもそんな様子を知らない彼女はその男の事を話していた

「どうしたらいいと思う哲くん」

そう意見を委ねた彼女に哲也は空になった白いコーヒーのマグカップを見つめた後に花音をみて言った

「そんな男はやめてた方がいいだろう」

花音は心外だっただろう、幼馴染の彼はいつだって花音の味方で背中を押してくれた、優しく誰よりも理解してくれているものだった、その言葉と同時にパフェの味がしなくなった気がして花音の視界が歪んだのはいつもの癖だ

「ど、どうして」

「お前にそんなのは似合わない、そもそも相手は大学生だろう大方しょうも無い理由で告白してきてるんだろう」

「そんなことないよ多分」

「じゃあどうして告白するんだ、どこが好きなのか聞いたのか」

口を止めたかった、こんな事を聞いて何になるのかなんて嫌という程理解していた
現に目の前には傷ついている花音がいて震えて涙を流そうとしている、いつもの学校の帰り道のカフェは静かで二人きりだ、店員だってキッチンから出てこないほどドアのベルもならないほど

「どうして哲くんそんな事いうの?意地悪だよ」

「本心だ、何も知らない相手を花音は好きになるのか」

「知ってるもん、前1回ラーメン食べに行ったし」

「夜に急に誘ってきたんだろう」

なんだって知っている、そうやって引退をしてからお茶をしてきたんだ幼馴染の考えだって手に取るように分かるふりをしていたんだから。
でも、なんで、どうして、違う。
否定的な言葉を聞くのは確かに互いに初めてだったかもしれない、いつだって黙って話を聞くのは哲也だから。

「哲くん意地悪だよ、私がいつだって哲くんの事困らせてたのは分かってるけど…けど、嫌いなら嫌いって言えばよかったじゃんか」

ついにあの大きな瞳から雫が頬を伝い、顎を伝って、テーブルの上に広げていた紙ナプキンの上に落ちた。
それを合図にするように花音は学校鞄から財布を取り出して千円札を1枚置いて飛び出すように帰った、目の前のパフェはアイスが少し溶けてしまい初めて残された姿は少しだけ悲しいもので残すままも失礼だと甘過ぎるそれを口に含んだ。

一日話をしないだけで友達は皆気にし始めた、2日になれば帰りも一緒でないことに気づいて野球部のメンツと久しぶりに帰ることになった。

「それで先輩から告白された事で言い合いになって喧嘩って?」

「あぁ」

いつだって隣を支えてくれていた伊佐敷がそれを突っ込んだ、周りにいたクリスも小湊も果ては丹波や増子でさえも目を丸くした後に笑った

「変なことを言ったか?」

「いやちげぇよ、哲お前本気で言ってんのか?」

「勿論だ」

甘酸っぺぇ、と言葉を漏らした伊佐敷に?と言う顔で見れば反対側にいた小湊が答えを出した

「好きなんでしょあの子のこと」

「それは当然だが」

「家族的なのじゃなくて、普通に異性としてだよ」

「…異性か」

みんなが頷く中で疑問のように感じた
美味しそうにパフェを食べる姿に話をする姿、少し何かあるだけで泣きそうな顔をする姿も全てが確かに哲也の何かを動かした、野球をしている時だって毎試合見にこれるようにしていたのも知っている。
引退の最後の試合の日、哲也の私室にやって来た花音は本人以上に泣いていたのを思い出せば胸に簡単にその言葉が落ちてきた

「好きなんだな」


1度のチャイムで出てきたのは毎朝見かける彼女の母だ

「花音居ますか?少し用事があって」

「部屋いると思うから上がっていってご飯も食べるでしょ」

「ありがとうございます、お邪魔します」

軽く挨拶を済まして二階の部屋に向かう、メールは送ったが返事は来ないままだった勢いのまま家に来てしまったとも思いながら部屋をノックする

「どうぞ」

少し掠れた声がしてドアを開ければ暗いのに電気も付けずにベッドに座る花音がいた
ドアをしっかりと閉めて向かうようにベッドの下に正座をし花音を見上げれば暗いながらも外の電気のせいで見える目元は赤くなっていた、時折鼻を啜る音がするのも先程まで泣いていたからだろう

「先輩に返事はしたのか?」

「したよ」

「俺が言うことは今から気にしないで欲しい」

「うん、いいよ」

正座させてると悪いしこっちに来て。と言われベッドに腰掛けて花音の顔を見るように見てみれば黙って目を見つめあった

「俺は・・・」

言葉を出すよりも先に花音が近くなった、薄く開いた唇に重ねられたそれにわからない程初心でもなく
思わず花音の身体を離して肩を掴んだ、心臓の音が異様に大きく聞こえて花音を見つめた

「私ね、哲くんが好きなのだから先輩の告白断っちゃった…あの日あんなに否定されたのは苦しかった、哲くんにとって私って何なんだろうって考えて苦しくて、でも私哲くんがいいよ、キスするのも手を繋ぐのもね、確かに先輩はかっこいいけど哲くんがいいの…ごめん」

顔見れないや。
そういって胸元に顔を寄せた花音に何も言葉が出ずにそっと頭に手を添えて子供の頃のように撫でた

「好きだ花音、あんな酷いことを言ったのは単にお前の先輩に嫉妬していたんだろう、あんな事を言うつもりはなかったんだすまない」

「私もね、哲くんが好きですだから」

「それ以上は俺から言わせてくれ」




引退後の日課は学校帰りにカフェに行くこと
甘いパフェは未だに好きにはなれず、珈琲を片手に目の前で楽しそうに話をする恋人を見つめる

「美味しいかそれ」

「うん、桃好きなんだ」

「俺にもひと口くれないか」

「珍しいね、はいどうぞ」

何度食べてみてもそれは砂糖よりも甘く感じるが、それぐらいでいいのだと理解したのは今更だったかもしれない。